昨日ヴィータをコテンパンにのしたジルグの前に鋭い目をした一人の女性が立っている。
ライトニング分隊長にしてヴォルケンリッターの実質的リーダーである
『剣の騎士』『烈火の将』の異名をとるシグナムである。

「こんなに早く、あの時言った機会が巡って来るとは思わなかったな」
「同感だ」
シグナムの言葉にジルグが同意する。

”あの時”の自分は珍しく怒りで冷静さを失っていた、とシグナムは思っている。
なのはとティアナが和解した後ならともかく
勝負を申し込んだ時にそのまま戦っていたら不覚を取っていたかもしれない。
昨日の模擬戦の映像はシグナムにそう思わせるだけのものがあった。

「なんか……不謹慎ですけどワクワクしますね」
「そうね、シグナム副隊長は接近戦なら六課の中では最強って噂もあるし」
エリオの言葉に頷くティアナ。
隣のスバルも接近戦のエキスパートであるシグナムと
相手との間合いの取り方に定評のあるジルグとの戦いの行方に目を輝かせている。

「なんか二人ともやる気満々だね」
なのはもこの対決には興味があるのだろう。
心なしか楽しそうな声で開始の合図を下す。
「じゃあ二人とも準備はいいね? はじめ!!」

同時に地を蹴り、接近する二人。
「ハァッ!!」
シグナムがレヴァンテインを横に薙ぐ、が
ジルグは姿勢制御デバイスを逆噴射させ、一瞬静止することでレヴァンテインの間合いから外れている。

そこから踏み込んでダガーを突き出そうとするジルグだが
「甘い!」
シグナムの斬り返しがジルグの予想以上のスピードで返ってくる。
「チッ」
突き出す動作を中断し、ダガーでレヴァンテインを防ぐジルグ。
だが、シグナムはそこからもう一歩踏み込みつつ
「紫電一閃!!」
「!?」
防がれたレヴァンテインに紫炎を纏わせ、さらに振りきる。
とっさに左手のシールドを展開させるジルグだが完全に威力を殺しきれずに吹き飛ばされる。

だが、ジルグも吹き飛ばされながらも魔力弾を連射して追撃を阻む。
そのジルグの魔力弾をかわしながらさらに間合いを詰めるシグナム。
「遅い!!」
「!」
シグナムの斬撃をとっさに左手もそえてダガー部分で受けるジルグ。
片手ではシグナムから放たれる攻撃の衝撃を防ぎきれない。
「グッ!」
衝撃に軽く呻きながらもジルグはシグナムの脇腹に左足で蹴りを飛ばす、が
シグナムはレヴァンテインの刃を滑らせながら柄尾で蹴りをブロックする。
「チィッ」
姿勢制御デバイスを全開にしてシグナムと距離を離そうとするジルグだが
「逃がさん!!」
シグナムはそうはさせじとさらに鋭く踏み込んでくる。
左下から斬り上げてくるレヴァンテインをジルグはかろうじてシールドで頭上に受け流しつつ
右手のライフルをシグナムに振るう。
だが、その攻撃もシグナムの素早い斬り返しによって阻まれてしまう。

「シグナム副隊長……すごい……」
エリオが思わず呟く。
シグナムは今のところ完全にジルグを自分の間合いに引き込んでいる。
ジルグもなんとか応戦してはいるが近接戦闘での競り合いにおいてはシグナムに一日の長がある。
ヴィータの時とは違い、開始時の紫電一閃以外はあえて大技を使うことはせず
素早い連撃に終始しているため、攻撃と攻撃の間が無くジルグは反撃に転じることがなかなか出来ない。

「シグナム副隊長の戦い方は上手いけど、もう一つ肝心なことが抜けてるよ?」
「え?」
なのはの言葉に?マークを浮かべるスバル。
「攻撃の一つ一つにちゃんと意味があるんだよ、もうちょっと良く見てみようか?」
ジルグに対して繰り出されるシグナムの攻撃は鋭いが、ただそれだけならジルグも応戦できるだろう。
「もしかして、ジルグさんが逃げられない位置になるように攻撃してるんですか?」
半分は思い付きである、がキャロの言葉になのはは頷く。
「そう、攻撃を繰り出す角度とかタイミング。
ジルグさんが距離を取ろうとするのを未然に防ぐようにシグナム副隊長は攻撃してる」
「そんなことが出来るんですか!?」
なのはの言葉に驚くスバル。

なのは自身は近接戦闘が得意ではない。
だがシグナムとは長い付き合いでもあるし、その戦い方も良く知っている。
それだけに何故シグナムがヴォルケンリッター最強と謳われるのか、その理由も理解しているのだ。

