「ここは…普通の家だな…。」
薄暗い部屋から出ると廊下に出た。先程の様な不思議な空間では無く、至って普通の木造の廊下。
「あ~、真紅が帰ってきたの~。」
廊下の向こう側からまた新しい少女人形が現れた。ピンク色の服を着て、頭にリボンを付けた少女人形。
「また人形か…。」
「この子は雛苺よ。」
「あれ~、そっちの目付きの怖そうな子は誰なの~?」
「この子はヴィータ。nのフィールドで迷子になって一人泣いていた所を私が保護したのだわ。」
「へ~、目付きは悪いけど意外に泣き虫さんなのね~。」
「だから泣いてないって!」
「二人ともうるさいわ。」
とまあこんな感じで騒いでいると、また誰かやって来た。しかしそれは人形では無い。
高校生位で眼鏡をかけた人間の少女であった。
「何だ…ちゃんと人間もいるじゃないか。」
「真紅ちゃんお帰りなさい。あれ? そっちの女の子はまた新しい真紅ちゃんのお友達?」
「のり、この子はヴィータよ。nのフィールドで迷子になって泣いていた所を私が保護したのよ。」
「だから泣いてない!」
「あらあら、なんて可哀想。親御さんと離れ離れになってしまったのね?
そうだもんね。だってまだこんなに小さいのにそんな目にあうなんて…泣いて当然よね。」
「だから泣いてないって!」
真紅にのりと呼ばれた眼鏡の少女は真剣にヴィータに同情していたが
ヴィータにとっては迷惑でしか無かった。
それからヴィータは居間に案内され、事情を説明した。
勿論、時空管理局の事を言ってもどうせ信じては貰えないだろうから
そこを含めない範囲内での説明である。
「まあなんて可哀想な子…。親御さんと離れ離れになって…ヴィータちゃん何て可哀想!」
のりに話の内容が理解出来ていたか怪しい所だったが、真剣に同情して涙を流している事は
ヴィータにも分かった。そしてのりはヴィータを抱きながら叫ぶのである。
「ヴィータちゃん! 良いのよ! お家に帰る方法が見付かるまで家にいても良いのよ!」
「ちょっとまてぇぇぇぇぇ!!」
突然一人の眼鏡の少年が現れた。どうやら彼も人間の様子だが…
「ただでさえ人形どもの世話が大変なのにこんな得体の知れない奴まで住まわせる
なんて僕は反対だ! って言うかこいつ人間なんだから警察に頼めば良いだろ!?」
「ジュン君!」
厳密に言うとヴィータは人間ではなく人型のプログラムなのだが…
話した所で信じてもらえそうに無いからヴィータは黙っておいた。
とにかく、このジュンと呼ばれた少年はヴィータに対して快く思ってはいない様子だった。
しかし、そこで何と真紅がヴィータに対するフォローを入れる。
「ジュン、この人間はnのフィールドで道に迷い、水銀燈に襲われて泣いていた所を
私が保護したのよ。nのフィールドにいた時点で彼女もまた私達の関係者になってしまったわ。
それに…nのフィールドなんて警察に説明しても信じてもらえるかしら…。」
「だから泣いてないって言ってるだろ!」
相変わらず「泣いていた」に拘る真紅にヴィータもついついカッとなってしまうが、
真紅は表情一つ変えずにジュンを見つめ、その説明も説得力に溢れる物だった。
「くそ! 勝手にしろ! 僕はどうなっても知らないからな!」
ジュンはそう言って部屋から出て行ったが、その後でまたヴィータはのりに抱かれた。
「と言う事で…よろしくねヴィータちゃん!」
「分かったからそんなに抱くな!」
とりあえずヴィータは管理局に帰還する目処が立つまでこの家でお世話になる事になった。
そして、今度はこの家の状況について教えてもらった。
