「またここに逆戻りか…。」
ヴィータが気付いた時には最初にいた不思議な空間…つまりnのフィールドにいた。
ここが一体どういう所なのかは分からないままであるし、時空管理局で一般的に
使用される転移方法も使用出来ない。その上先程の騒ぎで真紅達とはぐれてしまった。
とにかく自分よりもここについて詳しいであろう真紅達を探した方が良いと探索を開始した。
しかし…そのヴィータの背後に水銀燈の姿があった事は気付かなかった。
「ふふふ…油断大敵よぉ…。」
水銀燈は笑みを浮かべながら黒き羽を飛ばした。刃物の様に鋭い羽がヴィータの背中へ向けて突き進む。
ヴィータが防御魔法を展開していれば防げるかもしれないが、
完全に不意打ちとなったこの状況ではどうにもならない…が…
「危ない!」
突如何者かがヴィータを突き飛ばした。それは何とジュン。しかし、代わりにジュンが
水銀燈の羽を受けて腕が若干切られてしまった。
「うっ!」
「おっお前! しっかりしろ!」
ジュンの腕の傷は深くは無いが、それでも血が流れ出ている。とにかくジュンを見捨てる事は出来ない。
ヴィータは倒れたジュンを起き上がらせて運ぼうとするが、水銀燈がそれを見逃すはずがない。
「あららぁ~。見捨てて逃げれば良いのに…。」
水銀燈の翼からさらに黒き羽が放たれた。しかも一発だけでは無い。
何十発と言う羽が一度に襲い掛かって来たのである。まさに散弾銃。
「くそっ!」
ヴィータはとっさに防御魔法を展開しようとしたが、黒き羽が二人に襲い掛かる事は無かった。
「水銀燈…相手なら私達がするわ…。」
「ジュンをこれ以上傷付けさせないですぅ!」
「水銀燈ダメなのー!」
そこには真紅と翠星石と雛苺の三人の姿があった。
「さあ! 私達が食い止めている間にジュンを安全な所に運んで頂戴!」
「すっすまねぇ!」
とにかく今は真紅達に任せ、ヴィータはジュンを肩に抱えて少しでも遠くへ撤退した。
ヴィータとジュンはnのフィールドの中を漂っている大きな塊物の陰隠れていた。
「まったく…あんなにドライで引きこもりで…とんだ自己中心的な奴かと思えば私なんかを庇って
怪我までしてよ…どっちが本当のお前なんだ?」
「何だよ…何か文句あるのかよ…。」
「いや? 別に…。あいつ等があんなに必死になってお前を助けようとする理由が
何となく分かった気がしただけだ。それはそうと、その傷の方も何とかしないとダメだな。
とにかく止血しないと…。」
しかし、ヴィータは治療系の魔法は使えないし、治療道具の類も持っていなかった。
ポケットに入っていた物と言えば…はやてから貰ったハンカチのみ。
「これははやてに買ってもらったハンカチ…。くそっ! 今はそんな事言ってる場合じゃない!」
ヴィータは断腸の思いでハンカチをジュンの腕に巻いた。
はやてに貰ったハンカチを大切にする事よりもジュンの傷を止血する方を選んだのである。
「あ…ありがとう…。これでかすかに楽になった…。」
ジュンはヴィータに礼を言っていたが、そこでヴィータは立ち上がっていた。
「おい、何処へ行くんだ?」
「そんなのお前を守る為に戦ってるお人形さん達の所に決まってるだろ?」
「何を言うんだ! 相手は水銀燈だぞ! お前なんかが敵うもんか!」
ヴィータをただ目付きと口の悪い女の子としか認識していないジュンはそう言うが…
「え!? ええええええ!?」
直後、ジュンは信じられないと言った顔をしていた。
何しろ目の前でヴィータの服装が赤い騎士服へ変化していたのである。
「じゃ…行って来る。」
ジュンが唖然とする中、ヴィータはグラーフアイゼンを片手に飛んで行った。
その頃、真紅・翠星石・雛苺は何とか水銀燈を足止めしようとしていた。
「何故そうまでして必死になるのぉ? あんな人間なんか守る為にぃ…。」
「ジュンもヴィータも傷付けさせないのー!」
「それに必死なのは水銀燈だって同じじゃないですか! 赤いと言うだけで
命を狙おうとするなんて…逆恨みも甚だしいですぅ!」
「だからこそ…そんな事はさせないわ…。」
「言ったわねぇ…。」
決意を新たに水銀燈に立ち向かおうとする三人に水銀燈は不敵な笑みを浮かべていたが…その時だった。
「頑張れ! 負けるな真紅・翠星石・雛苺!」