それは基本の積み重ねからくる一撃一撃の重さと速さであり
数々の戦いの経験を生かした相手の動作を”読む”洞察力。
読みに関してはジルグとて天才的なセンスの持ち主だ。
だが、埋められようのない経験の差から来る剣の重みと速さは
確かにジルグを圧倒していた。

ギリギリで身体に直撃させることこそ防いでいるが
レヴァンテインの威力はガードの上からも確実にジルグにダメージを与えている。
スピードもあるが、それ以上に避けにくい角度から繰り出される攻撃は
本来相手の攻撃をかわしつつ応戦するというジルグの戦闘スタイルを殺し
良くて受け流すのが精一杯で、ほとんどの攻撃を防御するハメになっていた。
脚部姿勢制御デバイスによる蹴りは、衝撃に耐えるために足を踏ん張らねばならないせいで完全に封じられている。

「どうした!? お前の実力はそんなものか!?」
「チッ」
シグナムの言葉に軽く舌打ちをすると、ジルグは左から来た横薙ぎを右手のダガーで受けた。
これまでは基本的に左方向からの攻撃はシールドを使用して防いでいたのだが……
(何をする気だ?)
シグナムの警戒心が高まる。
ダガーでシグナムの攻撃を防いだジルグはそのまま逆時計回りに身体を回転させ
シグナムに向かって体を預けるように背を向けた。
「何!?」
次の瞬間、ジルグの背中に装着されている跳躍補正デバイスが全開で出力される。
「グッ!!?」
レヴァンテインはジルグのダガーと絡んでいるため使えない。
ゼロ距離で跳躍補正デバイスから放たれる凄まじい量の魔力をもろに浴び、後方に吹き飛ばされるシグナム。
そして当然ジルグの身体はシグナムとは反対方向に跳ばされ、二人の距離が一気に空く。

「あまり使いたくはなかったが……」
姿勢を立て直し、そう呟くとジルグはライフルのカートリッジに魔力を込めリロードし、
シグナムに対し扇形に魔力弾を6連射した。
再び距離を詰めようと向かってくるシグナムに対し
一定距離を進んだ後にシグナムに向かう魔力弾。

「クロスファイアシュート!?」
ティアナが驚きの声をあげる。
自分やなのはは自分の周囲に魔力弾を形成して放つ魔法を
ジルグはデバイスから直接連射して見せた。
ジルグが誘導弾を使えることは知っていたが、
無詠唱でデバイスから直接連射するとは……

「甘いな!」
だが、シグナムとてこれまで数々の相手と戦ってきた戦士である。
当然遠距離射撃魔法に対する対処も心得ている。
近づいてきた魔力弾を斬り払おうとするが……
「何!?」
同じタイミングでシグナムに向かってきた魔力弾は
レヴァンテインの間合いに入る直前で急激に角度を変え、レヴァンテインをかわす。
そしてそれぞれランダムな軌道でシグナムの周囲を飛び回る魔力弾。
「くっ!?」
不規則な動きに惑わされ、一瞬シグナムの動きが止まる。
そこを見逃すジルグではない。
シグナムに向かってピンポイントで高速弾を撃ちこむ。

とっさ高速弾を回避するシグナムだが、その背中に周囲を飛び回っていた魔力弾の一つが着弾する。
「グッ!」
威力自体はさほどではない、そして速度もジルグが普段放つ魔力弾に比べれば遅い
が、着弾を合図にしたかのように残りが次々とシグナムに襲い掛かる。
「これ以上くらうか!!」
凄まじい速さで3つの魔力弾を切り払うシグナム。
そして残りの2つは魔力が尽きたのか消滅する。

だが、その間にジルグは十分な距離をとっている。
高速弾に誘導弾を織り交ぜ、シグナムの接近を許さないジルグ。

「すごい撃ち分け……」
ティアナが呆然と呟く。
基本的に自分はシュートバレットか誘導弾のどちらか一つを使用する。
だが、ジルグは連射の中に誘導弾を組み込むことで
一つの銃身でありながら複数種類の魔力弾をランダムで打ち出し、
回避行動すら読んでいるかのような攻撃で、今度は完全にシグナムの行動を押さえ込んでいる。

「もうちょっと見たいなぁ………だけど仕方ないか」
なのはが残念そうに呟く。
激しい攻防が時間を感じさせなかったが、既に終了時間だ。
「そこまで!!」
その言葉を合図に両者は動きを止めた。


「さすがだな」
心なしかシグナムの顔に笑みが浮かんでいる。
「それはどうも」
とジルグは返すが、まだ身体には蓄積されたダメージが残っているようで
いつもに比べて多少動きが鈍い。
「二人ともすごかったよ、ちょっとわたしじゃ判定できないな。
みんなはどう?」
話を振られたフォワード陣は
「あたしにも判定できません」
「右に同じく」
「僕にも無理です」
「わたしにはどっちかなんて選べないんですけどねぇ?」
と異口同音に返事を返す。
「じゃあ引き分けだね、二人ともそれでいい?」

