『マクロスなのは』第14話その2
『おいおい・・・・・・人を隠すには〝人〟の中ってか・・・・・・』
生き残った僚機がつぶやくように言う。
〝隠れ蓑〟それは密集した他の魔導士達だ。
ライアン達は失念していたが、パッシブ型であるこのレーダーは密集されるとすぐに個体識別が効かなくなる。
しかし彼はなぜシグナムだと気づいたのだろうか?
それは彼女がライアンの所属していた「特別機動隊、空戦部隊」で隊長をやっており、きわめて珍しい〝ムチのように飛翔する刃物〟という太刀筋に覚えがあったからだった。
『・・・・・・面白い。こんな戦い方に辟易していた所だ。手合わせ願おうか』
高感度マイクがシグナムの声を拾い、一振りの剣に戻った彼女の愛剣「レヴァンティン」が向けられる。
どこかの世界の中世なら手袋が投げられた所だろう。そしてライアンは喧嘩を売られて、「相手が強いから」という理由で逃げるほど臆病ではなかった。外部フォールドスピーカーの電源を入れると言い放つ。
「望む所です」
ライアンのその解答に満足したのか、彼女は微笑むと隣の褐色の肌をした魔導士に〝手出しは無用だ。以降の指揮は任せる〟と伝える。
ライアンもアクエリアス小隊へと回線を開くと、後を頼んだ。
そして両者は同時に開戦した。
先手を打ったのは射程の長いライアンだ。ランチャーに残った中HMM、MHMMとクラスターミサイル。そしてガンポッドの一斉射を浴びせる。
対するシグナムは、攻撃を右へ左へと回避しながら肉薄する。虎の子のクラスターミサイルさえ彼女の機動についていけなかった。
接近戦に持ち込まれたら圧倒的に不利だ。ライアンは残弾ゼロになったミサイルランチャーを翼下の兵装ステーションからオールパージすると、
バトロイドからファイターに可変。高空へと転進する。
「甘いな。レヴァンティン!」
レヴァンティンのカートリッジが1発ロードされる。
すると彼女の足首になのはと同様の紫色した魔力のフィンが展開された。
瞬間彼女はバルキリーにも劣らぬスピードで飛翔する。
元々の高速度移動魔法に、各種オーバーテクノロジーを加えたそれは魔導士の限界速度を軽々越えた。
「マッハ5だと!?」
ライアンは驚きを隠しきれない。今まで大抵の魔導士は巡航するバルキリーの速力に追随しようとする者はいなかった。
しかし今、推進剤不使用のハイパークルーズ(超音速巡航)でマッハ3を示すVF-11Sにシグナムは追随。なおも強烈に肉薄してくる。
「紫電、一閃!」
シグナムの炎を纏った魔力砲撃を推力偏向ノズルと繋がっている足のペダルと操縦桿を操作し回避する。
アルトのVF-25やヴィータとは違ってコストの高いOT『ISC(通称「慣性・バッファー」)』を搭載していないため、デバイスが相殺しきれなかった
Gが彼を襲う。しかしなんとか機位を立て直し、回避運動を継続する。
しかしこのままでは、すぐ追い付かれるだろう。
ライアンはスラストレバーを一杯にあげ、アフターバーナーを焚く。加速したVF-11Sはシグナムと同じマッハ5+に突入。変形限界を超えた。
おかげで追いつかれる心配はなくなったが、迎撃兵装がコックピット後ろにある頭部対空レーザー砲のみになってしまった。(ミサイル、ガンポッドは前面投射しかできないため)
続く攻撃。
可変できないライアンの機体は、従来型戦闘機の回避方法で逃れる。
それらはほとんど、なのはのシミュレーターでの機動が教本となっている。
なぜなら教官達は大気圏中ファイターでの高速度回避機動法を教えていなかった。というより教官達も知らなかったのだ。
宇宙空間での軌道戦闘に慣れた教官達は最初、シミュレーターで機体を空中分解させるまで、空気抵抗による変形機構の限界を失念していたほどだ。
無論アルトもミシェルも勘で修正できるセンスがあるからまったく問題にはならなかったが、彼らバルキリー初心者達は多いに困った。
