『訓練』が終わり、訓練場を出て待機室に戻る一同。
その空気は緊迫を通り越し、まさに一触即発の冷戦状態である。
そして待機所には騒ぎを聞きつけたはやてたちが待っていた。
「まったく……初日からド派手にやらかしてくれたなぁ」
「………」
じろりとジルグを見やるハヤテ。
対照的にすました表情を崩さないジルグ。
「はやてちゃん、みんなの容態は?」
色々と言いたい事もあるだろうが、
まずは今一番確認したいであろう事をなのはが聞いてくる。
「ああ、3人の容態なら心配あらへんよ。
むしろ訓練当初にボッコボコにされた時より軽いくらいや」
ジルグに撃墜されたスバル、エリオ、キャロは医務室に運ばれた。
特に酷い怪我を負っているわけではなく、
念のため一日安静という報告を聞き、隊長陣の表情が多少緩む。

「---さて……話を始めよか。どうしてあんな事したんかな?」
今回は黙秘は許さない。
自部隊に配属した部下が起こした不祥事だ。
それでも黙秘するようなら……
「シャーリー殿からデバイスの説明を受けている際
訓練場で訓練が行われていると聞いて面白そうだったので参加しました、以上」
拍子抜けするほどあっさり答えるジルグ。
この孤立無援の状態の中、
神様も裸足で逃げ出したくなるような戦力を誇る面々を前に
まったく悪びれる様子もなくヌケヌケと言ってのけるジルグに
ティアナなどは呆れを通り越してもはや感心してしまう。

「六課についたらまずうちの所に顔出すように知らせといたはずやけどな?」
「向かう途中シャーリー殿と会ったので、自分のデバイスへの興味に負けました」
「あ~……ごめんねー。はやてちゃんの所に行く途中だって知らなかったから」
シャーリーが詫びる。

だが実際のところ、ジルグははやての所へ向かっていたわけではなく。
入り口の案内掲示板を見て、始めからデバイスの調整室に向かって歩いていたのである。
はやての前にシャーリーと出会うのは当然だ。
当然シャーリーはそのことは知らない。
「話し聞くとジルグさんの向かっとった場所は部隊長室やないみたいやけど?」
「道に迷いました」
白々しいにも程がある台詞で即答するジルグ。
はやてはこめかみに浮いた血管を人差し指で押さえながら考える。

言ってる事はそれほどおかしい訳ではない。
それが本当に
『部隊長室に行く前に道に迷い、
偶然にもシャーリーと会って自身のデバイスの話に夢中になってしまい
隊員の訓練中と聞かされて興味深々で当初の目的を忘れて訓練場に向かい
思わず血が騒いで訓練に無断で参加してしまった』のであれば
確かに規律違反ではあるがそこまで青筋立てるほどの話ではない。

だがその人物は今や曰くつきどころではないジルグである。
しかしこの調子だといつまで立っても埒が明かず、糠に釘の状態が続くだけだろう。
「とりあえず”今日のところは”そういう事にしといたるわ。
それと今後は無断で他の隊員の訓練等に乱入しないこと!
それはよーく肝に銘じといてや?」
「了解しました申し訳ありません」
聞き様によっては棒読みにも聞こえる声で、流れるようにジルグは答える。

(あかん……初日からこんな状態やとジルグさんの思う壺や)
深呼吸して当初の予定を思い出すはやて。
「まぁ……まずは『道にも迷った』事やし、
ジルグさんに六課内を案内せないかんのやけど……」
しかし直前に起こった事が事である。
味方撃ちの話を知っている隊長陣もそうだし
始めに頼む予定だったリインなどは特にジルグへの嫌悪感が
今回の件でさらに悪化したようで、無言でジルグを睨みつけている。
ザフィーラに頼み込んで行ってもらうか、
デバイス調整関連の作業ペースに大幅な支障をきたしてしまうが
いっそのことシャーリーに………

そう考えていたはやてに、思いもよらぬ人物から声が上がった。
「あの、よろしければ私が案内をしようと思います」
「ティアナ!?」
なのはから驚きの声が上がる。
他の面々も一様に驚いた様子だ。

ティアナ達フォワード陣はジルグが陸士第108部隊で起こした事件を知らない。
だがつい先程、下手をすれば医務室送りにされかねない戦闘を一方的に仕掛けてきた相手を
自分から案内をしたいと言い出すなど普通に考えてありえない。
「いや、お前は訓練で疲れてるだろうし他の奴に……」
言いかけてヴィータが口を噤む、
その『他の奴』がいないから今の状況になっているのだから。
「今日の訓練はいつもよりは余裕を持って終わらせることが出来ましたし
これから一緒に戦う『仲間』なのですから、それもかねて案内したいのですが」

ティアナの言い方にどこか引っかかりを感じるはやて。
そして数秒後、頭の中でポンと手を打つ。
つまりティアナは自分達と共闘することになるであろうこの危険人物の事を
自分自身の目で見極めたいのであろう。
「わかった、じゃあ頼むわ。ジルグさん、ティアナに建物内案内してもらってな」
「了解だ」
「は、はやてちゃん!?」
はやての言葉に驚いたなのはが何か言いかけたところで
はやてはなのはに「ここは抑えて」という目線を送った。
仕方なく同意するなのは。
「……うん、わかった。でもティアナ、案内が終わったら身体のケアは忘れずにするんだよ?」
「了解です」
形式どおりに答え、ジルグと共に退出するティアナ。
そして残された隊長陣。

