ティアナとスバルがジルグに朝の自主錬への参加を求めてから3日が経った。
今のところジルグは朝錬に来る様子はない。
昨日などは朝食時にスバルの冗談交じりの「何で来てくれないんですかー?」
という言葉に「寝坊した」と冗談とも本気ともつかない顔でジルグは答えていた。

そして早朝の訓練場、今日もティアナとスバルの朝錬が開始されようとしていた。
「さて、そろそろ始めようか」
「そうだね」
「でもその前、にっ!!」
「うわっ!!」
と突然ティアナがスバルを引っ張り横に跳んだ。
直後にその場所を通り過ぎる魔力弾。

「よく避けたな」
物陰からジルグが姿を現す。
「あ、危ないじゃないですかー!!」
とスバルが抗議の声を上げるが無視するジルグ。
「訓練の手伝いを頼んだ時点でこういうケースも予想してましたから」
「なるほど、良い判断だ」
スバルとは対照的に涼しい顔をして答えるティアナ。

「で、俺は具体的に何をすれば良い?」
ジルグの疑問にティアナが答える。
「私とスバルでジルグさんとの模擬戦です。
実力が違いすぎるのでジルグさんからすれば物足りないかもしれませんが
模擬戦を一戦こなすごとにミーティングをして
修正する点やジルグさんが気づいた私達の欠点などを指摘してもらえないでしょうか?」
ティアナの言葉に頷くジルグ。

「手加減は有りでも無しでも構いませんし、それはジルグさんにお任せします。
……ただ、ミーティングができなくなると困るので二人同時に昏倒させるのは
すみませんけど遠慮していただけないでしょうか?」
「わかった、だがこれはどちらかというとなのは教官殿の仕事じゃないのか?」
ジルグの言葉にティアナは少し口ごもる。
「なのはさんは……ある意味優しい所があって
あからさまに欠点を指摘してくれるタイプではないですから……
そういえば『高町教官』じゃなくなったんですね」
「この間捕まったときに命令されてしまったからな、今後その呼び方をしたら減給だと」
可笑しそうに笑うジルグを見て、思わずその場面を思い浮かべて噴出しそうになる二人。

「ではお願いします!」
「行きますよジルグさん!!」
「了解だ」

……一分後、早くも地べたに転がる二人の少女の姿があった。

「…は…はや……」
「……もうちょっと粘れるかと思ったのに……」
「さて、ミーティングを始めるか?」
「は…はい……」
二人は痛む体を無理やり動かしてジルグを加えて三角形になって地面に座り
ミーティングを開始した。

ちなみに先ほどの戦闘の経過はこうである。
スバルがプロテクションを発動させながらジルグに突っ込み
ティアナはクロスファイアシュートで左右からジルグを攻撃したのだが
後退して射撃するかと思いきや、ジルグはギリギリまでスバルが接近するのを待ち
突如跳躍補正デバイスを吹かして間合いを詰めた。
突然接近してきたジルグに完全に攻撃のタイミングをずらされたスバルは慌てて拳を構えるが
ジルグは左手をスバルの肩に当ててフワりと跳躍、スバルの拳は空を切った。
そのまま空中で姿勢を回転させ、ジルグはダガーをスバルの背中に叩き込む。

ジルグが瞬間的に間合いを詰めたことで誘導弾は外れる。
ティアナは次の魔力弾を放とうとクロスミラージュを構えるが
ジルグは着地と同時にティアナに向かって射撃
これを回避しながらティアナはシュートバレットを放つが、
かわしたはずの魔力弾が後ろからティアナを直撃。
こうしてあっという間に戦闘は終了したのであった。