そこで彼らが教官に祭り上げたのが、戦闘機(ファイター)の機動で見事戦って見せた高町なのはだった。
実はあれからも彼女は2週間に一度ほどのペースで遊びに来て、シミュレーターを借りていた。
そして可変に頼らぬファイター縛りの機動法をいろいろ開発していたのだ。
従来型戦闘機と魔導士の特性を熟知する彼女だからこそ、そのアイデアは豊富であるようだった。そのシミュレーター記録は隊内で出回っている。そこには自分達が知りたい全てが詰まっていた。
重力によって左右されるスラストレバーの出力調整タイミングから複数の高揚力装置、ラダー(垂直尾翼についた方向舵)などの同時使用によって行われる従来の機動方法から、OT改『アクティブ空力制御システム』や魔法を併用させたことで新たに生み出したトリッキーな動きまで。
今や本人に自覚がないだけでウィラン、ミシェル、アルトに続く4人目の教官として名を馳せている。
ここまでシグナムの攻撃を回避出来たのも、なのはのおかげだった。
しかしそれも種切れになりつつある。なんとかシグナムの後ろに着こうとさまざまな機動を試すが、徒労に終わった。
そこでライアンはファイター縛りシリーズ最後のシミュレーションを反芻する。
彼女の機体は自分と同じミッドチルダ製VF-11。対するはシミュレーション最高難易度クリアを阻止するように君臨するQF4000/AIF-7F『ゴースト』とのタイマンだった。
高機動で名を馳せるアルト副隊長ですら空中戦を避け、一目散に地上へと逃げる敵になのははファイター縛りで挑んだのだ。
ISCなどない。つまり人間にできる巡航レベルの小細工のような機動ではゴーストは簡単にねじ伏せてくる。しかしVF-11は最高速度だけなら
ゴーストとも互角であった。
そこでなのはは今の自分とシグナムのような戦闘に持ち込んでいる。
彼女は最後どんな戦法を取ったか?
結果を言ってしまえばなのははその戦法でゴーストに撃墜された。しかしそれはファイター縛りであったからだ。
ライアンは最高に危険な賭けに打って出ることに決めた。
シグナムの攻撃を回避しつつ多目的ディスプレイを操作してアクティブ空力制御システムにアクセスする。
そして〝モード:自動継続〟となっている所を〝手動操作〟に変更した。
「よし、行くぞ!」
自らに気合いを入れ直すと、なのはのシミュレーションをトレースするようにシステムをフルリバース。同時に足のペダルを踏み込み操縦桿を引き寄せた。
この操作により、これまで機体にかかる空気抵抗を抑制していたアクティブ空力制御システムの極性が逆転し抵抗が増加した。渦流などが増加し、機速がガクンと落ちる。そして足のペダルで操作する二対の推力偏向ノズルが上を向き、機首に付いた2枚のカナード翼が機首を上に持ち上げようと稼動する。
すると高度をそのままに機首があがる。そして最終的には機体の腹を進行方向に向けた形になり、強烈なエアブレーキがかかった。
今VF-11Sの空気抵抗は制御装置の影響もあって、機体の数倍の面積をもったパラシュートを展開したレベルにまで増加していた。
大気との衝突とそれによって発生する摩擦熱で機体が悲鳴を上げ、自らの体も急激なGにさらされる。出力をほとんど空力制御装置と転換装甲に回したため機載の慣性制御装置、OT『イナーシャ・ベクトルキャンセラー』が停まり、EXギアの重力制御付きでも骨が軋む。
しかし、その甲斐はあった。
可変せずに減速するには、スポイラーやフラップを稼動させるかエンジン出力を落とすしかないと思っていたシグナムはこの『コブラ』と呼ばれる機動の突然のエアブレーキに意表をつかれ、こちらを追い抜かしてしまった。
ここで再び彼の脳裏になのはのシミュレーション映像が残像の如く思い出される。
彼女はここを間違った。
シグナムと同様に通り過ぎていったゴーストを見届けた彼女は、即座にロールして進行方向へとガンポッドを向けたのだ。
