天道がアースラを立ち去ってから、既に一日が経過していた。
 昨日天道を帰らせてしまったのは失態だったか、とクロノは僅かに思う。
 だけど、今の自分達管理局には天道に手を出す事が出来ないのもまた事実。
 しかし天道とてまた管理局と関わるつもりで立ち去ったのは間違いないだろう。
 そこまで考えて、クロノの中で膨らんで居た不安が、問題の男・天道総司と重なる。

「天道総司……まさか7年前の次元震も……」
「ん、何か言った? クロノ君……じゃなかった、クロノ艦長」

 オペレーターのエイミィが、クロノに笑顔を向ける。
 少しだけ考えた後で、クロノはエイミィに声をかけた。

「エイミィ、一つ調べ物をしてくれるか」
「はいはーい、私に出来る事であれば何でも調べるよ」
「7年前に、大規模な次元震があった事件があっただろう?」
「あー……アレ、ね」

 エイミィが苦笑いを浮かべた。
 どうやらこちらから説明せずとも、知って居たらしい。
 ならば話が早いとばかりに、クロノは話を続ける。

「その時の記録とか、何か情報は残って無いのか?」
「んー、全然ダメっぽい。大規模な歴史の改変で次元震が起こったって事だけは解ってるんだけど」
「そうか……」

 落胆し、クロノが呟く。
 思い返すのは、一つの世界で起こった次元犯罪。
 突然この97管理外世界で、大規模な次元震が発生し、周囲の次元世界にも影響を及ぼした。
 当時の管理局も予期せぬ大規模な次元震には、それなりの打撃を受けた。
 それから捜査を続けた結果、歴史の改変による世界の消失であるのだと判明したのだった。
 ……と言っても、本来逮捕されるべきである「歴史改変の犯人」は既にこの世には居ないのだが。
 自分存在する前提条件すら揺るがす程の歴史改変を行ったのだから、それも仕方がないと言えば仕方がない。
 だけど、7年前より以前の「犯人」は未だ顕在。もしもその男が再び次元犯罪に及ぶだけの力を手に入れたとしたら。
 そして、それがもしもあの銀色のカブトに変身する男――天道総司であったなら。
 そんな疑惑がクロノの中で渦巻いて、何か嫌な予感が胸を過る。
 そんな時だった。

「艦長!」

 アレックスの声とアラート音が聞こえたのは、同時だった。
 何事かと考える前に、空間モニターに現れたのは一つの地図。
 97管理外世界の地形を現した、大規模なマップであった。

「ワームが出現しました! それも二か所同時にです!」
「片方はZECTの戦闘部隊が出動するとの事、もう片方には……カブトが現れました!」

 オペレータースタッフからの報告に、クロノは眉を顰める。
 よりによって二か所同時にワームが出現するとは、厄介な事この上ない。
 現れたワームの規模によって、どういったメンバーを出撃させるかが変わって来る。
 クロノの指示を待つオペレーター達へ振り返り、問い掛ける。

「ワームの群れの規模は?」
「南西のワームの数、20です。こちらにはZECT部隊が出撃するそうです」
「北東に現れたワームの数は10……っと、既にカブトが戦闘を開始してる!」

 エイミィの報告を聞いたクロノは、腕組しつつ考える。
 正直言って、カブトの方は心配する必要もないだろう、というのがクロノの本音だった。
 そもそも、カブトは昨日の戦いであれだけ圧倒的な力を持っている事が判明しているのだ。
 敵の数も少ないのだから、出動した時には既に事が終わって居た、という可能性もあり得なくはない。

「ZECT部隊の援護にはなのは達を……カブトの方は、剣崎君に援護を頼んでくれ」
「剣崎君? 加賀美君や剣君達じゃなくって、剣崎君にお願いするの?」
「ああ。彼ならもしかしたら、天道総司を説得出来るかもしれない」
「いやー……剣崎君には無理な気がするけど……」
「なら誰だったら出来るんだ」

 問いに、エイミィが考える素振りを見せる。
 加賀美や剣は既に天道の仲間。乾巧もだいたい同じ様なものだ。
 だけど、剣崎だけは違う。彼だけは天道と未だ仲違いを起こしたままなのだ。
 だから、自分達が剣崎の天道への誤解を解いて、その上で剣崎に説得を託すしかない。
 それがクロノの考えであった。

