先頭車両に降り立ったスバルとティアナは
当初の予定通り中央車両を目指していた。
新型ガジェットの激しい抵抗が二人の行き先を阻もうとする。
だが────
「あくまで迎撃に徹するっていうんなら好都合だわ」
ティアナが軽く下唇をなめる。
「スバル、最大火力でぶっ放すからそれと同時に突入よ」
「OK! まかせてティア」
確かに敵のAMFは強力だが、
今のところ自分達が現在の交戦位置から進まないうちは積極的な攻勢に出てこない。
ならばAMFの効果範囲外からとびきり上等な一撃をご馳走して一気に片をつける。
ティアナの魔力が集中したクロスミラージュがガジェットに向けて極上の弾丸を放つ。
「ヴァリアブルシューーーーーーーーーーート!!」
多殻で構成された魔力弾がガジェットに襲い掛かり
そのすぐ後ろをスバルが追う。
「行くよ! マッハキャリバー!!」
『Wing Road』
ウイングロードが形成され、スバルとヴァリアブルシュートは一直線にガジェットへと向かう。
光条がスバルを狙うが、ヴァリアブル・シュートに相殺される。
新型ガジェットの動作は速いが、その大きさ故にこの車両内では的同然だ。
ヴァリアブルシュートの回避に失敗して直撃を食らったガジェットの目の前に
右拳に魔力を集中させたスバルが姿を現す。
「いっけぇぇぇぇ! リボルバァァァァキャノン!!」
ヴァリアブル・シュートが直撃した箇所に拳を叩きつけるスバル。
普通に攻撃されたのならば、スバルの拳を持ってしても簡単に破壊できない装甲だろう。
だが直前に攻撃を受け、脆くなった箇所に直接打撃を食らえば
いくら新型ガジェットといえど耐えられるわけは無い。
拳が内部に突き刺さり、ガジェットの機体が悲鳴を上げる。
苦し紛れのように右腕を振るうが、スバルはそれを素早くかわして背後に回ると
さらにもう一撃、反対側から拳を叩き込む。
追い討ちの一撃が致命傷となったのか、沈黙するガジェット。
「やったねティア!」
「スバル、浮かれない。任務はまだ終わってないんだから」
はしゃぐスバルに釘をさすティアナ。
それにしても、とティアナは考える。
結果としてあっさりと倒すことが出来たが
もしも考え無しに突撃して乱戦になっていたら正直危うい相手だったろう。
だが、まずは相手の能力と行動パターンを見極める。
それを実行できたことが早期のガジェット破壊に繋がった要因と言えた。
(敵がどういう行動をしてくるかを予測した指揮をする……)
頭にあったのは訓練での敗北後にジルグから聞いた言葉だった。
だが今、当の本人は……
ティアナは頭を振ってジルグの事を頭から消す。
なんにしてもまずは任務を無事に成功させなければ。
「行くわよスバル!」
「了解!」
一気に中央車両に向かう二人。
途中で散発的な抵抗を受けるが、先程の新型ガジェットではなく
今まで訓練で相手をしてきたタイプだ。
一気に蹴散らしながら中央車両へと雪崩れ込む。
「あたしたちのほうが速かったね」
「そうみたいね、でも……」
中央車両のレリックが置かれているであろう場所の前に二つの人影があった。
「新型、やられちゃったみたいだよ?チンク姉」
赤髪の少女が自分より背の低い銀髪隻眼の少女に話しかける。
「侵入時間を考えると予想より早いな、よほど高ランクの魔術士か」
それとも、と言葉を続ける。
「戦巧者か──」
「!!」
とっさに左右に跳ぶスバルとティアナ。
高速で接近した赤い髪の少女──ノーヴェの突きを間一髪でかわす。
「ッ早いッ!」
「スバル!右!!」
ティアナの言葉に反応し、反射的に後ろへ跳ぶスバルの目の前を通りすぎてゆくナイフ。
もし一瞬遅ければ……
スバルは背筋がゾクッとするのを感じる。
赤い髪の少女はスバルのマッハキャリバーに似た装備を身につけている。
恐らくはスバルと同じ近接格闘を得意とするタイプだろう。
銀髪の少女は投げナイフを使うようだが、さっきの赤髪の少女とのやり取りからすると
彼女より格上の存在なのだろうか?
