「ねぇティア、明日の休みどうする?」
「あ~そういえば明日休みだっけ、すっかり忘れてたわ」
最近は訓練に夢中だったこともあり、
休日もお構い無しだったためその存在をすっかり忘れていた。
だが、ついこの間オーバーワークを指摘されてしまったばかりである。
さすがに訓練に費やすのはまずいだろう。

「久しぶりに買い物でもしに街に行く?」
「そうね、特に買いたいものがあるってわけでもないけど」
よく考えればここのところずっと六課の建物内での生活だ。
それこそ外に出るのは任務の時くらいである。
ちょっとした気分転換にもなるだろう。
そう考え、ティアナはスバルの提案に乗ることにした。


次の日の朝の食堂内。
「あれ? ジルグさんは?」
「今日は休みです」


「いっやー、なんか久しぶりだねこういうの!」
「そうね、最近は訓練ばっかりだったから」
はしゃぐスバルの声に応えるティアナ。
せっかくの休日だ、羽を伸ばすのもたまには良いだろう。
二人は街のショッピングモールへ向かった。
まず街の中ではおそらく一番大きい書店に入る二人。
ティアナが購読している月刊誌などを買おうと思い寄ったのだが……。

「あれ? ジルグさんじゃない?」
スバルの声に振り向くと、専門書のコーナーで本を立ち読みしている男性が目に入る。
赤い長髪に眼鏡をかけた端正な顔。
服装こそ六課の制服ではなく、黒いアンダーシャツにジャケットとジーンズという
ラフな格好ではあったが間違いなくジルグだ。

「そういえばジルグさんも今日休みだったのよね」
そう言ってレジに向かおうとするティアナの肩をスバルがつかむ。
「うわっと! なにすんのよ、危ないじゃない!」
「ティーアー、せっかく見つけたんだから声くらい掛けようよー」
「あのねぇ……」
ジルグもせっかくの休日にわざわざ職場の人間に会いたいと思っているわけではないだろう。
「いーじゃん、どうせなら付き合ってもらって買い物の荷物持ちとかしてもらおうよ」
スバルの虫のいい提案にティアナがため息をつく。
「絶対無理だと思うわよ、それ」
「いーからいーから」
気の進まない様子のティアナを引っ張ってジルグに近づいてゆくスバル。

「ジルグさーん」
「ん?」
背後から聞き覚えのある声を掛けられ、本を読んでいたジルグが振り向く。
「ジルグさんも今日お休みだったんですか?」
「ああ」
「そうなんですか、ところで……」
「荷物持ちならやらないぞ」
「お……おぅ……」
見事にカウンターを食らうスバル。
休日の女性がショッピングモールで知り合いの男性に会って頼むことなど大体こんなところだろう。
そう予想して先制口撃をしかけたジルグだったが、どうやら見事に当たったようだ。

再び手に持った本に目を向けるジルグだが、今度はティアナから声がかかる。
「あれ? それってデバイスプログラムの専門書ですか?」
「ああ」
自分達もデバイスを扱う人間なので基礎知識として習ってはいるが、
ジルグの読んでいるそれはかなり難解そうな専門書だ。
「ジルグさんってデバイスの専門職を目指してるんですか?」
「いや、違うが何故だ?」
「普通シャーリーさんみたいな人でもないとそういう本読まないですよ」
「……確かにそうかもな、ただ俺の場合使っているデバイスがデバイスだからな。
自分でもある程度知識を持っておいたほうが調整もしやすい」
なるほど、という顔をするティアナ。

「ちょっとちょっと二人だけで話を進めないでよー」
スバルはまだあきらめていないようだ。
「荷物持ちとは言いませんけどせっかく会ったんですから一緒に回りましょうよー」
「スバル、あんまりわがまま言わないの」
ティアナの言葉にさすがに哀れと思ったのか
それとも特にこの後の予定もなかったのか、ジルグがやれやれという風に声をかける。
「まぁそろそろ出ようかと思っていたところだったから別に構わないが」
ジルグの言葉に眼を輝かせるスバル。
「じゃあ行きましょうすぐ行きましょう!」
「ちょっ、ちょっと待ちなさい。このまま出たら万引きになっちゃうでしょ!」
機動六課の職員が万引きで御用なんて洒落にならない。
ジルグとティアナの腕を引っ張って出ようとするスバルを止め、レジに向かうジルグとティアナ。

