高町なのはとフェイト・ハラオウンは前回の戦闘から後、ずっと同じ悩みを抱えていた。
新調と共に性能が向上した相棒達を手に、意気揚々と守護騎士達へと挑んでいった、前回の戦い。
今度こそ彼女達を止められると思っていた。今度こそ話し合えると思っていた。
だが、その先に待っていたのは勝利ではなく、手痛い敗北。
フェイトは烈火の騎士の策謀により敗れ、クロノは乱入者の手により撃墜された。
完敗だった。
これで二度目の敗北、力が無ければ守護騎士達を止める事はもちろん話し合う事すら出来ない。
更なる力を、二人は欲していたのだ。
フェイトは病室で安静を強いられている間ずっと、なのはは平穏な日常の中でずっと、考え続けていた。
どうすれば強くなれるのか。守護騎士達を、止められるだけの力はどうすれば手に入るのか。
フェイトが退院を果たしたその日、二人はこの先どうすれば良いのかを話し合う為に、高町家へと集まった。
そして、前回の戦闘が記録された映像データを見直し、自身達の至らぬ点と敗因を調べていった。
勿論その映像の中には、クロノが撃墜される瞬間やフェイト自身が撃墜される瞬間が鮮明に記録されており、それ等のシーンを見る度に二人は陰鬱な表情を浮かべていた。
そうして見終えた映像データ。
映像の終了と共に、二人はどちらともなく溜め息を吐いていた。
至らぬ点は山のように存在した。だが、それらの点が直接敗因へと繋がっている訳では決して無い。
フェイトも撃墜されたとはいえ、ヴァッシュの活躍によりその穴は完全以上にフォローされた。
一度見直してみても自分達は優勢であったと、なのはとフェイトは感じていた。
敗因はただ一つ、終盤にて唐突に現れた一人の男。
易々とクロノを撃墜し、ヴァッシュを打ち倒し、十数人の魔導師が形成した強固な結界魔法を一撃で切り裂き、あの完全包囲の状況からの逃亡を容易く果たした男。
それは、二人の目から見ても異質な存在であった。
この男が居なければ恐らく、自分達は守護騎士達の目論見を阻止する事が出来ていた筈。
殆どチェックメイトとも云えた戦況が、一人の男の手により惨敗へと転がり落ちていったのだ。
改めて客観的に見てみると分かる。それはまさに悪夢のような出来事であった。
得なければならないのは、更なる『力』。
守護騎士も、あの謎の男だって止められる『力』。
高町なのはとフェイト・ハラオウンは苦渋の敗北から自身の弱さを知り、心の底から『力』を欲した。
そして、彼女達が考え付いた、更なる『力』を手に入れるその方法とは―――
□ ■ □ ■
この日の管理局本局はある種の緊張感が漂っていた。
いや、緊張に身体を固まらせている者が多数いると言った方が良いか。
そこら辺を歩く隊員の半数程が、そわそわと落ち着かない様子を見せていた。
それもその筈。本日の管理局本局にはある有名士官が訪来する予定なのだ。
その有名士官とは、管理局に入隊した者ならば殆どが知っている人物であった。
ある者は尊敬をある者は畏怖を……それぞれがそれぞれの想いでその士官を出迎えようとしていた。
「だぁ~かぁ~らぁ~、僕は嫌なの! 何が楽しくてそんな危ない事をしなくちゃいけないのさ!」
そんな緊迫感が充満する管理局の中、その男は普段通りの恰好心持ちで歩いていた。
男の姿はド派手の一言。天へと伸る金髪とその痩躯を包む赤コートが、見る者全ての眼に突き刺さる。
何だあの恰好は? と、道行く人々の殆どが困惑を浮かべる。
お洒落な姿の若者達が闊歩する市街地ならまだしも、殆ど全員がお決まりの軍服を身に纏っている管理局ではその姿は取り分け目立っていた。
