「久々にこっちに戻ってきたと思ったらこんなことしてたのね」
はぁ……とため息をつきそうな顔をしてフェイトが嘆息する。
「まぁまぁフェイトちゃん、そんな顔しないで手伝ってよ」
「それはいいけど……」

シグナムとジルグが模擬戦を行った日の夕方、フェイトは本局への出張を終え
数日振りに六課に戻って来ていた。
もっともフェイトは本来本局の執務官であり、六課には出向中という形になっているため
他の職員と比べ六課をあけることが多い。
当然何かしらの連絡が入らなければ六課内で何をしているかなどの情報は伝わらないわけだが
帰ってきて早々、ジルグとの模擬戦を頼まれるとは思ってもいなかったのだ。

「これが昨日のヴィータちゃんとの模擬戦映像で、こっちがシグナムさんとの模擬戦映像ね」
なのはから渡されたデータを早速モニターで再生するフェイト。
まぁ模擬戦を行うこと自体は構わない。
自分も出向中とはいえ六課の隊長を務める身だ。
なのはの訓練をサポートする義務もある。

フェイトはこれまで個人的にジルグと接触した事は皆無と言っていい。
もともと他の隊長陣に比べて六課にいる時間が少ないと言うのもあるし、
以前のヴォルケンリッターの面々ほどジルグを毛嫌いしていたわけでもない。
なのはは教導官と言う立場上ジルグと接するための時間が発生するが
フェイトには特にジルグ個人と接する理由はなかったのである。

朝食の時間にジルグがなのはをスルーして逃げるところや
ヴィータがジルグに喧嘩を売っているところを見たことはあるが
そういうことに関してはあくまで見ているだけで、
特に接する理由もそのつもりもなかった。
さすがにジルグの件でストレスの溜まったなのはの相手をさせられるのは勘弁してほしかったが
それもわざわざ本人に苦情を言うようなことでもない。
エリオやキャロから断片的な情報は聞いていたが、
直接ジルグの本格的な戦闘を見るのはこれが初めてのようなものだった。

映像を見る表情が徐々に真剣になってゆくフェイト。
一回見終わった映像をもう一度再生して見直す。
なのははその様子をじっと見つめている。

2回目の再生が終わり、フェイトは軽く息を吐き出す。
「すごいわね、特に二回目の模擬戦」
ヴィータとの模擬戦は昨日なのはがフォワード陣に話したように
得意な戦闘レンジかかぶっている上に戦闘スタイルの相性が最悪だった結果だという感想を抱いた。
だが、シグナムとの模擬戦。
前半は明らかにシグナムが主導権を握っているにもかかわらず
それを凌ぎきって反撃に転じた。

シグナムは詰めが甘い戦士ではない。
その証拠に何度かジルグが距離をとろうとするところを何度も先手を打って潰している。
だが、恐らくはとっさの機転なのだろうが
あんな方法でシグナムを引き離すとは……そしてその後のシグナムの行動を完全に抑制した射撃のコンビネーション。

自分がシグナムと戦った時、スピードでは勝っていたからこそ
自分より技量の高いシグナムと互角に戦えた部分もある。
だがこの男は「あの」シグナムが主導権を完全に握った後
とっさの機転で見事に虚をつき、後半は完全に自分が主導権を握って見せたのだ。

「これは強敵ね」
「でしょ? でもそれだけじゃないんだよ」
なのはの嬉しそうな声に怪訝な顔をするフェイト。
「昨日からの模擬戦を見学することでフォワードの子達はすごく色々なことを吸収している。
きっと明日のフェイトちゃんとジルグさんの模擬戦もあの子達にとってすごく参考になる戦いになると思うよ」
「まったくもう……やるほうの身にもなってよ。 でも努力はするわ」
そう言ってフェイトは自室に戻っていった。


次の日の訓練場。
アサルトフォームのバリアジャケットを纏ったフェイトと
エルテーミスを装着したジルグが相対していた。
ジルグの武装は昨日の模擬戦でボロボロになってしまったために新しいものに変えてあるが
ライフル型デバイスがロングライフル型からショートバレルの物に変わっている。
恐らく機動力に勝る相手に取り回しの悪いロングライフルでは不利と感じたのだろう。

「こうやって直接ちゃんと話すのは初めてかな?」
「そういえばそうだな」
フェイトの問いかけに、どちらかと言うとどうでもよさそうな声で答えるジルグ。
なるほど、これはなのはにストレスが溜まるわけだ。
自分は大して気にはならないが、なのはに同情をおぼえる。

「それじゃ二人とも用意は良いね? はじめ!!」

なのはの声を合図に空中に飛び上がり、ジルグから距離を取りつつ高速で旋回するフェイト。
そのスピードにまず眼を慣らすためか、ジルグも距離を保ちつつ小刻みに跳躍して移動する。

