「すげーな、フェイト隊長に勝っちまったんだって?」
「本当にすごかったんですよ。その前の射撃も」
今は夕食の時間、食堂のテーブルでエリオがヴァイスに今日の模擬戦の様子を聞かせていた。

「フェイト隊長殿にも言ったがたまたまだ。力は確実に向こうの方が上だ。
今度やったらあっさりやられるかもな」
相変わらず他人事のように話すジルグ。

「でもすごいですよ。それに一瞬の隙を見逃さないのは強い証拠だと思います」
この数日の模擬戦で、たとえ魔力に劣っていても戦い方によっては格上の相手にも戦いようがある
そういう面も含めて色々と得るところがあったのだろう。
エリオの声は心なしか弾んでいる。

「あれ? でもまてよ?
……ヴィータ副隊長にシグナム姉さんときて、今日フェイト隊長と戦ったわけだよな?
と、すると明日はもしかして……」
ヴァイスの声に苦笑しつつジルグは答える。
「確実にその想像通りだろうな」
「なのはさんあれで結構根に持つタイプって気がするから明日はやばいんじゃないか?」
ヴァイスの心配顔に涼しい顔で
「いっそのこと、いつものように逃げるのも手かもな」
この男の場合冗談に聞こえないから困る。

「まぁ明日になってのお楽しみだな」
そう言うとジルグは食べ終えた皿の乗ったトレイを持つと席を立った。

「なぁエリオ、明日はどっちが勝つと思う?」
ヴァイスの問いに考え込むエリオ。
「普通だったらなのはさんだと思いますけど……
ジルグさんの事ですから、またものすごい手を使ってくるかもしれませんし
正直僕にはわかりません」
「まぁそうだよなぁ」

ヴィータとフェイトに勝利し、時間制限付きの戦いとはいえシグナムと引き分けたのだ。
明日の模擬戦も何が起きても不思議ではない。
ジルグの言うとおり「明日のお楽しみ」にしておくか、とヴァイスとエリオはそう結論を下したのだった。


「あれ? 今日はもう終わりなの?」
またいつものようにプログラムを作っているかと思い
明日に備えて休むように言おうと隊長室を訪ねてきたフェイトは部屋から出てきたなのはと遭遇した。
「うん、それよりもフェイトちゃんは休まなくて大丈夫なの?」
模擬戦で撃墜されたダメージのことを言っているのだろう。
なのはの言葉に笑顔を見せるフェイト。
「ダメージ自体は大したことなかったしね。
そんなに長い時間じゃなかったから疲れもないし、それより意外だね」
フェイトの言葉に首をかしげるなのは。
「てっきり明日の模擬戦対策で篭ってるのかと思った」
ああ、となのはが頷く。
「大丈夫、明日の対策はばっちりだよ。
早く明日にならないかなぁ~」
本当に楽しみな様子のなのはを見て、なんとなくジルグに同情したくなるフェイト。
この親友はやる時は徹底的にやる、という事を良く知っているからだ。

「ねぇねぇそれより」
なのはの言葉に我にかえるフェイト。
「何?」
「なんでジルグさんてわたしだけ相手にしてくれないのかな~?」
ああ何が原因なのか絶対自覚してないんだろうな、とフェイトは思う。
「あ、ああ、それはきっと『好きな子ほどいじめたくなる』っていう奴だよ…多分」
この話題を続けることは危険だ、とフェイトの第六感がけたたましく警報を鳴らしている。
「え~そう?」
「た…多分」
とにかく適当に答えて煙に巻いておこう。
まだ納得のいかなさそうなのはに『とにかくたまには早く休みなさい』と言葉をかけると
フェイトは全速力でその場を後にするのだった。


