訓練場にいつもの面子+1名が揃う。
あからさまな敵意こそ向けられていないが
なのはのジルグへの警戒は解けていない。
その微妙な緊張感がティアナを除くフォワード陣にも伝わり
自然と動作がぎこちなくなる。
「じゃあ、改めて紹介しようか。
この人が一応昨日付け…
なんだけど今日からみんなと六課で任務につくジルグさん」
「ジルグ二等陸士だ、よろしく」
珍しく笑顔の無いなのはの紹介とは対照的に、
昨日の事など無かったかのように微かに笑顔すら交えて自己紹介をするジルグ。
「今のところジルグさんの配属先は決定してないっていうのもあるんだけど
使用デバイスが特殊でしばらくはその調整ってことで
みんなとの合同訓練は少し先になるから」
なのはの言葉に少し落胆した顔をするスバルとエリオ。
この二人はなんだかんだで新しい仲間の力に興味があったのだ。
「ジルグさんの訓練区画はA-3になるからそこで訓練してね」
「了解、高町教官殿」
「………」
いつもなら「にゃはは~、高町教官じゃなくてなのはでいいよ」
とでも言うのだろうが、さすがにそういう気分ではないらしい。
無言でジルグを見送るなのは。
「あれ?いつもと違うな」という顔をするティアナ以外の三人。
「さて、じゃあ始めようか。
昨日はだいぶうまく出来たから、今日は少しレベルを上げていくよ!」
となのはは笑顔を作り、フォワード陣に声をかける。
なんとなく違和感を覚えながら「了解」「わかりました」
と返事をする4人。
訓練場の中に向かう4人を眺めつつ、なのはは少し自己嫌悪を覚える。
確かにジルグのしたことは本来許せるべきことではない。
だが、そもそもこういう事態が起こる事を前提とした上で
自分達はジルグを迎える事を決めたのではないか。
ならば……
「やっぱり……ちゃんとお話しないとだめだよね」
そう呟くなのはだった。
──いつもの3割増とも言えるガジェットの猛攻に晒される4人。
「ひ~~~、いくら昨日はうまく出来たからってこれはきついよ!」
他の3人ともスバルと同じ心境だ。
だが、なんとかしてやらなければならない。
「キャロ、エリオにディフェンスブースト。
スバルにアタックブーストを準備」
ティアナの指示に首をかしげる3人。
スバルはともかくエリオにはスピードブーストを使用して
機動力を伸ばすのがセオリーなのだが……
「私とエリオが殿をしながらB-2の27ポイントに後退
その間スバルは右回りでガジェットの後方に回り込んで」
左回りだと建造物の高さが低い為、発見される可能性が高い。
それはわかるが……
「27ポイント付近はスペースが狭い。
ここまで相手をひきつければ敵は散開できなくなるわ。
スバルはこちらの反撃が始まってガジェットの目がこっちに集中したところで
後方から奇襲、いいわね?」
「あの…エリオ君にかけるのは本当にディフェンスでいいんですか?」
遠慮がちにティアナに尋ねるキャロ。
「あの狭いスペースだといつもならともかく
今日みたいな数を相手にしたら被弾する可能性がかなり高いわ。
私も可能な限りは援護するけど、ガードを強化したほうが持ちこたえられると思う」
「私とエリオが変わろうか?」
というスバルにティアナは首を振る。
「スバルじゃないと迅速にガジェットを減らせない。
こっちはある程度動き回って相手の目もひきつけないといけないからね。
エリオにはきつい役を任せることになっちゃうけど…」
後方からの奇襲役は本来機動力に優れたエリオに任せるのがセオリーだ。
だが今回のようにまともに相手に出来ない数の場合
一撃離脱が得意なエリオより
確実かつ迅速に数を潰すことの出来る攻撃力を持つスバルの方が適任と
ティアナは判断したのだった。
「いえ、やります。後退しましょう」
ティアナの意図を汲み取り、引き受けるエリオ。
「じゃあ合図をしたら飛び出すわよ。
後エリオ、無理に撃墜を狙わないこと。
あくまで『避ける盾』として動く、いい?」
「わかりました」
「よし、行くわよ……1…2…3!!」
一斉に飛び出す4人。
その頃──
背面の跳躍補正デバイスを数回にわけて全開で出力し
まるでホバーするように地面を滑りながら移動するジルグ。
左右の姿勢制御デバイスを小刻みに出力させ
前方の障害物をほとんど姿勢を変えないまま左右にかわしていく。
