隊長室に戻ったなのははそのままモニターの前の自分のいすにペタリと座り込んだ。
あの時自分はいったい何をしようとした?

なぜ自分があんな行動を取ったのかはわかる。
自分はかつて周囲からの声に耳を傾けず、無茶を重ねた結果
再び飛ぶ事すらかなわないかもしれない重傷を負った。
だからフォワードの新人達にはそうなってほしくなかった。
だから可能な限り自分の身を守る事や危険な事をしないように教えてきたつもりだった。

だが、それは裏切られた。
ティアナはスバルに危険な囮役をさせ、自らもリスクの高い接近戦を挑むと見せかけ
幻影を2つも作り魔力を使い切る無茶をした。

それではダメなのだ。
確かにあの模擬戦に勝つことはできても彼女達にはまだ先がある。
叶えるべき夢があるのだ。
なのに何故あんな無茶をしたのか?
それが許せなかった。
だから体に刻み込ませようとした、あの時は痛みによってしか伝えられないと思ったから。

だが、ジルグの放った一撃と言葉がなのはの胸に突き刺さった。
『抵抗できない相手にトドメをさすのが訓練か?』
確かにティアナ達のした事はなのはにとっては耐え難い程不快な行為だった。
だが、自分がしようとした行為は他人からみればそれ以上に唾棄すべきものだったのではないか?

「なのは……」
いつからいたのだろう?
フェイトがなのはの隣に立っていた。
「フェイトちゃん……どうしたの?」
「その……大丈夫かな、と思って……」
フェイトもうまく掛ける言葉がないのだろう。
そのまま沈黙する二人。
「どこで間違っちゃったのかな……?」
「え……?」
困惑の声を上げるフェイトだが、なのははまるで独り言のように呟き続ける。
「わたしはあの子達にわたしみたいな目に合わせたくなかった。
だからその為に一生懸命訓練プログラムも考えたし
あの子達のことを知ろうと頑張ってたつもりだった」
「………」
フェイトは辛そうな表情でなのはを見ている。
彼女がこんなに弱気になった姿は見たことがない。
「でもわたしはあの時、お話しないで力であの子達を押さえつけようとした。
もしジルグさんがわたしを撃ってなかったら……
わたしは一切の手加減抜きで攻撃して、ティアナは酷い怪我をしていたかもしれない」
そう言って自分の体をギュッとつかみ、小刻みに震えるなのは。
「なのは……とにかく今日はもう休んで……そのことはまた明日考えよう?」
「うん……ありがとう、フェイトちゃん。ティアナ達ともまた明日、改めて話そうと思う」

その頃医務室ではティアナが眼を覚ましていた。
「う……ん……?」
「あら、ティアナ。起きたの?」
ドアの傍にシャマルが立っている。
「シャマル先生? えと……あれ……?」
一瞬状況がつかめずに混乱するティアナ。
「あれ?……あたし……?」
「ここは医務室よ。昼間あの後倒れちゃったのは覚えてる?」
「……はい」
そうだ、なのはに一矢報いた後、限界を超えた自分はスバルに倒れ掛かった……ような気がする。

ふと医務室の壁に掛けられた時計を見ると夜九時を過ぎていた。
「すごく熟睡してたわよ。死んでるんじゃないかって思うぐらい」
驚いた様子のティアナにシャマルが可笑しそうに言う。
「最近あんまり眠ってなかったでしょ?溜ってた疲れがまとめてきたのよ」
「そう……だったんですか」
確かに最近は訓練に夢中で体の疲れに気づかなかった。
最低限の睡眠はとっているつもりだったが、実際の疲労に対しては全く足りていなかったのだろう。

「さっきスバルとジルグさんがお見舞いに来てたわよ」
「え゙!? ジルグさんが!?」
ティアナの引き攣った顔と驚きの声にクスクス笑うシャマル。
「もっともジルグさんのほうは無理やりスバルに引っ張ってこられたみたいで
ブスっとした顔をしてたけど」
シャマルの言葉に「あ~~、びっくりした」という顔をするティアナ。
あのジルグが自分から他人の見舞いに来るなんて全く想像できなかったからだ。

「まぁもう少し休んでなさい」
「いえ、大丈夫です」
シャマルの言葉を遮って床に立つティアナ。
正直まだ体に力が入らないが、部屋まで戻る分には問題ないだろう。
「部屋まで歩ければ大丈夫ですから」
そう言ってティアナは医務室を出て行った。


