「と、いうわけで明日付けで合同訓練の禁止を解除します。
明日からジルグ二等陸士は高町教官の指示に従って訓練を行うように、以上」
かしこまった口調のはやてが目の前にいるなのはとジルグに告げる。

列車事件以降特に問題行動を取っているでもなく
今のところはおとなしくしているジルグに対して
なのはからの要請もあり、はやてはジルグの合同訓練の禁止令を解除した。

「「了解」」
二人の返事に満足そうにうなずくはやて。

「ま、エルテーミスの調整に関しては別途時間を取るように伝えてあるから
その点は心配せんでもええよ」
ジルグに声をかけるはやて。
「お心遣い感謝します、部隊長殿」
「なぁ、それ嫌味に聞こえるとわかっててわざと言ってるやろ?」
「何か問題でも?」
「精神衛生上問題あるんやけどな……とにかく明日からはそういう事でよろしく頼むで」
頷いて部屋を出て行くジルグ。

「んで、訓練の具体的な予定はたっとるん?」
部屋に残ったなのは尋ねるはやて。
「うん、午前はフォワードの子達の個人スキルの訓練で手が離せないから
これまでどおりにエルテーミスの調整をしてもらうとして
その後、ジルグさんとそれぞれの隊長で日替わりの模擬戦をしてもらおうと思うんだ」
「へぇ、フォワードの子達と一緒に訓練させるんわけやないんやな」
なのはの訓練計画が少し意外だったのか、はやてはその理由を聞こうとする。

「うん、連携が取れればそれに越した事はないんだけど
今の実力だとまだジルグさんの足を引っ張っちゃうだけになるし。
それにジルグさんは基本的にどの距離でも対応できるオールラウンダーでしょ?
戦闘スタイルの違う隊長たちとの模擬戦をフォワードの子達に見学させることで
色々と参考に出来ることがあるんじゃないかと思うんだ」
自らが立てた訓練内容について説明するなのは。

「それにその方がジルグさんも退屈しないと思うしね」
そう言ってなのはは悪戯っぽい笑顔を見せる。
「あー……もしかしてなのはちゃんがジルグさんをボコボコにしたいだけちゃうん?」
「えーそんなことないよー? 確かにご飯の時や訓練の時に話しかけても毎回毎回無視されたり
何故かわたしが部屋を訪ねた時に限っていつも留守だったり
他の人達とは普通に話してるのになんでわたしとはお話してくれないの?
なんて思って根に持ったりしてるなんてことは全然ないよー」

(思いっきり根にもっとるやん……)
笑顔のなのはのセリフを聞きながらはやては心で呟く。

「とりあえず明日からはそういう事で頼むで、後なのはちゃんもあんまり無理せんでちゃんと休むんやで」
「うん、わかってるよ。それじゃあね」
そう言ってなのはも退出していった。

「なぁなぁグリフィス君」
「なんですか?」
はやての声に応えるグリフィス。
「面白そうやから明日からの模擬戦の記録映像持ってきてくれる?」
「構いませんけど……」
ずっと書類と格闘していてストレスが溜まっているから
記録映像でもいいので模擬戦を観戦して発散したいんだろうな、とグリフィスは思う。
まぁ彼個人は特に戦闘に興味はないが、自分もいい加減山のような書類との戦いにはウンザリ気味だ。
気分転換くらいにはなるだろう。
そう考え、グリフィスははやての頼みを承諾するのだった


───翌日の訓練場

フォワード陣の個人スキル向上訓練が一段落した後
別の場所でエルテーミスの調整を行っていたジルグが合流した。
「と、言うわけでジルグさんには今日ヴィータ副隊長と模擬戦を行ってもらいます。
決着がつかない場合は10分間経ったところでわたしが判定するね。
じゃないとミーティングが出来なくなっちゃうから」
「了解」
「おう!」
なのはの言葉に返事を返すジルグとヴィータ。
「この間みたいにはいかねーから覚悟しろよ?」
ニヤリと笑うヴィータ。
色々あったが彼女は余り物事をウジウジと引きずるような性格ではない。
その割りに前回やられたリベンジをしたくて仕方なさそうだが
それはそれ、これはこれということなのだろう。

「お手柔らかに」
と笑顔で返すジルグ。
拍子抜けした顔で「はぁ? お前それでいいのか?」
と挑発するヴィータ。
「まだ始まってもいないのに何いきなり興奮してるんですか? ヴィータ副隊長殿」
「……気が変わった。やっぱぶっ飛ばす」
挑発に乗りやすい性格は相変わらずである。

二人が開始位置についたことを確認すると、なのはが開始の合図を下す。
「二人とも準備はいいね? はじめっ!」

「とりあえずぶっ飛んどけーーー!!!」
いきなり距離をつめ、ラケーテンハンマーを放つヴィータ。
だがジルグはヴィータの加速をしのぐ速度で後方に跳んで回避する。
姿勢制御デバイスの出力リミッター調整の効果が早くも出ているようだ。