しかしゴーストは例え後ろに着こうとたった一本の火線で捉えられるほど簡単ではなかった。
なのはの最初で最後のチャンスはこうして失われたのだ。
ライアンは慌てず速度計を確認する。
時速3600キロ。
リニア型の強力な可変機構と空力制御システムのおかげで可変するにはまったく問題ない速度だ。
アクティブ空力制御システムのスイッチを通常に入れ直したVF-11Sは間をおかずバトロイドに可変する。するとその目前には無防備な背中があった。
「墜ちろぉぉぉ!」
ライアンが吼える。機体はそれに呼応するように残った全てのMHMM、合計10発を放つ。
同時にガンポッド、頭部対空レーザー砲も火を吹き、圧倒的な弾幕がシグナムを襲った。
全ての武装が前面を向くバトロイドによる、前面投射飽和攻撃。
これがなのはの失敗から導き出したライアン流解決法だった。
仮にこれがレーザーとミサイルしか持たぬゴーストなら、迎撃や回避が間に合わず撃墜は確実であっただろう。しかしシグナムはくるりと寝返りをうつようにしてこちら向きを変えると、後退しつつ簡易シールドを10枚ほど連続展開して散布。突然出現した壁にミサイル達が着弾していく。そして2種の火線は時に回避し、できないものはその剣で防いでいく。
結果的にその全てが迎撃されてしまったりと虚空へと消えてしまった。
『(・・・・・・やるな)』
彼女からの念話が届く。
『(隊長こそ。あの弾幕を破ってこられるとは・・・・・・)』
多目的ディスプレイに映し出される兵装バンクの残弾は、等しく〝零〟を示していた。
魔力はマッハ5の維持のために推進剤として使いすぎ、機載のMMリアクター(疑似リンカーコア)の魔力素が底を着いている。オーバーヒートしているので回復するのには5分はかかるだろう。
つまり武器は己が魔力を100%用いた砲撃しかなかった。しかし彼女を撃墜できる出力を出した砲撃は1発か2発が限度だろう。
『(次で終わらせましょう)』
ライアンの提案にシグナムも
『(受けて立とう)』
と同調した。そして彼女はカートリッジを1発ロードして剣を鞘に納めて構える。
『行くぞ!』
シグナムが例の急加速。
ライアンも彼女の機動を制御するため、出力を抑えた砲撃数発で牽制する。そして─────
「紫電、一閃!」
「コイツを喰らえ!!」
紫と赤い2色の魔力斬撃と魔力砲撃が空を2分した。
(*)
一方フロンティア基地航空隊本隊は7機にまでその数を減らしていた。
「逃がすな!」
ジョンソンの指揮に魔導士部隊各隊が生き残りを追い詰めんと高速移動魔法で退路を塞ぐ。
しかし彼らはしたたかな戦術で被害を最小限に抑えつつこちらの罠から逃れ続けた。
だがもはや有効な対抗策はないようで、また1機が集中射に耐えきれず撃墜された。この分なら持ってあと5分というところか。
その時彼の目前にミッドチルダ式魔法陣が展開される。そこから飛び出してきたのはファイター形態のVF-11Sだった。
おそらく僚機の力を借りて転送魔法を発動、指揮系統への奇襲攻撃を仕掛けてきたらしかった。
周辺の部隊がデバイスを照準する前に、吐き出されたMHMMを受けて沈黙した。
ジョンソンはそれを急降下で回避すると、VF-11Sに偏差で魔力砲撃を放つ。
以前の戦闘機との戦闘ではこれが大いに役立った。所詮戦闘機は魔導士とは違い、直線か曲線の動きに過ぎないからだ。
しかしそれはガウォークへと緊急可変して砲撃を鮮やかにかわすと、撃ち返してくる。
戦闘機とはまるで違う機動にジョンソンは感嘆とともに本当に惜しい思いをしていた。
(くそ・・・・・・こんな優秀な連中と共闘できたらどれだけよかったか・・・・・・!)
戦力差にして10:1の中を腐らず奮戦してきた彼らを複雑な気持ちで受け取らずにはいられなかった。
これで我々が勝ってしまえばバルキリー隊は日陰行きだろうか?
少なくとも莫大な戦力を失うことだけはわかった。
(お偉方の馬鹿野郎どもが!!)