「さて、この戦闘に”彼”は出てくるかな?」
「あの男の事ですか?」
ウーノの言葉に頷くスカリエッティ。
「彼の力についてはまだまだ未知数だからね。
空戦はできるのか?砲撃は?実際に隠し持っている魔力はどの程度なのか?」

ただ、スカリエッティはこんな小規模のガジェットの群れであの男の実力が測れるとは思っていない。
今回はあくまで様子見だ。
「まぁ、彼が出てこなくとも管理局の戦力情報を多少なりとも引き出せればそれで構わないさ」
そう言ってスカリエッティがガジェットの写されたモニターに見入ろうとした時
モニターの端に新しく画面が開いた。
「ドクター、ガジェットが出てるみたいだけどレリックが見つかったの?」
薄紫色の髪の少女、ルーテシアだ。
「おやルーテシア、ゼストやアギトは一緒じゃないのかい?
「今は別行動」
「今回はレリックが狙いじゃない。レリックが見つかったのなら君に真っ先に知らせているさ」
「そう……」
落胆した様子のルーテシアにスカリエッティは優しく声を掛ける。
「ルーテシア、焦る事はない。管理局の動きを追っていればいずれレリックは集まるさ」
「うん、わかった。じゃあ頑張ってねドクター」
そしてルーテシアからの通信は切れた。


夜の機動六課に鳴り響くアラート。
管制室に報告が飛び交う。
「前回報告にあった新型ガジェットも混じっています!」
「妙やな……?」
管制室からの報告にはやては首を捻る。
あのガジェットドローンがスカリエッティの差し金だとするとどう考えてもおかしい。
スカリエッティが手を出してくるとすれば、それはレリック絡みといって間違いないだろう。
だが今回ガジェットが発見された場所は何もない海域である。
「だからって黙って見とるっちゅうわけにもいかんな」
そう呟き、はやてはなのはとフェイトに指示を出す。
「隊員を全員ヘリポートに集合させて。
人選は二人に任せるわ、ただ相手の意図が読めんから過剰な火力は使わんほうがええかもしれん」
「「了解!」」

10分後、全隊員がヘリポートに集合していた。
隊員たちを見渡すとなのはが口を開く。
「今回の任務は空戦だから、出撃は私とフェイト隊長、ヴィータ副隊長の三人。
フォワードとジルグさんはロビーで待機してね」
「そっちの指揮はシグナムだ。留守を頼むぞ。」
「「「「はい!」」」」
「了解」
ヴィータの言葉に返事を返すフォワード陣とジルグ。
「あぁ…、それからティアナ。」
返事を受けたなのはがティアナに言葉を掛ける。
「はい?」
「ティアナは出撃待機から外れとこうか……」
驚きの空気がフォワード陣から上がり、何故?という視線がなのはに集中する。

「そのほうがいいな……そうしとけ……」
ヴィータもなのはに続いてティアナに言葉を掛ける。
「今夜は体調も魔力もベストじゃないみたいだし……」
「………わかりました」
悔しいが隊長たちの言うとおりではある。
体は正直言って今も立っているのがやっとだったし、
実戦レベルの魔力を行使することは不可能だと体が言っている。

「てっきり気に食わないやつは作戦から外す、という意味かと思ったが違ったのか?」
声の主に視線が集中する。
「てめぇ……」
ヴィータが明らかに怒気をはらんだ目でジルグを見る。
「自分の言うとおりに行動しない奴は使わない、という意味かと思った」
「はぁ……?自分で言っててわからない? それ当たり前の事だよ……?」
なのはの言葉にも剣呑さが増す。
「そうか、なら俺もサボらせてもらうとするか」
ヴィータがジルグに詰め寄ろうとするが、なのはの腕がそれを制する。

ジルグの言葉は実際のところ単なる皮肉である。
あの「模擬戦」で実質撃墜されたはずのなのはが、
まるで格下の相手に裏をかかれた事が気に入らないとでも言わんばかりに
ティアナを撃墜しようとした行為にジルグは嫌悪感を抱いていた。
確かに実戦ならトドメを刺さないのが悪いのだろう。
だが、模擬戦でなのはは完全にティアナの術中にはまり『撃墜された』のだ。