「まず敗因は何だ?」
「あたしの場合は……ジルグさんはまず距離をとって射撃戦をしてくると思い込んでたから……かな?」
「あたしはジルグさんの射撃を誘導弾ではなくただのシュートバレットだと思い込んでた……からですね」
二人の言葉に頷くジルグ。
「相手の装備や戦闘スタイル、見た目や思い込みだけで対処を考えるな。
俺の装備は近接戦闘にも対応できるようになっているし
手持ちでなくとも近接戦闘や射撃の手段を相手が持っている可能性は常に頭に入れておくことだ」
真剣な表情でジルグの話を聞くティアナとスバル。
「わたし達の攻撃にも問題があったのでしょうか?」
「様子見の攻撃としては悪くない。
だが、相手もそれに合わせて様子見で済ませてくるとは考えないことだな。
スバルが突然の間合いの変化に対応できなかったのは修正すべき点だろう」
ティアナの問いにジルグが答える。

「漫画やアニメだと最初はお互い様子を見終わって
A「これが私の本気です」
B「私はその倍強いです」
A「実は実力を隠してました」
B「奇遇ですね。私もまだ本気ではありません」
A「体に反動が来ますが
 飛躍的にパワーアップする術を使わせていただきます」
B「ならば私も拘束具を外します」
A「秘められた力が覚醒しました」
B「私は特殊な種族の血を引いており、
 ピンチになるとその血が力をもたらします」
A「覚悟によって過去を断ち切ることで
 無意識に押さえ込んでいた力が解放されます」
B「愛する人の想いが私を立ち上がらせます」
ってなるんだけどなー」

スバルの例え話に苦笑するジルグ。
「そんな相手なら実戦では本気を出す前にやられて終わるだろうな」
「ですよねー」
事実あっさりとやられてしまったのでスバルもそれは認めざるを得ない。

「理想を言えば相手に力を出させずに勝つことだ。
力が劣る相手に真っ向からぶつかっても勝てるはずがない。
多対一なら数の優位性を生かして一対一の状況を減らすことで相手の手を詰まらせろ。
逆の状況であれば瞬間的でも構わない、一対一の状況を作り上げろ」
「何とかして不意を突いたり一斉に一人にかかれって事ですか?」
スバルが尋ねる。
彼女の性格上、余りそういうのは得意ではないし、好きでもない。
「正面から戦って勝てるならそれでいい。
だが、それが出来ない場合を考えてこの訓練をしているんじゃないのか?」
「う……」
元はティアナが言い出したこととはいえ、確かにジルグの言うとおりである。

「まぁ地力を付けるのが一番だというのは否定しない。
その為に訓練をしているんだろうしな」
ジルグの癖に至極まともかつ建設的な台詞である。
「そうですね、それはそう思います」
ティアナも頷く。

なのはの訓練に不満があるわけではない。
事実、彼女の訓練プログラムのおかげで自分達の実力は短期間で飛躍的に向上しているのだ。
だがそれだけでは足りない、
どんな相手であろうと多彩かつ意表をつく手で
魔力に勝る相手すら翻弄するジルグの技量を取り入れることは
実力では隊長陣に比べて数段劣る自分達にとって強力な武器となるはずである。

だがジルグの言うとおり、地力を付けるのも大切なことだ。
元々の実力があってこそ搦め手が生きるのである。
その点についてはティアナもちゃんとわかっていた。
だからこそ普段の訓練でなく、自主錬に付き合ってもらっているのだ。

「この調子だと、今日は後一戦か。どうする?」
「「お願いします!!」」
「わかった」
ミーティングは思った以上に長引き、朝食の時間まであと僅かであった。

……そして予想通り、朝食の時間前にきっちりと二人を叩きのめしたジルグは
「じゃあ先に行く」
と二人に声をかけ、朝食をとりに食堂へ向かうのだった。

「ねぇティア……」
「なに……」
「手加減……してくれてるのかな……?」
「たぶん……ね…」
「朝ごはん……どうする?」
「……あと五分休んだらいきましょ」
「……うん」

