地上での喧騒が続いている頃
ルーテシアは地下の搬送ゲートの傍に転送してきていた。
「荷物を確保してきて。ガリュー、気をつけていってらっしゃい」
ルーテシアの召喚獣であるガリューは主の言葉に頷き
搬送ゲートの方へ消えていった。
ガリューの戦闘能力なら警備についている人間達など問題なく片付け、荷物を確保するだろう。
自分はここでガリューの帰りを待っていればよい。
そう考えていた彼女の背中に声がかかった。
「無用心な事だな」
ハッと後ろを振り向く。
そこには体の各所にデバイスを装備した赤毛の男がライフルを構えて立っていた。
ここまで近づかれていたのに全く気配を感じなかった。
そして目の前の男の顔は笑っているが、今自分に向けられているのは明らかな殺気。
とっさに周囲に纏わせていた虫たちを盾にし、さらに虫を召喚する。
「芸がない」
ジルグは構わずルーテシアに向けてライフルを発射した。
虫たちに阻まれて消滅する魔力弾。
しかしさらにライフルを連射するジルグ。
銃口は微動だにしない、狙っているのは召喚主であるルーテシア。
「くっ!」
確かにジルグの魔力弾は虫たちに阻まれている。
だが高威力の魔力弾を連続して一点に集中して射撃することで
魔力弾の消滅する位置は確実にルーテシアに近づいている。
「……このまま貫通させる」
ルーテシアは次々と虫たちを召喚するが、ライフルの連射速度に追いつけない。
(どうしよう……集中されて突破される!?)
「終わりだ」
ついに虫たちの壁を突破した魔力弾が、召喚に集中して動けないルーテシアを襲う。
だが……
「……ゼスト!!」
ルーテシアの目の前に大柄な男が割り込み、魔力弾をその手に持った槍で受け止めた。
「ルーテシア、下がれ」
「うん、わかった」
ゼストの言葉に頷いたルーテシアは、ガリューと合流すべく搬送ゲートに向かう。
「アギト、お前もルーテシアと一緒に行け」
「いいの? 旦那一人で」
「かまわん、ユニゾンはリスクが大きい。今はその時ではない」
「………」
ゼストはジルグの一挙一動を見逃さずに注視していた。
この男は隙を見て後ろからルーテシアを撃つくらいのことは平気でやるだろう。
そういう目をしている。
ジルグの方はといえば、興味深そうな目をしてゼストを見ている。
「お前もスカリエッティとやらの部下か?」
「違う」
「ならなぜ邪魔をする?」
ジルグの問いにゼストは苦々しげな声で答える。
「部下ではない……だが今は協力せざるをえないのでな
それにルーテシアを傷つけさせるわけにはいかん」
「娘か?」
「違う、だが似たようなものかもしれんな」
「まぁいい、邪魔をするなら同じことだ」
問答はこれまで、とでも言うようにジルグはゼストにライフルを構える。
「その槍ごと折れて消えろ」
その言葉を合図のように接近する二人。
目の前の男の雰囲気から、遠距離からの射撃は効果が薄いと感じたのだろう。
あえて接近戦を挑むジルグ。
盾を構えながら接近し、右手のライフルをゼストに向かって下から振り上げる。
ダガーの切っ先がゼストを掠めるが、ゼストは怯む様子もなくかわしざまに右手の槍を横に薙ぎ払う。
それをジルグは盾で頭上に受け流し、同時に左足の姿勢制御デバイスを出力させてゼストの脇腹に蹴りを飛ばす。
槍を振りきった状態で蹴りを防ぐには、遅い……!
「!!」
だがゼストは瞬時に槍を左手に持ち替え、右腕でジルグの蹴りを寸前でブロックした。
硬度の高いデバイスによる蹴りを防いだ右腕の痺れをものともせず
左手に持ち替えた槍でジルグの顔面を狙うゼスト。
ジルグは肩の姿勢制御デバイスを出力して槍をかわすと同時にゼストの顔面にライフルを向ける。
だがゼストもさるもの、魔力弾が発射される寸前に槍で銃口を塞ぐ。
バスッバスッ!!