「仮に説得出来なかったとしても、誤解は解いておいた方がいい」
「まぁ、それもそうだね……うん、了解! ちょっと待っててね!」

 言いながら、エイミィが通信回線を開く。
 クロノはそんなエイミィに、天道は人間を襲っていた訳ではないという事を伝えて欲しい、と付け足した。




 学校が終わって、高町なのはは帰路に付いていた。
 あれから一日が経過しても、頭の仲のモヤモヤは晴れなかった。
 天道総司という男への疑問は膨らむばかりで、解決に向かう事は無い。
 それも当然だ。本人が居ない場所で、一人で考えた所で前向きな考えなど出来る訳も無いのだから。
 と言っても、友達と一緒に居る間は、そんな素振りを見せずに、いつも通りの元気な少女を装っていたのだが。

「ねえ、フェイトちゃん」
「どうかしたの、なのは?」

 しかし、元気なフリも限界を超えた。
 嘆息と共にストレスを吐きだして、フェイトに心中を打ち明ける。
 フェイトとて昨日の立会人なのだし、なのはの気持ちは解る筈だと思ったから。

「うーん……天道さんの事で、ずっと考えてる事があるんだけど」

 いくら考えても解けない宿題を出された様に、なのはは考える。
 昨日の戦いで、天道総司は戦う力を失った一匹のワームを撃破した。
 土下座までして赦しを乞うワームを、にべもなく蹴り殺したのだ。
 なのはからすればそれは非道でしかない事だし、絶対に納得など出来ない。
 だけど同時に、天道総司は本当はいい人なんだと言う確信も、この胸にはある。
 もしもなのはが傷つく事があったら、悲しむ人の事を考えた事はあるか、と。
 あの戦いの後で、天道はなのはに確かにそう問うた。
 本当の悪人が、そんな質問をするだろうか。

「天道さんって、何考えてるんだろう……」
「うん、それは私もずっと考えてたんだ」

 なのはに同調するように、フェイトが表情を曇らせる。
 フェイトとて、今自分達が天道総司という一つの問題に直面している事は理解している。
 立川の話では、天道が使用した「ハイパー」なる力は、時空の扉に影響を及ぼすらしい。
 そんな力を使う事自体が、管理局にとっては放ってはおけない事なのだ。
 だけど、次元犯罪一歩手前の事件を起こした天道に、後悔の色は見られなかった。
 それどころか、邪魔をするなら管理局だろうが関係無く潰すとまで言い出したのだ。
 突然自我を失って立川に襲い掛かった事もあるし、今すぐに彼を信頼するのは無理だった。
 本当は仲間である以上、一定以上の信頼関係を気付いた上で共に戦いたいのだが……。
 そんな事を考えていると、不意にフェイトが呟いた。

「ねぇなのは……昨日からずっと考えてたんだけど、どうして天道さんは時間を巻き戻したりしたのかな?」
「え……?」

 不安そうな表情だった。
 それはまるで、何かに脅える様な。
 一年前、母の事で思い悩んでいた時の様な表情。
 流石に尋常ではないと思ったなのはが、問いかける。

「どうかしたの……フェイトちゃん?」
「あの時、銀色のカブトが現れた時……カブトは、私を助けてくれたんだ」

 なのはの疑問に答える様に、フェイトは語る。
 あの時、あの瞬間。銀のカブトが現れた時、確かにワームの腕を掴んで居た、と。
 それはあたかも、フェイトに突き刺さろうとした腕を、カブトが止めていた様で。
 もしもカブトが時間を巻き戻さなかったら、フェイトはどうなっていたのか。
 フェイト自身も脅える様な口調で、そんな疑問を吐き出した。

「もしも、もしもだよ……? あの時、カブトがワームの攻撃を止めてくれなかったら……」
「そんな……! でも、フェイトちゃんだってそう簡単にやられたりはしない……よね?」
「ううん、あの状況じゃ、防ぎようが無かった。私のソニックの防御力は紙切れ同然だから……」

 もしも、カブトが時間を巻き戻さなかったら。
 その状況を考え、最も嫌な「もしも」を想定した時。
 なのはの背筋に、悪寒が走った。ゾッとして、鳥肌が立つのが自分でもわかる。
 下手をしたら、既にフェイトはこの世の者では無くなって居たかも知れないのだ。

「でも、それなら尚更きちんと話して欲しいの。
 もしそうなら、私達は天道さんにお礼を言わなくちゃいけないから」
「でも多分、あの人はそういう恩着せがましい事は言わないと思うんだ、何となくだけど」
「うーん……だよねぇ」

 天道の事だ。恐らく……
「俺は俺の道を往くだけだ。お前達を助ける為にやった訳じゃない」……とか。
 そういう事を言うに違いない。というか既に昨日似た様な事を言われた気がする。
 ある程度天道総司と関わったこともあって、なのは達にも天道の行動は容易に想像出来た。
 彼はそういう男だし、そもそもそれ以前に必要以上に自分の事情を語ろうとはしない。
 それどころか、戦いになのは達が参加している事自体が気に入って居ない様子。
 故に、なのは達がどれだけ問おうが、まともな返答は返って来ないだろう。
 未だかつて、味方なのにこれ程までに面倒臭い相手が居ただろうか。
 否、天道は変わり者過ぎる。それが二人が抱いた印象だった。

