「よっ、おはようさん」
「おはようございますジルグさん」
ジルグの朝は六課の他の隊員と大して変わらない。
たまに気まぐれでスターズの二人の朝錬に顔を出すこともあるが
本当に時々のことである。
基本的に目覚ましは必要としていない。
元々軍人だったので、自分で睡眠時間のコントロールくらいはできるのだ。
ベッドから起き上がり、部屋を出て洗面所へ向かうジルグ。
大抵この時間にはヴァイスとエリオがいる。
もっとも六課における男性陣の比率はかなり少ないため
顔を合わせる面子は大体同じようになるのは仕方がない。
「ああ、おはよう」
ジルグも二人に挨拶を返す。
顔を洗い食堂へ向かう。
最近ジルグはヴァイスと共に朝食をとることが多い。
もっとも別にジルグが望んでそうしているというわけではなく、
年が近いというのもあって親近感を抱いているらしいヴァイスがジルグと同じテーブルに着く、といった感じだ。
男性が少ないというのもあって、ちょうどいい話し相手ができたと思っているのだろう。
ジルグの方も特にヴァイスを嫌っているわけではない。
ヴァイスは基本的に気さくな性格であり、だからといってデリカシーがないわけでもない。
ジルグとしては変に気を使ってきたりズケズケと他人の懐に踏み込んでくるわけでもなく
適度な距離を把握して接してくるヴァイスは
話していて不快な相手ではないので別にこの状況を嫌う理由はないのだ。
最近の訓練の話や世間のニュースなど、差し障りない話題を話しながら朝食を取る。
そして今までも、いや、最近は特に頻度が多いのだがジルグとしては避けたい相手がやってきた。
「おはよう、ジルグさん、ヴァイス君。ここ空いてるよね?」
笑顔の高町なのはがトレイを手にジルグの隣の席を指差す。
「え? ええ空い「空いてない」」
まただよ……。
ヴァイスがそう言いたげな顔をジルグに向ける。
「うん、空いてるよね」
そう言って椅子に座るなのは。
「そういえばジルグさん、昨日の訓「ヴァイス、確か今日は10時からヘリの定期メンテナンスだったな?」」
「あ、ああ……」
「エルテーミスのデータ見せてもら「なら見学させてもらう、興味があるからな」」
「そ、そりゃ構わないけどな……」
「ジルグさん……ちょっとお話し「ごちそうさま、ではヴァイス、後で寄らせてもらう」」
「お、おう……」
「………」
笑顔で話題を振ろうとしてくるなのはを笑顔のまま無視しつつヴァイスに話題を振り
そしてさっさと朝食を食べ終わって席を立つジルグ。
そしてなのはに声を掛ける。
「ではなのは教官殿、ごゆっくり」
去ってゆくジルグを固まった笑顔のまま見送るなのは。
そのテーブルだけ明らかに雰囲気が違う。
(誰か来てくれー!!)
食堂にいるなのは以外の全員に向かって念話を送るヴァイス。
だが、わざわざ地雷原の中に飛び込む人間などいようはずもない。
「あ、あのっ! ここいいですかっ!?」
そんなヴァイスに救世主が現れる。
この状況を見るに見かねたエリオがあえてヴァイスの隣に腰を下ろしたのだ。
(エリオ……お前は『とも』だ……ただの友じゃなくて心の友と書いて『ともだ』!!)
エリオに感謝の念を送るヴァイスになのはが話しかけてくる。
「ねー、ヴァイス君?」
「はっ、はひっ!?」
「なんでジルグさんてわたしとはお話してくれないのかな?」
顔は笑っているが目が笑っていない。
「い、いやー。き、きっと照れてるんですよ!
ほ、ほら! なのはさんて有名人だし美人だし! アハハハハ……」
「そっかー。でも何回話しかけても無視するのは何でだろ?」
「い、いやそれは……あ、あははははは……」
これはもはや拷問だ。
援軍に来てくれたエリオも完全に雰囲気に飲まれて固まっているし、
周りの人間は皆見てみぬ振りだ。
「しかたないなー、じゃあ明日も来るからね?」
自分の朝食を食べ終わったなのはがそう言って立ち上がり去ってゆく。
「た、助かった……って明日も来るんですか……」
別に自分はジルグにもなのはにも含むところがあるわけではない。
だがこれからも毎日のようにこんな目にあうのは勘弁してほしい、とヴァイスは心の底から思った。
食堂を出たジルグはシャーリーの研究室へ向かっていた。
昨日アップデートのために預けたエルテーミスを受け取るためだ。
ノックをすると「どうぞー」とシャーリーの声が返ってくる。
「どんな感じだ?」
部屋に入ったジルグはエルテーミスの調整状況をシャーリーに尋ねる。
「これまでの稼働状況をまとめて最適化するのに少し時間がかかっちゃったわ。
まぁ予定時間の範囲内だったけど」
そう言うとシャーリーはエルテーミスのデータをコンソロールパネルに表示する。
「出力リミッターはもうちょっと上げても問題なさそうだったから跳躍補正デバイスの限界出力を10%アップ。
肩部の姿勢制御デバイスを8%、脚部を15%、それぞれこれまでに比べて上げてみたわ。
思考反応速度はこれまでと変わらないから扱い方の感覚はそこまで変わらないと思うけど
出力の幅が増えた分ピーキーになってるから気をつけてね」
シャーリーの説明に頷くジルグ。
「了解だ、しかし今更だがこういう作業を簡単にできるというのはいい事だな」
ジルグのいた世界にはもちろんコンピューターなど存在していない。
ゴゥレムの製作はもとより、
たとえばジルグが乗っていたエルテーミスの跳躍補正装置の出力を調整するための