しかし撃たねばならぬ。魔導士としての誇りがそうさせるのだ。
「来て見やがれ!この・・・・・・!」
バトロイドで突進してきたVF-11Sの銃剣攻撃を畳まれた翼に描かれた水瓶のマークが目前で見えるほどギリギリで回避すると、間髪いれずにコックピットを照準する。しかし相手も頭部の対空魔力レーザー砲2門がこちらをロックしていた。
ジョンソンは
(やっぱりこいつらと共に戦っていきたかった・・・・・・)
と思いながらデバイスの引き金を引いた。
(*)
その頃エース達は、激戦を繰り広げていた。
飛び交うなのはとVF-11SG(ミシェル)の魔力砲撃。その間を縫って飛ぶフェイトとVF-25(アルト)。
攻防は一進一退。なかなか勝負が着かなかった。
しかし、遂に熾烈な機動戦に辛勝したアルトがフェイトの背後についた。
「もらったぁぁ!」
即座に引き金を引く。
カチッ・・・・・・
(魔力)弾が出ない。
「な、なんだ!?」
見るとレーダーがクリアになり、赤や緑になっていた光点が全て味方を表す青に変わっていた。
どうやら弾が出なかったのはIFF(敵味方識別信号)のせいらしい。照準した物体を味方と判断したFCS(火器管制システム)が誤射しないよう、
兵装にセーフティーロックかけたのだ。
『どうして!?まだ演習は15分以上あるのに?』
システムが正常になったためか、魔導士側との無線が統合され、困惑するなのは達の声が聞こえる。
「ホークアイ!どうして止めた!?」
演習中の相互のシステムを統合し、平常の状態に戻すことができる能力を与えられたのは中立のホークアイのみだ。
アルトはそう考え苦情を申し立てたが、その解答は切迫したものだった。
『こちらAWACS『ホークアイ』。現域にいる全ての部隊に告ぐ。演習空域東部にガジェットⅡ型約100機、ゴースト約50機の出現を確認!尚も増加中!各航空部隊は合同してこれを迎撃せよ!』
一斉に空域全体に緊張が走った。この緊急事態に真っ先に対応したのははやてだった。
『こちら空戦魔導士部隊隊長八神はやて。魔導士部隊各隊は各個に合流。指定する空域に集合せよ。また、撃墜されて地上にいる魔導士は地上にて民間人の
避難を支援すること』
今彼らの下にある旧市街には、この演習を見に来た民間人、20万人がいた。
はやての全体通信に続いて今度はミシェルが通信を開く。
『こちらフロンティア基地航空隊中隊長ミハエル・ブランだ。こちらも高空にいるゴースト部隊を迎撃する!はやて二佐、ゴーストへの支援爆撃を要
請する』
『了解や。だからバルキリー隊も何機か地上の支援に回して!』
『了解した。撃墜されて地上にいる部隊は、市民の安全を確保せよ!他は迎撃行動に入れ!!』
青いVF-11SGは翼をひるがえして機首を東に向けた。
アルトもしぶしぶそれに続く。すると念話が届いた。フェイトからだ。
『(決着が着かなかったのが残念だけど、またお願いね。みんな終わったら)』
左下方を見ると、金色の矢と化したフェイトがウィンクを送っている。
『(ああ、もちろんだ)』
アルトもバンク機動と念話で答えた。
(*)
演習中止と緊急展開命令をジョンソン達はお互いに照準しながら聞いていた。
ジョンソンはあまりの事態に大きくため息が出てしまった。
「はぁ・・・・・・どうやらお前らと一緒に戦うことになるようだな」
目前のVF-11Sが構えを解いてガウォークに可変すると、おもむろにスピーカーから声が届いた。
『まったく、こちらも残念だよ』
しかしその口調はセリフと裏腹、うれしそうだった。
(まぁ、あいつから見たら俺のセリフもそう聞こえただろうがな)
ジョンソンは鼻で笑うと呼びかける。
「貴様とオレ、どっちが早く行けるか競走だ!」
『よし、その勝負乗った!!』
次の瞬間VF-11Sはアフターバーナーを全開に。ジョンソンは転送魔法を行使して現場へと急いだ。
(*)
「・・・・・・勝負はお預けか」
シグナムが呟く。
ライアンと彼女も最初の1発が双方共に外れ、2発目に入ったところでセーフティーロックがかかっていた。
『また手合わせ願います』
ライアンの通信にシグナムは笑みをこぼして
「いつでもかかってこい」
と告げると東に向う。
ライアンも負けじと続いた。
――――――――――
次回予告
ガジェット達の乱入によって共同戦線を張ることになった魔導士とバルキリー。
一方地上ではリニアレールにいた部隊が市民を守らんと奮戦していた。
次回『マクロスなのは』第15話「魔導士とバリキリー」
「こちらフロンティア基地航空隊と空戦魔導士部隊。これより貴、部隊を援護する!」
――――――――――
最終更新:2011年01月13日 01:56