結果としてホテルアグスタにおいてレリックの有無は不明のまま終わった。
ただ、スカリエッティの関係者がオークション会場に運ばれる予定だった『何か』を強奪した
という結果が残ったのみである。
それが果たしてレリックであったのか、
管理局側で直接目にした者がいない以上、真相は闇の中であった。

ただ機動六課内部における火種が増えた、という事は確実に言えるだろう。

一つは完全に敵に裏をかかれて目的物を奪取された事。
ただ、この件に関しては敵に召喚士がいるということが完全に想定外だった為
一概に不手際だと責めることは出来ないかもしれない。
だが、切り札的な存在であるなのは、フェイト両隊長の戦力を
全く使えずに終わってしまったことは
完全に配置ミスと取られてもしかたがないだろう。
「もしも」という仮定が許されるならば、
この両名が外に展開していれば余剰戦力をより迅速にフォワード陣に向けられたかもしれないし
地下への対応も出来ていたかもしれない。

二つはティアナの誤射未遂。
無茶とも言える魔力を使用し、その上で射線上にスバルがいるのにガジェットに攻撃を仕掛けた。
この件についてスバルとティアナは当初コンビネーションであったと主張していたが
ジルグの起こした事件の影響もあり、隊長陣からは明らかに誤射であるとの見解がなされていた。
そしてティアナは作戦後、なのはに呼び出された。

「ティアナ。ちょっとあたしとお散歩しようか」
「はい……」
なのははティアナを連れ、森を歩いてゆく。
ホテルの方から聞こえてくる喧騒も聞こえなくなった場所までくると
なのははティアナのほうに向き直り、口を開いた。
「失敗しちゃったみたいだね。」
「…………」

やはりなのはも誤射だと思っているのだろう。
確かにあの状況だけを見れば、
そしてそれを防いだヴィータからの報告があれば誰だってそう思うはずだ。

「わたしは現場にいなかったし、ヴィータ副隊長に叱られて、
もうちゃんと反省していると思うから、改めて叱ったりはしないけど……」
多分何を言っても無駄だろう、結果の出た後では何を言っても言い訳にしか聞こえない。
「……はい、すみません」

「ティアナは時々、少し一生懸命すぎるんだよね。
それでちょっとやんちゃしちゃうんだ。でもね……ティアナは1人で戦っているわけじゃないんだよ。
集団戦でのわたしやティアナのポジションは前後左右全部が味方なんだから。」

ティアナの肩に手を置きながらなのはが言う。
それはわかっている。
だが、状況が状況だったのだ。
予想よりも早かったが、ヴィータがあのタイミングで到着していたとしても
防御だけに徹していれば撃墜しきれなかったガジェットがホテルに侵入していただろう。
だが、それは結果論の前には無力でしかない。

「その意味と今回のミスの理由、ちゃんと考えて同じことを2度と繰り返さないって約束できる?」
「はい」
「なら、わたしからはそれだけ。約束したからね?」
「わかりました」

結局叱責の言葉は出なかった。
だが、ティアナとしては歯がゆさと悔しさが残ったままであった。
そして二人は現場の方に戻っていった。

「ティア!!」
「……ああ、スバル」
ティアナの姿を見つけたスバルが足早に駆け寄ってくる。
「ごめんね、スバルまで巻き込んじゃって」
スバルに謝罪するティアナ。
結果として自分の指示通りに動いたスバルもヴィータの逆鱗に触れることになったのだ。
それに彼女に危険な役割を任せてしまったことは確かだ。
「んー、大丈夫だよ。あたしは気にしてないから
後その……なのはさんに……怒られた?」
「少しね」
「そう……でもなんで言わなかったの? あれはあたしが避ける作戦だったって」
スバルの問いは当然かもしれない。
だが、答えは既に出てしまっているのだ。
「あたしがスバルのいる方向に向かって撃った。
それを見たヴィータ副隊長はそれを誤射と認識して落とした。
結果が全てよ、今更言っても仕方がないわ」
「そっか……」
スバルも責任を感じているのだろう。
だが、最終的に責任を負うのは指示を出した自分だ。