「でも、どんな理由があったとしても、管理局を潰すなんて、言って欲しく無かったな」
「流石に管理局程の規模になれば、そう簡単には潰せ……るかも知れないね、ハイパーカブトなら」

 苦笑いするフェイトの言葉になのはも思い出す。
 たった一人で、簡単に周辺の世界に影響を及ぼす程の力。
 強敵であるワームを、物ともせずに蹴散らしたあの戦闘力。
 極めつけは、未だ未知数の能力を秘めた大剣・パーフェクトゼクター。
 その上で、まだ他にどんな戦力や能力を隠し持って居るかも知れないのだ。
 もしかしたら、本当に世界を滅ぼしてしまうかもしれない。

「だからこそ、管理局の為にも……ううん、私自身の為にも、天道さんとはきちんと話を付けたいの」

 管理局は、なのはにとって信じるべき正義だ。
 人々と、あらゆる次元世界の平和と秩序を守る警察なのだ。
 なのはとて幼いながらも、組織に属する人間であるが故に、管理局の敵は捨て置けない。
 カブトが管理局に歯向かうと言うなら、自分もまた彼に立ち向かわなければならないのだ。
 だからこそ、そんな事にはならない様に、出来る事ならきちんと話を付けたい。
 そう願うのだが、今の彼女と天道とでは、理想が違い過ぎるのかも知れない。
 それは戦いにおける「甘さ」や「覚悟」においても、現れている。

「ねえフェイトちゃん、私はやっぱり、甘過ぎるのかな?」
「え? なのはは甘いどころか、厳しすぎると思うんだけど……」
「えー! それは友達とか、話が通じる相手に対してでしょー!?」

 慌てた様子で両手をばたばたさせる。
 確かになのはは、ある意味では厳しい。スパルタだ。
 アリサやすずかに対しても、もしも喧嘩などしようものなら、厳しく取り締まる。
 だけど、それでも最終的には皆が笑顔になれる結末を迎えさせているのだから、凄い話だ。
 ただ、それはまた別の話。そういう、人に対する接し方で厳しい面があるのは認めるが、そういう話じゃない。
 今回なのはが問題にしているのは、もっと別な次元の話だ。
 なのははフェイトにその話をする為、先程起こった出来事を言って聞かせた。
 天道が、命乞いを続けるワームを無惨にも殺した事。なのはが戦う事に関して、何故か説教をされた事。
 そして終いには、突然自我を失い、立川へと襲い掛かった事。
 上手く話を纏められる訳もないが、それでもなのはの視点で見た事を、嘘偽り無く語った。

「……それで、天道さんが解らなくなったんだね」
「うん。いい人そうに見えたり、悪い人そうに見えたり……どっちなの!? って感じだよ」
「うーん……立川さんに襲い掛かった事とかは、私はなんとも言えないけど……一つ言える事はあるかな」
「何、フェイトちゃん?」

 問い掛けるなのはの視線を、フェイトが見詰め返す。
 一拍の間をおいて、フェイトは言葉を続けた。

「そのワームが命乞いをした時、人間の姿になってたんだよね?」
「うん、そうだけど……」
「ならその姿は、元々は誰の姿だったのかな」
「あっ」

 はたと気付いた。
 ワームは人を殺し、その記憶と姿をコピーする。
 そうして人と人との繋がりを利用して、次々と人を殺して行く。
 一人の人間の姿で居る事が危うくなれば、次の人間を殺して、別人として生きて行く。
 そうやって人間社会に徐々に溶け込もうとしているのがワームと言う侵略者の手口なのだ。
 そして、命乞いをしたあの姿も、本来はこの地球で暮らしていた誰かで……
 あの姿の元になった人にも、きっと暖かい家庭があった筈なのだ。

「命乞いをしたそのワームも、もう既に罪の無い人を殺してるんだよ」
「だけど……もしかしたら、もう二度と誰も殺さないって気持ちは本当かも――」
「どうだろう……私も前に一度、ワームに命乞いをされた事があるんだ」
「え……?」

 フェイトが、その表情を曇らせる。
 嫌な事を思い出す様に。辛い出来事を語る様に。
 重苦しい雰囲気で以て、フェイトは言葉を続ける。

「最初は私も許そうと思ったけど……それは嘘で、ワームは油断した私を殺そうとした」
「そんな……酷い! 大丈夫だったの……?」
「うん……カブトが、天道さんが、助けてくれたから」

