「あの二人が、ああも簡単に……」
「負けた……」

訓練室を見下ろすように設置された隣室にて、模擬戦の一部始終を見ていた三人。
その内の二人、ユーノとアルフは茫然とした面持ちで言葉を吐き、眼下のヴァッシュを見つめていた。

「何だ、君たちは前回の戦闘映像を見てなかったのか?」
「いや、見たけど……此処まで圧倒的とは流石に……」
「幾らなんでもアソコまで強いなんて思わないだろ。普段がああなんだしさあ」
「今見たとおり、コレが彼の実力だよ。君たちの言いたい事も分からなくはないがな」

その模擬戦は時間にすれば五分にも満たない極短時間のものであった。
だが、その五分の間に見せ付けられるは信じられない出来事の数々。
魔導師でもない人間が魔力を活用しての高速移動に反応し、砲撃魔法や誘導型射撃魔法をも回避し、二人のエースを完封するその光景。
二人の実力を知るユーノとアルフだからこそ、その驚愕は更に大きなものとなる。

「……クロノ、もし君が彼と戦ったとして、勝てると思うかい?」

ユーノの口から零れた言葉は、無意識の内に沸いて出た疑問であった。
百年をも越える年月の間、様々な次元世界を統括してきた時元管理局。その長い歴史に於いて、最年少で執務管となった天才魔導師。
この天才魔導師と二人のエース魔導師を圧倒した男とが戦闘を行ったとして、どちらが勝利するのか。
思わず好奇心からユーノは口を開いていた。
その問い掛けにはアルフも興味があるのか、ピクンと耳を揺らして、クロノへと視線を移す。
ユーノとアルフ、二人の好奇心に満ちた視線を受けて、最年少執務管はにべもなく言い切る。


「まぁ十中八九、僕が勝つだろうな」

さも当然のように、なのはとフェイトを容易く打ち倒したガンマンに対して、勝利できると。

「な、何でそんな自信満々に言い切れるんだよ」
「別に僕だけの話じゃない。なのはにも、フェイトにも、アルフにも、君にだって、勝機は充分にあるさ。ただ今の模擬戦はなのは達が戦い方を間違っただけだ」
「間違ったってどういう事さ」
「単純な話だ、ヴァッシュには大きな弱点がある。それは―――」


と、不審気な表情を浮かべるユーノとアルフに対して、クロノが言葉を続けようとしたその瞬間であった。


「―――バインドね」


その一言と共に訓練観戦室の扉が開いた。
会話を中断させ、一斉に振り返るクロノ達。
視界に飛び込んでくるは、執務官権限で出入り禁止にした筈の部屋に笑顔で入室してくる、二人の女性の姿。
黒耳に黒色の尻尾、身体のラインに張り付くような黒を基調とした服。
その二人は服装から姿恰好まで、まるで鏡に映したのかのように、非常に似通っていた。
唯一の相違点といえばその髪型くらいか。片方は肩甲骨に届く程の長髪、もう片方は肩までの短髪である。

「アリアにロッテ? 何で君達が此処に!」

その二人を見てクロノの鉄仮面が易々と砕け散った。
驚愕をありありと表に出しながら、唐突な入室者へと近付き声を上げる。
事態について行けないユーノとアルフは困惑を浮かび上がらせて、クロノと入室者へと視線を交互に行き来させていた。

「よっ、お久しぶりぶり~、クロスケ」
「こそこそと何かしているのを見かけてね、ちょっと付けさせて貰ったわ」

予想外の来客に慌てふためいているクロノとは対照的に、落ち着き払った様子で笑顔を見せる二人の女性。
その猫のような耳や尾を見て、アルフとユーノは女性達が使い魔である事に気が付く。

「つ、付けさせて貰ったって……」
「ちなみに全部見ちゃったから。質量兵器を使ってる所も、それを止めもせずに見てるクロノも」

長髪の方、クロノから見て右側に立っている女性―――リーゼロッテが指差した先には青色の光球が一つ。
それは俗に言う探査魔法。ロッテとアリアの二人はその魔法弾を通して室内の様子を観察していたのだ。
ちなみに探査魔法の為の魔法弾は、訓練室の中にもう一つあったりもする。

「局内で質量兵器の使用許可なんて、クロスケも悪くなっちゃって。師匠の私も悲しいぞ~」

その横に立つアリアも、ロッテの言葉に頭を抱えるクロノへと愉しげな笑みを向け、からかいの言葉を投げる。
ますます立場の無いクロノは思わず盛大な溜め息を吐いていた。

「おいクロノ、大丈夫なのか?」
「ああ、心配ない。彼女達は僕の師匠だ……あまり認めたくはないがな」
「師匠?」
「そういう事~、よろしくね可愛い小ネズミちゃん」
「心配しなくてもチクったりはしないから安心して」
「は、はあ、そうですか」
「あんた等がクロノの師匠ねえ……」