ハンマーの攻撃範囲ギリギリで回避すると同時に空中へ跳躍するジルグ。
自分が振ったグラーフアイゼンがちょうどジルグに対する死角になった瞬間の跳躍であったため
ヴィータの反応が少し遅れる。
頭上から降ってくるダガーをかろうじて受け止めるヴィータ。
だがジルグの攻撃はそこで止まらない。
ヴィータはグラーフアイゼンを両手で持っているため、当然ガードに隙ができる。
ダガーを振り下ろしつつ放った蹴りがヴィータの脇腹に突き刺さる。
「ゲボッ!」
ヴィータは痛みを無視してグラーフアイゼンを振り回すが、
ジルグは追撃を行わずにヴィータを踏み台にしつつ後方へ跳躍、攻撃を回避する。

「クソッ、足癖が悪い奴だぜ……」
ヴィータの呟きに
「さてどうする?俺はこのままタイムアップでもいいんだが?」
と挑発するジルグ。

「っざけんなぁ!!」
周囲に大型の魔力弾を形成し、グラーフアイゼンで打ち出すヴィータ。
それに対し、ジルグは前回のように迎撃を行わずに
逆に限界まで姿勢を低くし一気に滑るように前方に跳躍して魔力弾をすり抜けた。
距離を詰めて来たジルグを迎え撃とうとグラーフアイゼンを振りかぶるヴィータだが
ジルグはそこから横を向き、姿勢を90度変更しつつ跳躍補正デバイスを出力。
近接戦を予想したヴィータを嘲笑うかのようにL時に移動し、
距離をとりつつ魔力弾をヴィータに放つ。
グラーフアイゼンとプロテクションを併用してそれを防ぐヴィータ。

「…すごい!」
思わずスバルが声をあげる。
力で勝るヴィータに対し、ジルグはクロスレンジとアウトレンジを臨機応変に使い分け
ヴィータに効果的な攻撃をさせていない。
前にジルグが言った『相手に力を出させない戦い方』というのはこういうことだろう。
スバルはクロスレンジをメインで戦うアタッカーだが
いかに相手の虚をついて懐に入るか、ジルグはそのお手本のような攻撃を見せている。

「うっせえ!気が散るからちょっと黙ってろ!」
自分の思うような行動をさせてもらえず、明らかにヴィータはイライラしている。
そうなるとますますジルグの思う壺である。
中距離から放つ魔力弾は全て迎撃され、踏み込もうとすると距離をとられてしまう。
ノラリクラリとジルグがヴィータの攻撃をいなしている間に結局10分間が経過してしまった。

「はい、そこまで!!」
なのはの声に動きを止める二人。
「判定は……最初にジルグさんが攻撃を当てた後はどっちも決定打がなかったから
ジルグさんの判定勝ちって所かな?」
なのはの言葉に納得がいかなそうなヴィータ。
「最初だけじゃねーか、続きをやらせろよ」
「ダメだよヴィータちゃん。最初に10分間って言ったでしょ?」
むくれるヴィータをなだめながら、なのははフォワード陣を呼び寄せミーティングを開始する。

「それじゃ各自の感想と自分の戦い方に応用できそうな場面があったかどうか聞いてみようか?」
なのはの声に真っ先に手を上げるスバル。
「はいっ! 最初の攻撃もすごかったですけど、
その後の懐に入ると見せかけて距離をとるという戦い方は
ティアの攻撃を生かすためのコンビネーションに使えると思います!」
てっきり最初の攻撃にばかり目が行ってると思ったが、
『自分自身の戦い方』ではなく『チームを生かせる戦い方』として
模擬戦を見ていたスバルに成長を感じて微笑むなのは。

「いいところに目をつけたねスバル。
クロスレンジが得意な相手だとスバルの場合、一対一なら自分の力で打開するしかないけど
そうやって敵の目をひきつけて味方の攻撃を生かすって視点はすごくいいと思うよ」
なのはに褒められて嬉しそうなスバル。
「いつも言ってる事だけどみんなは一人で戦ってるわけじゃないからね?
チームで行動する時は自分だけじゃなくて仲間を信頼して戦うことでみんなの力は何倍にもなるんだから」
頷くフォワード陣。

ミーティングを物凄くつまらなそうに聞いているジルグにヴィータが声をかける。
「おい、もう一戦やるぞ」
「面倒くさい」
「うっせぇ、あたしは不完全燃焼なんだ」
「別にやってもいいが、今度はわざわざ魔方陣を展開しているところを誘導弾で撃たせてもらおうか?」
「へっ、上等だ。やってみろ」