空圧射出弁の調整なども手作業で行ったうえで実際に動かして確認しなければならない。
だがこの世界ではデバイスの調整は全てデータ上で行えるし、
動作に関してもシミュレーションである程度の確認ができる。
もちろん最後は使用する人間が確認をしなければならないが
効率でも安全上においても技術の差というものをジルグは痛感していた。
「要望どおり肩部に対して脚部の出力をかなり増してあるけどこれでよかったのかしら?」
「ああ、肩部は基本的に姿勢の制御にしか使わないが脚部のほうは攻撃にも使用するからな」
エルテーミスは5つのデバイスが全て独立しているため
出力リミッターのバランスには細心の注意を払う必要がある。
低出力で扱う分には問題ないが、高出力で動作させた際にリミッターのバランスが取れていないと
使用者の予期しない動作を起こす可能性があるからだ。
インテリジェンドデバイスならば使用者に合わせて自動的に性能を変化させてくれるが
エルテーミスはストレージデバイスであるため、技術者と使用者で設定を調整する必要がある。
そういうわけなので動作の慣らしは低出力から行うことになっており
現状でエルテーミスの出力はカタログスペックの最大性能に対してせいぜい5,60%というところだった。
ただ、元々エルテーミスは前例の無いデバイスということもあり、
リミッターをかけながら調整しつつ使用することが前提だったので
限界性能に関してはジルグの魔力を考慮してもかなりのオーバースペックで製作されている。
100%の出力を使用できるかはジルグの魔力を持ってしても実際のところ不明である。
とはいえ初期に設定されていた20%前後の出力に比べれば大分性能を引き出せてきているのは確かなので
このまま調整と慣らしを続けていけば、
いずれ近いうちに完全にリミッターを外して100%の出力を可能にしても問題はないだろう、
とシャーリーとジルグは考えている。
「では明後日の訓練から試させてもらうとするか」
「あら、今日はサボり?」
シャーリーの皮肉に涼しい顔で「ああ」と答えるジルグ。
「今日はヘリの定期メンテナンスがあるだろう?」
「ああ、そういえばそうね。ヘリに興味があるの?」
「ヘリだけ、という訳ではないな。自分の世界に存在しなかったもの関しては興味がある」
「そういうことね、でも訓練に出ないとなのはさんが怒るんじゃないかしら?」
「朝食のときに『お話ししておいた』からな、特に問題はないだろう」
悪戯っぽく笑うと待機状態のエルテーミスを首に掛け、ジルグは研究室を出て行った。
「よぉ、来たか」
「ああ、これからか?」
ヘリの倉庫に現れたジルグにヴァイスが声を掛ける。
「今準備が終わってこれから始めるとこだ」
あたりには無数の工具が準備され、
メンテナンス用のパソコンをもってデータのチェックをする整備員や
パーツ取り外し用のクレーンの運転席に座っているオペレーターが見える。
「見物に来ただけだから気にしないでやってくれ」
「ああ、だけどどうせ来たんなら人手が足りない時は手伝ってもらうぜ?」
「それは構わない」
ジルグの言葉にニヤっと笑うと整備の指揮を始めるヴァイス。
そしてその様子を興味深く眺めるジルグ。
しばらくするとヴァイスがジルグを手招きする。
「すまん、ちょっとここでこの計器を見ててくれ」
「ああ、見てるだけか?」
「いや、これから俺が下に行ってそっちに声を掛けるから、数値を読み取ってこの用紙に記入していってくれ」
「わかった」
ヴァイスがその場を離れ、ヘリの下部にもぐりこむ。
そして数秒後、ヘリに隠れたヴァイスからジルグに声が掛けられる。
「動かすぞー!」
ジルグの目の前の計器の針が振れ、そして一定の場所で静止する。
それを書きとめるジルグ。
それが数回繰り返され、ヴァイスが戻ってくる。
「すまん、助かった」
「いや、ところで今のはなんのチェックだ?」
「ああ、今のは────」
「なるほど……ね」
そんな様子が続き、その一日は終わりを告げた。
「悪かったな。結構手伝ってもらっちまった」
「いや、かまわない。こっちも色々と参考になるところがあった」
なんだかんだでこの手の作業はいざ始まると人手が足りなくなるものだ。
専門的な知識を持っているわけではないので常時というわけではないが
ジルグもかなりの時間をヘリの整備に費やすことになった。
とはいえ、本人としては面白い体験ができたのでさして気にしてはいない。
「そういやさ……」
「なんだ?」
「朝のアレだけどさ、勘弁してくれよ。あの後ずっと心臓を手でつかまれてるみたいだったぜ」
「それは悪かった」
口では謝っているが顔は全く悪びれていない。
この男は万事この調子だ。
「明日も来るって言ってたぜ?」
「そうか、なら明日は別の場所で朝食をとることにするか」
「別の場所?」
はて、六課内に他に食事ができる場所はあっただろうか?
居酒屋は夕方から早朝までだ。
「明日は休みだからな」
「ああ、そう言うことか」
ジルグの言葉にヴァイスは納得する。
部隊の性質上一斉に休みを取るということは無いが、当然職員には休日がある。
「明後日も来るかもしれないぞ」
「それならその時に考える」
そう言ってジルグは笑うと自分の部屋に戻っていった。
「でも、それって根本的な解決になってないよな」
そう呟いたヴァイスも自室へと足を向けるのだった。
最終更新:2010年09月01日 20:29