なのはの言葉に
「構わない」
「そうだな、お互い決定打は無かった」
と応える二人。

「まさかあんな手で距離を空けるとはな」
「2度目は無い、かな?」
ジルグの皮肉にシグナムは苦笑する。
「まぁお前のことだ、次があればまた違う方法で対応してくるのだろうな」
それにしても……
「あの魔法は何だ? 私もこれまで様々な相手と戦ってきたが、あんなのは見たことが無い」
距離を空けた直後に放った魔法のことを言っているのだろう。
シグナムの言葉にどこかしら皮肉気な笑みを浮かべながら答えるジルグ。
「別に、苦し紛れで思いつきで撃った魔法だ」

嘘である。
思考誘導射撃魔法を練習している時にふと思いつき
撹乱目的で習得した魔法だ。

通常の誘導弾よりも長時間稼動させるため魔力消費が大きく
一度に6つまでしか放てない。
込める魔力こそ大きいが、そのほとんどが機動のコントロールに費やされるため威力は低く
複数を同時にコントロールしなければならないため速度も遅い。
優秀な空間把握能力を持っているジルグだからこそ出来る芸当ではあるが
コントロールに集中している間は他の動作にかなり支障が出てしまう。
それでも初見で食らう敵は面食らうだろう。
シグナム相手の模擬戦で使ってしまったのはジルグとしては正直なところ誤算だった。
いや、この場合はジルグにこの魔法を使わせたシグナムの技量を褒めるべきだろう。

「まぁそういう事にしておこう」
おそらく勘付いてはいるのだろうが、あえてシグナムは追求することをせず訓練所を後にしていった。

「さすがにヴォルケンリッター最強というところ、か」
それにしても……
「シールドとダガーはもう使えないな」
シグナムの攻撃を防ぎきったシールドデバイスとダガー型デバイスはボロボロになっていた。
もしかするとライフル本体の方も歪んでいるかもしれない。
最後は中距離での射撃だったため大して気にはならなかったが
遠距離射撃の性能に支障が出ている可能性は高い。

「ま、こういう時ための予備品か」
ジルグのアームドデバイスは全て量産品から流用されている。
ストックもあり、性能テストは済んでいるので特に明日以降の訓練に支障は無いだろう。
それに別に自分が金を出すわけではない。

そして改めて自分に打ち込まれたダメージを実感し苦笑するジルグ。
「こういう風になるのは久しぶりだな」
だが悪くは無い、痛みに値する楽しい戦いだった。
さて、今日は早めに休んでダメージを抜くとしよう。
そう考え、ジルグも訓練所を後にするのだった。


「さて、それじゃあ今日の模擬戦から得られたものはあったかな?」
なのはの問いに考え込む4人。
正直言って今日の戦闘に関しては個人の技量が大きく出ていたこともあり
レベルが高すぎて今すぐ参考にしようと思って出来るものではない。

「シューターとしては、あの撃ち分けのコンビネーションは理想の形の一つだったと思います」
と答えるティアナ。
今すぐ同じことをやれと言われてできるものではないが
せっかく二丁の射撃デバイスであるクロスミラージュを持っているのだ。
全く性質の違う魔力弾をランダムに織り交ぜて相手に攻撃できれば
実戦では大きなアドバンテージとなるだろう。

「あの……参考になったというのとはまた違うんですけど」
エリオの声になのはは続きを促す。
「シグナム副隊長は接近戦を仕掛けてからあの瞬間まで全くジルグさんに距離を取らせませんでした。
僕がジルグさんの立場だった場合、あんな風に距離を取れるわけでもないですし
これからの課題として考えようと思います」
エリオとしては機動力を生かした一撃離脱で戦うのが理想であるが
完全に動きを封じられた場合、そこから打開できる手段を持っていない。
その場で足を止めた状態で使える接近戦用の魔法か
それともダメージは与えられなくとも確実に相手との距離を離すための魔法か
それらの必要性を強く感じたようだ。

スバルにしても、いかに相手を自分の間合いに引き込み続けるかというのは
フロントアタッカー、そしてシューティングアーツの使い手としては大きな課題である。

やはりこの連戦を行ったことは無駄では無かったようだ。
フォワード陣の反応からそう感じてニッコリと微笑むなのは。
「うん、じゃあ今日はこれで解散。
データの整理と体のケアは忘れちゃダメだよ?」

そしてその言葉を合図に今日の模擬戦は終わりを告げたのだった。


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最終更新:2010年09月03日 20:33