 その言葉に、なのはは心から安心した。
 例え現在問題視しているカブトの助けであろうと、友が救われた事に変わりは無い。
 それに関しては、なのはも天道総司に素直に感謝の気持ちを浮かべた。

「それでね、その時に私も言われたんだ。“私がやられた時、悲しむ人の事を考えた事があるか”って」

 フェイト自身も正直な所、天道総司を悪人などとは思っていない様だった。
 もしも天道が弟切ソウの言う通りの極悪人であるなら、そんな言葉を掛けるとは思えない。
 時空管理局を潰す、と言われた事に関しては流石にフォローは出来ないが、それでも。
 それでも、誰かを守りたいという気持ちは、本当は自分達と同じなのではないか。
 天道に疑念を抱くと同時、そんな期待を抱いている事もまた事実だった。
 と、そんな時であった。

『なのは、フェイト、聞こえるか! ワームが現れた!』

 突如として、頭の中に声が響いた。
 アースラで待機していたクロノの声だ。
 その声を聞いたなのはとフェイトは、お互いに顔を見合わせ、頷き合う。
 人々を苦しめ、街を泣かせるワームが現れたのならば、自分達も黙っては居られない。
 愛するこの街を、そして苦しむ守る為にも、戦う力を持った自分達は行かねばならないのだ。
 クロノから事の概要を聞いた二人は、考えるよりも早く、走り出していた。




 それから、ほんの十数分程後の出来事。
 高町なのはとフェイト・T・ハラオウンの介入。
 これにより、拮抗していたワームとZECTの勢力図が変わった。
 そもそも二人の戦闘力は、明らかに大人のZECT兵士一人よりも上だった。
 ZECT側も時空管理局という組織の存在を認知しているが故に、必要以上の混乱もなく。
 戦況は、大幅に人類側の有利へと変わって居た。

「ゼクトルーパーの皆さん、ここは私達に任せて、皆さんは援護射撃に専念して貰えますか」

 高町なのはがふわりと降り立って、最前線に立っていた兵隊に告げる。
 言われたゼクトルーパー達は、子供の指示に従っていいものかと躊躇っている様子だった。
 お互いに顔を見合わせて、小声で「どうする?」などと呟いているのがなのはにも聞こえる。
 そんな時だった。指揮車から指示を出していた田所の声が響いたのは。

「弟切が来るまでは高町の指示に従え!」
「「「了解!」」」

 なのはの時と違って、隊員たち皆が素直に従った。
 それというのも、田所という男の人望によるところが大きいのだろう。
 彼の命令ならば、信用する事が出来る。彼にならば命を預ける事が出来る。
 仮面ライダーでもないのに、それだけの人望を体得するのは容易い事では無い。
 心中で田所への尊敬を抱きながら、なのはは空を駆ける。

「今度田所さんとも一度お話してみたいね、レイジングハート」
『It is so.』

 レイジングハートの答えに微笑みを浮かべ、飛翔。
 田所を、ひいては自分を信用して援護に回ってくれた兵隊たちをやらせる訳には行かない。
 その決意を胸に、なのはは上空から無数の魔力スフィアを操作。兵隊たちには、これ以上一歩も近付けはしない。
 アクセルシューターの一撃一撃に殺傷能力は無いが、それでもワームを牽制するには十分過ぎた。
 身動きが取れなくなったワーム達へは、兵隊達が放つ弾丸の嵐がお見舞いされる。
 ドドドドドドドドド、と。けたたましい音を掻き鳴らして、ワームを射撃。

「撃ち方止め!」

 田所の絶叫と同時に、マシンガンの一斉射撃が中断される。
 だけど、一体何故? などと蛹ワーム達に考えさせる暇を与える訳もなかった。
 漆黒のマントを翻し、黄金の風となったフェイトがびゅん、と音を立てて駆け抜ける。
 目にも止まらぬスピードで黄金の刃を振り下ろし、前線の蛹を緑の炎に変えてゆく。
 極端なまでに攻撃力に特化したフェイトの一撃は、ライダーのそれにも劣らない。
 風の中に紛れて標的を討つフェイトは、ワームにとってはまさに死神。
 黄金のデスサイズが煌めいたのを確認するや否や、刹那の内に屍となるのだ。
 まさか人間の少女にこれ程恐怖を抱かねばならないなどとは、ワームも思っても見なかっただろう。

 だけど、それは蛹ワームが相手ならばの話。
 魔法少女達とゼクトルーパーの活躍によって、大量に沸いた蛹も壊滅的な被害を受けていた。
 兵隊たちを包囲しようという勢いで沸いていたワームの士気も、今では風前の灯。
 このまま押し切れば勝てる、と思わせた、その矢先の出来事であった。