道行く人々の視線を集めつつ、男は後ろに数人の少年少女を引き連れながら白色の廊下を進んでいく。
「良いじゃないですか、ヴァッシュさん! 減るものでもないし」
「減る減らないの問題じゃないの。怖い、痛そう、やりたくない。てか、君達だって充分過ぎる位に力を持ってるだろ? これ以上つよくなってどーすんのさ」
「……私達はまだ弱いよ。弱いから強くなりたいんだ。強くなくちゃ、シグナム達は止められない」
「フェイトちゃんの言う通りです。このままじゃ……ダメなんですよ。もっと、もっと、もっと強くならなくちゃ。そうじゃなきゃ、ヴィータちゃんも、誰も、止められないんです」
男―――ヴァッシュはなのはとフェイトの言葉に思わず押し黙ってしまう。
ただ単純に、意志も理由もなく力を求めるだけだったら、ヴァッシュが彼女達の要望に応える事はなかっただろう。
しかし、彼女達は違う。 他を護る為に、力を欲している。敵である筈の守護騎士達を止めたくて、その為に、力を欲している。
それはまるで、人々を護る為に銃をとったある男のように。
それをヴァッシュも気付いている。気付いているからこそ、口では反対しながらも、本気で拒否をしようとしない。
半ば引きずられるように、殆ど無理矢理にではあるが、何やかんやでなのは達の言う通りに管理局本部まで来てしまっている。
「フェイトがこれだけ頼んでんだ、良いだろヴァッシュ! 見舞いにだって一度も来なかったんだし」
「うっ……い、いや、そこをつかれるとキツい所だけどね、アルフ」
「良いじゃないか。フェイトもなのはもちゃんとした考えが在っての事だ。修行を付けてやれば良い」
「ク、クロノまで……。で、でも、そう都合よく訓練室があいてるとは限らないじゃん。僕の得物を他の人に見せる訳にはいかないし」
「その辺は心配しなくても良い。執務管権限だ、数日くらいなら貸切出入り不可にだって出来る」
「だってよ、ほら何も問題無し。さ、フェイト達に修行付けてあげてよ」
「あ~、あ~! それって職権乱用じゃないか!」
「僕は使える権利を使っているだけだ。何も悪い事はしていない」
「クロノ……ユーノは僕の味方だよね」
「は、はぁ……確かに可哀想だとは思いますけど……」
四人の少年少女に一人の使い魔、更にそこに加わるはド派手な金髪頭……当然の事ながら周囲から浮きまくっているその集団。
道を歩けば誰しもがその集団へ視線を向ける。人々の注目を一心に集めながら、集団はギャアギャアと騒がしく進んでいく。
―――そんな彼等を遠巻きに眺めている老女が居た。
「あら、あの子達は……」
好奇の表情で集団を見詰める人々の中に、その老女は紛れていた。
団子結びにされた白髪に、数々の皺が刻まれた顔。
その顔には柔和な微笑みが張り付いていて優しげな印象を他者に与える。
動きはゆったりと落ち着きに包まれていて、だがその立ち居振る舞いには無駄がない。
「そう、彼女達がPT事件を解決した」
老女は赤コートの男の後ろを歩く二人の少女を見詰めながら、一人言葉を零す。
その瞳はまるで子供を見守る母親のように暖かく、それでいて綺麗な宝を目の前にしたかのような喜びに満ちていた。
老女は左腕に巻かれた腕時計で時間を確認。まだ予定の時間まで暇がある事を確かめ、行き先を変更する。
その顔に浮かんだ悪戯っ子のような微笑みに、気が付く者はいなかった。
□ ■ □ ■
「じゃ、僕達は此処で観戦させて貰ってるよ。二人とも頑張ってくれ」
「頑張ってね、フェイト!」