───次の日

ジルグがエルテーミスの調整を終え、フォワード陣が訓練している区画に到着すると
既にこの模擬戦を見物しようとしている面々が勢ぞろいしていた。
フェイトとヴィータはわかる、シグナムも昨日来ていたから今日ここにいてもおかしくはない。
だが……
「ご自分の仕事の方はよろしいのですか? 八神部隊長殿?」
「あ~大丈夫大丈夫、うちには優秀な補佐官がおるから」
そこには昨日までの模擬戦映像を見て俄然興味を持ち、隊長室から逃げ出してきた八神はやてとお供のザフィーラの姿があった。
きっと部隊長室ではグリフィスとリインフォースが肩代わりされた仕事に忙殺されているのだろう。
難儀な話である。

六課の建物の方を見やると、昨日に比べて確実にわかるほど視線に写る人影が増えている。
恐らくその中にはヴァイスもいるのだろう。

「さて、じゃあ始めようか」
笑顔のなのはがジルグに話しかける。
「それは構わないが、今日の審判役は?」
「今日は開始と終了の合図はわたしがするから」
とフェイトがジルグに告げる。
頷き、開始位置に歩いてゆくジルグとなのは。

「さて、どうなるかな?」
シグナムの呟きにヴィータが反応する。
「いくらなんでもなのはは負けねーだろ?」
ヴィータを見て頷くシグナム。
「確かに普通に考えれば高町が負ける可能性は低いな。
ただし普通の相手であれば、な」

高空からの射撃魔法と高い防御力を持つなのはは、ジルグにとって戦闘スタイルが一番噛み合う相手でもあり
またある意味相性が最悪な相手でもある。
シグナムの時の模擬戦は距離を置くことでジルグは互角に渡り合ったが、
今回は相手が飛行可能かつ射撃、砲撃がメインの相手であり、距離を支配することができない。
当然なのはがジルグ相手に距離を詰めなければならない理由もない。
エルテーミスで多少距離を詰めることはできるかもしれないが、あれはあくまで跳躍であって飛行ではない。
つまりジルグは終始なのはの得意な距離で戦うしかないのである。
そして火力でもなのはに軍配が上がる。

完全に劣勢の状態で開始される模擬戦、この状況をジルグがどう打開するか
「二人とも準備はいいね? はじめっ!!」
周囲の視線を集める二人にフェイトの声が模擬戦の開始を告げる。

空中に飛び上がり、魔方陣から自分の周囲に無数の誘導弾を形成してジルグに撃ち出すなのは。
「アクセルシューター!」
フェイトの時とは違い、四方からの多数の魔力弾がジルグにホーミングして襲い掛かる。
「チッ」
いくつかを撃ち落し、それ以上はあえて引き付けてから身体を反転させ
跳躍補正デバイスを出力することで魔力弾の横をすり抜けるジルグ。
だがその場所を狙ったかのように
「ディバインバスター!!」
桃色の光の奔流がジルグに降り注ぐ。
「ッ!!」
無理矢理姿勢を変え、再び跳躍補正デバイスを出力させることでかろうじてジルグはディバインバスターを回避。
真っ向から打ち合うのは不利と判断したのか、そのまま訓練場の市街区画に逃げ込む。

「え~、逃げないでよジルグさ~ん」
そう言いながらジルグを追いかけるなのは。
台詞こそ穏やかだが雰囲気がこれ以上無い位に物騒である。

「どこに逃げたのかな~、っと!!」
前面にプロテクションを展開し、突然飛来した魔力弾を防御するなのは。
だが予想以上に威力があったのか、衝撃により空中でバランスを崩す。

「……さすがに簡単に食らってはくれないか」
全力でエルテーミスを使って移動し、なのはが目視できない位置まで移動したジルグがスコープを覗き込みながら呟く。
連射できれば仕留められたのだろうがこの距離だ。
魔力を全てライフルに回して撃つのが精一杯で連射は出来ない。
スコープ越しにこちらに向かってくるなのが見える。
それを確認したジルグはすぐさま狙撃地点を放棄して離脱する。

「ポイントを捨てる見極めが早いね。もう少しで見つけられたのに」
さっきの狙撃地点であろう場所にジルグの姿はない。
既に建物に隠れて移動し、次の狙撃地点を探しているのだろう。

「でも次は逃がさないからね」
そう呟くとなのははあえて市街区画の真ん中に陣取り、ジルグの攻撃を待つ。
この位置であれば視界外からの攻撃は不可能だ。
リスクはあるが確実に相手の攻撃位置を発見することが出来る。

バシュッ!!