「ティア、向こうで一休みしてていいよ。検証の手伝いはあたしがやるから」
ああ、スバルはあたしを励まそうとしてくれているんだろうな。
素直にうれしいと思う、昔ならこんな風に思わなかっただろう。

「作戦でミスしておいてサボりまでしたくないわよ。いっしょにやろ?」
「うん!!」
スバルの元気な声は、まるで自分にも元気を与えてくれるようだ。
少し心が軽くなったことを感じながら、ティアナはスバルと現場の検証に向かうのだった。

結局この件に関してはティアナの方から何か抗弁があるわけでもなく
「あれは誤射でした、申し訳ありません」
という対応になのはの方からも形式的な注意をするに留まり決着した。

他の隊長陣もそれ以上はこの件について責めるような事はせず
「以後あまり無茶はしないように」という注意のみに留まった。
スバルはまだ納得の行かない様子であったが、
ティアナから説得を受け、より訓練を重ねて実力を上げて結果を出す事で
信頼を勝ち取るしかないという結論に至り、
二人はこれまで以上に他者から見ればオーバーワークともいえる訓練をこなしていた。

最大の問題であったジルグに関して今回は特筆すべき点がなかったというのが
隊長陣からすればある意味意外でもあり、そして安堵した点でもあった。
地上の戦闘を陽動と見切り、地下に向かった判断は正解であったし
強敵を相手に足止めをされていては、一人で荷物の奪取を防ぐことなど不可能である。
結果として荷物の奪取を阻止することには失敗したが、これはジルグの責任ではなく
地下への配備を軽視した作戦を立てたはやて達の責任だろう。

こうしてホテルアグスタでの任務は失敗に終わったが、表面上は六課に大きな変化はなかった。
だが、その裏では内部での亀裂がゆっくりと進行しようとしていたのだった。


「早朝訓練?」
夕食を食べ終わったジルグは後ろから追いかけてきたティアナとスバルに呼び止められた。
「はい、前にも話したと思いますけど。
わたし達は午前の訓練の前に早朝訓練を自主的に行っています」
「それにつきあえ、と?」
頷くティアナ。
スバルの方は実のところ、ただティアナについてきただけだったので
この提案に驚いている。
「これはわたし達が自主的に行っているものなのでジルグさんの気が向いた時で結構です。
毎日なんていいません、数日に一回でも構いませんので手伝っていただけないでしょうか?」

ジルグはアゴに手を当て考えるそぶりを見せている。
「確か合同訓練の許可はまだ出ていないはずだが」
「はい、ですがそれは公式の訓練での話です。
自主錬にまで適用されるとは思いません」
「そうか? だが隊長達はいい顔をしないんじゃないのか?」
珍しく殊勝なセリフを言うジルグ、どちらかといえば面倒くさいから断りたいと思っているのだろう。
「わたし達に注意が来ればそれはその時に対応します」
それに、とティアナは続ける。

「ジルグさんが規律とかそういう事に気を使うなんて考えられません」

目を丸くするジルグ、スバルはあまりにあまりなティアナのストレートな言葉に固まっている。
「フ……」
ジルグが下を向き、息を吐く。
さすがに気に障ったのだろうか?
と言った本人であるティアナが少し不安を覚えると……
「ハハハハハハハハハ!」
ジルグは可笑しくてたまらないと言う様に笑い始めた。
スバルは状況の変化についていけずに相変わらず固まっている。
そしてティアナは賭けに勝ったことを知った。

笑いが収まらぬままティアナを見るジルグ。
「ハハハ……わかった、気が向いたら参加させてもらう」
「はい、ありがとうございます!行くわよスバル」
ティアナはジルグに敬礼するとスバルを伴って自分達の部屋へと向かっていった。