『まるで平民に負けた貴族のようだ』
それがあの模擬戦でジルグがなのはに抱いた感想だった。

なのはや、昔から彼女と親交のある者達からすればなのはの行動は至極当然のものだったかもしれないが
そんなことは知らないし聞かされてもいないジルグ、そしてフォワード陣からすれば
なのはの行動は単なる上官の暴挙にしか写らなかったのだ。
とはいえ、言われた当人であるティアナが
悔しさを押し殺してなのはの指示に従ったことに比べれば
ジルグの挑発は子供レベルの嫌がらせである。
だが、それを承知の上であえて挑発するあたりがジルグのジルグたる所以だった。

「流石にわたしも限界だ、お前のような男はなまじ付き合ってやるからつけ上がる」
シグナムはなのはたちに「早く行け」と促し、ジルグに向き直った。
なのは達を乗せたヘリが飛び立つのを見送ると
シグナムが怒気を含んだ声でフォワード陣に命令する。
「目障りだ、いつまでもそんなところにいないでさっさとロビーに戻れ!」

だが誰も動かない。

「……何をするんですか?」
スバルがシグナムを睨み付けながら一歩前に出る。
「ジルグ、わたしと勝負だ。訓練場に来い」
その言葉にティアナが抗議の声を上げる。
「待ってください! 確かに今の言葉は言いすぎかもしれませんけど
わたしが待機から外れればいいだけの話でしょう!?」
「そ、そうですよ! それに待機中に模擬戦だなんておかしいですよシグナム副隊長!!」
エリオからも擁護の声が上がる。
シグナムはそれらの声を一切無視してジルグに向かってもう一歩を踏み出そうとした。

「確かにさっきの言葉は言いすぎだし、なのはさんの指示も唐突過ぎたかもしれないわね、でも……」
突然の声に振り向く6人、そこにはシャーリーが立っていた。
「皆、ロビーに集まって、私が説明するから……なのはさんのことと、なのはさんの教導の意味を……」

ロビーに移動する6人。
シグナムは多少落ち着いたようだが、依然ジルグに険しい眼を向けている。
シャーリーはロビーについた後、キーボードを叩き続けている。
その傍にはいつの間に来ていたのか、シャマルがシグナムの隣に座り、
反対側にジルグ、スバル、ティアナ、キャロ、エリオが座っていた。
どれほどの時間がたったのだろう?
長い沈黙を破り、シャーリーが口を開く。
「昔ね、一人の女の子がいたの」
モニターに映たのは幼い姿の高町なのはだった。

ただの、普通の小学生。
そんな彼女が偶然に、本当に偶然に魔法と出会ってしまったことを。
そしてその魔力故に数々の戦いに巻き込まれていったことを。
九歳の少女が魔法と出会ってしまった故に命がけの戦いに身を投じることになったことを。

淡々と語り続けるシャーリーは新たな画面をモニターに開く。

レイジングハートを持ち魔力弾を飛ばすなのはと
バルディッシュを縦横に振るうフェイトの戦いがそこに映し出されていた。

「これって……フェイトさん?」
エリオとキャロが呟く。

なのはとフェイト。
彼女達は出会った時、ロストロギアを巡って争う敵同士だった。

そしてモニターは次の画面を映し出す。
そこに写るのは闇の書事件の映像。

なのははヴォルケンリッターに敗北し、
彼女達に勝つ為に幼いなのはにとってはリスクの大きいカートリッジシステムを使用する。

闇の書事件を解決した後もなのはは戦い続けた。
いつも誰かを救うために無謀ともいえる戦いを繰り返した。
しかし、耐久力の過ぎた部品は壊れるのが必然。
とある任務で不意撃ちをされたなのははこれまでの無茶が祟り
普段の力を出せずに瀕死の重症を負った。

「その結果が…これよ」
モニターに上半身を包帯で巻かれたなのはが映った。
「もう飛べなくなる、立って歩けなくなる…そんなことを聞かされてどんな気持ちだったか…」
シャマルが呟く。

「無茶をしても、命をかけてでも譲れない場面は、誰にでも確かにあるだろう。
だが、ティアナ。お前がミスショットをした場面は仲間の安全や、
命をかけてでもどうしても撃たねばならない状況だったか?」
シグナムの言葉に沈黙を保つティアナ。
「訓練中のあの技は一体誰のための、なんのための技だ?」
「………」

「なのはさん…さ、自分と同じ思い…させたくないんだよ…。
だから、無茶なんてしなくていいように、
絶対絶対、皆が元気に帰ってこられるようにって…。
本当に丁寧に…一生懸命考えて教えてくれるんだよ?」
シャーリーの声が震えている。

