設立記念式が始まった。
とはいえ基本的に六課に配属された者のみの身内式である。
壇上にはやてが上がり挨拶を始める。
「……全員が一丸となって事件に立ち向かっていける事を期待します。
ま、長い挨拶は嫌われるんで。以上、ここまで。
課長及び部隊長。八神はやてでした。」
一斉に拍手が沸き起こる。
フォワード陣も皆笑顔だ。
なのはやフェイト、ヴォルケンリッターの面々は
ここまで漕ぎ着けるに至った苦労を省みて
感慨深いものを感じている。
「では以上で式を終了します、解散!」
その声で各自持ち場に散ってゆく。
「おめでとう、はやてちゃん」
主力メンバーを代表して改めてなのはが声をかける。
「おおきに、なのはちゃんはこれからまた訓練やったな。
新人の子らはどう?」
「うん、みんな頑張ってるよ。
あんなに頑張ってもらえると訓練プログラムの作り甲斐があるよ」
「でもなのははもうちょっと休んだほうがいいよ。
毎日遅くまでプログラム組んでるじゃない」
「にゃはは~、ああいうの見ると私も負けてられないぞ!って思っちゃうんだよね」
ニッコリと笑うなのはを見ながら、
毎回息絶え絶えになっている4人の姿を思い浮かべるヴィータ。
今日もこれから地獄の特訓が彼女らを待っているのだろう。
「そら良かった、ところで────」
はやてが小声になる。
「ジルグのことですか?」
察しをつけるシグナム。
「うん、確か予定だともう少ししたら到着するんよね」
「今日はジルグさんどうするの?」
フェイトの問いにはやてが答える。
「とりあえずうちのところに来てもらった後は……
まず建物の中案内せなあかんから……リイン頼める?」
「むぅ~、はやてちゃんの頼みなら引き受けますけども~
リインはあの人あんまり好きじゃないです~」
「そういわんといて頼むわ、ザフィーラもつけたるから、な?」
「主はやて……守護獣をおまけ扱いされるのは流石に凹みます」
「あたしが案内してやってもいいけど新人どものモニターがあるからなー」
─────しかし、予定の時間になってもジルグははやての部屋に現れなかった。
─────一方訓練場
次々と現れるガジェットを前に
的確な指示をフォワードの3人に送りつつ、自身も新しい相棒クロスミラージュで
ガジェットを破壊するティアナ。
ウイングロードを展開し、マッハキャリパーで一気に距離をつめ
すばやい動きでガジェットを叩き潰していくスバル。
未だ頼りなさが見受けられるが、ティアナの指示に応じて支援魔法を中心として
チームを補助するキャロ。
そして────
「終わった~」
追撃していた最後の一機を撃墜した愛槍ストラーダを下ろし、
エリオは満足感一杯の声をあげた。
自分は強くなっている。
エリオは実感していた。
今日の訓練内容も、少し前なら息絶え絶えになっていただろう。
だが今回は全員が余裕を持ってクリアすることが出来た。
なのはの訓練プログラムが甘いわけではない。
彼らはなのはの訓練プログラムと自分達の努力により、確実に力をつけていた。
自分だけじゃない。
ティアナもスバルもキャロも……
個々人の強さだけではなく、チームワークも徐々に取れてきている。
最後の一機を撃墜したエリオは建物の横を通り抜けて3人の下に戻……
「………え?」
建物と建物の間の路地に一人の男が立っていた。
赤い長髪に眼鏡を掛け、身体の各所にデバイス(?)を装着し
銃剣のようなデバイスを手に持ち、端正な顔に不敵な笑みを浮かべた男が───
男から無言で銃先のダガーが突き出される。
「くぅっ!」
反射的にストラーダで払いのける。
「だ、誰ですか貴方は!?」
だが男は答えずにエリオの動きを寸評する。
「物陰からの不意打ちにはかろうじて対応、
ディフェンスは50点以上70点未満てところかな」
(ティアナさん!!)
念話でティアナに呼びかけるエリオ。
(エリオ! 何があったの!?)
