『マクロスなのは』第18話「ホテルアグスタ攻防戦 前編」
「みんな、今日の任務はホテル『アグスタ』の防衛任務です。まず─────」
なのはがフォワード4人組を前に説明する。
今なのは、フォワード4人組、シャマル、リィン、ザフィーラにフェイト、そしてはやてを乗せたヴァイスの大型ヘリは、そのホテルに向かっている最中だった。
1週間前にレジアスの公表したこの防衛任務は地上部隊初の陸士、空戦魔導士そしてバルキリー隊の正式な三位一体の合同作戦となるようセッティングされていた。
編成表によれば陸上戦力は何かと因縁が深い第256陸士部隊1個中隊(150人)。航空戦力は首都防空隊に名を連ねる第16、第78空戦魔導士部隊のAランク引き抜き(50人)部隊が展開する。
また特別戦力として機動六課(12人)、フロンティア基地からはスカル、サジタリウス両小隊(7人7機)が投入された。
ことに、陸上と航空戦力合わせて200人以上という、まさに壮観と言っていい防衛体制になっていた。
「─────このように私達は建物の警備の方に回るから、前線は昨日から守りについている副隊長達の指示に従ってね。あと地上には陸士部隊が1個中隊展開しているけど、気を抜かないように」
「「はい」」
前線の4人は応えるが、キャロは何か質問があったようだ。
「あのぅ・・・」
と手を挙げている。
「どうしたの?」
「はい。あの、さっきから気になってたんですけど、シャマル先生の持ってきた箱って何ですか?」
突然話を振られたシャマルは、足元に置かれた3つの箱に視線を送り
「ああ、これ?」
と確認すると、笑顔で言う。
「隊長達のお仕事着♪」
その口調はどこか楽しげであった。
(*)
11人を乗せた汎用大型輸送ヘリ『JF-704式』はそれから60分後、普段はこの空域の民間機を担当するアグスタ側の管制エリアに入った。
『こちら管制塔。貴機の所属を述べてください』
その通信にヴァイスが応じる。
「こちら時空管理局本局所属、機動六課のスターズ、ライトニング分隊です。AWACSとの認識番号は3128T(さんいちにいはちチャーリー)」
『・・・・・・確認しました。駐機はホテル側の駐機場が満員なので、臨時に作られたE-5エリアの駐機場にお願いします』
「了解。管制に感謝する。オーバー」
ヴァイスは通信を終えると、手元のパネルを操作して周辺のマップを確認する。
ホテル周囲は利便性から今日だけ管理局が東西南北3、5キロメートルに渡って500×500メートルで区切っている。それは 北から南に向かってアルファベット順に。西から東に向かって数字順になっていて、管制官の言っていたE-5エリアとは中央のDー4エリアにあるホテルから、南東に100メートルほど離れた所にある空き地のことだった。
「どう?ヴァイスくん、あとどれくらいで着くかな?」
後ろからなのはの声がする。
やはりとび職(少し違うか?)。閉鎖空間に1時間というのは苦痛なのだろう。
「あと5分ぐらいで着陸しますよ。もうちょい待ってくださいね」
後ろから
「「は~い!」」
という元気な声が聞こえる。なのはの声だけではない。乗客全員の声だ。
よほど自由を心待ちにしているらしい。
(まったく。まるで幼稚園の先生にでもなったみたいだぜ)
元気あふるる返事に肩が軽くなった思いのヴァイスは、レーダーに視線を落とした。
周囲には民間機、管理局の機体が入り乱れている。その内の1機がこちらに近づいてきた。このIFFは─────
『こちらフロンティア基地航空隊、サジタリウス小隊の早乙女アルト一尉だ。3128T、貴機の護衛に来た』
(*)
隣にヴァイスのヘリが見える。
ガウォーク形態なので、ヘリと同じ速度になることもお手のものだ。
(少し無理してヘリの護衛を志願した甲斐があるってもんだ)
アルトは久しぶりに六課の面々に会えそうだ。と思い、笑みを溢した。
『こちら3128T、護衛に感謝する。あ、それとアルト、今度バックヤードの連中と飲み会があるんだがお前もどうだ?』
ヴァイスの軽口も聞いて久しいアルトはコックピット内で破顔して答える。
「バカ言うな。何度も言ったろ?俺はまだ未成年だって」
『ハハハ、そうだったな。ん・・・・・・あー、ちょっと待ってくれ』
どうやら向こうで何か受け答えしているようだ。モニターで拡大されたヘリのコックピットに、人影が現れた。
『─────なんかなのはさんがおまえに話があるんだってよ。今切り替える。・・・・・・上手くやれよ』
ヴァイスが小さな声で言った最後の一言が気になるが、応答する余地もなく『ブッ』という耳障りな音と共に相手の無線端末が切り替わった。
『あー、アルトくん?』
「あぁ、俺だ。どうかしたのか?」