「ハァァァァッ!」

 絶叫と共に、一匹のワームを両断しようとしたフェイト。
 デスサイズを振り上げ、風を切り裂いて迫る。しかし、黄金の魔力刃が切り裂いたのはワームでは無く。
 がきぃん! と、何かが激突する音が鳴り響いた。そして見た。自分が振るう鎌の柄を押える、緑色の鎌を。
 それがフェイトの速度を越えた成虫ワームによる襲撃なのだと理解するのは容易く。
 プロテクションを張ったのと、フェイトの身体が弾き返されたのは同時だった。

「ぐぁ……っ!」
「フェイトちゃん!」

 数メートル後方へと吹っ飛ばされたフェイトが、自力で空中に踏ん張った。
 黄金色の魔力光が周囲の風をふわりと掴んで、フェイトの身体を自制させる。
 現れたのは、蟷螂に似たワーム……あの時戦ったワームと似て非なる存在。
 その名を、セクティオワーム・アクエレ。以前戦った相手の、亜種であった。

「蟷螂の成虫ワーム……あの時の奴の仲間か!」

 フェイトが歯を食いしばる。
 自分を騙し、殺した人間の声を、記憶を利用して命乞いをしようとした奴の仲間。
 そう考えれば、目の前の腐った虫けらに対する怒りが込み上げて来るのが、自分でも解る。
 しかし、成虫ワームに挑むのは危険だと言う事は、既にフェイトの身体が覚えていた。
 以前の戦いで、もしもハイパーカブトに救われなかったら……というイフが、フェイトの身動きを封じる。
 だけど、戦力が変わったのはワーム側だけではなかった。
 まるで、これ以上は戦うなと言わんばかりに。

「お前の相手はこの俺だ」

 突如として現れた赤い仮面ライダーが。
 フェイトとワームの間に、敢然と立ち塞がって居た。
 そして、周囲がそれを認知するのはその一瞬後。
 カブトの出現と同時に、チームの士気が一気に上がった。

「成虫はカブトに任せるんだ! A小隊、B小隊は残ったワームを掃討しろ!」

 田所が指示を下すや否や、黒の部隊は一斉に散会。
 散らばった蛹ワームを包囲するかの様な陣形を組んで、マシンガンブレードを構える。
 カブトと蟷螂が対峙するこの戦場から、一匹たりとも逃がすまいと。
 兵隊達は一斉にワームへの射撃を開始した。

 これで憂いは断ち切った。
 ワームの退路が無くなった今、決戦以外に道は無い。
 ここでこの集団を完全に殲滅させる。黄金の短刀を構え、カブトは大地を蹴った。
 大股で一歩を駆け出し、次の瞬間には緑の鎌と黄金の短剣が激突する。
 きぃん、と金属音を響かせて、お互いがその身を翻し、一回転。
 次の二人が向き直る時には、再び鎌と短剣が交差していた。

「ふんっ!」

 そのまま力で押し切り、すぐ眼前まで肉薄。
 巨大な青の複眼に写り込む異形の表情は、僅かに歪んだ様に見えた。
 力でも、実力でも、あらゆる能力面においても、勝って居るのはカブトだ。
 この蟷螂ワームがどれだけ足掻こうが、カブトに勝利するという道はあり得ない。
 そんな時だった。ききっ、と音を鳴らして、一台の車が戦場に現れたのは。
 カブトが突き出した蹴り脚と、蟷螂の腕が激突した、二人は距離を取る。
 車から降りた男はそんな二人を矯めつ眇めつし、絶叫した。

「カブトに、ワーム! 貴様ら残らず殲滅してやる!」

 漆黒のスーツに、右目の眼帯。
 エリート部隊シャドウの隊長にして、ザビーの資格者。
 弟切ソウが、片方しかない瞳に憎しみを宿し、カブトと蟷螂を睨み付けた。
 同時に飛来した機械仕掛けの蜂を左腕のブレスレットに装着し、駆け出す。
 走り出した弟切の身体はみるみる銀の装甲に包まれてゆき、

 ――CHANGE WASP――

 矢継ぎ早に銀の装甲を弾き飛ばした。
 スズメバチの仮面が二人の間に割り込んだ時には既に、装甲が拡散していた。
 たまらず防御の姿勢を取ったカブトと蟷螂を尻目に、ザビーはアウトボクシングスタイルで構える。
 とん、とん、とん、とリズムよくステップを踏んで、上体を揺らす。ボクサーの構えだ。
 そんなザビーを相手に、間髪入れずに飛び込んで来たのは、緑の蟷螂の方だった。
 左腕の鎌を振り上げて迫り来る敵の間合いに踏み込み、ザビーは左の拳を振り抜いた。
 ストレートパンチとは、最短距離を走り、最速で相手を捉える究極のパンチ。
 例え先に攻撃を仕掛けたとて、ザビーの拳を越える速度での打撃など不可能だ。
 がら空きになった上体に叩き込んだ拳は、カウンターも相俟って絶大な威力を誇った。