だとすれば個々の能力では敵わない可能性が高い。
再び背中を合わせ、スバルがティアナに問う。
「どうする?」
「厄介ね……」
ティアナの頭の中では彼我の戦力と自分達の勝算を上げるための計算が猛スピードで行われている。
戦闘スタイルの似たタイプのスバルをノーヴェに当てるか?
否、今のスバルではあの相手に一対一の勝負はリスクが大きすぎる。
それに銀髪の少女──チンクの能力もわからない状態で素直に分散して挑んでも
おそらく勝率は限りなく低いだろう。
ならばどうするか……?
理想を言えば2人掛りで一人ずつ倒せればよい。
だが、目の前の相手が易々と乗ってくれるだろうか?
いや、乗らせるしか自分達に勝ち目はない。
(スバル…)
念話で作戦をスバルに伝える。
(いや、でもそれってちょっと危なくない…?
それになんか卑怯と言うか……)
(こうでもしないとこの2人には勝てないわよ。
それに自分のプライドと任務の成功とどっちが大事なの)
(うう……了解)
「さて、そろそろ来るか?」
チンクの挑発的な物言いを合図にスバルとティアナが動いた。
だが向かったのは見当違いの方向だ。
「!?」
スバルが車内においてある荷物を掴み、片端から天井の方に投げつける。
「行け!」
それはティアナのクロスミラージュから発射された魔力弾に当たり角度を変え、
チンクとノーヴェへと向かう。
「何をするかと思えば……」
つまらない手だ、そう言いたげなチンクの目の前に立ったノーヴェが
迫る荷物を叩き落そうとした。
「もういっちょ!」
「なに…?」
再びスバルは2人に何かを投げつける。
「小細工してんじゃねぇ!」
最初に投げられた荷物を叩き落したノーヴェがその『何か』も叩き落そうとする、が
クロスミラージュにより打ち抜かれたそれ──消火器が爆発してチンクとノーヴェの視界を奪う。
「めくらましか!」
だが、チンクは冷静だ。
下手に動いて不意打ちなど食らっては笑えない。
予想通りノーヴェを狙う影が頭上に現れた。
「まずはその足を止めさせてもらうわ!!」
ティアナがノーヴェの足元を狙い、クロスミラージュを連射する。
「ハッ! 見え見えなんだよ!!」
足元に向かう魔力弾を避けると同時にノーヴェがティアナに向かって跳ぶ。
「!!」
驚愕の表情を見せるティアナ。
そしてノーヴェがティアナに拳を叩き込む。
ティアナはシューターであり近接格闘は苦手だ。
何とか攻撃をガードするも吹き飛ばされる。
「フン! つまらない手を使うから……」
そこまで言ったノーヴェが何か違和感を覚える。
相手がいくら体重が軽い少女と言っても今の手応えは軽すぎる。
まるであらかじめ食らうことを予想していたかのように……
ハッと下を見る。
ティアナに気を取られた数瞬の隙に
ノーヴェの真下に魔力を拳に集中させて滑り込んだスバルが現れていた。
「一撃必倒……」
「やばっ!!」
「ディバイン……バスタァァァァァァァァァ!!」
激しい魔力の奔流がノーヴェを包み、中央車両の天井に大穴を明ける。
ディバインバスターを放ったスバルは
間一髪でチンクのナイフをかわして大きく転がりながら距離をとる。
「ティア!大丈夫!?」
「イタタ……あんまり大丈夫じゃないけどね…でも」
多少強がった笑みをスバルに向ける。
「来るとわかってればなんとか耐えられるものよ」
つまりあの驚きはティアナの演技である。
数瞬でも時間を稼ぐことで、なんとかノーヴェの油断を引き出したのであった。
もちろん被弾してくれれば足が止まるのでスバルの攻撃を
より確実に当てることが出来たのだが…
わかってても痛い思いをするのはごめん蒙りたかったがこの際仕方が無い。
