ティアナとスバルがチンク、ノーヴェの二人と交戦を開始する少し前
フォワード陣を列車に下ろし終わった輸送ヘリは戦闘領域を離脱しようとしていた。
「さて、中じゃ始まったみたいだ……大丈夫かジルグ?」
ジルグに目もくれず通信指揮をするリインフォースを横目に
ヴァイスがジルグに声をかける。

ヴァイスもフォワード陣と同様、陸士第108部隊で起こった事件は聞いていない。
これまで特にジルグと個人的に交流があったわけではないので
フォワード陣とは違い、多少の同情をジルグに抱いていた。
初めて上空から制圧作戦を行うなどという場合、
むしろジルグのような反応があってもおかしくはない。
軍隊だったら有無を言わせず放り出すのだろうが
機動六課は治安維持部隊であり、軍隊ではない。

確かにジルグの技量や人となりを人伝いに聞いてはいたが
何もあそこまで言う事はないだろう、とヴァイスは思っていた。
「これからこのヘリは戦闘領域を離脱する
あんまり気分が悪いようなら横になって……」

そこまで言いかけてヴァイスはジルグの様子が違う事に気づく。
「いや、大丈夫だ」
下を向き、前髪で隠れている為、表情は読み取れない。

「さすがにこのまま何もしないのも後味が悪い。
中央車両の上に向かってくれないか?」
そう言って面を上げたジルグの顔には……

先程の怯えなど微塵も感じられ無い、不敵な表情が浮かんでいた。



───管理局の鼠は一旦引いた。
だがあの調子だと、増援を待って再度迫ってくるだろう。
ならば早いうちにレリックを回収して撤収しなければならない。
しかし、とりあえず自分達を回収するために用意されたガジェットが到着するまでは待つしかない。

後部車両に配置していたガジェットを呼び寄せて
ティアナとスバルが牽制してきた時の為に配置する。
弾除けくらいになるだろうと思いながらチンクはノーヴェの方を見る。
ノーヴェは天井に開いた大穴の真下で残骸を蹴っ飛ばしていた。
それを見ていたチンクはどこか違和感を感じた。

何かがおかしい。

敵が列車の屋根に大穴を空けたのは先程の戦闘の最初のほうだ。
列車の上空には大量のガジェットを展開させている。
上空制圧をしてくるであろう敵に対してかなりのガジェットが向かったはずだが
それでも中央車両上空を滞空しているガジェットはまだ残っていたはずだ。
なのに先程の戦闘中、屋根に穴が空き
自分達が戦闘を行っているにもかかわらず
穴からは一機のガジェットも進入してこなかった。

カンッ!とノーヴェの背後に何かの残骸が落ちてくる。
ノーヴェの上にあるのは敵があけた大穴だ。
その空間から何かが落ちてくるとすれば……

「ノーヴェ! 上だ!!」
とっさに叫び、彼女自身も上空を見上げる。
何かが落ちてくる……自由落下の速度ではない!
「!!」
ノーヴェも上を向き、目を見開き迎撃しようと右腕を動かす。
だが、それは既に遅きに失した行為だった。

ジャン!!!!!

形容しがたい音が中央車両の中に鳴り響く。
ノーヴェとチンクが見たのはノーヴェの背後で銃剣を振り下ろして着地した
身体の各所にデバイスらしき物を装着した赤い髪の男……そして

ゴトリ……

肩から切断され、床に転がったノーヴェの右腕だった。

本来非殺傷設定にしてあるデバイスによる攻撃では
魔力にダメージを受けても直接身体的なダメージを受けることは少ない。
だが……重力と跳躍補正装置による加速に加え
物理的な攻撃も可能なベルカ式のダガーによる斬撃。
いくら戦闘機人が頑丈に作られていようと耐えられるはずもなかった。


ノーヴェはその瞬間何が起こったのかわからなかった。
チンクの声と頭上から降ってきた赤い影。
右肩に感じた凄まじい衝撃と床に転がる自分の右腕。
そして……

自分の背後でゆらっと立ち上がる赤い髪の男---ジルグと目が合う。

その笑みすら浮かべた相手の目から放たれるのは、明確な殺意。

「う……」
沸き起こる圧倒的な痛みと恐怖。
「うわーーーーーーー!!!」
足がすくんで動かないノーヴェは、闇雲に残った左腕をジルグに向かって振り回す。
だがジルグはあっさりとノーヴェの左手を掴み、ねじ上げる。
そのままジルグはチンクとその周囲に浮かぶガジェットに向かってライフルを連射した。