そして数日後、今日もフォワード陣は隊長陣を相手に個別訓練を受けていた。
「グッ!!」
「もっと魔力を一点に集中させろ! そんなんじゃ防御の意味がねーぞ!!」
「ハ、ハイッ!!」
グラーフアイゼンの一撃を拳に集中させた魔力で受け止めるスバル。
あらかじめ来ることはわかっていてもその威力はやはり凄まじい。
上からの一撃で足が地面にめり込み、前からの一撃に危うく吹っ飛ばされそうになる。
「どうした! もう終わりか!?」
「ま、まだまだぁ!!」
「よし! もういっちょ行くぞ!!」
「ハイ!!」

別の場所ではなのはの放つアクセルシューターをティアナが必死に迎撃していた。
(数が多すぎる……撃ち落しきれない!!)
至近に迫ったアクセルシューターを回避しつつ何発か撃ち落し、とっさにしゃがみこむ。
「!!」
直前までティアナのいた場所を回りこんでいた魔力弾が通り過ぎる。
「うん、いい判断だよティアナ。
センターフォワードの役割は足を止めて視野を広く持ってみんなを助けること。
目の前の事だけに集中するんじゃなくて常に全体を見る癖を付けて」
ティアナの息が荒い、流石にここ連日のオーバーワークが体に影響を及ぼしているのだろうか。
それに気づいたなのはが気遣わしげに声をかける。
「ティアナ、大丈夫?
ちょっと、疲れてるみたいだし少し休憩しようか?」
「いえ、大丈夫です。それに実戦では疲れてるからといって敵が手を止めてくれるわけじゃありません」
「それはそうだけど……」
なのははホテルアグスタの事件以降、ティアナの訓練に対する気の入りように少し危惧を抱いていた。
確かに訓練熱心なのは悪いことではない。
だが、それで体を壊してしまっては本末転倒である。
「一旦一息入れるよ、私も少し疲れちゃった」
にゃはは~と笑いながらアクセルシューターを打つ手を止める。
「……わかりました」
上司にこういわれては流石にこれ以上強情を張るわけには行かない。
ティアナは渋々頷くのだった。

一方、シグナムはその様子を眺めていた。
ティアナ、スバルとは別の場所でエリオとキャロがフェイトから個人スキルの訓練を受けているのが見える。
「シグナム姉さんは参加しないんで?」
ヘリの整備を終えて手持ち無沙汰になったのか、
同じく訓練の見物に来たらしいヴァイスがシグナムに声をかける。
「私の戦い方は古いからな、人に教えるには向かん。
戦法など”届く距離に近づいて斬れ”ぐらいしか言えん」
「ヘヘ、それも凄い奥義だと思いますけどね」
いかにもシグナムらしい答えにヴァイスは笑う。

「そういえば……」
「なんです?」
「お前は最近ジルグとよく話しているようだが、どんな様子だ?」
シグナムの唐突な話題振りに一瞬考え込むヴァイス。
「いや、どうって言われても……別に普通ですよ?
起きる時間が同じくらいみたいなんで洗面所でよく会いますね。
たまにエリオがいる時もありますけど、普通に挨拶してって感じです」
「そうか……」
「? 前から思ってたんですけど、なんか隊長の皆さんジルグに対して神経過敏すぎじゃないですか?
確かに山岳列車の時やヴィータ副隊長に勝っちまったって聞いたときは
俺もびっくりしましたけど」
「そう……そうだな。すまん、さっきの話はしなかったことにしてくれ」
シグナムの言葉に不思議そうな顔をしながらヴァイスは「わかりました」と返すのだった。

「模擬戦?」
「はい、明日スバルと一緒になのはさんと模擬戦を行いたいんです」
「それは……構わないけど」
なのはが口を濁す。
最近のスバルとティアナは明らかにオーバーワーク気味だ。
体調が万全でない状態で模擬戦を行っても100%の力を発揮できるかどうか……
「では失礼します」
なのはの言葉を肯定ととったのか、ティアナはスバルと訓練所を出て行った。