口調に軽いところがあるが、クロノはこの二人の師匠を信頼していた。
勿論、初対面のユーノとアルフには不安しか残らないだろうが、まあそこは割愛。
今は口で信頼を促すしか、クロノには出来ない。

「それにしても彼、面白いわね」
「生身で魔導師を抑え込んじゃうなんて、上手く鍛えれば大化けするんじゃない?」

再会と初対面の挨拶も一段落ついたところで、アリアとロッテは話を本筋へと戻した。
アリアは好奇心を前面に映して、ロッテは好奇心を瞳の奥底に映して、ガラスの向こう側で魔法少女達へと熱心に何かを語っているヴァッシュを見る。
その体捌き、反応の早さはリーゼ姉妹から見ても異常なもの。驚愕にも値する。
ただ現状では脅威たり得ないとも、思考の片隅で二人は感じていた。


「「ま、でも―――魔法が『からっきし』使えないんじゃあ話にもならないけどねえ」」


脅威たりえない大きな要因はというと、魔法が使えないという、魔導師との戦いに於いては余りに大きすぎる弱点。
見事なハモりと共に放たれた言葉が全てを言い表していた。

「だってバインド一発で終了でしょ? せめてバインドブレイクくらいは使えないとねえ」
「幾ら反応が早くても、あの程度のスピードじゃ設置型には対応できないだろうしね。誘い込んでバインドで即終了だよ」
「攻撃も直線的だし距離とっちゃえばね。遮蔽物が多いとこなら、尚更こっちが有利だし。飛行魔法くらい使えれば厄介なんだろうけど」
「遠距離バインドでも、広域型の魔法でもOKだね捕まえちゃえば後は煮るなり焼くなりで」
「近距離、中距離に付き合わなければ幾らでも勝ちは見えるわね。長射程で広範囲の砲撃か、バインド、もしくは設置型で、トントン追い詰めてけば問題なし」
「ま、余裕余裕」
「あの子達の敗因は戦い方が正直すぎた事だね。もう少し上手く立ち回れば勝ちは充分に見えたんだけど」
「そうだねぇ。あの反応速度を相手に真っ向勝負は私たちでもちょっと厳しいだろうし。そこら辺は経験の差だろうね」

次いで息付ぐ間もなく繰り広げられる『ヴァッシュ・ザ・スタンピード批評会』にユーノとアルフは言葉を失う。
たった一回、数分にも満たない模擬戦を盗み見たでけで、ヴァッシュの弱点をつらつらと羅列する二人の使い魔。
成る程、最年少執務官の師匠という話に虚偽は無いのだろう。
その観察眼に、ユーノとアルフは驚嘆を覚えていた。

「あ、そうそう、クロスケ。一つ伝えたい事があったんだ」

と、ようやくヴァッシュへの酷評を終えた二人はクロノの方へと向き直る。
その表情に先程までのふざけた様子は在らず、真剣な顔でクロノを見ている。
その真剣な雰囲気にクロノも顔を引き締め、二人の方へ身体を向ける。

「まだ入院中のクロノは知らないだろうけどさ。今日はさ、結構厄介な奴が地上本部に来てるんだよね」
「うん、だから師匠の私達が警告に来てあげた訳。悪い事するならバレないようにやりなさいね」
「違うでしょうが……。取り敢えず今日の所は特訓を止めときなって伝えたくてさ。こんなヤバいトコ見られたら流石にマズいでしょ」

アリアとリーゼの伝えたい事はクロノにも理解できた。
本局からお偉いさんが来ているので、今すぐこの違法行為を止めろとの事だ。
リーゼ達の言葉に、クロノの内にも危機感が首を擡げ始める。

「で、その厄介な奴とは―――」

と、クロノが口を開いた瞬間、その扉は二度目の開閉を持って客を招き入れる。
その来訪にリーゼは言葉を止め、扉の方へと視線を向ける。
次いで残りの四人の視線も吸い込まれるように扉側へと移っていく。
そして、今度こそ全員が全員の表情が驚愕に染まる。
あちゃー、という呟き(ハモり)がアリアとリーゼの口から漏れた。
全開となった扉の向こう側に立つ人物は、時空管理局に名を置く者なら誰もが知っている大物。
ある局員はその人物を鬼と呼び、またある局員は悪魔と呼ぶ。
だがしかし、また別の局員は女神と呼び、更に別の局員は天使のようだと言う。
数多の屈強な兵士達にトラウマを植え付け、それでいて癒やしを与えてきたその人物の名は、