「くっ!!」
尋常ではない速度と威力の魔力弾。
チンクは舌打ちすると壁の隙間に身体を躍らせる。

「ノーヴェをわざと倒さず盾に……これじゃ攻撃できない……」
ギリッと歯軋りをする。
「しかも正確無比な射撃…!」
AMFを展開しているはずのガジェットをもあっさりと貫通し、破壊する魔力弾。
恐らく誘導に魔力を割かず全て威力に回しているのだろう。
だが、いくら魔力を威力に回しているとはいえ
これほどの魔力弾をこの速度で連射できるということは
間違いなく超一流の魔術師だ。
ガジェットも一応回避運動を行っているにもかかわらず
まるであらかじめ行き先を知っているかのように
次々と魔力弾がガジェットに着弾し
みるみるうちに数を減らしてゆく。

「……! バカ! やめろ!!」
まだ撃破されていない数機のガジェットがジルグに射撃を浴びせる。
「うぐっ! あぁぁぁぁぁ!!」
だがそれは全て盾にされたノーヴェに着弾する。
「へぇ……」
嘲笑うかのように口元を歪めたジルグは、チンクの方にノーヴェを蹴り飛ばすと
後方に飛びながら残りのガジェットを全て撃破し
レリックの収納してあるスペースの陰に隠れる。

「ノーヴェ!!」
「チ…ンク姉……うぅ……」
「くっ、レリックを目の前にして……だが今はノーヴェが優先だ」
チンクは自分達を回収する為に近づいてきたガジェットが近くに移動してきたのを見計らい
ノーヴェと切断された彼女の右腕を持ち、車両から姿を消した。

エリオとキャロがやっとのことで新型ガジェットを撃破し、中央車両に到着しようと言う頃
中央車両内の異変を訝かしんだティアナとスバルが中央車両に再突入し、列車内は完全に制圧されていた。
そしてレリックは無事確保され、列車は停止した。

こうして機動六課の初任務は無事成功に終わったのであった………のだが……




「……さて、事情を聞かせてもらおうかな?ジルグさん」
ジルグの目の前には満面の笑みを浮かべたなのはが立っていた。
だが、その周囲にはオーラどころか瘴気とさえ呼んでもよさそうな気が
ドヨドヨと無尽蔵に発散されている。

瘴気に当てられ、思わずその場から大声をあげながら逃げ出したい心境のフォワード陣とは対照的に
フェイトもおもわずドン引きしているそれを向けられているジルグはというと
特にいつもと変わらず、涼しい顔を崩さない。
「しばらく混乱したまま震えていましたが──
気分も良くなってきたので、せめて援護くらいはしようと思って中央車両に侵入したら敵がいたので
怖くなって隠れていました、以上!!」

「……(笑)。ヴァイス君やリインの報告と違うね。
中央車両上空のガジェットを単機で制圧、
スカリエッティの配下とみられる二人の敵のうち一人を撃破、退却に追い込む…とあるけど?」
「………」
しばしの沈黙。
「……じゃあそういう事で」
「ジルグさん、今回の件「ジルグさーん!ヘリから直接落下して着地しながら攻撃したんですって?
早くデータ取らせ…………あれ?」」

唐突なシャーリーの登場に固まる面々。
「な、なんか良くわからないけどジルグさん借りてくわねー!
あとフォワードの子達も報告書よろしく!」
と言い、ジルグを引っ張ってゆくシャーリー。
そして待機室にはなのはとフェイト、4人のフォワード陣が残された。

「………(笑)」
今だ瘴気を発したまま満面の笑顔を浮かべたなのはが口を開く
「解散」
脱兎の如く退出するフォワード陣、あんなところ一秒でもいたくない。
後にエリオはヴァイスにこの時の事を
「あの時のなのはさんなら第六天魔王ですら泣いてひれ伏すと思います」
と語ったとか。

「じゃ、じゃあわたしもこれで……」
逃げようとするフェイトの肩をなのはの手がガシッと掴む。
──たぶんプロレスラーにも匹敵すると思う、と後にフェイトははやてに語っている。

ギ…ギ…ギ…という音が出そうな動作で振り向くフェイト。
そこには変わらず笑顔のなのはがいた。

「フェイトちゃん、どうして逃げるのかな?」
「い、いやホラ!わたしも報告書の仕事とかあるし!!」
「わたし達友達だよね? 友達ならこういう時どうするのかな?」
そのまま「誰か助けてー!!」と心の中で叫ぶフェイトを
ズルズルと居酒屋の方へ引きずっていくなのはであった。

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最終更新:2010年08月18日 23:03