なのははこちらのいつもの調子に安心したようだ。〝ふぅ〟という吐息が聞こえる。
『うん、ちょっとこの前のことでお礼を言いたくて・・・・・・』
「この前の?」
『その・・・・・・宴会の時の・・・・・・』
(ああ、それか)
宴会の騒動以降、まともな状態のなのはには会っていない。最後に見たのは基地に帰る際、休憩所に見舞いに行った時だ。
ちなみにその時のなのはは、気持ち良さそうにすやすや寝息をたてていた。
『あの、わたし、この前はとんでもない事を─────』
赤面するなのはの顔が浮かぶようだ。だが、残念ながら光の関係上、ヘリのコックピット内は見えなかった。
「確かにあれは凄かったな・・・・・・だが安心しろ、なのは」
『へ?』
「あの時メサイアに録画されてたガンカメラの映像は、一晩〝使った〟だけだから」
『え!?ちょっ、ちょっ、アルトくん!〝使った〟って・・・・・・あの、その、えっと・・・・・・なに言ってるの!!』
声がうわずっている。よほど動揺しているらしい。ひとしきりその反応を楽しんだアルトは『このぐらいにしておいてやるか』と切り上げる。
「すまん、ウソだ。安心しろ。そんなことに使ってない。メサイアのガンカメラの記録はすぐに消したよ」
そのセリフに落ち着いたなのはは
『そ、そうだよね。はぁ、びっくりした・・・・・・』
とため息をついた。しかしそれはなぜかほんの少し落胆して聞こえた。
『・・・・・・でもアルトくん、以外と下世話なんだね』
「あら、妖精は下世話なものよ・・・・・・ってこのセリフは役者が違ったな。まぁ気にするな」
アルトは笑うと、なのはもつられて笑った。
『─────ふふ、まぁ、とりあえず1つ言っとかなきゃね。ありがとう』
「ああ。お前を助けるために、こっちは命を張ったんだ。身体は無理せず大事に使えよ。お前に何かあった時、悲しむのはお前1人じゃないんだ。はやてやフェイト、もちろん俺だって。それをよく覚えておいてくれ」
『うん、りょうかい』
なのはの砕けた感じの声と共に無線は切られた。
(*)
「なんの話をしたの?」
キャビン(客室)に戻ってきたなのはにフェイトが問う。
「うん。ちょっと、宴会の時のお礼をね」
なのははそう言って微笑んだ。
(*)
「なのは~準備できた~?」
更衣室と化したJF-704式に向かってフェイトが呼びかける。
すでにフォワード陣や守護騎士陣はそれぞれ任務のために防衛部隊とホテルの警備員達への顔出しに散っている。
すでにここには護衛の一環と称してEXギアのままバルキリーから降りた自分。そしてヘリからの強制退去を命ぜられたヴァイスと、軽い化粧とドレスに身を包んで絶世の美女と化したはやてとフェイトだけだ。
しかし着替え始めて5分。早々に出てきた2人と違い、なのははまだヘリにひきこもったままだった。
『ほんとにこれを着なきゃダメなの~!』
「どうしたんや?サイズ合わんかったんか?」
「だから昨日『試着しておいた方がいいんじゃないかな?』って聞いたのに」
『そういう問題じゃないんだよ~!』
要領を得ない謎の応答に首をかしげる2人。
「様子見に行った方がいいんじゃないか?」
「そうだね。はやて、行ってみよっか」
「うん」
はやては頷くと、フェイトと共にヘリの中に消える。・・・・・・と内側から声が漏れてきた。
『あれ?準備できとるやんか』
『だってドレス着るなんて聞いてないもん~!』
『昨日あまり目立たない服で警備するって話したやんか』
『そうだよね・・・・・・こんな場所で普段着なわけなかったよね・・・・・・でもこんな服着たことないし―――――』
『大丈夫だよ。なのは、よく似合ってるから』
『ホントに!?』
『うん、よう似合っとる。でも改めて見るとフェイトちゃんもなのはちゃんもけしからん胸しとるの~』
『ちょ、ちょっとはやてちゃん!』
『ひひひ~揉ませや~!』
はやての奇声につづいて2人の悲鳴と、暴れたことによりヘリがガタガタ揺れる。
(ヤバい・・・・・・)
自分の中に潜むものが、意思とは関係なしに心臓を高ぶらせる。
もし自分を見るものがあれば顔を赤くしていることが丸見え―――――
「あ・・・・・・」
目の焦点が近くの木に背中を預ける人物に収束する。
「ふ、若いな・・・・・・」
「お前も顔赤くしてんじゃねぇか!」
そう年が離れていないヘリパイロットに言ってやると、いつの間にかヘリ中での騒動は終結したようで
「大丈夫、大丈夫。すごく似合ってるから」
などと説得されつつ2人に引きずられる形でなのはが出てきた。
「ア、アルトくん!?」
「俺がいるのがそんなに不思議か?さっきからいたぞ」
「ヴァイスくんの声だと思ったから・・・・・・」
「そうか。しかしお前、初舞台の時より色気があるんじゃないか?」
「初舞台?ってもう!その話題から離れてよ~!アルトくんの意地悪!」