ティアナは用心深くクロスミラージュを構え直し、煙幕の向こうの様子を伺う。
だが───
2人の間に飛び込んでくる影。
最初と同じ様に横っ飛びに回避する。
「あっぶねー…意外とやるじゃん」
そこには消火器の粉末で少し顔と身体を煤けさせたノーヴェの姿があった。
「やっぱり小細工は小細工だったみたいね……」
「まぁそういうことだな」
落ち着き払った顔でチンクが応じる。
「いやぁ、でも結構危なかったぜ」とノーヴェがカラカラと笑う
スバルがディバインバスターを放つ瞬間、
チンクはスバルに攻撃し、僅かながら体勢を崩した。
軌道がずれたディバインバスターを(それでも直撃コースに近かったが)
ノーヴェは自身の固有能力である限定空戦能力を用い
無理やり自身の位置を動かすことで辛うじてディバインバスターの直撃を回避したのだった。
「さ~て、ここからどうしようかしら?」
外見こそ平静に保って見せているものの
ティアナは内心で必死に戦力計算をしていた。
奇襲は一度行われればその効果は失われる。
そして自分達はその機を逃してしまった。
「なかなかやるな? 今度は正面勝負といこうじゃねーか!」
言いながらスバルに攻撃を仕掛けてくるノーヴェ。
「クッ!」
動揺を隠せないスバルだが、なんとかノーヴェの攻撃をブロックする。
「スバル!」
「お前の相手は私がしよう」
ティアナが身を翻すと同時に立っていた場所にナイフが突き刺さり、小爆発を起こす。
「この車両を壊してレリックを破壊するわけにいかない
手加減してやるからありがたく思いなさい」
そう言いながらも立て続けに飛んでくるナイフを
ティアナは必死に至近距離で撃ち落とし、かわす。
だが、互いの力量の差は明白である。
みるみるうちに劣勢へと追いやられるスバルとティアナ。
さすがに列車を破壊してレリックを傷つけるわけにはいかないからだろう。
明らかに手加減をされているのがわかるが、
それでも劣勢は変わらず、むしろ悪化する。
「くっ、スバル! いったん下がるわよ!!」
「で、でも!」
「でもじゃない! 今のわたし達二人の手に負える相手じゃないわ!」
隙を見てスバルを引っ張り、ティアナは前の車両に身を隠した。
ひとつ前の車両に後退し、ギリっと奥歯を噛み締める。
「とにかく…なんとか断続的に牽制してあの2人を列車外に出さないように……
それでエリオやキャロ、なのはさん達が合流したところで一斉攻撃を仕掛けるしかないわ」
「くぅぅ……!」
スバルも頭が悪いわけではない、ティアナの言うことが正論だと言うのはわかっている。
だが、やはり『負けた』という感情は認めたくない。
相手の後退を見たチンクは少し感心したように呟いた。
「ただの猪かと思ったけど……結構冷静に状況分析が出来てるのね」
「つまんないな、あのまま向かってくればすぐ潰せたのに」
つまらなそうに呟き、スバルが空けた大穴の下で日光を浴びてブラブラと歩くノーヴェ。
おそらく相手は『あの』高町なのはやフェイト・T・ハラオウンの合流を待って
再びこちらに仕掛けてくるつもりだろう。
そうなると厄介だが、既に自分達を回収する為のガジェットはこちらに向かわせている。
先程の相手が牽制を仕掛けてくるかもしれないが
幸い後側の車両からの援軍はまだ来る気配が無い。
後方の車両内にいるガジェットをこちらに呼び寄せて相手をさせればよいだろう。
既に勝負は決まった。
チンクもノーヴェもレリックの奪取成功を確信していた。
───だが
チンクもノーヴェもまだ気づいていなかった。
中央車両の上空、輸送ヘリの足場に足を掛け
不敵な表情で二人を見下ろす赤い髪の死神の存在に……
最終更新:2010年08月14日 13:33