突然何処からともなく響き渡るジュンの声。これには三人は青ざめた。
何しろジュンを逃がす為に戦っていると言うのにジュンの方から自分の居場所を
水銀燈に教えている様な物なのだから…
「フフフ…そこにいたのねぇ…。」
「チビ人間の奴余計な事するなですぅ!」
「ジュン逃げてなのー!」
「水銀燈やめなさい!」
真紅が止めようとするのも空しく水銀燈は声の来た方向へ飛んだ。
そして翼を広げて切り裂こうとしていたのだが…
「え…。」
その時の水銀燈は信じられないと言った顔をしていた。
何しろジュンの声がしたと思って飛び込んだ場所にはジュンの姿は無く、代わりに不敵に笑うヴィータの
姿があったのだから。その上水銀燈の顔面スレスレにグラーフアイゼンを付き付けていた。
「フッフッフッフッ…私の声真似に引っかかったな…? いや~似せようと思えば似せられるもんだな。」
先程の声はジュンの物では無く、ジュンの声色を真似たヴィータの物だったのである。
「人形なら多少壊れても修理が出来るよな…なら多少壊れてもらうぞ!!」
ヴィータは水銀燈目掛けてグラーフアイゼンを振り下ろした。
「これで終わりだぁ!」
「それは困りますね…。」
「え!? うわぁぁぁ!」
突如として出現した何者かにヴィータは弾き飛ばされてしまった。
「いきなり何だお前は!?」
そこにはスーツに身を包み、シルクハットを被った白ウサギの獣人(?)と思しき不思議な生命体だった。
「ラプラスの魔!」
「困るのですよ。貴方の様な第三者にアリスゲームを妨害される事を…。」
「なんだと!? いきなり現れて何を言うか!」
ラプラスの魔は突如現れては消える謎の存在。ローゼンメイデン達にとっても得体の知れない
彼はヴィータの存在を快く思ってはいない様子であった。
「この世界は貴女の様な方が存在してよい世界では無いのです…。元ある場所に帰りなさい。」
「何を言う!? ってうわぁ!」
ラプラスの魔が手を翳すとその空間に扉が現れ、ヴィータはそこに吸い込まれてしまった。
「あー! ヴィータが消えちゃったの!」
「チビ人間Ⅱ号を何処へやったですか!」
「事と次第によっては貴方でも許さないわ! ラプラス!」
「ご安心なさい…先程も仰った様に…私は彼女を本来いるべき場所へ送り返しただけです…。」
「え…。それは一体どういう…。」
しかし、ラプラスの魔はそれ以上答える事無く姿を消し、そして先程のどさくさに紛れて
水銀燈も何処ぞへ飛び去っていた。
ジュンと合流した真紅達はラプラスの魔によってヴィータが何処かへ飛ばされた事を話した。
「そうか…そんな事が…。」
「でもラプラスの魔の言う事なんか信用出来ないですよ!」
「ヴィータ可哀想なの~。」
「でも…今回だけは信じたいわ…。あの子が元いた場所に帰っている事を…。
さあ帰りましょう…私達も…。」
ヴィータが目を覚ました時、そこは時空管理局の医務室だった。
はやてに聞いた話によると、ヴィータが行方不明になった事は管理局でも騒ぎになり、
捜索隊が派遣されるも中々見付かる事無く、はやて達も途方にくれていた時に
突然管理局内にヴィータが気を失った状態で転移して来て、医務室まで運ばれた次第だと言う。
いずれにせよ今回の事はヴィータにとって分からない事だらけだった。
何故自分が突然あの不可解な世界に飛ばされてしまったのか…そしてその世界から
自分を元の世界に戻した白ウサギとは何者なのか…。しかしこれだけは分かる。
時空管理局の知り得る範囲内だけがこの世の全てではないと言う事が…
ジュンと真紅達がnのフィールドから桜田家に帰って来た時、のりが夕食の準備をしていた。
「おかえりなさい。あれ、ヴィータちゃんは?」
「ああ…あいつなら帰ったよ…。」
「あの子の帰る目処が付いたらしいわ。」
「そう…。でも少し残念…。ヴィータちゃんにも花丸ハンバーグ食べて欲しかったのに…。」
「わーい! 花丸ハンバーグなのー!」
「チビ苺ヨダレ垂らすなです! きたねぇですよ!」
こうして…また桜田家は元の日常(?)に戻っていたが、ジュンの腕には
ヴィータから貰ったハンカチが結ばれていた。
おわり
最終更新:2007年08月14日 17:29