本当に怒ってしまったのか、なのはは〝プイッ〟とそっぽを向いてしまった。
「意地悪は俺の性分らしくてな。・・・・・・そろそろ上空警戒に戻らないとミシェルに嫌味を言われそうだ。またな」
「アルトくんもがんばってな~」
「サンキューはやて。それとだな、なのは」
「うん?」
ヘルメットのバイザーを下して振り返ると、どうしても言っておきたかったセリフを具現化した。
「月並みだがよく似合ってるぞ。俺が保障してやる」
捨て台詞のように告げてバルキリーに搭乗すると、エンジンを起動する。
ちなみに顔が赤いのを隠すためにバイザーを下したというのは内緒だ。
多目的ディスプレイに「READY」の文字を確認すると、スラストレバーを押し出してガウォーク形態の機体を浮き上がらせる。
地上に吹き荒れる推進排気をものともせず手を振るはやて達にコックピットから敬礼して返事をすると、高度2000メートルの高みへと機体を飛翔させた。
(*)
ホテル入り口では長蛇の列が出来ていた。
ガジェットにより治安の危機が叫ばれるこのご時世。便乗する次元海賊などのテロリストのテロ行為防止のため、ボディチェックや身元確認の作業は空港のそれとほぼ同等のレベルにまで引き上げられていた。
そしてその最初の関門たる身分証明書を確認する係の前に身分証のICカードが示された。
「こんにちは、機動六課です」
担当者は証明写真と目前に佇む実在を見比べて一瞬驚いた表情を見せるが、自らの本分を思い出したらしく咳払い一つで向き直る。
「いらっしゃいませ、遠いところありがとうございます。検査は4番ゲートでお願いします」
「わかりました。ありがとうございます」
着いてみると4番ゲートは一般客のものとは仕様が違った。
変身魔法対策のDNA検査、透視型スキャナーなど同じものも多いが、デバイスの認識と魔力周波数などを検査する機械も置かれていた。
といってもこれは端末機で個人を特定するのに必要な個別データは記録されていない。
実はそれら軍事機密の漏えいを防ぐために時空管理局のデータバンクに直接リンクして必要な情報を出力するようになっていた。
ブラックボックス化された貸出端末機は瞬時に3人とデバイスを本物と認め、他の検査共々彼女たちがそれであることを証明した。
(*)
入ってすぐなのはとはやてはフェイトと別行動をとることになった。
「じゃあ、わたしたちはまず会場に行ってみるね」
「うん。わたしは昨日から張ってくれてるシグナムさん達に会ってくる」
フェイトと別れた2人は、未だ客を入れていない会場に入場した。会場は500人程の収容力のある映画館のような階段状の客席だった。
「入り口はああしてチェックが徹底してるみたいやし、テロは大丈夫やな」
「外には陸士部隊に空戦魔導士部隊、そしてバルキリー隊。それにホテル内には防火用シャッターがあるし、まずガジェット達が入って来るのは無理そうだね」
2人の出した結論は、ホテル内はほぼ安全であるということだ。
もともと今回の投入戦力の量が異常なのだ。
今回の布陣は〝みんな仲良く一致団結〟という管理局の姿勢をアピールするために行われたと思われるが、少し政治が絡み過ぎている。レジアス中将も少し事を焦ったらしい。
だが少な過ぎるよりはましなので誰も批判はしないし
「安全を確保してくれるなら」
と、肯定的に捉える者が多かった。
ちなみに2人も肯定派だった。確かにあの演習レベルの数が奇襲してきた場合、これぐらいいたほうが安全だ。出現率の最も高いクラナガンも、残存するフロンティア基地航空隊とロングアーチスタッフ、そしてAWACS『ホークアイ』が目を光らせてくれている。
「とりあえずは、安心だね」
「でも気は抜かんようにせなあかんな」
2人は油断なく周りに気を配った。
(*)
シグナムに会って彼女から地下駐車場に向かう旨を聞いたフェイトは、今度はヴィータの元へと歩を進めていた。
「バルディシュ、オークションまでの時間は?」
その問いにポーチに付けられたバルディシュが答える。
『1 hours and 7 minute.』
「ありがとう」
フェイトが礼を言った直後、彼女の後ろから何かが転がってきた。
それは拳大の丸い水晶だった。しかしただのガラス玉ではないようだ。不透明で紫っぽい。
どこかで見た気がしたが、その思考は後ろからの声にかき消される。
「誰かあの水晶を止めてくださぁぁい!」
その声に彼女はすぐに反応する。おかげでその水晶は間一髪、階段から落ちるすぐ手前でキャッチされた。
「あぁ、ごめんなさい。わざわざ拾っていただいて─────ってあれ? フェイト?」
フェイトが背後からの声に振り返ると、そこには懐かしい顔があった。
最終更新:2011年03月05日 00:12