『マクロスなのは』第17話「大宴会 後編」


パンを土産に戻ってから5分ぐらいの時が流れた時だった。
アルトが何気なく舞台を見ると、なんとフラフラのなのはが舞台に立っているではないか。そして彼女は更に恐るべきことを宣言した。

『54ばん、高町なのはぁ!暑いので、脱ぎまぁ~す!』

「「「うぉぉぉぉ!」」」

会場に木霊する男(野獣)どもの歓声。対照的に会場の半数は女性のため一斉に引いた。
そんなことお構いなしにまず茶色を基調とした地上部隊の制服の上着に手を掛けたなのはは、それを脱いでスルリと床に落とす。
酒の力で色気の加わったなのははもうすでにR指定レベルだ。

(あのバカ野郎・・・・・・!)

呆然として動けないリンディなどを尻目に大急ぎでメサイアに換装する。

「メサイア!モード2リリース、EXスーパーパック装備!」

「Yes sir.」

EXギアのエンジンと主翼の付いた機関ブロックが、VF-25のファイター時の胴体そのままの形へと変形。それは1.5メートルほどに拡大される。そして新たにVF-25のFASTパックに酷似したブースターが主翼に生成された。
なのははすでにカッターとタイツのスカートのみだ。首筋のリボンが外され、カッターのボタンが外されていく。
アルトはブースターによって初期加速なしで緊急離陸すると、下界を睥睨(へいげい)する。
すると人混みの中にフェイトとはやてを発見した。2人は乱心した親友を救おうと男達の群れを掻き分け急行していた。
しかしなのはの最終防衛ラインであるボタンは残り少なかった。

(間に合わねぇか!)

決断したアルトはリニアライフルを生成。魔力を集束する。

「許せよなのは!ディバイン・・・・・・バスター!」

なのは直伝の魔力砲撃はあやまたず師匠に殺到した。
非殺傷設定の魔力の奔流は直撃すれば気絶するに足る出力だ。3秒に渡って照射された魔力素粒子ビームは彼女を完全に覆い隠し

「少しは容赦すべきだっただろうか?」

と一瞬頭をよぎるが、それは完全に無駄になった。
眩いばかりの青白い魔力砲撃が過ぎ去った後には、手のひらをこちらに向けたなのはの姿があった。
日頃の修練の賜物だろう。彼女は反射的に魔力障壁を展開。こちらの砲撃を受け流したようだった。

「なんちゅう奴だ!」

しかしそれで時間が稼げたようだ。フェイトとはやてが壇上に乱入して彼女を舞台袖に引きずり降ろしたのだ。
しかし男どもの理不尽な怒りの矛先は邪魔したアルトに向けられた。

「「「このバカ野郎!!」」」

集中するオーバーA~Bランククラスの対空砲撃。
その火線の数は100を超えていたとも言われている。

「おい!待て・・・・・・!」

呼びかけつつ必死に回避する。しかし脱出しようにも天井は不可視のシールドで閉まっているため脱出できない!
逃げあぐねていると、遂に砲撃の1発が左翼のEXスーパーパックのブースターに命中。それを貫いた。
アルトは迷わずブースターを緊急パージし、それに向かってミッドチルダ式の魔力障壁を展開する。
するとそれは時をおかず爆発。直後衝撃が襲うが、なんとか受けきった。
シールドを展開していなければ危なかっただろう。

(貫いたってことはこの砲撃は殺傷設定!?間違いない・・・・・・・アイツらこっちを殺す気だ!)

アルトにバジュラ本星突入作戦でも感じなかった死の恐怖が襲う。
ランカの歌も助かるための手の1つだが、今歌えば魔力で飛ぶ自分はまっ逆さまだ。
なぜなら周囲が味方のつもりだったので全員IFF(敵味方識別信号)が味方であり、キャンセル対象なのだ。
そのためSAMFC(スーパー・アンチ・マギリンク・フィールド・キャンセラー)をアルトのみに作用させるのは現行不可能だった。できたとしても設定変更に1分以上はかかるだろう。
アルトが

(もはやこれまで・・・・・・)

と観念しかけた時、舞台に誰かが上がった。同時に聞こえる金髪の長髪が映える彼女の声。

『55番、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン!歌います!』

深呼吸、そして─────

〝遥か空響いてる 祈りは 奇跡に─────!〟

その歌声に弾幕は、止みはしないが1割ほどに弱まる。
アルトはその隙に地上に降下し、着地と同時にランカへとAMFの発生を要請した。
ピタリとやむ砲撃。会場は歌声に包まれた。
舞台に視線を移すと、フェイトがメインボーカルを。ランカが引き立てのコーラスをと、一緒に歌っていた。

(・・・・・・どうやら後で礼を言わなきゃいけなそうだな)

苦笑しながらメサイアを携帯形態であるイヤリングに戻し、手近の椅子に座った。
澄んだ2人の歌声が会場を駆け抜けていく。
フェイトから紡ぎ出されるどこまでも素直な言葉。
そんな力強い歌声にアルトの奥底で眠る衝動が、〝不屈の羽(つばさ)〟を持った彼を動かさんとしていた。

(舞台が・・・・・・俺を呼んでいる・・・・・・!)