その間にも続くダガーの攻撃。
顔面を狙った刺突を間一髪で避けた直後に横薙ぎ
ギリギリで身を沈めて交わし、大きく後ろに跳ぶ。
(その…なんというか…て、敵です!!赤い髪の……)
攻撃をかわすので手一杯のエリオ。
その様子にただならぬものを感じ、ティアナはスバルとキャロに念話を送る。
(キャロ!スバルにスピードブースト!
スバルはすぐにエリオの援護に!)
(了解!)
どういうことだろうか?
こんなのはプログラムには無かったはずだ。
自分達の今の力をモニターしているなのはが
プログラムを追加したのだろうか?
だがエリオは『赤い髪の敵』と言っていた
「ガジェットじゃない…?」
赤い髪というならシグナムやヴィータもその中に入るかもしれない。
だがそれなら名前で呼ぶだろう。
疑念を感じながらティアナもエリオの援護をすべく走った。
その間もエリオは赤い髪の男───ジルグの攻撃を必死にかわし続けていた。
現状の動きを見るに単純なスピードならエリオのほうが上かもしれない。
だがジルグは跳躍補正装置による瞬発力と
障害物を利用して、エリオのスピードを回避に生かせないように
ダガーによる攻撃を続けていた。
その表情には余裕の笑みすら浮かんでいる。
「はは!すごいすごい、ディフェンスの評価を改めよう
70点以上150点未満だ」
(くっ…後もう少しで合流ポイントに…)
ジルグの攻撃に苦しみつつもエリオは徐々に合流ポイントに近づきつつあった。
「エリオッ!」
スバルの叫びがエリオにとっては天使の呼び声に聞こえた
ついにエリオが合流ポイントである広場に到達したのだ。
これでほぼ1対4の状況に持ち込める。
ティアナとキャロも広場に到着し、完全に戦況は逆転したかに見えた。
「なるほど、数的優位を生かすための戦術。合理的だ」
しかし全く動じる様子の無いジルグ。
エリオのバックステップに合わせて自身も後退しつつ
エリオに魔力弾を発射する。
誘導能力を捨て、速度と貫通力に特化した魔力弾
見た目こそシュートバレットに似ているが
威力はヴァリアブルシュートにも匹敵するであろうを高速弾を
エリオは紙一重で左に避ける。
右へ跳躍し、再び自分に照準を定め魔力弾を打ち出すジルグに対し
エリオは当然の如く回避行動へ移る。
今度は回避だけではない、反撃に移行するための回避でもある──が
「きゃああぁぁ!」
キャロの悲鳴が後ろからエリオの耳を打った。
ジルグの放った魔力弾はピンポイントで『キャロを打ち抜いて』いた。
最初の一射はわざとエリオの右半身を狙った
エリオを『左に回避させる』ための布石。
そして自身の跳躍でエリオとキャロを同軸線上に捕らえる。
エリオが死角となって発射された魔力弾は完全にキャロの虚を付き
確実に彼女を打ち抜き戦闘不能に陥れた。
「キャロ!?……くそ────っ!!」
”自分のせいでキャロが撃たれた”そう思ったエリオが一瞬我を忘れ
ジルグに向かって突進してストラーダを振り下ろす。
だがジルグは冷静にそれをシールドで斜めに受け流し
攻撃した勢いのまま自分の横を通り過ぎようとするエリオをダガーで薙ぐ。
「ぐあっ!」
ダガーによる攻撃に加え、
加速方向に受けた一撃により速度が制御不能になったエリオは
そのまま建物に突っ込み気絶した。
1対4が瞬時にして1対2へと移行する。
(スバル、呆けてないで攻撃! 作戦は───)
あの動きは確実に実戦経験者のそれである。
恐らく今の自分達が一人ずつでかかっても勝てないだろう。
ならば─────
「ハァッ!!」
ジルグに近接格闘を挑むスバル。
これだけ密着すれば射撃は封じられる、だが……
「クッ、なんで……!」
銃身の長いダガー付きのライフルはこの近接戦では邪魔になるだけである。
だが、ジルグはそれを防具として使用し
スバルのキャリバーショットを難なく受け流していた。
まともに受けとめればデバイスが破損しかねないが
巧みに蹴りを斜めに受け流し、突きを逸らす。
腕に装備したシールドも併用され、スバルは効果的な攻撃をジルグに与えられないでいた。