数発の魔力弾が発射されるが、槍を貫通することはできない。
ゼストはその状態から力任せに槍を薙ぐ、が
ジルグは無理に踏ん張らずにその勢いに任せて後方に跳びながら魔力弾を連射する。
それを全て槍で叩き落すゼスト。
ジルグは着地と同時に背面の跳躍補正デバイスを最大出力し、再び一気にゼストとの距離を詰める。
ダガーで刺突するようにゼストの顔面を狙うジルグ。
ゼストはそれを槍で防ごうとしたが、彼の戦士としての勘が槍を動かす手を一瞬止めた。
ジルグが右手の銃剣をゼストに突きつつ左腰に装着されたソードを左手で逆手に抜き
魔力を纏わせた強烈な斬撃をゼストに放つ。
「くっ!」
腕では受け止められなかったであろう一撃を槍でかろうじて受け止め、
ゼストは顔面に狙いをつけて向かってくるライフルを左手で無理やり押さえつけて射線をずらす。
密着した状態で両腕の攻撃を阻まれたジルグは、右膝をゼストに向かって放つが身をよじられてかわされる。
身をよじる動きからそのまま体を沈みこませ、ジルグの足を払うゼスト。
だがジルグは足を払われるに任せて逆立ちになり、
そのままヴィータとの模擬戦の時の様にゼストの頭めがけて足を振り下ろす。
凄まじい勢いで頭上に降ってくる蹴りをゼストは横に転がってかわし
両者は同時に体勢を立て直しながら互いの獲物を構えなおす。
そして数秒間の睨み合い、ゼストの無表情とジルグの不敵な笑みは戦闘直後から変わらない……
「お前程の手錬は中々いないだろうな、名を聞いてもいいか?」
時間にすれば精々一分にも満たぬ間の戦闘、だがその時間を自分と互角以上に渡り合ってきたジルグにゼストは内心で舌を巻く。
「ジルグ」
いつもなら答えたりせずに攻撃を続けていただろう。
だがゼストがジルグの戦闘センスに驚いたように、ジルグもゼストの技量に心中驚いていた。
「ジルグか…私はゼスト、ゼスト・グランガイツだ。
この勝負、もう少し楽しみたかったが時間だ」
そう言って槍を構えなおして後方に跳んだゼストの隣には先ほどの少女、ルーテシアとアギトがいた。
「こっちは終わったよゼスト、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。ではジルグ、もしまた会うような事があればその時に続きをするとしよう」
「………」
ジルグの沈黙を肯定と受け取ったのか、ゼストはルーテシアと共に魔法陣に包まれ消えていった。
一人残されたジルグは
「さて、任務失敗で減給かな?」
などと軽口を叩きつつホテルの中へと向かうのだった。
「ウーノ」
「はい」
「劇の途中で席を立ってしまうのは愚か者のすることだと再認識したよ。
物語は最後まで何があるのかわからないね」
スカリエッティは楽しくて仕方がないという顔をしている。
「あれが列車でノーヴェを撃墜した男か。なるほど、実にいい顔をしている」
刹那の楽しみにのみ価値を見出している顔だ。
女子供であろうが必要とあらば簡単に殺せる顔だ。
相手が味方だろうと邪魔と感じたなら躊躇わずに排除できる顔だ。
そして自分が異端であることをこれ以上なく自覚している顔だ。
「なぜ管理局などにいるんだろうね? 彼はむしろこちら側の人間だろうに」
機動六課に所属している以上、この先もこの男は自分達の前に障害として現れるだろう。
だが、このジルグという男はこの先もおとなしく管理局という枠に納まったままいられるだろうか?
スカリエッティはまるで新しい玩具を与えられた子供のような顔で画面を見つめ続けていた。
「なんとか全機撃墜か……しかし相手に召喚士がいるとはな」
「だがいるとわかればこれから対策も立てられる」
シグナムとザフィーラが今後のことについて話している中、ヴィータは作戦前と変わらず仏頂面をしていた。
ただ、多少の変化がある。
あの時ティアナはスバルが射線上にいるにもかかわらず魔力弾を撃った。
明らかなミスショットだと思ったし、だからこそ自分が防いだのだが……
「……あれは本当にミスだったのか?」
「ヴィータ、ティアナとスバルはどうした?」
「ん? ああ、あいつらならヘマやらかしたんで裏口の警備だ」
「ヘマ? いったい何をしたんだ?」
ザフィーラの問いにヴィータは吐き捨てるように答える。
「ティアナの馬鹿がスバルが射線上にいるのに撃ちやがった、あれじゃジルグと同じだ」
難しい表情をするシグナムとザフィーラ。
それは事実なのだろうか?
ヴィータが嘘をついているとは思えないが、とりあえず任務は終了だ。
事情は後で聞けばいいだろう。
そう結論付け、シグナム達もホテルに向かうのだった。
最終更新:2010年08月26日 00:28