「ファーン・コラード三佐!」


第四陸士訓練学校の長たる熟女が其処に立っていた。
愕然の声を上げたクロノ・ハラオウンは、焦燥に満ちた表情でチラリと視線を模擬戦場へと向ける。
模擬戦場では二人の魔導少女に対して熱弁を振るうガンマンの姿があった。
勿論、禁則とされている質量兵器をその手に握って。
弁解の余地などない。完全な現行犯であった。

「あら、あなた達、何をしているの?」

お通夜ムードとなった室内にて、老女が一人楽しげに微笑んでいた。






「君たちは強い。その年でそれだけの実力だ、あと数年もすれば僕なんかよりもずっと強くなると思う」

広々とした訓練室のど真ん中にてヴァッシュは魔法少女達と相対していた。
自身の圧勝で終わった模擬戦を振り返りながら、ヴァッシュは言葉を吐く。
視線の先では、なのはとフェイトが真っ直ぐに此方を見つめていた。
純粋な瞳であった。

「でも、なのは達は『今』力を付けたい訳だ。守護騎士達を止める為の力を」

そんななのは達を見ながら、ヴァッシュは拳銃を取り出す。
強い心を持った、優しき心を持った魔法少女達。
ガンマンとして荒野を旅してきたヴァッシュ・ザ・スタンピード。
次元を越えた邂逅の果てに、魔法少女達はガンマンへと師事を申し込んだ。

「……無茶はしないと、約束して欲しい。いくら強くても君達は子どもだ。本来、こんな戦いに参加すること自体が無茶苦茶なんだ」

そう言うヴァッシュの顔は何処か苦しげであった。
沈黙が続き、言葉がじんわりと染み渡る。
普段のヴァッシュらしからぬ言葉に、なのは達は思わず困惑の表情を浮かべてしまう。

「と、説教臭くなっちゃったかな? じゃあ、気を取り直して早速特訓といきますか。まず、なのは!」
「は、はい!」

唐突の名指しに身構えるなのはへと、ヴァッシュは何時も通りの緩い笑顔で問い掛ける。

「問題です。僕は、何でなのは達に勝つ事ができたでしょうか?」

質問に、再びなのはは口を閉ざす。
手も足も出せずに敗北した先の模擬戦。その敗北の理由はなんだろうか。
速度も火力もなのは達が勝っている。改めて考えると、総合的な能力はなのは達が勝っている筈だ。

「ちなみに反射神経と回避力ってのはバツね。確かにそれのお蔭で逃げ回れはしたけど、勝てはしなかっただろうし」

だが、圧倒された。
二対一で、破格の勝利条件で、総合的な力は上回っているにも関わらず、負けた。
その敗因とは何だろうか。なのはは俯き、顎に手を当てて少しの間、熟考する。
答えは直ぐに浮かんできた。

「……早撃ち、ですか……?」
「正解。僕は早撃ちがあったから、なのは達に勝つ事ができた。これがなければ、さっきの模擬戦なんて逃げ回るだけで終わってたよ。流石なのはだ、良く見てる。では次! フェイト!」

ズビシとフェイトを指差すヴァッシュ。
その口から再び問い掛けが放たれる。

「もし自分より総合的に上回る敵と相対した時、もしくは自分と総合的に同等の敵と相対した時、君はどう戦う?」

ヴァッシュの問い掛けは、問題というより質問であった。
総合的に上回る、もしくは同等の相手と聞き、フェイトの脳裏に守護騎士の将たる女性が浮かぶ。
次に彼女と戦闘する時、自分はどう戦うか。フェイトは少し考え、答えを呟く。

「……スピードで攪乱しながら接近戦に持ち込みます」
「そう、それが一番だろうね。なのはならどうする?」
「遠距離か中距離からの砲撃戦で戦います」
「やっぱ二人とも分かってるね。自分より強い相手と戦う場合は、自分の得意分野で勝負する。フェイトはスピード、なのはは砲撃、僕なら早撃ち、てな感じでね」

二人の回答に満足げに頷きながら、ヴァッシュはトリガー部を指に掛け、拳銃をクルクルと回す。
そして二人の前を歩きながら、言葉を紡いでいく。

「そこまで分かってるなら話は早い。特訓は二人の『得意分野』を伸ばしていくように行っていく。それもただ伸ばすんじゃない。誰が相手でも負けない位に、伸ばす。分かるかい?」

ニンマリと微笑むヴァッシュに、なのはとフェイトも頷く。
やる気に満ち満ちた瞳でヴァッシュを見詰めながら、魔法少女達はそれぞれの得物を構えた。
そして特訓が、始まった。






そして、ガンマンと魔法少女が織り成すそんな一部始終を、ファーン・コラードは見下ろしていた。
訓練室を見下ろす位置にある部屋にて腕を組みながら、愉しげにガンマンの師事を聞いている。