「なのはも頑張って。……それと怪我しないよう気をつけて下さいね、ヴァッシュさん」
数分後の管理局本部・訓練室。
備え付けのスピーカーから聞こえた観戦者達の声は、言うだけ言って直ぐに切れてしまう。
どうしてこうなった、と心中で呟きながらヴァッシュは溜め息一つ。
うつむき気味だった顔を上げて、前方に立つ二人の魔法少女へと視線を向ける。
それぞれのデバイスを起動させ、バリアジャケットも形成し終えている二人。表情もマジ、その様子は完全に臨戦態勢といった様子であった。
そんな二人を見て、再び溜め息一つ。そしてヴァッシュは意を決した。
大きく息を吸い込み腹の底に力を溜め、二人をしっかりと見詰める。
「えー、それでは今から訓練を始めさせて頂たいと思います。ちなみに、僕は誰かに物を教えるなんてしたことがないし、魔法も使えない。
だから僕は、僕の経験に基づいた『強くなる方法』しか教える事が出来ないし、それで本当に君達が強くなれるかは分からない。
それでも良いっていうんなら、僕は君達の訓練に付き合おうと思う。以前、僕の魔法訓練にも付き合ってくれた事だしね」
「「はい、よろしくお願いします!」」
「ハ、ハハ、本当にやる気満々だね……」
元気一杯の返答に引きつった笑みを浮かべながら、ヴァッシュは自身の拳銃を取り出した。
そのトリガー部に人差し指を引っ掛け、器用にクルクルと回転させる。
「そうだね、先ずは君達の実力が知りたい。初めは、軽く模擬戦といこうか」
そのまま拳銃を弄ながら、ヴァッシュは口を開いた。
引きつった笑みは何時しかなりを潜め、及び腰だった身体も今や自信に満ち溢れている。
「ルールは簡単。協力してでも良いから、僕に一度でも攻撃を命中させられれば、君達の勝ち。僕は……そうだな、君達に向けて六回引き金を引ければ勝ちって事でどうだい?」
そう言うヴァッシュの表情に普段のおちゃらけた雰囲気は欠片も存在しなかった。
真っ直ぐに真剣な瞳で二人の魔導師を射竦めながら、拳銃から六発の弾丸を抜き、ホルスターへと戻す。
その視線を受けた魔導師達も、ゴクリと唾を飲み込み、それぞれの相棒を両手で握る。
彼女達の見た事のない彼が、そこに立っていた。
名前一つで砂の惑星を震撼させるガンマン・『人間台風(ヒューマノイドタイフーン)』がそこには立っていた。
「OKかな? それじゃあ、模擬戦開始だ」
人間台風の口から開戦の合図が飛び出た瞬間、なのはとフェイトの二人は行動を開始していた。
なのはは、両の足首に備わった桜色の翼を羽ばたかせ上空へ。
フェイトは、地面を蹴り抜くと同時に高速移動魔法を使用してヴァッシュの背後へ。
それぞれの攻撃を命中させる為に行動を開始し―――だがそれよりも早く、ヴァッシュの右手が動いていた。
「1、2」
なのはがアクセルフィンを稼働させるよりも早く、フェイトがソニックムーヴを発動させるよりも早く、ヴァッシュは拳銃を抜いていた。
そして、銃口をピタリと二人へ向け、引き金を二度引く。
「これで、二回アウトだ」
笑顔と共に紡がれた言葉は、二人の魔導師を驚愕させるに充分過ぎた。
一歩とすら、動く事が出来なかった。いや、動くどころの話ではない。知覚する事だって出来なかった。
動き出そうと身体に力を込めたその時には、白銀のリボルバーが此方を向いていたのだ。
高速戦闘に慣れた魔導師ですら知覚不能の早撃ち。それがヴァッシュの持つ、単純明快ながら最強の必殺技。
勿論、なのは達もその早撃ちを警戒していた。