かと思えば直線機動のまま脚部のデバイスを出力させ仰向けで浮遊した状態になり
跳躍補正デバイスを出力させて僅かに上昇
そのまま慣性移動により障害物をなめる様にかわした直後
肩と足の制御デバイスを出力させて身体を反転
身体が下方を向いた瞬間、制御デバイスを逆方向に出力して回転を止めながら
跳躍補正デバイスを出力して一気に下方向に加速
障害物の背後に回り銃剣を斬り降ろしつつ
脚部の姿勢制御デバイスと跳躍補正デバイスを出力させて足の角度を調整し着地する。
これが飛行魔法であれば術者のイメージ一つで自由に飛び回り
その状態で魔法なりで攻撃できるのだが
エルテーミスの動作はあくまで瞬間的な加速である
それも5ヶ所のデバイスを同時に動作させて姿勢を制御しなければならない。
出力を上げて上へ跳躍し、一時的な空中戦をする事も出来なくはないが
着地時の姿勢制御や出力調整を誤れば着地の衝撃を殺せずに骨折したり
または浮いたままその場に停止してしまい、ただの的になる恐れがある。
こうしてみるとデメリットだらけのようだが
あくまで瞬間加速装置である為に
出力した瞬間以外は魔力を全て攻撃や防御へ回せる。
同じランクの空士あたりが相手ならば
飛行魔法を使用しながら攻撃してくる相手に比べ
理論上においては火力などでは勝る事が出来るだろう。
だが、どんなものでも道具というものは使いようである。
そしてジルグはこのデバイスユニットを扱える自信と、その技術を持っていた。
「デチューンしている状態なのにここまで操作が難しいとはね」
自分が依頼して作成させたのに思わず皮肉を漏らす。
今障害物を切り裂いた武器はライフルの方はミッド式のカートリッジを使用する物だが
先端に取り付けられている銃剣はベルカ式のダガー型デバイスを組み合わせたものだ。
銃剣がミッド式の魔力刃形成型でないのは
万が一魔力が切れたり使用できない状況に陥った場合
ミッド式では刃が展開できず、戦闘が不可能になる事
また、非殺傷設定では物理的なダメージを与えられない事をジルグが嫌った為である。
ライフル自体の性能も、タイプこそ入局試験時に使用したものと同じだが
現在の物は既製品の中から最高クラスの硬度、精度を誇る部品で構成され
長めの銃身は目視外の狙撃も可能であり
目視の出来ない長距離狙撃時には内蔵されている狙撃用スコープが展開する。
ジルグは基本的に魔力弾に誘導能力を持たせず、
速度と貫通能力のみに特化させているが、状況に応じて変更する事はもちろん可能であり
最大まで魔力を込めた状態の魔力弾であれば
AAAランク相当の魔術師の展開するプロテクションすら軽く貫通し
戦闘不能状態にすることが可能な出力を持たせてある。
だが、当然連射したり誘導能力を持たせれば単発の威力は低下するし
最大出力で射撃する場合、連射は効かず
エルテーミスを含む他の武装には魔力を回せない(ジルグ自身による移動は可能)が……
左腕に取り付けられた小型のシールド型の魔力障壁展開用デバイスは
純粋な魔力障壁用ではなく、硬度の高い材料を使用したシールドなので
魔力を使用した攻撃だけではなく、物理的な攻撃にも対応可能である。
防御力は使用者の魔力に左右されるので
展開面積や強度などは他の使用デバイスとの兼合いをしながら使用することになる。
また、正面からの攻撃を受け止めることはもちろん
角度をつけることで高威力の魔法を”受け流す”事も可能である。
ちょうど手が隠れる程度の大きさなので
一応打撃用としても使用できる。
腰に取り付けられたベルカ式のシンプルな形状のショートソード型デバイスは
長さは柄を含めて60cm程度で携帯性重視のもので
カートリッジを使用して一時的に魔力を付与し、
魔力を纏わせた強力な斬撃や中距離の相手への斬撃波等を行う事が出来る。
材質的にはあくまで量産品の中の上級品なので
ヴォルケンリッターの持つデバイスやエリオのストラーダに比べれば
性能的には数段劣るが強度自体は比較的高い。
ただあくまでサブウェポンであり、ジルグとしては気休め程度にしか考えていない。
あくまで『最後の手段』である。
自分がかつて乗っていたゴゥレムの方のエルテーミスもそうだったが
これは中々に使いこなし甲斐がありそうだ。
楽しそうに呟いたジルグは物陰に向かって声をかける。
「で、新人を放っぽって物陰に隠れて不意打ちでもするつもりですか?