しかしアルトは必死にその衝動を抑えつける。

(俺は舞台は捨てた!いまさら・・・・・・)

だが早乙女〝有人〟という人物に灯っていた永遠の炎は、アルトの深い闇に閉じられた自由の扉を解き放たんと暴れ始めた。

(*)

2人の歌姫の歌によって暴動(?)は終わりを告げ、平和が戻った。しかし、それでアルトの試練が終わったわけではなかった。

(*)

「予定通りだな?」

ミシェルの確認に問われた天城は

「会は順調ッスよ」

と応じる。

「しかし本当にやってくれますかね?」

「大丈夫。あの〝お姫様〟が舞台を前にして黙ってられるもんか。いざとなれば無理やり引きずり出してやる」

ミシェルは眼鏡を外すと、彼の言うお姫様をスナイパーの目で狙った。

(*)

昼頃始まった宴会は佳境に突入している。
舞台上の隠し芸大会も100番を超え、参加者は管理局局員だけでなく、報道関係者やさっきの『古河パン』の店主も出ているほどだった。
特に店主を中心とした商店街プレゼンツの演劇はなかなかうまく、こういうことに関しては辛口なアルトでさえ拍手を送っていた。

「演劇最高ぉぉー!」

司会に

「一言お願いします」

と言われて店主が叫んだセリフがアルトの頭をぐるぐる回る。
最近、自分が有名な歌舞伎の家の跡取りであるということを周囲が知らないため、意識してこなかった命題が再び浮上した。

(やはり俺は、演じることをやめられないのか・・・・・・)

アルトの脳裏に1年以上前の記憶が呼び覚まされる。

『あなたは演じることをやめられない。あなたは舞台(イタ)から逃げられない。あなたは生まれながらの役者だ』

『今もあなたは演じ続けている。親に反発して、パイロットを目指す青年という役を!』

これは兄弟子であった早乙女矢三郎が、自分に家に戻るよう言ったときの言葉だ。
そのとき家に戻らなかったことを後悔はしていない。しかしその言葉はアルトの脳裏に焼きついて離れなかった。
目の前の舞台が呼んでいる気がする。それはこの言葉の証明ではないか?
また、演じていることを忘れて演技することにその極みがある。だから、自分という観客を自分という役者が騙しているのではないか?と指摘するこの言葉も的を射ているかもしれない。

(俺は本当は、舞台に立ちたいんじゃないか)

パイロットという役職に舞台など不要。だから俺はそう演じているのだろうか?
その時、先ほど出場を断った時のフェイトの表情が彼の脳裏を過った。

(そうかあの表情、どこかで見たかと思ったら・・・・・・ありゃ俺だったんだ・・・・・・そうだ!俺は舞台が─────!!)

その瞬間、肩を叩かれた。

「ん? ・・・・・・天城か。司会はどうした?」

「はい、実はお願いがありまして」

「・・・・・・なんだ?」

「実は―――――」

その申し出は、願ってもないことだった。

――――――――――

(*)

ちょうど150番の人が終わった時だ。

『皆さん、隠し芸大会を楽しんでますか!?』

天城の呼び掛けに賛否両論の応答が飛ぶ。

『そんな隠し芸大会も時間の関係上、次がラストとなります。申し訳ありませんが、ラストを飾る人は実行委員会で決めさせて戴きました。では、よろしくお願いします!』

天城が大きく頭を下げ舞台袖に退く。代わりに出てきたのはフライトジャケットを着たアルトだった。
大ブーイングの中、彼は舞台上で一礼すると舞台袖に合図した。
次の瞬間スポットライトが彼に当たり、その服と顔にホログラムの振り袖と化粧を施した。
彼の頭上にテロップが流れる。そこには『第97管理外世界・狂言 青邸稿花彩画 浜松屋の場』と書かれていた。


「言ってざぁ聞かせやしょう!」


アルトの第一声。
観客はその一言でアルトの世界に引き込まれ、身動き1つ出来なくなった。

「浜の真砂(まさご)と五右衛門(ごえもん)が歌に残せし盗人(ぬすっと)の種は尽きねえ七里ヶ浜(しちりがはま)─────」

アルトの演技、台詞の韻律の美しさ、そして何よりひとつひとつの動作から伝わってくる張り詰めた緊張感と様式美に、 観客は魅了された。
この浜松屋の場は、有名な歌舞伎の演目のひとつだ。
この幕はまず武家の娘が嫁入り支度と言って呉服屋に来るところから始まる。
しかしその娘は「店の物を万引きした!」と店員に誤認され、そろばんで額を叩かれてしまう。
事実確認の結果、誤認と認めた店は、「十両で手を打ってくれないか?」とお願いする。しかし娘の連れの男が納得せず、皆の首を切って自分も切腹すると言い出す。
交渉の末百両で手を打つ事になり、その額を受け取った2人は引き上げようとする。
だがそこで店の奥から侍が出てきて