「いいの? はやてちゃん」
心配そうな表情で聞いてくるフェイトに
「多分大丈夫やろ。ティアナにはあの子なりの考えがあるみたいやったし。
あくまで勘やけど、こういう状況で騒ぎを起こすタイプには見えへんよ。
ジルグさんがロリコンとかやったら別の意味で危険やと思うけどそらないやろうし」
と事も無げに答えるはやて。
「どうしたヴィータ?ガラにもなく難しい顔をして」
先程からずいぶん静かなヴィータをの様子を不審がるシグナム。
「ん?ああいや……どうでもいい事ってーか
怒らないで聞いてくれよ?ただの印象だしさ」
珍しくいやに周りくどい言い方をするヴィータ。
「なんだ?」
「いや、あの二人…性格的に意外と似てるんじゃねーかって……
うわ! なのは! いきなりレイジングハートを突きつけるな!!」

ああ、となんとなく納得するはやて。
もちろんティアナは味方に突然攻撃を仕掛けるような人間ではない。
今はスバルという存在があるし
フォワード陣の指揮役として、エリオやキャロともコミュニケーションをとろうと努力している。
だが彼女も元々他人とは一定の距離を置こうとするタイプだ。
さっきのやり取りで、ヴィータはそのあたりを感じたのだろう。
「ちょっと部屋の外でお話しようか?」
となのはに追い掛け回されれるヴィータを眺めながらはやては思った。

---一方
ジルグを連れて部屋から出たティアナは部屋から少し離れたところでジルグに話しかけた。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。
私は六課でスターズ分隊センターガードを務める
ティアナ・ランスター二等陸士です、よろしくお願いします」
そう言ってジルグに向き合い敬礼する。
「本日付で六課に着任した。
まだ所属は聞いていないが、ジルグ二等陸士だ
こちらこそよろしく、ティアナ殿」
ジルグもそれに答え、敬礼を返す。
「いえ、階級も同じでジルグさんのほうが年上ですし、ティアナで構いません」
「わかった、そうさせてもらう」
隊長陣の心配をよそに、二人はいたって普通に六課内をめぐっていた。
先の戦闘の件はお互いおくびにも出さない。

ティアナとしては最低限の説明で話を理解し、
必要以上の質問をせず、簡潔にまとめて質問してくれるジルグの相手は
どちらかといえばなのはあたりを相手にするよりはむしろ気楽といえた。
ジルグとしても、いちいちギャアギャアわめかずに
必要最低限の事を簡潔に説明してくれるティアナは
あの隊長達と比べればよほど理想的な案内役だ。
ヴィータの言葉通り、
本来ならお互いに不必要な干渉はしないし、
したくない性格というのは合っているのかもしれない。

「──で、ここがジルグさんの部屋になります」
「わかった」
元々はエリオとジルグが同部屋となる予定だった。
だが、ジルグと同部屋だとエリオが精神的に参ってしまうのではないかと考えた隊長陣は
結局部屋を分けることにしたのだった。
今日の騒動を見る限り、判断は正解といえよう。

最後にジルグの部屋に辿り着き、案内は終了した。
「以上です、私は明日も早朝訓練がありますが
ジルグさんはどうしますか?」
「特に何も聞いていなかったからこの後聞きに行く。
あの様子だと合同の訓練は当分許可してもらえなさそうだが」
と可笑しそうに笑うジルグ。
「そうですか…」
「?」
初めて何かを言い淀むティアナに疑問の目を向けるジルグ。
「ジルグさんから見て、今日の戦闘における私たちの動きはどう映ったでしょうか?」
なるほど、今まで全く触れなかったとはいえ
その話題に関してはさすがに言い淀むだろう。
だが自分を非難するのではなく敵の視点から見た感想を聞くとは…
「戦闘中も言ったが悪くはない。
数に勝るなら合流を優先させ、数的優位に立つ。
そしてそれを生かせる場所で戦いを挑むのは賢明な判断だ」
「でも私たちはあなたに完敗しました、何故ですか?」
「………」
しばし考え口を開くジルグ。
「味方を生かす戦術は考えていたが、あの状況で敵がどういう手段で対抗してくるか──
を予測しなかったことが敗因の一つだ」

なるほど、とティアナは頷く。
敵を数的不利な状況下に追い詰める事に集中していたが
実際に追い込んだ場合、敵はどのような反撃に転じるのか。
退却するか?
抗戦してくるか?
前者ならそこで終了するか追撃戦にシフトする。
だが後者の場合、どの様な反撃をしてくるのかまでは今回考えなかった。
単純に数に任せて多方向から攻撃を仕掛けようとしただけだ。
これまでの訓練…ガジェット相手の訓練は基本的に敵の方が多く
単純な思考回路を持つガジェット相手ということもあり
ただいかにして相手を減らしていくかを考えていた。
なのはが相手の場合、あらかじめ自分達が個々で劣る『挑む側』として戦術を組み立てていた。
だが、実際の戦いで相手の能力が不明のまま今日のような状況になった場合
今回のジルグもそうだが、ジルグどころかそれ以上の相手である可能性だってあるのだ。
その場合はどうすればいいか……

思考の海に沈みそうになった頭を振る。
「一つ、という事は他にもあるのでしょうか?」
「特にはない。『今は』それが原因だろう」
つまりはまだ単純に力不足だった、ということだろうか。
あの時の戦闘を見る限り、それを否定する事はティアナには出来なかった

ティアナはジルグに敬礼する。
「大変参考になりました、また何かあればよろしくお願いします」
「了解だ」
敬礼を返すジルグを背にし、
ティアナは訓練後のシャワーを忘れていたことを思い出し
「そういえばスバルは目を覚ましたのかしら」などと考えながら
シャワールームに向かうのだった

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最終更新:2010年08月08日 21:00