「ぐぅ……っ」
「雑魚が」

 一言吐き捨てて、ザビーがリズムよく上体を揺らす。
 パンチにおける予備動作を隠して、右、左、右、と拳を叩き込んだ。
 目にも止まらぬ速度で振り抜かれる拳の連続には、流石のワームも防戦一方。
 初代ザビーである矢車想と同じアウトボクサーでありながら、その実力は初代を越える。
 弟切がそう自負するだけの事はあって、それは事実ワーム如きが捌き切れるパンチでは無かった。
 それでも懲りずに間合いに飛び込んで来たワームは、思いきり左腕の鎌を横一閃に振り抜く。
 しかし、ボクシングスタイルのザビーに、鎌などという予備動作の大きい攻撃が当たる訳も無く。
 膝をかくんと曲げ、上体を落とす事で回避。びゅん、と音を立てて、頭上を鎌が通り過ぎてゆく。
 勢いそのまま、踏み込んでシフトウェイトするや否や、強烈な右のアッパーをワームの顎に叩き込んだ。
 ごしゃ、と。装甲を砕く不吉な音が響くと同時、ワームの身体が真上へと浮かんだ。
 ザビーが放つパンチの威力ただ一つで、その重たい身体を宙に追いやられたのだ。
 一瞬意識を失ったワームが、どさっと後方へと倒れ込む。
 ワームにトドメを刺す、絶好の好機であった。

 ――RIDER STING――

 敵が立ち上がる前に、左腕のゼクターに備わったボタンを叩いた。
 瞬時に機械仕掛けの蜂が変形し、鋭いニードルが延長され、拳頭よりも一際鋭く突き出る。
 蜂の毒針を思わせるニードルはワームへと向けられ、充填されたタキオンの稲妻が駆け巡り。
 ばちばちばち、と電撃が迸る音を響かせた、その刹那――一歩を踏み出し、拳を振り抜いた。

「ライダースティングッ!」

 仮面の下で呟いた技名は、実質的な死刑宣告。
 起き上がるや否や、その上半身にニードルを突き刺されたワームは数歩よろめいて。
 絶大なる威力を秘めた左ストレートと、毒蜂のニードル、極めつけは迸るタキオンのエネルギー。
 一撃必殺たるザビーのライダースティングを受けて、まともに立って居られる訳も無かった。
 その場で意識を失い、後方へと倒れ込んだワームは刹那の内に大爆発。
 緑の炎を巻き起こして、蟷螂のワームは無へと還った。

 戦場に、沈黙が訪れる。
 周囲を埋め尽くしていた緑は既に一つもなく。
 この場に居るのは、赤と黄色、睨み合う二人の仮面ライダー。
 それを見守るZECTの隊員となのは達の心中は、やはり穏やかではなかった。
 この場の全員が、弟切がカブトの事を怨んでいると知っているからだ。
 そんな一同の不安を裏切らなかったのは、やはりザビー。

「カァブトォォォーーーッ!!!」

 拳を握り締め、絶叫。
 ザビーの放つ威圧感に、この場の緊迫感に。
 肌を突き刺す様な、何とも形容しがたい感触が一同を襲う。
 一足跳びにカブトの間合いへと跳び込んだザビーは、有無を言わさずにその拳を振るった。
 風を裂くザビーの拳の音は、離れた位置にいるなのはにも聞こえる程であった。
 カブトはザビーの右拳を左手でいなし、逆にカウンターのパンチを打ち込む。
 だが、今回は前の時とは違う。打ち込まれた拳はしかし命中する事は無く。

「    ッ!」

 膝を大幅に落とし、カブトの拳をかわした。
 攻撃を外したカブトの死角へとサイドステップで回り込み。
 ザビーが振り抜いたパンチは、カブトの後頭部を狙った一撃。
 ラビットパンチと呼ばれるそれは、ボクシングでは反則技と見なされる行為だ。
 後頭部に重い一撃を食らった事で前傾姿勢になったカブトの眼前まで回り込み――