警戒していたからこそ、初手で先ず距離を離そうと、死角へと回り込もうと、思考していたのだが―――その早撃ちは二人の予測を遥かに上回っていた。
(これが……ヴァッシュの、本気。シグナムを倒した、技)
雷光の魔導師は突き付けられた銃口を前に、思わず感嘆の感情を沸き立てていた。
シグナムが倒される映像を通して、この早撃ちを何度も見て来た。
自分が撃墜された後、何が起きたのか。
あのシグナムを、たった一人で、魔法すら使わずに倒したヴァッシュの力とはどういった物なのか。
入院中のベッドの上、バルディッシュにダウンロードした映像で、何度も何度も見て来た。
コレがヴァッシュの力。守護騎士すら圧倒する、魔法とはまた別域の力。
スゴい、とフェイトは素直に感じていた。
(……こんなにスゴかったんだ、ヴァッシュさん……)
横に立つ高町なのはもまた、フェイト同様の驚嘆と、そしてその驚嘆以上の悲しみを感じていた。
以前の世界でヴァッシュがどんな日常を送っていたのか、なのはは彼自身の口から聞いた事がある。
それは銃と弾丸が物を言う世界。土地も、空気も、人々の心すらも渇き切った荒涼の世界。
一欠片のパンを賭けて、コップ一杯の水を賭けて、殺し合いが起きるという、想像すら難しい荒れた世界。
その世界で生き抜く為にはこれ程までの力が必要なのか。
これ程までの力が必要とされる世界でヴァッシュは生き抜いていたのか。
その世界は、こんなにも優しいヴァッシュに銃を持たせ、これ程までの力を求めさせるような世界なのか。
ヴァッシュに対して悲しみが、ヴァッシュが居た世界に対して怒りが、沸いた。
「さ、残りは四回だ」
白銀のリボルバーを突き付けたまま、飄々とした笑顔を浮かべるヴァッシュ。
対する二人も、それぞれの得物を力強く握り締め、薄い笑みを浮かべる。
「いくよ、ヴァッシュ」
「いきますよ、ヴァッシュさん」
少女達から告げられた宣戦布告に、ヴァッシュは笑みを変えずに答えを返す。
「どうぞ、御自由にってね」
その言葉と同時になのはは空へと羽ばたき、フェイトはヴァッシュの背後へと移動する。
なのはは飛行魔法で間合いは空け、フェイトは高速移動魔法間で合いを詰める。砲撃戦と近接戦、二人はそれぞれの得意とする間合いへとヴァッシュを引き込んだ。
「ハアッ!」
ヴァッシュに対する初手は、高速移動の勢いそのままに振るわれた袈裟斬りの一閃。
赤コートの右肩口から左脇腹へと、漆黒の戦斧を斜めに振り落とす。
だがその攻撃は、地面へと張り付くように体勢を下げたヴァッシュには命中せず、そのトンガらがった頭髪を掠めるに終わる。
「3」
直後、フェイトへと突き付けられる銃口。
振り向きもせずに構えられたというのに、その銃口はフェイトへとピタリと矛先を向けていた。
その反応の早さ、狙い付けの早さと正確さに、フェイトの表情が歪んだ。
再度、振るわれるはバルディッシュ。
相対する男との間にあるポテンシャルの差は、十秒にも満たない時間で理解させられた。
しかしながら、勝利への条件はフェイトの方が遥かに有利なのだ、引く訳にはいかなかった。
左足を一歩踏み出し、更に距離を詰めながら重心を低く、前へ。
左足へと力を限界まで溜め込み、一気に開放。手首を返して、振り下ろされていたバルディッシュを逆袈裟に斬り上げる。
シフトウェートを活用しての一撃。その速度は先の袈裟切りよりも更に早く、だがそれでもガンマンは容易く反応してみせる。
平型のバレルを楯のように掲げて、バルディッシュを受け止めた。キィン、という甲高い金属音が訓練室に響き渡る。
(銃身で―――!?)