高町教官殿」
「別に隠れてたわけじゃないんだけどね」
物陰から現れたのは、新人達の模擬戦をモニターしているはずの高町なのはだった。
「あの子達なら大丈夫だよ。
最近どんどん強くなっていってるしね、力も心も。
もっとも昨日はジルグさんにしてやられちゃったけどね」
と笑うなのは。
さて、何の目的でこちらの訓練に姿を現したのか?
心中で訝かしむジルグ。
「すごい動きするね、そのデバイス」
「製作者の腕が良いからですよ。
それにまだ使いこなせてはいません。これからですね」
「ふうん、でも何個ものデバイスを同時に扱うってやっぱりすごいと思うよ?」
「六課のエースにそう言って頂けるのは光栄です」
さしさわりの無い会話を続ける二人。
「それで、世間話でもしにきたのですか?」
「まさか」
ジルグの問いに笑顔を見せるなのは。
今のところ彼女はジルグに警戒心は見せていない。
「ジルグさんは大人だから体力はあると思うけど
慣れないデバイスを使って訓練してるから
適度な休憩をしたほうがいいと思って来たんだよ」
と、ジルグにスポーツドリンクを渡すなのは。
「それはどうも」
とドリンクを受け取るジルグだが、いまいちなのはの意図が掴めない。
「それに初対面の時や初訓練、試験のときもほとんどお話しなかったでしょ?
隊長としては一緒に戦う仲間とのコミュニケーションも必要だから
ジルグさんとお話に来たんだよ」
「それなら訓練以外の時間でもいいのでは?」
「ダメだよ、そういう時間のジルグさんって見つけられないでしょ?」
それは確かにそうだろうな、とジルグは思う。
「だから今話しにきたの。あ、これは隊長の私がやってることだし
サボリにはならないから安心してね?」
「………」
ジルグとしては訓練を続けたいところだが、
ここまで上司にあからさまに粘着されてはそうもいかない。
「でね、ジルグさんの事色々知りたいんだ。
例えばお父さんやお母さんの事とか。
前の世界のお友達の事とか。
どうして管理局に入ろうと思ったのかとか
管理局に入って何がしたいのか、何を目指そうと思ったのか、とかね」
「………」
ジルグからすればかなり迷惑な話題ではある。
そもそも母親は幼い頃に他界しているし、
父親には全く興味を失って久しい。
対等な友人などそもそもジルグには──
もしかしたらなっていたかもしれなかったあの能無し以外には
自分の周りには一方的に自分勝手な期待を押し付けてくるか、
おべんちゃらを使って擦り寄ってくる連中しか存在していなかった。
そういう連中の態度はあの”味方殺し”以来、
羨望と期待から嫌悪と忌避にあっさりと変貌した。
「それは上官命令ですか?」
と皮肉気に言葉を返すと、う~んとなのはが唸る。
「本当なら無理に話さなくとも…って言うところなんだけどジルグさんだからなー」
と笑うなのはを見てジルグは軽く鼻を鳴らす。
「申し訳ないですが。教官殿の期待に応えられるような話は出来ないと思いますよ」
「そんなことないと思うよ~?」
これでは押し問答だ。
「何故管理局に入ろうと思ったか?
『なんとなく面白そうだったから』ですよ。
そろそろ訓練に戻りたいのですがよろしいでしょうか?」
ジルグの答えに「むう」、と不満そうななのは。
それを横目にデバイスを起動させるジルグに
「あ、ちょっと待って」と声をかける
「わたしの事は『高町教官』じゃなくて『なのは』でいいからね
あとジルグさんのほうが年上なんだし敬語もなし、これは上官命令」
悪戯っぽい笑みを見せるなのはから視線を外すと
ジルグは跳躍補正デバイスを吹かし、あっという間に視界外へ消えてゆく。
「逃げられちゃったかぁ……まぁまたチャンスはあるよね」
と呟き、なのはもフォワード陣の元へ戻るのだった。
最終更新:2010年08月09日 21:11