「セヤァッ!」

 下方から振り抜いたザビーの拳が、カブトの腹を抉った。
 ――かに、見えた。

「!?」

 追撃を繰り出そうとするも。
 カブトの腹へ打ち込んだ拳を、引き抜けない。

「甘いな」

 不敵に呟いたのはカブトだ。
 そして気付く。ザビーの拳を、寸での所で掴んでいたのは、カブトの掌。
 がっしと掴まれた腕を強引に引き戻そうとすれば、カブトの身体ごと眼前へと引き寄せる事になり。
 次の瞬間には、拳を掴まれて自由な身動きが取れないザビーのマスクを、カブトの拳が殴っていた。
 パンチ単体としての質はザビーに劣る。だが、総合的な戦闘能力ではカブトが上である事の証明。
 数歩後じさったザビーに、カブトは余裕綽々の態度で冷たい視線を送る。

「調度いい。俺もお前には聞きたい事がある」
「黙れ! 貴様と語る口など無い!」

 駆け出したザビーが繰り出すは、右、左のワンツーパンチ。
 カブトは今まで通りそれを腕の甲でいなすが、今度はそれで終わらない。
 一撃二撃が防がれるなら、得意のコンビネーション技で三撃四撃と叩き込めばいいだけの話。
 二度目のパンチから間髪入れずに振り抜かれたのは、キックボクサー顔負けのハイキックだった。
 しかし、カブトもそう甘くは無い。腰を落とす事で、ハイキックはカブトの頭上を素通りする。
 勢いそのまま一回転した身体で繰り出すは、左の前蹴り。真っ直ぐに突き出されたそれは、ようやくカブトの胸部を捉えた。

「チッ……」

 カブトの構えが崩れた。
 一瞬でいい。これで、十分だ。

「ハァッ!」

 まずは左のジャブだ。
 カブトの仮面に叩き込んで、動きを止め。

「フンッ!」

 続け様に繰り出されるは左のアッパー。
 動きを止めたカブトの顎に、強烈な一撃を叩き込み。

「ハッ! セヤッ!」

 右のジャブでカブトを殴り。
 後退したカブトに迫る様に一歩前進。
 同時に右脚を踏み込み、シフトウェイト。
 そのまま繰り出した左のストレートパンチは

「ぐぁっ!」

 赤い胸部の装甲に軋みを上げさせ、カブトの内部へと確かなダメージを与える。
 それからカブトは咄嗟に(恐らく反射的に)両腕でガードの姿勢を取るが、もう遅い。
 見事なコンビネーションで繋がれた次の打撃は、再び振り上げた熟練のハイキック。
 キックはカブトのガードを無視して、赤いマスクを捉え、その身体ごと吹っ飛ばした。
 無様にアスファルトを転がるカブトに向けて、トドメを刺さんと駆け出す。

「消えろ、カブトォッ!」

 絶叫した、その瞬間。
 蜂の複眼が捉えたのは、カブトの脇腹できらりと輝く銃口。
 しまった! などと思ったその時には、もう手遅れだ。
 カブトの持つ銃口が、銃撃音と共に煌めいた。

「クッ……!」

 放たれたイオンの弾丸が、ザビーの装甲を穿つ。
 火花を撒き散らして、数歩後退する。クナイガンによる反撃だった。
 銃撃から逃れんと、やむなくサイドステップで大きく回り込むが。

「   ッ!!」

 回り込んだ先に居るのは、既に打撃のモーションに入っているカブトであった。
 驚愕するザビーなど意に介さず、カブトのパンチが左斜め下方向から飛び込んで来る。
 こちらの反応を越えた拳は、ザビーの脇腹を抉って、そのまま身動きを一瞬封じる。
 しかし、それは致命的。一瞬でも見動きを封じてしまえば、どれだけ有利になるかはザビーも知っての通りだ。
 カブトの拳に殴り飛ばされかと思えば、次の瞬間にはカブトの蹴りに蹴り飛ばされて居た。
 一瞬の出来事に、思考が追い付かない。刹那の内に連撃を叩き込まれた者はこんな気持ちになるのか、と。
 そんなどうでもいい感想を抱きながら、吹っ飛ばされたザビーは先程のカブトと同じ様に地面を転がった。

「星がどれだけ輝こうが、太陽には敵わんぞ」

 余裕の態度が余計に癪に触る。
 カブトが太陽で、自分は所詮太陽光を受けて輝く星に過ぎない、と。
 目の前の憎き仇敵はそう言いたいのだ。ふざけるな、と心中で怒りを燃やす。
 立ち上がるや否や、左腕のザビーゼクターをカブトに向けて突き出した。
 刹那、発射された無数のゼクターニードルが弾幕となってカブトを襲う。
 カブトはすかさず手にしたクナイでそれを全弾撃ち落とすが――

「ライダースティング」

 ニードルの弾幕など、所詮牽制。
 駆け出したザビーは、左腕のフルスロットルを叩いた。
 今こそカブトを越える時。生成された高出力のタキオンが、稲妻となって駆け巡る。
 ニードルを全弾撃ち落としたカブトへと迫る、最後のニードル。
 それは小型のニードルでも、牽制でも何でもなく。