先手を打ったのはジルグだ。
挨拶代わりとばかりにライフルを空中のフェイトに向かって数射する、がフェイトはそれを軽々と回避する。

「さすがに空中をあのスピードで飛び回られると射撃を当てるのは難しいだろうな」
昨日の模擬戦でジルグと戦ったシグナムが珍しく訓練場に姿を現している。
「そうですね。ただ、ジルグさんは誘導弾を使っていないですし、まだ様子見だと思います」
シグナムの言葉にティアナが答える。
自分だったらどうするか?
やはり直進型のシュートバレットを直撃させるのは難しいだろう。
ならばクロスファイアシュートで追わせるのがセオリーかもしれないが
あのスピード相手だと追いきれるかどうか……

ジルグの射撃をかわしたフェイトは高速で移動しながらジルグに向かってプラズマスラッシャーを放つ。
向かってくる雷を前方に跳躍して回避するジルグ。
普段より移動距離が大きいのは放電によるダメージを危惧したためだろう。

プラズマスラッシャーを回避されたフェイトは様子見は終わりとばかりにギアを上げる。
さらに加速しつつ、ジルグに向かって無数のプラズマランサーを放つ。
「チッ」
雷の雨が地上のジルグに向かって降り注ぐ。
不規則な動きでそれを回避しつつ、かわしきれない分はシールドで防御する、
だがフェイトはその防御動作を見逃さず、一気に接近してジルグに斬撃を浴びせる。
「ハーケンスラッシュ!!」
バルディッシュから放たれる鋭い一撃をかろうじて受け流すジルグ。
シールドとバルディッシュが直接接触し、激しい火花を散らす。

ジルグがダガーで反撃に出ようとする前にフェイトは向かってきた勢いのまま離脱、ダガーは空を切る。
「さすがに速い……六課最速は伊達ではないか」
さらにフェイトはプラズマランサーを放つと、連続してハーケンセイバーをジルグの左右に放つ。
プラズマランサーをかわしつつ、左右から頭部と足に襲い掛かってくるハーケンセイバーを
ジルグは姿勢制御デバイスを微出力することで体を水平に浮かせ、間一髪で回避することに成功。
そのまま跳躍補正デバイスを出力し、距離をとりつつ姿勢を整える。
だがフェイトのスピードの前にはそれは無意味だ。
自在に距離を取って間断なく雷を降らせ、時折斬撃を交えてくるフェイトに、ジルグは完全に翻弄されているかのように見えた。

「どうやってもスピードではかなわないか、ならば」
フェイトと見学している面々が眼を疑う。
ジルグは移動をやめて回避を捨て、その場に姿勢を固定した。
そしてフェイトに向かって凄まじい速度でライフルを連射しだした。
「何を……!?」
フェイトのスピードに対して射撃を当てることは困難である。
それは先ほどの攻防でもわかったはずだ。
だが……

「くっ!?」
まるでフェイトの移動先を読んでいるかのようにジルグの射撃が『置かれて』いる。
完全に先読みのみで射撃を行っているのだ。
いかにフェイトと言えど、速度に特化したジルグの魔力弾より速く飛べるわけではない。
直進する先に魔力弾がある事で、フェイトは急激な方向転換をせざるを得ない。
当然スピードは落ちるため、さらにジルグの射撃が正確さを増し
魔力弾がフェイトの体を掠める。

「す……すご……」
キャロが呆れたように呟く。
「ジルグさんてニュー○イプじゃないよね?」
「それが何なのかは知らんが、テスタロッサがいかに速く飛べるといってもそれはあくまで直線移動だ。
加減速や旋回も行えるが軌道を読むこと自体は不可能ではないだろう」
スバルの疑問に答えるシグナム。
だが理屈上では可能と言っても、それを実際にやってのけるところにジルグの射撃能力の非凡さがあるのだろう。

エルテーミスのように瞬間的な加減速とは違い、飛行魔法はあくまで段階的な加減速である。
確かに速いとはいっても、目が慣れれば予測撃ちをすることはできる。

フェイトはジルグの攻撃を回避しながらプラズマランサーを放つが
不安定な姿勢から放っているため射線が安定しない。
ジルグは直撃コースのものだけをシールドで防ぎ、回避行動を捨てて射撃に集中している。
状況的にはさっきと真逆の状態だ。

さらにジルグはライフルの連射に誘導弾も交えはじめる。
「そう簡単にっ!!」
まるでサーカスのようにそれをかわしまくるフェイト。
体を回転させ、時にはあえて誘導弾に近づくことでホーミング前に弾をすり抜け
そして雨のような弾幕をすり抜けながらさらに加速し、誘導弾を振り切る。
シグナムをも封じ込めた射撃のコンビネーションを全て回避しきるフェイト。
まさに撃つも撃ったりかわすもかわしたりである。

「やっぱり手ごわいわね……」
体を掠める魔力弾にジルグからの圧力を感じつつ、フェイトは呟く。
長引けばその分スピードに慣れられて不利になる。
そう判断したフェイトは
「バルディッシュ!!」
『sonic move』
フェイトのスピードがさらに増す、まるで瞬間移動をしているかのようだ。
ソニックムーブで速度を増したフェイトは四方からジルグに一撃離脱の斬撃を浴びせる。
「グッ!?」
それを驚異的な動体視力と反応速度で奇跡的にギリギリで防ぎ続けるジルグ。
だが、このままではいずれ直撃を貰うだろう。

ジルグの背後に回ったフェイトはジルグの背中をバルディッシュで斬りつける、が
ジルグは腰から抜いたソードでそれをなんとか受け止める。
そのままこれまでのようにジルグから距離をとろうとするフェイトだったが……

「………え?」
目の前にライフルを構えたジルグがいる。
ソニックムーブを解除したわけではない。
一撃を加えて離脱しようとしたはずだ。
なのに何故……?

