「ったくもう……ええ加減にして欲しいわ」
愚痴をこぼし続けながら書類を処理するはやてを
部隊長補佐であるグリフィスは複雑な目で見ていた。

はやての愚痴の原因は当然ジルグの件である。
今回は高所恐怖症で怯えてみせたと思いきや、味方を欺いての単独行動。
結果としてレリックは確保され、任務は成功したものの。
これではチームワークの意味も何もあったものではない。

グリフィスはその立場上、隊長陣以外でジルグの味方撃ち事件を知らされている一人である。
「やはり、後方任務に回した方がよいのではないですか?」
無駄とは知りつつグリフィスははやてに提案する。
これも自分の仕事ではあるが、延々と愚痴を聞かされ続けるのは精神衛生上好ましくない。
「それが出来たら苦労せんわ」
にべも無く答えるはやて。

ジルグの行動自体は規律違反に抵触してはいるが、だからといって完全に前線から外す理由としては弱い。
なまじ華々しい戦果を上げてしまっているから余計に性質が悪い。
ここで大した理由もなしに配置を変えれば、職員の中には疑問を感じる者も出てくるだろう。
個人的にジルグの事を調査でもされて”味方撃ち事件”を知られては本末転倒である。

おまけに隊長陣からの好感度は最悪に近いが、フォワード陣も含め
職員達のジルグへの評価は別段悪いわけではない。
ジルグ自身は特に自分から他者へ歩み寄ろうとする性格ではないが
普段は態度に出して頑なに他者を拒否する、というわけではないため
他の職員達からしてみれば『六課のその他大勢の一人』に過ぎないのだ。
一見すれば物腰の柔らかい優男であるため、外見と態度で完全に本性を誤魔化している。

壮絶な暴れっぷりを直接目撃したヴァイスなどは
最近たまにジルグに話しかける事があるようだが
味方を演技で騙くらかしたという件に関して大して気にするわけでもなく
年も近いので普通に親近感を抱いているようだ。
最も親近感を抱いているのはヴァイスの方だけではないか、とはやてなどは思っているのだが。

「そういやなのはちゃんはどうしてるん?」
愚痴を言うのにも飽きたのか、はやてがグリフィスに尋ねる。
ジルグの件に関しては次の日の朝になのはから報告を受けた。
服からアルコール臭を漂わせながらどこか壊れた笑顔で最低限の報告を行うなのはと
青ざめた顔でゲッソリとしているフェイトの姿が印象的だった。
この件の詳細は直接見ていたリインフォースから聞き
それからしばらく書類の整理に追われていたこともあり
はやてはなのはと顔を合わせていなかった。

「管理外第97世界に出動した後は、特に普段と変わらず訓練プログラムの作成に励んでいますよ」
「そか、いい気分転換になったのかもな」
山岳列車襲撃事件の数日後、機動六課はなのはやはやての生まれた管理外第97世界「地球」に出動した。
特に何事か事件が起こったというわけではなく
どちらかといえば、あの事件の後なのはの精神状態を危惧したはやてが
任務の名目で精神的なアフターケアを行うため出動させたのだった。

当然ジルグは同行していない。
本人としてもデバイスの調整に集中したいという様子であったし
頭痛の種が一緒では、そもそも気分転換にはならない。

「まぁ戦力になってくれてるんなら、とりあえず今はそれでええわ」
どこか投遣りなはやての言葉に「そうですね」と何の変哲も無い相槌を打ち
グリフィスは再び自身の仕事に戻るのであった。


「あ、フェイトさん」
「あら、二人とも午前の訓練はもう終わったの?」
六課の廊下を歩いていたフェイトはこちらに向かって歩いてくるエリオとキャロに声をかけられた。
もともとこの二人は彼女が保護した存在であり、ある意味フェイトは二人の親代わりのようなものだ。

「はい、今日も大変でしたけど」
はにかむキャロだが、先日の件で吹っ切れたのか
訓練中の動きや判断もだいぶ良くなっていると聞いている。
「フェイトさんもこれからお昼ですか?」
そう尋ねてくるエリオの方も初任務で自身の未熟さを感じたようで、訓練に一層の熱が入っている。
「ええ、それなら久しぶりに一緒にお昼を食べましょ」
「「はい!」」
必然的にこういう流れになり、3人は食堂へ向かった。

食事をしながら今日の訓練の様子などを聞いていたフェイトが、そういえばと口を開く。
「確かジルグさんはまだ別メニューなのよね」
「はい、直接見ていろいろと勉強してみたいんですけど…」
とエリオは多少落胆した様子で答える。

初任務の後もジルグはフォワード陣と別メニューでエルテーミスの調整を行っていた。
これにはいくつかの事情がある。
一つは前述のようになのはを含め、隊長陣はジルグの事を快く思っていない。
六課着任初日に起こした騒ぎの件もあり、未だはやてから合同訓練の禁止令は解かれていない。