「じゃあどこにいこっか?」
「考えてなかったの?」
がっくりとうなだれるティアナ、まぁスバルらしいといえばスバルらしい。
「じゃあさ、服を見に行こうよ」
「さっきも言ったが荷物持ちはやらないぞ」
「う~……ジルグさんの意地悪」
やいのやいのといいながら3人はファッションセンターに向かっていった。

スバルとティアナが服を選んでいる間、ジルグは書店で買った本に目を通している。
しばらくすると二人がいくつかの服を持ってジルグの方にやってくる。
「ジルグさーん!これとこれ、どっちが似合いますか?」

さて、この場合なんと答えるべきか?
ジルグはファッションの専門家でもないし、特にティアナとスバルの服装に気を向けていたというわけではない。
というより、正直に言うとこの世界のファッション事情になど特に興味も無かったので少し考える。
”どっちでもいい”と答えた場合、おそらく世の大抵の女性は良い反応をしない。
これはどんな世界だろうと変わらないだろう。
”どっちも似合う”と言ってもそれはそもそも答えになっていない。
ならば……

「右のほうが似合っているんじゃないか?」
適当に答えておけば良い、どうせ自分が着るわけではないのだから。
「そっかー、ティアはどっちがいいと思う?」
「どっちでもいいんじゃないの?」
面倒くさそうな顔をしたティアナが答えると、スバルは不満そうに口を尖らせる。
「えー、せっかくジルグさんだってどっちがいいか言ってくれたのにー」
「あーもーわかったわよ、あたしも右のほうが似合ってると思うわ」
ティアナの面倒くさそうな答えにプゥと頬を膨らませるスバルだが
すぐに気を取り直し、一着の服を取り出した。
「そういえばジルグさん、この服って意外とティアに似合うんじゃないかなーと思って持ってきたんですよ!」
「?」
「ちょ、ちょっとそんな服どっから持ってきたのよ!?」

スバルが取り出したのは黒地に白のフリルがついた
いわゆる”メイド服”であった。
「これ着て『おかえりなさいませ、ご主人様』とかやるの!」
「や、やるわけないでしょ!? 第一似合わないわよそんな服! ジルグさんもそう思いますよね!?」
だが、この時ティアナは冷静さを欠いていた。
普段であればそんな話題をジルグに振ること自体が間違いだったと思うだろう。
ジルグは取り乱すティアナを見て笑いをこらえながら
「ああ、似合うんじゃないか?」
「えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「ほら、ティア! ジルグさんもああ言ってるし試着してこようよ!」
ずるずるとスバルに引っ張られてゆくティアナの目は、心なしかジルグに恨みの視線を送っているように見えた。
まぁ特に気にすることも無いだろう。
と、ジルグは再び読みかけの本に目を落とした。

数分後……
「ティア可愛い~!」
「ううぅぅぅ……」
メイド服を着せられたティアナがジルグの前に現れた。
ご丁寧にカチューシャまで付けさせられている。
その手の趣味の人が見たらたまらない格好だろう。
ジルグはなんとか笑いを堪えようとしているが隠しきれていない。
「ホラ、ジルグさん。似合ってますよね?」
「ああ、記念に写真でも撮っておいたらどうだ?」
ジルグが冗談で言った言葉にティアナが必死になって噛み付く。
「だ、だめですよ!! 絶対にだめですからね!!」
そう言って試着室に戻ろうとするティアナをスバルの手がつかむ。
「いいじゃん、本当に似合ってるんだしさ~」
「あーのーねー!」

「あの~、ちょっとよろしいですか?」
騒ぐ二人にカメラを持った男性が話しかけてきた。
「は、はい?」
「あのですね、わたしこういうものなんですが」
と男性は名刺を差し出す。
見たことの無い雑誌の名前が書かれている。
「来月創刊する雑誌なんですけどね、いわゆるゴシックロリータやコスプレの専門誌なんですよ」
と説明する男性。
「で、まだ知名度や認知度の低いファッションなので中々街では見ないでしょう?
モデルになってくれる方を探して取材してたんですが、こんなに絵になる方がいるとは」
と、男性はティアナのメイド姿を惚れ惚れと見つめる。
「是非創刊号の表紙を飾らせていただけないでしょうか?
あ、当然ギャラはお出ししますからご安心を」
「え、いや、そのこ、困ります!
えーと……そ、そうだ! わ、わたしもう働いてますので職場に無許可でそういうのに出るのはまずいんです!!」
必死にティアナが逃げ道を探す。
「ああ、そうなんですか? なら職場の責任者の方の連絡番号を教えていただけないでしょうか?
正式な取材として許可を頂けるよう交渉しますので」