この家は地球の日本(と言っても、海鳴市の存在する世界とはまた別の並行世界だろうが)に
ある桜田家。そこに高校生の姉のりと中学生の弟ジュンの姉弟が住んでいる。
ちなみに両親は仕事の都合で海外にいるらしい。それで、弟ジュンが諸事情により不登校+ひきこもりに
なってしまった事を除いては何処にでもある普通(?)の家庭だったのだが、そこである日突然
ローゼンメイデンと呼ばれる不思議な生きたアンティークドールである真紅がやって来る事で
ローゼンメイデン同士の戦い、アリスゲームに巻き込まれたのだという。
ヴィータがnのフィールドに迷い込んだ時に襲って来た銀髪黒服の少女人形は
真紅のライバルに位置する水銀燈と言うドール。ただ、ローゼンメイデンの全てがアリスゲームに
対して積極的と言うワケでは無く、その積極的では無いドールである雛苺と翠星石が
真紅と一緒に桜田家で生活している。ヴィータが理解出来たのは大体こんな感じである。
「さて…ここから通信が通じれば良いんだけど…。ってダメかよ…。」
ヴィータは再度管理局に時空間通信を送ったがダメだった。
通信を妨害する何かがあるのか、はたまた管理局の管轄外の世界なのか、
単純に圏外なのかはヴィータには分からなかったが、帰還するのは時間が掛かりそうな予感がした。
と、そうこうしてるとヴィータの前に翠色の服を着たドールがやって来た。
彼女もまたローゼンメイデンの内の一体で、名前は翠星石。
「やいチビ人間Ⅱ号、何やってるやがるですか?」
「はっ?」
ローゼンメイデンの中では一番淑やかそうな雰囲気を感じさせながら、
意外にも口の悪い翠星石にヴィータは思わず苦笑いした。
「それ…もしかして私に言ってるのか?」
「お前以外に誰がいやがるですか! このチビ人間Ⅱ号!」
「誰がチビだ! って言うかⅡ号ってなんだよ!」
「ヒィィ! チビ人間Ⅱ号が怒ったですぅ!」
口が悪いワリに怖がりなのか、翠星石は悲鳴を上げながら逃げ出したし、ヴィータは怒ってその後を追った。
「確かに私は小さいけどよ! それでも私より小さい奴にチビなんて言われたかねぇよ!」
確かにヴィータの背も低い方だが、翠星石はもっと小さい。自分より大きい相手に言われるなら
まだしも、自分より小さい相手にチビ呼ばわりされるのはプライドが傷付くだろう。
とはいえ、ヴィータはワリとあっさり逃げる翠星石を捕まえていた。
「ほら捕まえた!」
「ヒィ! チビ人間Ⅱ号はチビ人間と違って運動神経が良いですぅ! これは失敗したですぅ!」
「誰がチビだって!? って言うか私がⅡ号って事はⅠ号がいるわけだよな…それは誰だ?」
「そ…それはジュンの事ですぅ! チビなくせに毎日部屋に引きこもる最低野郎ですぅ!」
「ジュンって…私に難癖付けて来た奴か…。」
「まったくチビチビ揃って嫌な奴です! おまけに声まで何処か似てやがるです!」
「そんなに声似てたか…?」
と、その時だった。ヴィータがジュンの声と自分の声の比較について
考えていた隙を突いて翠星石が爪先でヴィータのスネを蹴り上げていたのである。
「痛ぁ!」
弁慶の泣き所をモロに蹴られたヴィータはスネを抑えて座り込んだ。ここはかなり痛い。
「それ今ですぅ! 乱暴なチビ人間Ⅱ号だってスネは痛いです! 逃げるです!」
翠星石はそのまま何処かへ走り去ってしまった。ヴィータが追おうにもスネが痛すぎて
走る事はおろか立つ事さえままならない。
「畜生…あいつ…今に見ていろ…。」
ヴィータは復讐を誓いつつもとりあえずそれは後に置いて、今度はジュンの方に行って見る事にした。
最終更新:2007年08月14日 17:27