もう一つはジルグとフォワード陣では力量の差が有り過ぎると言う事である。
フォワード陣のレベルに合わせたメニューを組めばジルグが簡単にクリアしてしまうだろうし
だからといってジルグのレベルに合わせたメニューでは
今のフォワード陣ではとてもクリアできない。
そもそもエルテーミスを起動させたジルグの力量自体、完全に把握しきれていない状況なのだ。
そしてジルグ本人もエルテーミスの調整を優先したいという旨を伝えている。
訓練が別メニューになるのはむしろ必然といえた。

「ねぇ、二人から見てジルグさんてどんな感じ?」
唐突ともいえるフェイトの質問に少し考え込む二人
「そうですね、少し変わった人…ですかね
ちょっと何を考えているのかわからないというか…」
エリオの答えは妥当だろう。
フェイトも今ひとつジルグという人間の考え方が掴めないでいる。
最も直接話した事などほとんど無いので当然ではあるが。
「でもすごく強いですし、前に昼食を一緒にとった時は…ほとんどスバルさんが話してましたけど
何か質問しても嫌な顔とかしないで答えてくれましたし
そんなに悪い人じゃないんじゃないかと思います」
キャロの方は完全にジルグの仮面に騙されているようだ。

「でもなんでそんなこと聞くんですか?」
エリオの質問にフェイトはう~ん、と唸りながら答える。
「なのはがちょっと列車事件の事で気に病んでたから
あなた達から見たジルグさんの印象を聞いてみようと思ったの」
「そうなんですか……そういえばあの後…どうなったんですか?」
「思い出したくないから聞かないで……」
頭を抱えて首を振るフェイト。
はやてへの報告も行わずに午前5時まで六課内にある居酒屋で
延々と酒ではなくジュースを飲まされつつ
目と声が笑ってない笑顔のなのはの愚痴に付き合わされた。
なんて言えないし言いたくもない。

そもそもジルグの話題なんて出さなければ良かった
と、フェイトは見当違いの恨みを心中でジルグにぶつけるのだった。


「はぁ……お父さん達は無理しないでって言ってくれたけど…」
その頃なのはは訓練プログラム作成用のモニターの前で
机に両肘をかけて頬に手を当てて一人呟いていた。

はやての配慮であることはわかっていたが
海鳴市への出動で、山岳列車事件直後に比べればだいぶ落ち着いたのが自分でもわかる。
愚痴につき合わせたフェイトにも昨日改めて謝罪した。
それにしても、だ。

「どうしてあんな事するのかなぁ……」
なのはは『あんな事』をした張本人であるジルグの事を思い浮かべる。

ジルグは今までなのはが接してきた人の中でもかなりの異彩を放っている人物である。
初対面時の異世界に飛ばされた直後とは思えないほどの落ち着き振り、その後の”味方撃ち”、
そして着任直後のフォワードへの攻撃、トドメに前回の独断行動である。
もしジルグがただの戦闘狂なのであればそれはそれで理解できる。
だが、普段接する限りジルグはきわめて理性的であり
感情を表に出すタイプではない。
ならば何か深い理由があって他者からすれば理解できないような行動を取っているのかもしれないが
その理由が皆目見当がつかない。

ヴィータはジルグをどこかティアナに似ている、と評した。
だが、それはあくまで普段の他人への接し方である。
なのははティアナが管理局員を目指した理由を知っている。
自分の部下になるのだから、調べられる範囲で隊員の過去は知っておく必要がある。

だが、ジルグに関しては何も知らない。

保護された際の聴取で「自分は前の世界で戦争中に捕まり処刑された」
とジルグは語ったという。
それに関してはジルグの証言を信じるしかないが
それはあくまでジルグという人物の歴史において起こった一つの結果であり、
ジルグ本人に関してはこの世界の人間は自分も含め、何も知らない。

なのはが今まで関わってきた人たちは、皆自分が信じたり求めたりする「何か」を持っていた。
例え他者やなのはから見て歪んだものであったり
立場上対立しなければならないものであってもそれは共通していた。
フォワードの4人もそれぞれ皆目指すもの、成し遂げたいものを持って六課に来たのだ。

だがジルグという人物からはそういったものが微塵も感じられない。
ただ刹那の戦いに自ら求めて身を投じているようにしか見えない。
ジルグと話しても、ジルグ自身の事に関しては嘲笑めいた笑いと無言が帰ってくるだけだ。

「やっぱりわかんないよ……これじゃ教官失格かな」
自嘲めいた笑いを浮かべ、なのははプログラムの作成を再開した。

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最終更新:2010年08月18日 23:05