その夜、ティアナとスバルはジルグの部屋を訪れていた。
「なるほど、しかし勝てるとは思えないが?」
「はい、良くて勝率は5,6割だと思います」
「ティア……」
ならどうして?という言葉をスバルは飲み込む。
なぜティアナが無茶といえるほどの努力を続けてまで強くなろうとしているのか
彼女は知っているからだ。
「で、今話したのが対教官殿の作戦か」
「はい」
「足りないな」
「え?」
ジルグの言葉にティアナは戸惑った声を上げる。
現状ではこれが自分達にできる最善の作戦であると思っているのだ。
「万に一つ成功すれば”勝つ”事はできるかもしれない。
が、おそらくは読まれて終わるだろうな」
「そんな……じゃあ、どうすれば……」
すでに申し込みはしてしまったのだ。

「”勝つ”のではなく”一矢報いる”ならもう一手打てるだろう?」
ジルグの言葉にティアナは考え込む。

自分の魔力…
自分達の作戦…
なのはの実力…
もし作戦が読みきられたら?…
その後自分達はどうなる?…
”勝つ”のではなく”一矢報いる”…
視野を大きく…

さまざまなワードがティアナの頭を駆け巡る。
そして……
「あ……」
何かに気づいたようにティアナの口から呟きが漏れる。
「明日の模擬戦、面白そうだから俺も見物させてもらうとしよう」
他人事のように言うジルグにティアナは敬礼する。
「ありがとうございます! 大変参考になりました!」
そしてスバルの存在すら忘れたように部屋を飛び出してゆく。
取り残されるスバル。

「何があいつをああも突き動かす?」
一人残ったスバルに問うジルグ。
彼が他人の事を聞くというのは極めて珍しい。
「ティアには……死んだお兄さんがいるんです」
ジルグのほうを向くでもなく、淡々と語り始めるスバル。
ティアナにはかつて管理局の一等空尉だった兄がいたこと。
その兄が逃走した違法魔術師の追跡任務中に殉職したこと。
殉職した兄が「能無し」扱いされたことを見返すため、
兄から教わった精密射撃魔法を手に、その力を証明しようと努力し続けていること。

「……なるほど」
自分がその立場だったらどうだろう?
今の自分ならなんとも思わないだろう。
だが幼い頃に父親が死に、「無能将軍」などと呼ばれていたとしたらどう思っただろうか?
やはりティアナのように努力を積み重ねて父親を超える将軍になろうとしていただろうか?
(意味の無い仮定だな)
とジルグは頭に浮かんだ考えを打ち消す。

そしてふと、あの能無しだったらどうだろうか、と考える。
あいつは自分が味方殺しの危険人物であるにもかかわらず
そんなの関係ないとばかりに真っ向からぶつかって来るような奴だ。
結局交わした約束を守ることは出来なかったが
『ジルグの死』を奴はどう受け止めたのだろうか?
あの大バカはきっとティアナのように馬鹿正直に他者の死を背負い込み、足掻き続けるのだろう。

「……バカな奴だ」
「え?」
「なんでもない。それよりそろそろ眠りたいんだがいつまでそこにいる?
それとも一緒に寝るか?」
冗談で言った言葉にスバルは耳まで真っ赤にして飛び上がる。
「い、いえっ! おやすみなさーい!!」
慌ててジルグの部屋を飛び出してゆくスバル。
こういうところの反応は姉のギンガとよく似ている。
その様子を苦笑しつつ見送ると、ジルグはベッドに体を横たえた。

ジルグはティアナたちがなのはに勝てるとは思っていない。
だが、戦いようによっては……
「確かに一矢を報いることは出来るかもしれないが、な……」
その後どうなるか、ジルグにはなんとなく予想がついていた。
だがそれは彼女達の問題であってジルグの問題ではない。
なるようにしかならないだろう。
こうして波乱を予感させる模擬戦前日の夜は静かに更けていった。


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最終更新:2010年08月26日 22:38