ミーティングに夢中な5人から離れて再び勝手に戦闘を始める二人。
今度は距離をとって魔力弾を撃ち出すジルグに対して、後ろに下がりながら加速してそれをかわすヴィータ。
「ほう、さっきの経験が生きたか?」
からかうように言うジルグに対し、
「今度は決着がつくまでやるからな。あたしに勝てたら後でジュースでもおごってやるよ!!」
そして一転、両者は互いに距離を詰める。

唸りを上げるグラーフアイゼンを再び上方への跳躍でかわすジルグ。
「同じ手を食うか!!」
そういって上を見上げたヴィータの目に入ってきたのはダガーではなくジルグの足だった。
「なっ!?」
ヴィータは柄で降ってくる蹴りを受け止めたが、その体勢からジルグはダガーとソードで左右から同時に攻撃をしかける。
「チッ!」
やむを得ず距離をとろうとするヴィータだが、今度はジルグがそれを許さない。

着地と同時に前方へ跳躍して距離を詰めてくるジルグに対してグラーフアイゼンを振り回すヴィータ。
だがこれまで跳躍で回避されたことが頭にあったのか
グラーフアイゼンの軌道が今までに比べて高い事を見抜いたジルグは
今度はしゃがみこんで回避、ヴィータに足払いをかける。

「こなくそっ!」
とっさに体の重心を落とし、足払いを防いだヴィータにさらに反対側の足で足払いを仕掛けるジルグ。
しゃがみこんだ体勢では思うようにグラーフアイゼンを振り回せない。
だが執拗に続く足払いに対してなかなか立ち上がれない。
「クソッ!」
グラーフアイゼンを使って足払いをガードして、そのまま振り払おうとしたヴィータだが
そのヴィータの動きを読んだかのようにガードの開いた顔面にジルグの蹴りがヒットする。
「グァッ!!」
思わず姿勢を崩したヴィータに躊躇うことなく至近距離から魔力弾を撃ちこむジルグ。

「今のが実戦でなくて良かったな、実戦だったらお前はもう死んでるぞ」
そう言ってジルグはライフルを降ろしてヴィータに言葉をかける。
「さて、これで俺の勝ちかな?」
「まだまだぁ!!」
元気良く飛び起きるヴィータにジルグはそのタフネスぶりに感心したような、または呆れたような視線を向ける。
「あの程度であたしに勝ったと思わねー事だな」
「別に、さっきのは限られたルールの中で勝利条件を満たしただけだ」

少しも表情を崩さないジルグに再びかかってゆくヴィータだが
さすがにダメージの負い過ぎで動きも鈍く、グラーフアイゼンの攻撃もあっさり見切られる。
そしてグラーフアイゼンの攻撃は確かに威力が高いが、基本的に単発だ。
それに対してジルグはライフル、ダガー、ソードに加えて積極的に蹴りを絡めたコンビネーションで
容赦なくヴィータに攻撃を加えてゆく。

「さて、なんでヴィータ副隊長はあんなにジルグさんにやられちゃうんだと思う?」
再び戦闘を始めたジルグとヴィータに呆れつつ、なのはがフォワード陣に問う。
「ジルグさんが完全に距離を支配しているから、じゃないんですか?」
エリオの答えになのはが補足を加える。
「それもあるけど……そもそも戦闘スタイル的にヴィータちゃんはジルグさんにすごく相性が悪いんだよね」

ジルグの戦闘スタイルはオールラウンダーだが、基本的には近中距離での戦闘がメインだ。
そしてそれはヴィータも同じである。
だが、ヴィータが近接メインで防御と単発の威力に優れる魔法を得意とするのとは対照的に
ジルグのほうは中距離メインで回避と手数で勝負する傾向が強い。

相手が防御力の高い大型ガジェットの群などであれば、
ヴィータの方がジルグに比べて圧倒的に殲滅力に勝るだろう。
だが、一対一で相対した場合。
インファイターのボクサーが同じスピードで自分よりリーチの長いアウトボクサーを相手にするようなもので
防御を固めれば一方的に手の届かないところから攻撃され
接近して攻撃しようとすれば前に出た分同じ距離をとられて攻撃される。
ましてボクシングは狭い四方形のリングでの争いだが、
こちらの模擬戦にリングのような距離の制約はないといっていい。

確かにジルグの戦い方は巧みだが、別にヴィータ自身の力が劣っているというわけではない。
魔力に勝るはずのヴィータがこうも一方的にジルグにやられるのはちゃんとした理由があるのだ。

結局その戦闘は大幅な時間オーバーを見かねたなのはが二人の間にディバインバスターをぶっ放して強引に終了させ、
まだブツブツ言っているヴィータにジルグは約束どおりジュースをおごってもらうことになるのだった。

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最終更新:2010年09月02日 20:46