「詰めが甘いな」
そう呟くとジルグは一瞬の隙を見せたフェイトに躊躇なくライフルを至近距離から連射。
避けようのない距離から放たれた魔力弾は次々とフェイトを打ち抜いた。

「そこまで!!」
声を出すと同時に、倒れたフェイトに向かって飛んで来るなのは。

「………ップハ~!!」
溜め込んでいた息を吐き出すスバル、他の3人も同様だ。
余りの高速戦に息をするのも忘れて魅入ってしまっていた。

「テスタロッサの慎重さが裏目に出たな」
「どういうことですか?」
エリオがシグナムに疑問をぶつける。
「テスタロッサのソニックムーブを併用した攻撃にジルグは完全に対応し切れてはいなかった。
ならば多少強引にでもそのまま押し切るべきだった、結果論に過ぎんがな」

ジルグの反撃を警戒したフェイトは完全に優位な状態になっても、
より確実にジルグを仕留められる機会を作るために牽制気味の攻撃を続けていた。
それを見抜いたジルグはフェイトの攻撃後の離脱にあわせて跳躍補正デバイスを最大で出力し
瞬間的にフェイトのスピードに並んだのだった。
二人の相対速度はゼロとなり、まるで自分とジルグがその場に止まっているかのような錯覚を起こしたフェイトは
その一瞬思考が停止してしまい、ジルグはそこを見逃さずに魔力弾を集中連射してフェイトを仕留めたのだった。

戦いが長引くと不利になると考えたフェイトの判断は正しかったが、
そこからの詰めを誤ってしまった。
急変した速度についていけなかった状態のジルグならば
全力の攻撃を行う事で強引にねじ伏せられたはずだ。
本気の攻撃であればジルグは防御に徹するしかなかっただろう。
勝負の詰めに対する嗅覚が今回の勝負を決めたと言える。

「イタタタタ……やられちゃったわね」
「大丈夫? フェイトちゃん」
駆け寄ってきたなのはに苦笑を向けるフェイト。
さすがに今はジルグが何をしたかをわかっていたが、
「わたしもまだまだね」
シグナムとの模擬戦を見た後でも心のどこかに自分の方が実力が上、
という油断があったことは否定できない。
特にソニックムーブを使用した直後は、それが行動に出てしまっていたと思う。
そこを見逃すほど甘い相手ではなかったと言うことだろう。
こちらを見ているジルグに声を掛ける。

「やっぱり強いわね、今回は完敗だわ」
「たまたまですよ、フェイト隊長殿」
言葉と表情が一致していない。
なるほど、これははやてやなのはが手を焼くわけだ。
「過度な謙遜は嫌味になるってわかってて言ってるのよね?」
ジルグではなくなのはに言うと、苦笑しながらなのはが答える。
「まぁ、ジルグさんだしね」
一事が万事この調子なのだろう、ヴァイスなどはよくこの男と話していて疲れないものだ。
やっぱり男と女では感覚が違うのかな、とフェイトは考える。
「わたしは大丈夫よ、それよりミーティングを始めたほうがいいんじゃないかしら?」
「そうだね。じゃあ、フェイトちゃんは少し休んでて」
そう言うとなのははフォワード陣の方へ走っていった。

「わたしの機動ってそんなに読みやすかったかしら?」
地面に座り込んだままフェイトがジルグに尋ねる
「速度は驚異的だったがそれに頼りすぎていたんじゃないか?」
「なるほどね、これからは気をつけるわ」
確かに自分のスピードには自信を持っていた。
誘導弾すら振り切るスピードに過信して、知らず知らずのうちに動きが単調になっていたのだろう。
「参考になったわ、ありがとう」
例を言われたジルグは涼しい顔をしたまま「どういたしまして」と答える。

「ところで、模擬戦も終わったことだし助け起こしてはくれないのかしら?」
「もう自分で立てるだろう?」
そっけないジルグの言葉にフェイトは苦笑する。
「こういう時は女性の意見を尊重するものよ」
そう言ってジルグに腕を伸ばす。
すごく面倒くさそうな顔でフェイトの腕を取り、引っ張り上げて立たせるジルグ。
「ありがとう」
なんだか言い回しがリンディみたいだったかな?
自分の言った言葉に対し内心で笑うフェイト。

その様子を見ていたなのはがまた「なんで~!?」と騒いでいたのはまた別の話である。

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最終更新:2010年09月06日 20:12