「じゃあ……何で言ってくれなかったんですか?」
「え?」という顔をするシャーリーとシャマル。
沈黙を破ったティアナの声は震えていた。
「なのはさんが……誰かの為にたくさんの無茶をしてボロボロになって傷ついて……
自分と同じ思いをわたし達にさせたくないと思っていたから……
ああいう行動を取ったのはわかりました」
そしてこぶしをギュッと握り締める。
「でも……」
ロビーにいる全員がティアナを見ている。

「なんで言葉にして言ってくれなかったんですか!?
なのはさんはわたし達が何故強くなりたいのか、その理由を知っている!!
でもわたし達は、なのはさんがどうしてわたし達に危険な真似をさせたくなかったかなんて知らなかった!!
言ってくれなきゃわからないじゃないですか!!!」
立ち上がり激昂するティアナ。

ティアナの言葉に沈黙するシャマル、シグナム、シャーリー。
自分達はなのはが何故新人達に無茶をさせようとしないのかを知っていた。
だからこそ、その思いを踏みにじったティアナに制裁を加えようとしたなのはを止めようとはしなかったのだ。
だが……

「今度は『お友達部隊』の空気を読まないほうが悪い、とでも言うか?」
シグナムに対し、ジルグが嘲弄の言葉を浴びせる。
が、シグナムは言い返せない。
ただ、涼しい顔を崩さないジルグを睨み返すのみだ。

ジルグからすれば今の話は「だからどうした?」という程度のものである。
彼はあの模擬戦におけるティアナの戦術を評価していたし
事実、ティアナは『模擬戦』において確実になのはを撃墜していた。
なにより危険な行動というが、ジルグが行ったような味方撃ちのようなイレギュラーを除けば
訓練と実戦は本来別のものだ。
自身の限界を見極める事を実戦で行うのは著しくリスクが大きい。
その為に訓練があるはずだ。

それにシャーリーの話したなのはの過去の事など
それこそティアナが言うようにミーティングを行うなりして
自身の経験した失敗例として話しておけばそれで済むことだ。
経験者の話を聞かないほどティアナを始めとしたフォワード陣はバカではない。
現にティアナたちは自身の戦闘手段の幅を広げるためにジルグに教えを求めたりしているのだから。


「訓練でやらなかったことを実戦でできるはずがない。
なら危険な作戦こそ訓練で行って慣れておくべきだな。
いざ実戦で危険な作戦を行わざるを得ない状況に陥った時、
訓練の経験も無しにいきなり行って成功する確率などそれこそ皆無だ」

ジルグの言うことは珍しく正論だ。
ジルグのような異常ともいえる戦闘センスがあるならばともかく、
ティアナ達は日々の努力で技術を身につけるしかないのだ。

「ならば、あの模擬戦の技は一体何のために身に着けたというのだ? 高町を倒すためか?」
シグナムの台詞に呆れたような顔をするジルグ。

「これまでの話を聞く限り、
教官殿はお優しいことに新人達には無理をさせず個人スキルを向上させてから
強敵を想定した戦術を身につけさせようとしていたようだが
機動六課というのは訓練学校なのか?
ここが実戦部隊というのなら常に実戦を想定した訓練を行うのが普通だろう。
それこそ明日明後日の任務で教官殿クラスの敵の相手をする可能性だってあるはずだ」

シグナムが無言で続きを促す。

「アグスタの戦闘記録を見てもヴィータ副隊長殿がギリギリで援軍に駆けつけたが
既にあの時のフォワードの戦力は許容量を超えかけていた。
それこそリスクを覚悟した戦術を実行しなければならないくらいにな」

確かにティアナの取った作戦は味方を大きな危険に晒すものではあった、が……

「そんな状況を作ってしまう配置をした事こそ『危険』だ。
前線で暴れたいだけなら初めから隊長などしない事だな。
第一、力不足の新人を危険な目にあわせたくないのならば
即戦力の魔術師だけを六課に配備すればいい事だ」

口調こそ皮肉の色が強くにじみ出ているが
もともとジルグは将来の将軍候補として幼い頃から英才教育を受けていた人間だ。
世界が違うとはいえ、六課内における様々な矛盾っぷりは
ジルグをして思わず正論をはかせてしまうのに十分値するものであった。

コツン……

唐突に響いた靴音にロビーにいる人間が振り返る。
ロビーの入り口には靴音の主、高町なのはが立っていた。

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最終更新:2010年08月28日 20:45