その日、機動六課のメンバーはホテルアグスタに展開していた。
もちろんパーティーを開くためではない。
今日開かれるオークションで
レリックが出品される可能性があるという情報を得たからである。

前回の山岳列車襲撃事件を振り返っても
この情報を掴んだスカリエッティが動くことはほぼ確実だろう。
彼の動きに備えるため、機動六課はホテルの警備任務についていた。

「ヴィータ、いい加減気持ちを切り替えろ。
そんな状態を続けていてはフォワードの4人にも示しがつかんぞ」
作戦開始前から仏頂面を崩さないヴィータを
ウンザリした顔でシグナムが諭した。


時間は作戦の前日に遡る。
山岳列車襲撃事件におけるジルグの単独行動は
当然問題となっていた。
わざわざ演技をしてまで味方を欺いた上での事である。

とはいえフォワード陣のジルグに対する感情は
そこまで悪化した訳ではない。

ティアナなどはシャーリー同様「この人はこういう人だから」
という認識で既に諦めの境地に至っており、
スバルは自分達があれだけ苦戦した相手をあっさり退けたジルグに
素直に尊敬の眼差しを向けるようになっていた。

エリオとキャロはやはり「どうせなら初めから自分達と行動してくれれば…」
という感情もあるにはあったが、演技の後とはいえ、
飛行魔法も使えないのにあの高空から移動中の列車の開いた穴に向かって強襲を仕掛けた事は
作戦前に抱いた侮蔑の感情を払拭して余りあるものがあった。

だが隊長陣にとっては『それはそれ、これはこれ』である。
一応現場における直属の上司に相当するなのはなどは
作戦直後とは打って変わって、どのようにジルグと接するべきか悩んでいたし
はやては今後の作戦においてジルグをどう扱うかが頭痛の種となっていた。

その状況を本人達以上に苦々しく思っていたのははやての配下であるヴォルケンリッター達
特に現場での暴れっぷりを直接見ていたリインフォースに変わって
いまや反ジルグの急先鋒となっていたヴィータである。
もともとヴィータは過去の戦いや事件を通じて、なのはとは特に仲が良い。
そして他のヴォルケンリッター同様、はやてには絶対の忠誠を誓っている。

その二人を自分勝手な行動で振り回して悩ませているジルグは
陸士第108部隊の味方撃ち事件の事を差し引いても許せるものではなかった。
そしてその感情が、ホテルアグスタにおける任務の前日に
ついに爆発したのであった。

「あぁ? なんだって?」
ヴィータが険のこもった眼差しをジルグに向けた。
現在は訓練時間中である。
これまでと同様、フォワード陣とは別メニューで
訓練とエルテーミスの調整を行っていたジルグの前にヴィータが姿を現したのである。
最初、ヴィータが姿を現してもジルグは全く意に介せず訓練を続行していた。
『無視された』と感じたヴィータがジルグを怒鳴り声で呼びつけると
初めて存在に気づいたかのようにヴィータの元に歩みを進めるジルグ。

「おいジルグ、前からそうだが上司に対する態度がなってねーな?」
「…………」
普通ならヴィータはこんな事は言わないだろう。
彼女は本来快活明朗な性格だ。
だが今は目の前の男に対する嫌悪感と、そこから派生したイラつきで冷静さを欠いていた。

いつものようにすました顔を崩さないジルグに、ヴィータのイライラはさらに募る。
「毎日毎日デバイスの調整だけじゃ腕もなまるだろ? あたしが稽古をつけてやるよ」
ヴィータがここに来た目的は単純だ。
体育会系にはありがちのかわいがりである。
『早めにこの男の鼻っ柱を折っておかないと、この先もどんどん増長して止められなくなる』
一応、ヴィータなりに六課の今後を考えての行動であり
ジルグの元に向かったヴィータを、他のヴォルケンリッターは止めずに黙認した。
だが───

