「あ~~~も~~~!! 何でこう面倒事ばかりおこすんや!!」
訓練場での模擬戦について報告に来たシグナムからあらすじを聞いたはやては
いつになく声を荒げて持っていた書類をバシン!と机に叩きつけた。
その音に同じ部屋で仕事をしているグリフィスが一瞬身体をビクリと震わせる。

「で、知ってたんなら何で止めなかったんや?」
深呼吸をして息を落ち着けたはやてがシグナムをなじる。
少なくとも今回の件はジルグに非があるわけではない。
だが、なのに何故こうも面倒事の原因になるのか。
そして何故わざわざ面倒を抱えて歩いているような男を突く様な真似をするのか。

「ヴィータの取った行動についてはヴォルケンリッターの中では特に異論は出ていません。
ヴィータの敗北についてはあくまで勝負の結果です。
ヴィータがやらなくともいずれ他の誰かが同じ行動を取っていたでしょう」
「それはシグナムもか?」
「はい」
シグナムの言葉に再びはやては頭を抱えたくなる。

確かにヴォルケンリッターが自分に向けてくれる感情は
個人レベルで考えれば嬉しい事だし、その心情も理解できる。
だが、ここは機動六課という組織であり
個人の感情で動いて良い場所ではないのだ。

はやての考えを見透かしたようにシグナムは言葉を続ける。
「ですが、確かにヴィータの行動は性急に過ぎた感がありますし
それを止めなかったことに関しての処罰は受けるつもりです」
「処罰とかは考えてへんよ……ただの『模擬戦』やったんやろ?」
疲れた顔ではやてが答える。
「はい」
シグナムははやてに答えた後、言葉を続ける。
「ですが、今後六課がジルグという戦力をどう扱うかという事について
今回の模擬戦は有意義な点もあったと思います」
「なんや? 言うてみ?」
シグナムの言葉にはやての表情が僅かに変わる。

一息ついてシグナムが話し出すが、それを聞くはやての顔はどんどん険しくなってゆく。
「これまでの行動を見る限り、
ジルグはこちらの戦力との共闘を拒んでいるとしか思えない節があります。
そして一対一、多対一の状況でも問題なく対処できる戦闘力と戦術眼を持っています。
ならば逆にこちらの作戦に影響の出ないところに単機で出撃させ、
好きに暴れさせるのが最も効果的な運用だと考えます」
つまりはジルグを鉄砲玉として扱え、シグナムははやてにそう言っているのだ。
「それは任務におけるジルグさんへの危険度が段違いに跳ね上がるっちゅう事を考えての話か?」
「はい」
即答するシグナム。

はやては過去に『闇の書』の守護プログラムとして現れたヴォルケンリッターを
従属者としてではなく家族として扱ったという経緯がある。
そんな彼女からしてみればいくら厄介者とはいえ
自分が部隊に招き入れたジルグをわざわざ死地に向かわせるような事は
初めから構想の外にあったといえる。

だがシグナムは今『八神家のはやて』ではなく『機動六課部隊長の八神はやて』として行動する事を
はやてに突きつけている。
そもそも先程、私人としてではなく公人として行動して欲しいとはやてはシグナムに要求しようとした。
これではまるで立場が逆ではないか。

確かにジルグ個人の戦闘能力には目を見張るものがある。
先程の模擬戦の映像を見てもヴィータに勝利した瞬間などは
正直どうすればあんな動きが出来るのかはやてにはわからなかった。

単純な速さだけならフェイトの方が上だ。
だがあんな複雑な動きを瞬時にして行うことはフェイトですら不可能だろう。
加えて卓越した射撃能力と高空から敵中に単機特攻できる度胸
そして本人は何故か頑なとも言えるほど、他者との共闘を拒んでいる。
シグナムの言うことは一理も二理もある。

「わかった、それは『ライトニング分隊長』であるシグナムの進言として受け取れということやな?」
「はい、決定を下すのは私ではありません。
主はやてがどのような決定をされようとも
それには全力で従うことをライトニング分隊長として、
そしてヴォルケンリッターの総意としてお約束いたします」
「……少し考えさせてや。後、いくら気に入らんからって下手なちょっかい出したりせんでな」
「わかりました、では失礼いたします」
一礼してシグナムは部屋を出て行った。

「なぁグリフィス君。仕事のストレスで休みとかやっぱりダメかなぁ?」
唐突に話しかけられたグリフィスは一瞬戸惑いながらも答える。
「僕個人としては休まれてもいいんじゃないかと思いますけどね。何事もなければ」
「そかー、なら考えとこかな」
力なくはやては呟き、残りの書類との格闘に戻るのであった。


そしてそういう時に限って『何事』と言うものは起こるものである。
明日ホテルアグスタにて出品されるオークションの品にレリックが混じっている可能性が高い
という情報がもたらされたのは、その数時間後であった。

「情報と一緒にこんなものまで送ってくるなんて手際のええこっちゃな」
はやての前には3人分のドレスがあった。
教会のカリムから送られてきたものである。
「で、なんで私たちがこれを着るわけ?」
フェイトの疑問にはやては自嘲気味に答える。
「ひとつはわたしらがオークション会場に紛れ込むためやな。
さすがに六課の制服で入り込んだりしたら違和感あるやろし。
もうひとつはあれや。
このオークションには政財界のお偉いさん達が仰山くるから
この機会に六課を売込んどけっちゅう事やろ」
はやての言葉に複雑な表情をするなのはとフェイト。
理由は分かるがわざわざ見世物になりに行くのはさすがに抵抗がある。

「まぁ任務やししゃーないやろ。
後で着てみてサイズ合ってるか確かめといてな」
そう言ってはやてはなのはとフェイトが退出した後
ホテルアグスタの建物の情報を元に、警備の配置計画を立て始めるのだった。

「さて、分隊の配置はこれでいいとして……」
キーボードを叩く手が止まる。
「ジルグをどこに配置するか、ですか?」
グリフィスの言葉にうなずくはやて。
「シグナムの言うことは確かに筋が通っとるし、有効なのも分かるんや」
それに想像に過ぎないが、むしろジルグはそういう運用のされ方を望んでいるのではないか。
「細かい指示出しても素直に命令に従ってくれるとは思えんからなぁ…」
少し考え込んだグリフィスがはやてに提案する。
「ならば警備員に偽装して、会場内と外を自由に行き来させて遊撃要員とするのはどうでしょう?」
なるほど、とはやては頷く。
「そらいいかもしれんなぁ」
ある程度自由の利く状態で待機させて、状況の変化に応じて情報を知らせ
独自の判断で動いてもらう。

これならジルグもやりやすいだろうし、隊長陣の負担も減るだろう。
「そうなるとジルグさん用の服も用意せなあかんなぁ。
グリフィス君、手配しといてくれる?」
「わかりました」
今回はトラブル抜きで終わってほしい。
そう心から思うはやてであった。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年08月21日 20:06