「ねぇティア。なんであんな事言ったの?」
それは早朝訓練の件だろうか? それとも無礼と取られかねない発言の件だろうか?
恐らくは両方だろう。
「ああいうタイプは逆に変な気遣いを考えないでストレートに言った方が良い時もあるのよ」
自分もそうであるとはさすがに言わない。
「それにスバルも見たでしょ? ジルグさんは確かにわたし達より魔力が高い。
でもあの人が強いのは魔力が高いからじゃないわ」

機動六課の戦力は異常だ。
SSランクの部隊長八神はやて、
エースオブエースの称号を持つ高町なのは
それに匹敵する力を持つフェイト・T・ハラオウンが隊長を務め
分隊長を含めた主力であるヴォルケンリッター達。

普段はリミッターをかけられているとはいえ、下手をすれば管理局相手に戦争できるのではないかと思える面々である。
そんな中、新人であるティアナ達がフォワードとして配属されたわけだが、
その意図をティアナは掴めないでいた。
そして現在こそ自分と同ランクだが、高い潜在能力と努力を惜しまない真面目な性格で
どんどんその才覚を伸ばしつつあるスバル。
あの年でBランク試験に合格し、フェイトの秘蔵っ子で特殊技能持ちのエリオとキャロ。
それに比べ、ティアナは今まで自分の才能や実力に今ひとつ自信を持てないでいた。

そんな中現れたジルグは、行動の問題児っぷりはともかくとして
ティアナにとっては一筋の光明にも見える存在だった。
自分に与えられた魔力を完全にコントロールした上で
相手の行動を読みきり、自身のデバイスの性能を生かしきる事で格上の相手すら圧倒する。

確かにジルグの戦闘センスは異常である。
だがティアナの言ったとおり、それは特殊技能や他を圧倒する魔力、強力なデバイスの力によるものではない。
ジルグが使う魔法は基本的には一般的な射撃、斬撃、防御魔法であり
使用しているデバイス『エルテーミス』は用途こそ特殊だがあくまで単独の機能しか持っておらず、
ストレージデバイスということもあり、単純に総合性能だけみれば六課の他の隊員が持つインテリジェンドデバイスに劣るだろう。
それにあくまで『扱いが難しい』だけであり、使用するだけなら他の魔術師でも可能だ。
つまりジルグの強さの本質は卓越した射撃技術もあるが、優れた戦術眼と洞察力なのだ。

だからジルグと同じ事はできないとしても、その戦術眼と戦いにおける工夫は
ガジェット相手の訓練やチームを組んでの隊長達との模擬戦では掴めない物があるのではないか。
そうティアナは考えたのだった。

「そうだね、ヴィータ副隊長との模擬戦なんてすごかったし
最後なんてどうやったのか見えなかったよ」
スバルの感想は最もであるが、ティアナはそれ以上にあの戦闘の過程に惹かれた。
おそらくわざと弾道を逸らしたところから、全てジルグの計算どおりに戦闘は移行したのだろう。
最後の機動は確かに凄まじかったが、
あれもあの状況に持っていったからこそ生きたものだとティアナは考えていた。

自分達の時もそうだったが、ジルグは先手を打つのが非常に上手い。
後手に見える行動すら、次の先手を打つための布石に思えるほどだ。
そしてそれは魔力による力押しではなく、初見の相手の行動すら短時間で見破る洞察力によるもの。
それはフォワードのトップとして指揮を取る上でも重要な要素であろう。
確かに自分は周りに比べ、単純な才能では劣っているかもしれない。
だが、それでも身につけるもの次第では別の部分で隊の長所となることが出来るのではないか。
それがティアナがジルグに共同訓練を申し込んだ理由であった。

「まぁ、ジルグさんの事だからいつ来るかわからないけどね。
とりあえず明日に備えてさっさと寝ましょ」
「そうだね、お休みティア」
「お休みスバル」
何にしても身体に休養を与えることが今の二人にとっての任務である。
そして二人の少女は束の間の休息に意識を落としてった。

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最終更新:2010年08月25日 20:46