 ――RIDER STING――

 ヒヒイロノカネを突き破るのもまた、ヒヒイロノカネ。
 防御する間もないカブトの胸部に、毒蜂の針が突き刺さった。
 激しい電撃を迸らせて、カブトが数歩後退し、そのまま膝をついた。
 がくりと項垂れるカブトの身体を、緑とも黄色ともつかない稲妻が迸る。
 ライダースティングの、完全なる直撃だ。

「太陽は、俺だ!」

 身動きが取れないカブトに、今度こそトドメを刺す。
 この手で命を奪い、自分は今度こそ真なる太陽として君臨するのだ。
 その為に踏み出した一歩を阻むのは、緑色の輝きだった。
 それはまるで、ザビーの行く手を阻むかの様に。
 ザビーの進路、カブトの眼前。

「!」

 ぱしっ、と。
 光輝く緑を掴み取ったのは、カブトの方であった。
 その手の中に輝く銀色のカブトムシを見た弟切の表情が歪む。
 ハイパーだ。ZECT勝利の鍵たるハイパーゼクターの力を使う気だ。
 そうなればいくら頑張った所で、ザビーでは勝ち目が薄い。
 一歩たじろぐザビー。ゆらりと立ち上がるカブト。
 そして、戦場に舞い降りたのは――

「もうやめて下さいっ!!!」

 時空管理局のエース、高町なのはだった。
 ふわりと舞う白いドレスは風を掴む様に優雅で。
 されど携えた黄金の杖が放つは、相手を突き刺さん程の存在感。
 流石の二人も、目の前に現れた少女に手を出す訳にも行かず、動きを止める。

「これ以上二人が戦う事に、一体何の意味があるんですか!」

 これは無意味な戦いだと、なのはの瞳が訴えかけていた。
 嗚呼、確かに他人からすれば自分とカブトの戦いに意味など無い。
 しかし、自分にとってはそうではないのだ。自分自身の存在意義が賭かっているのだから。
 だからザビーは、何としてでもカブトをこの手で倒し、乗り越えなければならないのだ。

「カブトを放っておけば、いずれ大惨事を招く事になるぞ」
「だとしても、こんなやり方じゃ解決はしない。これじゃただの殺し合いだよ……!」

 言いながら、杖を突き付ける高町なのは。
 黄金の切先がザビーを捉え、その奥の赤の宝玉に睨まれる。
 まるでそれ自身が生き物の様であるかの様な錯覚をザビーは覚えた。
 同時に、なのはが放った無数の魔力スフィアが、変則的な軌道を描いて宙を舞う。
 それはザビーを牽制する様に飛び回り……その一方で、カブトに対しては真っ直ぐに飛び込んだ。
 次いで、カブトの手元で弾ける魔力爆発。その結果、銀色のカブトが再び緑の光の中へと消えて行く。

「天道さんも、必要以上にその力を使わないで。“ハイパー”は危険だって、言った筈じゃない」
「……どうやら、今はまだ使うべき時ではないらしいな」

 意外にも素直なカブトの言葉に、なのはは僅かに驚いて見せる。
 また「俺の道を阻むな」とか、そういう事を言われると思っていたからだ。
 だけど、どうやらカブトとしても今回は仕方無かった様子である。
 ハイパーゼクターが消えた空間をまじまじと見詰めるその姿を一言で例えるならば――驚愕。
 仮面越しに表情が解り辛いとは言え、その程度の表情変化はなのはにも解った。

「まだ戦いを続ける気か? 弟切、天道」

 渋い声が、戦場に響き渡った。
 三人の間に歩を進めるのは、黒のスーツの男。
 どんな不良でもビビりそうな強面の男の名は、田所修一。
 ちなみに35歳。未婚である。

「……興が削がれた。今回だけは見逃してやる」
「それはこっちの台詞だ」

 気付けば、黄色の装甲も赤の装甲も、この空間からは消え去って居た。
 どちらの装甲も、光の粒子となって霧散したのだ。それはお互いに戦闘の意思が無くなった事の証。
 心中で燻ぶる炎は未だ消えてはいないのだろうが、それでも。
 今これ以上戦うのは、お互い体裁的にも苦しい物がある。
 故に弟切と天道はお互いに一目睨み合い――

「撤収だ! 撤収するぞ!」

 片手を振り上げ、叫んだのは弟切だった。
 天道が何事かを告げようとして、しかし口を閉ざす。
 弟切はとっとと指揮車の中へと消えてしまって、その言葉が届かないと悟ったからだ。
 こうして何とも言えない不快感だけを残して、この日の戦いは終わった。


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最終更新:2011年12月21日 18:05