その特異な造形からしてバレル……いや、拳銃自体が相当に頑丈な造りになっているのだろう。
だが、そもそも拳銃のバレルは敵の攻撃を防ぐ為に存在する訳ではない。防いだ所で刃が滑ってしまい、鍔迫り合いに持ち込む事など到底不可能な筈だ。
その筈なのだが、この男はその不可能な筈の事象を、前を向いたまま、易々とやってのけた。
先のシグナムとの戦闘から引き続き、フェイトを相手にも、銃身で近接武器を受け止めるという超絶技巧をやってのけた。
交差したリボルバー銃とバルディッシュを挟んでフェイトとヴァッシュは均衡を見せる。
フェイトが放った渾身の一撃は、ヴァッシュの顔に張り付く余裕の笑みを崩す事すら、出来なかった。
「っとお!」
が、次の瞬間、その笑顔は脆くも崩れ去る事となる。
その笑顔を崩したのは、横合いから飛来した桜色の魔弾。
淡く発光する野球ボール大の球体が、空気を切り裂きながら、数瞬前までヴァッシュの顔面が在った空間を通過していったのだ。
「なかなか容赦のない攻撃するねって、おおおおおおおお!?」
すんでのところで弾丸を回避したヴァッシュは、狙撃主が居るであろう方向へ顔を向け、次の瞬間には絶叫を迸らせていた。
視界に映るは、容赦なく迫る計六発もの魔弾―――アクセルシューター。
上下左右様々な角度から包み込むように時間差で急迫するそれ等を、ヴァッシュは一つ一つ身体を捩って捻って、何とか回避。
「フェイトちゃん!」
全方位から攻撃すらも避けられた事に驚愕しながらも、なのはは攻撃の手を止めようとしない。
意識を集中させ、魔弾を操作し続けながら、フェイトへと声を上げた。
ツーカーで通じ合う二人だからか、ただそれだけの言葉でフェイトもなのはの考えを理解する。
誘導弾の回避に意識を集中させているヴァッシュの、その頭上へと移動するフェイト。
バルディッシュのカートリッジが一回二回とリロードされ、掲げられたフェイトの左手へと金色の魔力が集結していく。
「プラズマ……スマッシャー!!」
放たれるは、電光を纏った直射型の砲撃魔法。
ヴァッシュがその砲撃に気付いたのは発射される一瞬前。しかし、回避をしようにも周囲は誘導弾で囲まれており、迂闊に動く事ができない。
そうこうしている内に発射される砲撃。
閃光と轟音を撒き散らしながら直線する砲撃魔法が、誘導弾の回避に手間取っているヴァッシュへと、唸りを上げて近付いていく。
攻撃の命中を、勝利を、確信するフェイト。
そして、ヴァッシュへと砲撃が直撃する寸前―――ドガンという、耳をつんざく轟音が空気を震撼させ、ヴァッシュの周りを包囲していた魔弾が唐突に消え去った。
同時にプラズマスマッシャーがヴァッシュの立つ地面へと直撃。爆音と爆煙で周辺の全てを覆い隠す。
(避け、られた……!?)