「お断りします」
この一言がヴィータの機嫌をさらに損ねることになったのである。
「なんだ、ビビってんのか?」
ヴィータの挑発にも、ジルグは眉一つ動かさない。
「まだこのエルテーミスは、分隊長殿を相手に出来るほど使いこなせてはいませんので」
台詞だけなら殊勝である。
だが、笑みすら浮かべた表情で言っても何の説得力もない。
ヴィータからしてみれば『眼中にない』とでも言われていると勘違いしてもおかしくない態度であった。

ジルグ本人としては単純にめんどくさかったから、というのが最初の答えの理由である。
実際のところ、エルテーミスはまだまだ様々な機動を取ることが可能と思っていたし
その為の訓練をしているところに、わざわざ分隊長殿がちょっかいを仕掛けてきたのは
甚だ迷惑なことであった。

それに、ジルグは自身の『戦闘技術』に自負を持ってはいたが
『まともに戦う』事になった場合、
なのはやフェイトはもちろん、ヴォルケンリッターにも自身の『戦闘能力』自体は劣ると考えている。
魔力ランクを見れば一目瞭然だがヴィータはAAA+であり、ジルグはA+だ。
隊長陣は普段魔力にリミッターをかけられているとはいえ
この世界の戦い方におけるキャリアは、つい最近この世界に現れたジルグの比ではないし
シンプルな魔力合戦となった場合、はじめからジルグに勝ち目はない。
だから、実際に敵対した場合ならともかく
今は新しい玩具である『エルテーミス』の調整を楽しんでいるジルグからすれば
ヴィータの申し込みは単なる面倒事でしかなかったのだ。
だが、二言目の台詞と自身の態度がヴィータに対する挑発となり、
結果逆上させる事をわかった上で言っているあたり
ジルグは自身が認めるように『ガキ』なのだった。

「……これは分隊長命令だ、あたしと勝負しろ。ジルグ」
「了解」
動揺する雰囲気など微塵も見せず、平然と了承するジルグ。
「場所を移すぞ、ついてこい」
そう言ってヴィータが向かった先は……

「ヴィータちゃん!?」
「よう、なのは。新人どもの訓練も一段落したみてーだな」
突然現れたヴィータとジルグに戸惑った声をあげるなのは。
「う、うん。今終わった所だけどどうしたの? ジルグさんまで連れて……」
不穏な空気を察したのか、なのはの顔に不安の影がよぎる。
「これからあたしとジルグで模擬戦をする。
ジルグもデバイスの調整ばかりじゃ腕もなまるだろうし、新人共にゃいい参考になるだろ。
なのはは立会いと訓練の開始役をしてくれ」
ヴィータの言葉になのははその意図を察し止めようとする。
「だ、だめだよ! ジルグさんのデバイスはまだ調整中なんだし
さっきまで訓練してたんでしょ?
そんな状態でヴィータちゃんと模擬戦なんて……!」

なのはの抗議は予想のうえだ。
だからこそヴィータは先にジルグの元へ向かったのだ。
「ジルグの方は了承してるぜ」
上官命令として引っ張ってきたのはヴィータだ、ジルグがそれを言えば模擬戦の話は消滅する。
ヴィータはそこを危惧したがジルグは
「そういうわけなのでよろしく」
とあっさりと承諾した。

なのはは未だ渋っているが、本人達はすでに開始位置に歩みを進めている。
フォワード陣も、初対面以外でジルグの戦いを直接見るのは初めてだ。
しかもその相手は、自分達もその力を良く知っているヴィータである。
興味津々の面持ちで開始の合図を待っている。

こうなれば後はなるようにしかならない。
なのはは観念し、せめてジルグが軽傷で終わるように祈りながら開始の合図を下した。
「じゃあ、二人とも用意はいいね?……はじめ!!」