「!!」
とっさに移動し、魔力弾を避けるなのは。
直撃こそ避けたものの衝撃で体勢が崩れる、が
「……見つけたよ、ジルグさん!」
市街区画の端のビル屋上からこちらに狙いを定めているジルグを発見。
ショートバスターを放ちジルグを牽制しつつ、一気に距離を詰める。

ジルグは再び建物の影に飛び込む。
だが、なのはは一定距離を詰めたところで停止する。
「隠れられちゃうから面倒なんだよね、なら」
ニッコリ笑うなのは
「隠れる場所を無くしちゃえばいい話だよね」

そう言うやいなやディバインバスターをあたりに乱射し始めるなのは。
「おいおい……」
ヴィータの顔が引き攣っている。
昔のトラウマが脳裏によみがえっているのだろうか?
「確かに有効な手といえば有効な手ではあるけど、ねぇ……」
フェイトも若干引き気味だ。

「でも、これって実戦では絶対使えない方法ですよね」
「そりゃまぁあたり構わず建物壊しまくるのは……ね」
キャロの言葉に答えるティアナの声にも畏怖と呆れが混じっている。
実際の任務でこんなことしたら始末書どころじゃすまないだろう。

さすがにこれは想定外だったのか、なんとか砲撃を潜り抜けなのはに向けてライフルを連射するジルグだが
「そんな攻撃じゃわたしのプロテクションは抜けないよ?」
十分な距離をとっているため普通の射撃ではプロテクションを抜けず
出力を上げて撃とうとすると間の長さで見切られて回避される。

「さすがは砲撃戦のエキスパート、といったところか」
一人冷静に戦況を分析するシグナム。
互いの魔力の差、得意とする射程、手段を選ばないのであればなのはの戦い方は極めて合理的だ。
相手に勝る部分で徹底的に攻撃し、反撃の隙を与えない。

そしてついにジルグの周囲には隠れられる建物はなくなってしまった。
なのはがさらに上昇し、ジルグとの距離をとる。
この状態ではいかにジルグが動こうとも芋虫程度の速さに感じられることだろう。
「それじゃあ、締めようか。
レイジングハート、エクシードモード」
『All right, my master』

「おいおいおいおい!!?」
「獅子欺かざるの力、だな」
あせるヴィータと対照的に感心するシグナム。

「いっくよ~!! エクセリオンバスターーーーーーー!!!」
なのはの魔法の中でも屈指の威力を誇る反応炸裂型砲撃魔法であるエクセリオンバスターがジルグへ向かう。
直撃こそ避けるがその衝撃は凄まじく、ジルグの体が宙を舞う。
「まだまだ行くよ~?」
だがなのはは手を休めない、衝撃に顔を歪めながらエルテーミスでなんとか離脱しようとするジルグに
「ディバインバスター30連発!!」
もはや狙いなどお構いなしに放たれる桃色の光。
観戦している者達からは既にジルグの姿は見えない。
これはもはや模擬戦ではなく殲滅戦である。

「うわぁ……」
「いくらなんでもやりすぎなんじゃ……」
「これからは絶対に怒らせないようにしよう……」
「 こ れ は ひ ど い 」
どん引きしているフォワード陣。

「どうした?予想が当たったぞ?」
シグナムがヴィータに声をかける。
「ああ、いや、うん、そうなんだけどさ……なんていうかさ『お前それでいいのか?』みたいな……」

「こういうのでジルグさんに苦手意識与えられるんならうちも模擬戦しようかなぁ」
「主はやて、それはいささか不謹慎ではないかと……」

「そこまで! なのは! そこまでーーー!!」
フェイトが慌ててなのはに向かって声をかける。
二人が開始地点から結構な距離を移動してしまったため、声が届かなかったようだ。