砲撃の先から命中の手応えは感じられない。またもやだ。またもや、寸前で回避された。
完全に逃げ道が絶たれた絶望的な状況から、どんな奇術を用いてか、ヴァッシュは再び回避に至る。
まるで悪夢のようなしぶとさだ。
「まだまだ! エクセリオン、バスター!」
易々と裏切られた確信にフェイトが動きを止める最中、なのはは攻勢を緩めようとしなかった。
濛々と立ち込める砂埃の中心へと、全力の砲撃を叩き込む。
なのはには確信があった。アクセルシューターが消滅させられたその時には、ヴァッシュが必ずフェイトの砲撃を回避するという確信が。
だからこそ、攻撃の手を止めずに砲撃を撃ち込む。
攻撃範囲を優先させた砲撃で、点ではなく面でヴァッシュを追い立てる。
「4、」
桜色の極光が砂埃そのものを吹き飛ばす寸前、砂埃から横っ飛びに飛び出す人影があった。
その人影は地面と平行に身体を投げ出しながらも、空中に茫然と浮かぶフェイトへと銃口を合わせており、一回引き金を引く。
「5!」
そして、右肩から地面へと落下しながら、銃口を移動。
砲撃を撃ち放っているなのはへとその矛先を向け、再度引き金を引いた。
「これで5回アウト―――あと1回でゲームオーバーだ」
前転の要領で横っ飛びの勢いを殺したヴァッシュは、地面へと右膝を付けた体勢で座り込み、チェックメイトを宣言する。
全方位から迫るアクセルシューターを消滅させたのは、ヴァッシュが行った超速の銃撃。
上空で砲撃の体勢を取るフェイトを視認したその瞬間、ヴァッシュはクイックローダーを使用し、閃光の如く速度で弾丸を補充。
上下左右で飛び回る六発の魔弾を瞬く間に撃ち落として、プラズマスマッシャーを回避。
そうして、続いて発射されたエクセリオンバスターを横っ飛びで避けながら、二人を狙撃。
数秒の戦闘でヴァッシュが見せ付けたのは、人間離れした反射神経と動体神経、銃技。
クロスレンジでの攻撃も、砲撃魔法も、誘導型射撃魔法も、コンビネーションアタックすらも、当たらない。
全てを見切り、際どいながらも全てを避けきる。
これぞまさにザ・スタンピードの面目躍如といった所か。
「……なのは、一気に攻め込もう」
「うん、全力全開でいくよ」
砂の惑星で発生する争い事に首を突っ込んでは場を掻き回し、逃げ回り、何だかんだで終結へと収めていく。
そんな日常を送り続け、それでも尚生き延びてきたヴァッシュだからこその、驚異的しぶとさ。
そのしぶとさを前にして、魔導師達も最後の賭けへと打って出る。
このままでは敗北は必至。せめて、せめて一矢を報いたい。
そう思う二人は、ほぼ同時に動き出す。
『Sonic move』
『Accel Fin』
互いに挑むは近接戦。
フェイトはクロスレンジからの直接攻撃を、なのははクロスレンジからの零距離砲撃を、唯一の勝機と考える。
ヴァッシュの銃技と反射神経の前に、遠距離、中距離からの射撃砲撃魔法は余りに部が悪い。
ならばと開き直っての近接戦闘。
その場から消え失せたと錯覚する程の加速を持ってフェイトがヴァッシュへと肉迫し、バルディッシュをその脳天へと振り下ろす。
その一撃は身体を捻るだけで回避されるも、回避により生まれた隙を突いて、ワンテンポ遅れて飛来したなのはがレイジングハートを突き付ける。
既に発射シークエンスは整っている。
あとはなのはが一念するだけで桜色の奔流が撃ち出されるのだが―――それよりも早くヴァッシュが動いた。
右手の拳銃をレイジングハートへと横殴りに叩き付け、射線を無理矢理にズラしつつ、銃口をなのはへと定める。
「Jack Pot―――「まだ!」
今回、勝利への確信を裏切られたのはヴァッシュの方であった。
決め台詞と共に引き金を引き絞ろうとしたその時、リボルバーに大きな衝撃が走り、銃口があらぬ方向へとそっぽを向く。
逆に突き付けられるは、赤色の宝玉と金色の装具。
なのははヴァッシュの行動に反応し、対応をしてみせたのだ。
唐突に発生したレイジングハートへの横ベクトルに、体勢を崩し欠けるなのはであったが、両脚に力を込め何とか持ち直す。