「その娘は男だ!」

とすっぱ抜いてしまう。
初めはしらをきっていた娘だが、二の腕の刺青が見つかり遂にシッポを出す。
冒頭の台詞は正体のバレた娘が弁天小僧菊之助に変身する際に言う名シーンだ。
しかし、観客にはそんな予備知識はない。それどころか古代日本語は半分も理解できないだろう。だがアルトの演技にはそれでも強く引き付ける力があった。

「─────ここやかしこの寺島(てらしま)で、小耳(こみみ)に聞いた祖父(ジィ)さんの、似ぬ声色(こわいろ)で小強請(こゆすり)騙り(かたり)・・・・・・名(な)せぇ所縁(ゆかり)の!」

振り袖の片袖を脱いで刺青の描かれた右半身を露出させ、高らかに宣言する。

「弁天小僧、菊之助たぁ、俺がぁことだ!!」

彼は全身を使って威圧するように大見得を切った。
鍛え抜かれた彼の肺活量は5000ccをゆうに上回る。そのすべてを吐き出した大声は轟音となってドーム内の観客たちの耳を、腹を直撃した。
次の瞬間、文字通り魔法のように衣服と化粧のホログラムが解除。彼はただの早乙女アルトに戻った。
だが誰一人身じろぎひとつしない。いや、できないのだ。服装などの要素がなくても、アルトはそれほどのオーラを放っていた。
アルトが頭を下げる。
それを合図にようやく魔法が解けたように観客を緊張の糸から解放。観客はランカやフェイトレベルの満場の拍手を彼に送った。

(*)

まだ隠し芸大会の余韻から覚めきっていない20分後。

壇上にはレジアス中将の姿があった。

「─────であるからして、これからも管理局のために粉骨砕身、頑張ってもらいたい」

今、ステージ前の机は残さず片付けられ、空戦魔導士部隊やフロンティア基地航空隊などの局員300人が部隊ごとに整列している。
レジアスは各部隊を見渡すと続ける。

「また、1週間後にホテル『アグスタ』にて、ロストロギアも扱う大規模なオークションが行われる。この時、このロストロギアの反応をガジェットどもが探すロストロギア〝レリック〟と誤認して襲撃してくる可能性がある。そこで我が地上部隊は大規模な防衛網を敷く予定だ。その時が初めての魔導士部隊、バルキリー隊の正式な合同作戦になると思うが、心してかかってくれ。以上だ」

レジアスは一斉に敬礼する局員達に返礼すると、舞台から退き、同時に会はお開きとなった。
ちなみにこの時なのははまだ休憩所で酔いつぶれていたという。

(*)

「お前の差し金だったのか?ミシェル?」

各員が散開していくなか、ミシェルに問う。
天城から隠し芸大会への出場要請があったとき、1,2もなく了解してしまっていた。
しかしこの世界で自分が歌舞伎役者であることを知っている者は、ミシェルとランカしかいない。そして自分自身ほとんど話したことはない。となるとミシェル以外考えられなかった。

「さぁな。だとしたらどうする?」

「・・・・・・ありがとうな。おかげでよくわかったよ。俺は舞台が好きなんだって」

ミシェルはこちらの素直な感謝の言葉に面食らったようだ。一瞬彼の本当の笑顔が垣間見えたが、すぐに眼鏡を掛け直すようにして〝仮面〟をかぶり直した。

「・・・・・・そうか。だがこれからも安心して背中を任せられる早乙女アルトであってくれよ。」

ミシェルはそう言うと離れていった。

(*)

「アルトく~ん!」

ミシェル達と共に野外に駐機したバルキリーを取りに行こうとしたアルトに、特別待遇だったランカが手を振りながら近づいて来る。
そんな2人に、周囲の残っていた宴会関係者は

「そうゆう関係なんだ・・・・・・」

という顔をして散開していった。

(おいおい、また勘違いされたじゃないか・・・・・・)

アルトはため息をつき、茜色に染まっていく空を見上げた。
そこにはまだ〝こうゆう〟問題を避けて〝空だけ〟を見ていたいと思う青年がいた。
そんな青年に彼の金髪の友人は

「まったく、姫は・・・・・・」

と小さく呟き、深くため息をついたそうな。

――――――――――

次回予告
実施される地上部隊初の三位一体の防衛作戦
そこに侵攻してくる敵
対立を眺める2人の存在
果たして彼らの真意とは?
次回マクロスなのは第18話「ホテルアグスタ攻防戦 前編」
「いよっしゃあ!どんどん来い!」

――――――――――



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年03月05日 00:08