「ふう、久しぶりにいい汗かいたなぁ~!」
フェイトににこやかな笑顔を向けるなのは。
(相当鬱憤が貯まってたのね……)と
なのはから微妙に視線をずらしつつフェイトは思う。

「それよりジルグさんは……と」
もうもうと上がる爆煙が晴れるのを待ち、フェイトはジルグを発見する。
ジルグは膝を立ててシールドを構えた姿勢のまま動かない。

フェイトはジルグに近づいて声をかける。
「止めちゃったけど良かった?」
フェイトの言葉に煤けた顔に苦笑を浮かべつつジルグは答える。
「さすがにこれ以上の継戦は無理だな、助かった」
さすがに身を隠す場所を全て破壊された状態で防御も回避もへったくれもない範囲の砲撃の雨あられに晒されては
いかにジルグといえどもどうにも出来ない。
シールドに魔力を総動員して耐えてはいたものの、
それを上回る威力の砲撃を浴びせ続けられて倒れないのがやっとの状態であった。

「とりあえず模擬戦はこれで終了ね」
フェイトの言葉を皮切りに見物していた面々がぞろぞろと近づいてくる。
「さて、この模擬戦で得られたものはあったかな?」
となのはがフォワード陣に聞くものの……
全員が青い顔色のままフルフルと首を振る。
「あれ、おかしいなあ~。全力で戦ったんだし少しは参考になるところがあったと思うんだけど」

「あれはなのはさんじゃないと無理なんじゃないかと……」
「やばくなったら迷わず逃げろ、と言う教訓を得ました」
「容赦の無さは参考になりました」
「こんなんじゃわたし、六課の仕事なんてしたくなくなってしまうよ……」
フォワード陣から容赦の無い感想を返されるなのは。

「ア、アハハハハ……いや、でもホラ、戦い方自体は間違ってないよ?
そ、そうだよね、ジルグさん?」
よりによって自分がフルボッコにした相手であるジルグに話題を振るなのは。
だが、
「ああ、周囲の被害を考慮しないのであれば一番確実な方法だろうな」
まだ体に残る痛みに耐えつつ苦笑を浮かべ、なのはの言葉を肯定するジルグ。
「殲滅戦をする戦力があってそれを行使するための制約が無い状態であれば
その方が自分達の被害も少なくなるし速く片がつく」
「ほ、ほらね!?「だが」」
「模擬戦として参考になるかどうかは疑問だな」
うっ、と後ずさるなのは。

「なんや今までで一番大味な模擬戦やったなぁ……」
「ってはやてちゃん昨日までの模擬戦も見てたの?」
はやての言葉になのはが疑問の声を上げる。
「いや、もちろんリアルタイムや無いで? グリフィス君に頼んで記録映像を見さしてもらっとっただけや。
個人的にはシグナムとの模擬戦がベストバウトやったな!」
「主はやて、大晦日のTVではないのですから……」
「細かい事いうとると抜け毛が増えるでザフィーラ」

屁理屈でザフィーラを黙らせるはやてを見ながらなのははふと自分達の交戦していた一帯を見る。
そこにはまさに草木も残らないほどの酷い有様です、本当にありがとうございました、という状況であった。
視線を移すとフォワードの4人がまるで魔王でも見ているかのような表情をこちらに向けている。
一歩近づいてみる。
「ヒィッ!」
「す、すみませんごめんなさい!!」
スバルが素っ頓狂な声を上げ、エリオが何もしていないのにあやまりだす。

ああ、模擬戦には勝ったしここ最近溜まっていた鬱憤も晴らせたけどなんだか大切なものを失ってしまった気がする。
いつもの仲の悪さはどこへやら「おい……大丈夫か? 瞳孔開いてるか?」
とジルグに声を掛けるヴィータを眺めながら、なのははボンヤリとした頭でそう思うのだった。

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最終更新:2012年11月16日 12:54