「やっぱり強い……でもこれでっ! クロスファイアシュート!!」
ティアナのクロスミラージュからありったけの魔力を込めた誘導弾が
ジルグの死角に向かって連射される。
スバルの攻撃はジルグの射撃型デバイスの攻撃を封じると同時に
ティアナの攻撃への陽動となっていた。
ジルグの背後に回りこんだ誘導弾を見てスバルは勝利を確信する。
だが、ここで下がれば策がバレる恐れがある。
「ナックル…ダスタァァァァー!!」
右拳を勢い良くジルグに向かって突き出すスバル。
しかし、それは結果として完全に裏目に出た。
半身で拳を交わしたジルグはそのままシールドを装備している左腕でスバルの腕を掴む。
そこから拳を突き出した勢いのまま身体を振り回されるスバル。
軽いその身体は遠心力も加わってグルグルと振り回される。
「うわわわわ~~~~!!」
そして誘導弾が二人に迫ったところで、ジルグはスバルを誘導弾に向かって投げ飛ばす。
次々とスバルに直撃する誘導弾。
「スバル!!」
思わず顔を青ざめさせ、スバルの名を呼んだ直後
ティアナの視線には完全に自分に照準を定めたジルグが目に入った。
スバルに気をとられて動きが止まっている、あの弾丸速度の回避は無理だ。
思わずとっさに両腕を交差させ、縮こまり目を閉じる。
だがあの威力の魔力弾には無意味だろう。
(やられる……!!)
数瞬後、炸裂音が訓練場に響いた。
「…………あれ?」
ぎゅっと閉じていた目を開くティアナ。
自分は撃たれていない。
前を見ると相手の男がいた場所の地面には大穴が開いていた。
そして視線を移すとそこには……
「……久しぶりだねジルグさん。
…こんな訓練は許可してないけど…わたしも参加させてもらおうかな?」
そこにはディバインバスターを放ったポーズのまま
満面の笑みと全身にどす黒いオーラを纏った
管理局のエースオブエース「白い悪魔」こと高町なのはの姿があった。
「大変良いポイントからの攻撃ですね、高町教官殿。
模範的過ぎて虫唾が走ります」
近くの遮蔽物に飛び込んだらしい男の声がする。
次の瞬間、空から金色の閃光が地上に向かって奔った。
「……バルディッシュ!!」
「Yes, sir」
ガキン!!
閃光から放たれる斬撃をかろうじて受け流すジルグ。
「…………」
金色の閃光は上空に戻るとちょうどジルグの真上で静止した。
「フェイトさん……!」
金色の閃光の正体は高町なのはの親友にして
おそらくは六課において最速であろうスピードを誇るフェイト・T・ハラオウン。
アサルトフォームの愛用デバイス『バルディッシュ』を携え、
無言でジルグを見下ろしている。
「フェイト隊長殿のスピードで上空を押さえ身動きを止める───で!」
一直線に飛び込んでくる紫炎。
「紫電一閃!!」
障壁を展開したシールドで受け止めるが
衝撃を殺しきれないと判断したのか、ジルグは自ら後方へ跳ぶ。
「このまま続けたら…さらにヴォルケンリッターを総動員してでも
お前を止めなければならなくなるが……どうするジルグ?」
紫に輝くレヴァンテインを構えなおすライトニング分隊長、「剣の騎士」シグナム。
「お前が悪さしたらアタシがぶっ飛ばすってはやてと約束してるんでな」
意外にも真っ先に飛び出しそうなヴィータは
いつの間にかグラーフアイゼンを構え、ティアナの前に立っている。
「機動六課御自慢の隊長陣と分隊長を
まとめて相手取るつもりはありませんよ。
シグナム分隊長殿。
このデバイスの慣らしにはちょうどいい訓練でした」
そしてバリアジャケットを解き、武装も地面に捨て
何事もなかったかのように自分が蹂躙したスターズ、ライトニングの隊員を眺めるジルグ。
唯一無事なティアナの目がジルグと合った。
先ほどまで戦闘をしていたとは思えないほど飄々とした表情だ。
(あれが……なのはさんたちの言っていた時空漂流者)
身体から緊張が抜け、膝をつきそうになるのをかろうじてこらえる。
これがジルグと六課新人の(ジルグを除く)最悪のファーストコンタクトだった。
最終更新:2010年08月08日 13:54