「彼、なかなかに面白いわね。名前は何て言うの?」

室内に漂うお通夜ムードなど何処吹く風、ファーン・コラードはマイペースにクロノへと語り掛けた。
その様子はまるで温和な良きお婆ちゃんだが、状況が状況だけに気が休まる事はない。

「……ヴァッシュ・ザ・スタンピードです」
「ヴァッシュ君ね。うん、面白いわ、彼。本当に面白い」

そう言って訓練室を見下ろすコラードの目は、まるで大好きな絵本を読んでいる子どものようにキラキラと輝いていた。

「ねえ、クロノ執務官。こんな言葉聞いた事ある? 『自分より強い相手に勝つには、自分の方が相手より強くなければならない』」
「いえ、聞いた事はありませんが……」
「そう。ふふっ、あなたもウカウカしてると、あの二人に抜かれちゃうわよ」
「は、はあ……」

それだけ言うと、コラードは訓練室へと背中を向けて出口の方へと歩いていく。
思わず驚愕に言葉を失うのはクロノの方であった。
ヴァッシュの得物がデバイスか質量兵器か、歴戦のフォーン・コラードが見誤る筈がない。
質量兵器の容認など、下手すれば懲戒免職ものの違反行為である。
それを見逃す等、通常ならば有り得ない。

「最近、目が悪くなってきてねぇ。遠くのものが良く見えないのよ。そろそろ眼鏡でも掛けた方が良いかしらね、クロノ執務官」

まるで世間話のように語りながら、コラードは扉の前へと立った。
軽い機械音と共に扉が開く。
コラードは薄い笑みを口元に讃えたまま、部屋を出ていった。
ほう、と部屋に残された誰もが安堵の息を吐いた。

「はー、ヤバかったね、クロスケ。最年少執務官質量兵器法違反で逮捕! なんて見出しが朝刊飾る所だったよ」
「本当にだよ、師匠たる私達まで被害こうむるところだったわ」

コラードが退室した扉を茫然と見詰めるクロノの背中に、ローゼ姉妹がのし掛かってくる。
姉妹の間で板挟みになりながら、クロノは考えていた。
何故、フォーン・コラードが自分達を見逃してくれたのかと。

「ありゃヴァッシュに惚れたね。アイツ、人を引き付ける何かを持ってるじゃん」
「……やっぱり局の中で訓練は危険だったかもね。本当に危ないところだったよ」

ユーノとクロノの言葉に同調しながらも、クロノは扉を見る。
彼等の後方、ガラス窓の先ではガンマンと魔法少女が言葉を交わし、訓練を続けていた。






『フェイトはさ、僕の戦い方に似ているよ。スピード。誰よりも早く動いて、誰よりも早く攻撃を当てる。力も、技も、関係ない。戦場を支配する能力だ』

現在、フェイトはヴァッシュと近接の間合いにて打ち合いを続けていた。
高速移動でヴァッシュを翻弄し一撃を畳み込む―――という予定なのだが、如何せん上手くいかない。
フェイトの高速移動の全ては、ヴァッシュの尋常ならざる反射神経により見切られていた。
振るわれる漆黒の戦斧は、白銀の拳銃に止められ、または空振りで終わる。

『なのははそうだね……砲撃単体で見れば充分な強さだ。そりゃもうヤバいくらいにね。だから、当てるまでの技術だ。
 近距離だろうと、中距離だろうと、遠距離だろうと、銃口を相手へと食らいつかせて砲撃を当てる。それが必要だ』

現在、なのはは高速で移動するフェイトへと狙撃の体勢を取っていた。
距離は凡そ十メートル。魔導師の戦闘であれば近接の間合いに位置する距離だ。
近接で見るフェイトの速度は、時折知覚の外へと飛び出る程に速い。
戦場全体を見渡せる遠距離であれば、ロックを掛けること自体はそう難しくない。
だが、近距離になると話は違う。一瞬で視界の外へと移動し、また一瞬で正反対の位置へと姿を現す。
レイジングハートの矛先はフラフラと右往左往をするだけに終わり、とてもじゃないがロックオンを出来るとは思えない。


だが、と二人は思う。
もしヴァッシュの反応すら振り切る速度で動けたのなら。
もし近接の間合いでフェイトの速度にすら反応でき、砲撃を当てられるようになったのなら。
それは自分達の求める『力』に大きく近付くのではないか。
守護騎士達を止める力。
アンノウンを撃退するだけの力。
ヴァッシュ・ザ・スタンピードを手助けできるだけの力。
道が開けた気がした。
後は鍛錬を積み重ね、前に進むだけ。
訓練を続ける魔法少女達の瞳は、無力感から解き放たれ、鮮やかな輝きを放っていた。


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最終更新:2011年05月17日 20:30