まずはセオリーどおり、ジルグは後方に下がり距離をとりながらライフルをヴィータに向けて連射する。
ヴィータはそれを最低限の動きでかわし、
かわしきれない弾はグラーフアイゼンを盾にして防ぎながら魔方陣を展開する
「シュヴァルベフリーゲン!」
ヴィータの周囲にいくつもの大型の魔力弾が形成され
グラーフアイゼンがそれをジルグに向かって打ち込む。
そしてヴィータもジルグへの距離を詰めるべく滑空する。
「……!」
自分に向かって来る魔力弾を冷静にライフルで迎撃するジルグ。
単体の破壊力ではジルグの魔力弾に勝るであろう大型魔力弾の中央を正確に穿つことで魔力を四散させ
そしてそのまま向かってくるヴィータにも魔力弾を斉射する。
それを防ぎながらジルグとの距離を詰めてゆくヴィータ。

「さすがに狙いが正確だな、だけど……
狙いが正確すぎるってことは逆を言えば来る位置が予測できるってことさ!!」
そう叫ぶとヴィータはさらに距離をつめ、
「いくぜアイゼン!」
『Raketenform』
空中に飛び上がり、ジルグに向かって魔力による加速を増したグラーフアイゼンを振り下ろす。
ヴィータの18番であるラケーテンハンマーが唸りをあげて
後方へステップして逃れようとするジルグに襲い掛かる。

「!?」
だが完全に捕らえたと思っていた一撃は空を切る。
ヴィータの一撃が当たる直前に、4箇所の姿勢制御デバイスを全開で前方に出力
瞬間的に後方へ移動することで正に間一髪で必殺の一撃をかわしたのだ。
そのまま間をおかずにヴィータへライフルの攻撃を浴びせるジルグ
「チッ!」
だがヴィータも至近距離から放たれる高威力の魔力弾に対して
怯まず真っ向からプロテクションを絡めたグラーフアイゼンで受け止め、さらに距離を詰める。

確かにジルグの射手としての技量は高い。
だが先程ヴィータも言ったように『狙いが正確すぎる』故に
来るとわかっていればヴィータほどの戦士であるなら
直線移動しかしない魔力弾を防ぐこと自体はそこまで難しいものではない。
誘導弾で後ろから狙われる可能性もあるが
逆を言えばわざと狙いを外した時点でその意図は看破できる。

加えてこの距離はヴィータの間合いである。
銃身の長いロングライフルは近距離においては取り回しが難しく、小回りが利かない。
事実、近距離戦を挑んでからジルグがライフルを発射する回数は激減していた。
ヘタに撃とうとすれば、ジルグ自身には当たらなくとも
グラーフアイゼンの重い一撃が銃身の長いロングライフルを破壊するだろう。
そしてジルグは後方に下がって間合いを取ろうとするが、
跳躍補正デバイスは背面にあり後退には使用できない。
後方に下がるには姿勢制御デバイスだけしか使えないのだ。
ギリギリでヴィータの攻撃をかわし続けてはいるものの、完全にジリ貧状態であった。

何度目の事か、僅かに間合いをとったジルグがライフルを構えヴィータに魔力弾を発射する。
だが、その弾道を見たヴィータは勝利を確信した。
狙いはヴィータを外れている、弾道も今までに比べれば僅かに遅い。
焦れたジルグがついに誘導弾を放ったのだ。

これまでは高威力の魔力弾に対し、グラーフアイゼンを盾にした上で
プロテクションを発動させる必要があった。
そうでなければ、いかにグラーフアイゼンが頑丈といえどもあの攻撃を耐え切ることは出来ない。
だが、後方から自分を狙うための誘導弾であれば
今この瞬間のプロテクションの発動や防御の動作は不要である。
誘導弾といえどもあの弾速ではヴィータを通り過ぎた後
彼女の背中に着弾するまでには十分すぎるほどの時間がある。
これまで届かなかった『後一歩』の間合いに踏み込める。
ヴィータは一気に間合いを詰め、横薙ぎで仕留めようとグラーフアイゼンを振りかぶった。