マズイ、非常にマズイ。
この男性の目は本気だ、しかも自分が機動六課の人間だなんて知られたら……
どうしよう……どうし「えっと、この番号です。今なら繋がると思いますから」
って「何教えてんのよバカスバルーーーー!!!!!」
「え、でもこの番号ってフリーダイヤルで公表してる番号だから大丈夫じゃないの?」
「そういう問題じゃないわよ! なんで職場ばらしちゃうのあんたはー!」
「えーだって別に知られて困る職場じゃないと思うけど」
「あたしが困るのよ!」

ティアナがスバルに噛み付いている間に男性は携帯電話でスバルから聞いた番号に電話を掛けている。
「もしもし。あ、わたくし○○○○という雑誌のカメラマンをしている者でして、
そちらで働かれている方の写真をわたくしどもの雑誌の記事に載せたいと思いまして
責任者の方に取材の許可を頂きたく……ええ、……はい」
男性は一旦受話器から口を離し、言い合いをしている二人を見た後、
面白いもの見るような目で二人のやり取りを見物しているジルグに尋ねる。
「ええと、あの服を着ている方の名前を教えてくれと言われたんですが」
「ああ、ティアナ・ランスターだ」
「なんでジルグさんまであっさりばらすんですかー!!!!」
ゼーゼーと肩で息をしているティアナをよそに再び受話器を口に付ける男性。
「ええ、ティアナ・ランスターさんです。え、ああ、はい。少々お待ちください」
と、男性はティアナに携帯電話を渡す。
「責任者の方から代わってくれとのことです」
「え?あ、はい」
戸惑いつつ携帯電話を受け取るティアナ。
「もしもし」
「あー、もしもしティアナ? 六課の名前を売ることにもなるし頑張ってな?」
「ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?」
楽しそうな声に聞こえるのは絶対に聞き間違いではないだろう。
受話器の向こうにいる八神はやてに向かってティアナは叫び声を上げる。

上司から許可が出てしまった以上はもう覚悟を決めるしかない。
仕方なくティアナはモデルを務めることになる。
服は取材費で負担すると言って男性がお金を出して購入することになった。

お礼と言うことで男性に昼食をご馳走になり
その後3人は近くのスタジオに行くことになった。

「いやー、ちょうど予約と予約の間の時間があいてるなんて幸運ですよ」
どうせならスタジオの予約時間が全部埋まってれば良かったのに……とティアナはまだぶつぶつ呟いている。
「ではティアナさん、撮影を始めますのでこちらに」
男性とティアナはスタジオに入っていった。

「なんかすごいことになっちゃいましたね」
「ああ、そうだな」
スバルに生返事を返すジルグ

自分達が元凶であるにもかかわらず、まるで他人事の様に言う二人である。
まぁ、いざとなれば許可を出したはやてに全責任をかぶってもらえばいいか、
などとジルグは考えてつつ読書の続きをしているうちに撮影は終了したようだ。
スタジオから男性とティアナが出てきた。
男性は満足気だが、ティアナは微妙に放心状態だ。
「いや~、とてもいい写真が取れましたよ、雑誌は職場に送らせて頂きますね。
それにしても機動六課の方々だったとは……
今度は是非高町なのはさんやフェイト・ハラオウンさんにもモデルになっていただきたいですね」
「ああ、伝えておこう」
笑いながら答えるジルグ。
「では、ご協力ありがとうございました。失礼します!」
そう言って男性は去っていった。
「じゃああたし達も帰ろっか」
「そうね……」
時間を見るともう夕方だ。

「憂鬱だわ……」
せっかくの休日がとんでもないことになった。
恐らく六課内ではすでにはやてがあちこちに言いふらしていることだろう。

「ジルグさん」
「なんだ?」
「荷物持ってください」
「持たないと言ったはずだが?」
「いいから持ってください!!」
そう言うとティアナは自分の荷物をジルグに押し付け、一人でずんずんと歩いていった。
「あ、待ってよティアー」
ティアナを追うスバルを眺め、苦笑しつつジルグもその後を追うのだった。

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最終更新:2010年09月02日 20:45