続いて腰を軸に身体を回転させ、レイジングハートの穂先でヴァッシュのリボルバーを弾き、逆に砲口を突き付け返した。
この反撃は予想していなかったのか、ヴァッシュの顔に驚きの感情が浮かぶ―――が、直ぐさま拳銃を操り、真横から砲口を打ち据える。
三度ズレる射線。
今度の一撃にはなのはも即座の対応ができない。何とか体勢を直そうとするも、遅過ぎる。
そうこうしている内に引き金は引かれてしまい、
「6。僕の勝ちだね」
魔法少女達の敗北が決定された。
口惜しげに俯くなのはとフェイト。そんな二人へと交互に視線を飛ばしながら、ヴァッシュは口を開く。
「まぁまぁ、そう落ち込まない。なかなかどうしてやるもんだよ。何回かヒヤリとするとこもあったし」
拳銃を中折りし、リボルバーへと弾丸を補充しながらヴァッシュは飄々とした笑みと共に語っていく。
「それに言ったでしょ、この模擬戦はまだ初まり。本番はまだまだこれからだよ」
この模擬戦を通してヴァッシュは二人の実力を、そして将来開花するであろう才覚を知った。
ヴァッシュはただのガンマン。人の指導など殆どした事がない。
だから単純に、考えた。この才覚を伸ばしてやれば良いんだと、考えた。
「さあ、特訓開始だ!」
ホルスターへと戻される白銀のリボルバー。
ヴァッシュは朗らかな笑顔と共に高らかな宣告を発した。
高らかに声を上げるヴァッシュを見詰めながら、フェイトは思う。
この圧倒的な力に僅かでも良いから近付きたいと、フェイトは思う。
守護騎士達を止める為、アンノウンと称される謎の男を止める為―――フェイトは力を欲した。
今回の闇の書に関する事件、自分は管理局の魔導師として戦いに挑んでいた。
最初は親友を助けたい一心で、今は世界を守る為、そしてこんな自分に暖かい世界を教えてくれた皆の為、血塗られた力で戦う事を決意した。
でも、その先に待ち受けていたものは二度の敗北。
一度目の戦闘はデバイスの性能差が如実に出たと言えるかもしれない。カートリッジという未知の武装に追随する事が出来なかった。
ただ二度目の戦闘は完全に自身の油断が招いた結果だ。
二対一という有利な状況、ヴァッシュの助けもありあのシグナムを戦闘解除寸前にまで追い詰めたのだ。
なのに、だというのに、一瞬の隙を突かれ逆転された。
悔やんでも悔やみきれない、重く大きな罪悪感がフェイトの心を縛り付けていた。
だから、力を手に入れようと思った。
少しでもヴァッシュの手助けが出来るよう、力を手に入れようと思った。
守護騎士すら撃墜するその力に、少しでも近付きたいと思った。
フェイトは、思う。
強くなってみせると―――フェイトは思った。
高らかに声を上げるヴァッシュを見詰めながら、なのはは思う。
この圧倒的な力に僅かでも良いから近付きたいと、なのはは思う。
守護騎士達を止める為、アンノウンと称される謎の男を止める為、そして何よりヴァッシュの力になる為―――なのはは力を欲した。
ヴァッシュは全てを背負おうとする。
他人から力を借りようともせず、悩みを打ち明けようともせず、ただ一人全てを背負い込んで苦悩する。
アンノウンとヴァッシュの間に何らかの因縁が存在する事は、なのはも気付いていた。
アンノウンと遭遇したその夜から、ヴァッシュが険しい顔を浮かべるようになった事も、なのはは気付いていた。
問い掛ける事は出来なかった。
励ます事も出来なかった。
普段見せる明るい表情とはまるで違う、寒気すら覚える程に張り詰めたヴァッシュの表情に、言葉が見つからなかったのだ。
だがら、力を手に入れようと思った。
少しでもヴァッシュの手助けが出来るよう、力を手に入れようと思った。
守護騎士すら撃墜するその力に、少しでも近付きたいと思った。
なのはは、思う。
強くなってみせると―――なのはは思った。
―――彼女達が最強へと至る為の長く険しい道。
―――その道の終点に辿り着くまで、彼女達は数多の苦難を、苦境を、死線を潜り抜けていく事となる。
―――だが、これが、この模擬戦こそが、第一歩目であった。
―――彼女達が最強へと至るその道の、第一歩目であったのだ。
最終更新:2010年05月23日 19:12