「なっ!?」
驚きの声をあげたのはヴィータの方だった。
ヴィータが踏み込むと同時に、ジルグは跳躍補正デバイスを出力させて
一気にヴィータへの間合いを詰めたのだ。
ヴィータの眼前にしてやったりという表情をしたジルグが迫る。
だが、ヴィータとて歴戦の猛者であるヴォルケンリッターの一人だ。
ヴィータはあえてそこで止まらずに、無理やりラケーテンハンマーを振り切ってみせた。

ジルグのいる位置はグラーフアイゼンの柄の部分である。
本来の威力を与えることは当然出来ない。
だが、それでも当たりさえすればジルグに対しては十分なダメージを与える事が出来る。
そして何より二人の距離は近すぎてライフルは使えない。

「でえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!」
その場にいた誰もがヴィータの勝利が決まったと思っただろう。
だが───


「あ………?」
グラーフアイゼンを振り切ったヴィータの顔面に、ジルグのライフルが突きつけられていた。
フォワード陣は何が起こったのか理解できず、一様に呆けた表情を見せている。

ジルグが何を行ったかを理解しえたのは、
なのはと模擬戦をモニターしていたシグナムとザフィーラだけであった。
「今の模擬戦、どう見る?」
シグナムに尋ねるザフィーラ。
「半分はヴィータの油断だ。だが──」
とシグナムは続ける。
「『普通に戦って』あの男に勝つのは私でも難しいだろうな」
そう言ってシグナムはモニター室を出て行った。


その瞬間に何が起こったのか?

自分に迫るグラーフアイゼンの柄に対し
ジルグは姿勢制御デバイスと跳躍補正デバイスの全てを動作させ
身体をデバイスの複雑な出力方向制御のみに任せて
体勢を自身に向かってくるグラーフアイゼンの柄を軸に回るように変化させた。
そして、急激な速度でまるで棒高跳びの如く、柄をなめるようにかわしたのだ。
そのままジルグは左手を地面につけ、逆立ちの状態から右足の姿勢制御デバイスを全開で出力させ
ヴィータの脳天に向けて凄まじい速度の蹴りを降らせた。
かろうじて頭への直撃を避けたが、蹴りはヴィータの右肩に叩き込まれる。
思わず片膝をついたヴィータの目の前には
逆立ちでヴィータの肩に蹴りを叩き込んだまま左手一本で自分の身体を支え
右手のライフルを眼前に突きつけているジルグがいた。
誘導弾は跳んでこない、という事はあの魔力弾は誘導弾に見せかけたただの射撃
つまりここに至るまでのプロセスは全て……

「……ハッ! そ、そこまで!模擬戦終了!!」
我に返ったなのはが慌てて模擬戦の終了を告げる。
後一歩遅かったらジルグがヴィータにライフルを発射していたかもしれない
ギリギリのタイミングであった。

「さて、訓練は終了らしいのでこれで失礼いたします。ヴィータ分隊長殿」
軽やかにヴィータの肩に乗せられた足を下ろして立ち上がったジルグは
勝ち誇るでもなくヴィータにその一言を投げかけ、さっさと訓練場を出て行った。

あっけに取られたままのフォワード陣をよそに、なのはがヴィータに近づき声をかける。
「ヴィータちゃん………」
ヴィータはなのはのほうをチラリと見ると再び地面に視線を戻し
「……ごめんななのは。悪ぃけどしばらく一人にしてくれ……」
肩が小刻みに震えている。
相当に悔しいのだろう、なのははそれ以上何も言わずに
フォワード陣に声をかけて彼らと共に訓練場から出て行った。

「チクショウ……確かに強ぇ……だけど、あたしは絶対にお前の事を認めないからな……」
心の奥底から搾り出す様なヴィータの声は、訓練場の静寂と共に消えてゆくのだった。

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最終更新:2010年08月19日 20:24