一体何処まで歩いたのか。
 そんな事は知らないし、考えた事もない。
 気がついたときには、矢車想は既に森の中を歩いていた。闇に覆われた木々の間を。
 視界にはうんざりするような漆黒が広がるが、もう慣れた代物だ。地獄を知ったときから、ずっと。
 今はただ、光から逃げ出したかった。これ以上求めては、再び竹篦返しを喰らうような気がして。エリオという名の光は、それほど眩しかった。
 ああそうか、あの時みたいになるのが怖いと思って、俺は逃げたのか。このまま一緒にいては、エリオに待っているのは相棒と同じ末路。
 それにあいつは常日頃、光を求めようとした様子が見えた。だったら縁を切るのにちょうどいい。
 フェイトと名乗ったあの女は、恐らく時空管理局とか言う組織の人間だろう。エリオがあそこに戻ったからには、愚かな自分の事を伝えるかもしれない。そして、人間ではない弟達の事も伝えるだろう。
 しかし矢車は、不思議と悲観していなかった。弟の思いを聞いたからかもしれない。全てを知っても尚、あいつらを受け入れようとした。
 もっとも、汚い奴は当然いるだろう。ワームである事を知ったら、即刻排除しようとするか戦いに利用するか。
 だがどちらにせよ、その時になったら戦う以外にない。果てに待つのが死だとしても、それはそれでいいだろう。薄汚い自分には、そんな惨めな死に方が相応しい。

「相棒……兄弟……」

 矢車は、雑草や枝を踏み付けながら呟く。
 その足取りに、アテなど無い。ただ、弟達を見つけるために動いていた。圧倒的強さを誇る怪人と戦った途中、ワームになってしまった二人を。
 その最中、パチパチと手を叩くような乾いた音が聞こえる。矢車は、反射的にそちらを振り向いた。

「おやおや、こんな所にいたのですか……探しましたよ」

 目の前に現れたのは、周囲の闇とは明らかに浮いている純白の衣服を身に纏った男。白峰天斗だった。

「お前は……」
「いやいや、素晴らしかったですよ……愛すべき弟達のために戦うとは実に見事ですね」
「フン、まったくだな!」

 手を叩く白峰は笑顔を浮かべている。しかしその視線には、明らかな侮蔑が感じられた。
 白峰の傍らでは、レイキバットと呼ばれる白い蝙蝠が闇の中より現れる。その無機質な瞳も、相手を嘲笑っているような雰囲気を放っていた。
 人と機械。二つの視線を向けられた矢車は、顔を顰めた。

「ザビーは管理局に身柄を保護される……随分と奮闘しましたね」
「何……?」

 しかし白峰はそんな事など知った事ではないかのように、笑みを浮かべている。
 その態度からは、こちらを見下しているのが簡単に読みとれた。まるで、愚か者を見ているかのように。

「……何が言いたい?」
「いえ、僕は貴方を褒めているのですよ。戦いに勝利したのですから」
「はぁ?」
「それに、見事に道化を演じていてくれた……つくづく素晴らしい方と思いますよ」

 紡がれ続ける白峰の言葉に、矢車は更に不快感を刺激された。
 笑われるのはいつもの事だが、気分が良くなるわけがない。だがこの白峰という男は、余計に嫌気を感じる。
 アルハザードとかいう世界で共闘したときもそうだが、どうにも気に入らない。不自然に続く拍手が、それを強めていた。

「まあ、そんな貴方にちょっとしたショーを見せてあげましょう……」

 やがて白峰は、手の動きを止める。
 その瞬間、彼の脇に映像が現れだした。薄暗い部屋の中で、二人の男が汚れた床に倒れている。
 それを見て、矢車は驚愕の表情を浮かべた。モニターには白峰が探すと言った弟達、影山瞬と神代剣が映っていたため。見ると二人の身体は、所々に傷が刻まれていた。

「お前ら……!?」
「驚くのはまだですよ」

 流石の矢車も動揺する中、白峰は飄々と口を零す。
 画面に映し出されている二人は、幽鬼の如く静かに立ち上がった。弟達はまるで、血に飢えた野獣を彷彿させる程に歪んでいる。
 すると影山と剣は、川辺で行った戦いのように大きく吼えた。そのまま彼らは、ワームの姿へと変わっていく。蠍とよく似たスコルピオワームと、蛹のような外見のネイティブワーム。
 彼らが異形へと変わった瞬間、彼らの周りを覆っていた闇が突然晴れた。電気の光に照らされた部屋には、新たに奇妙な格好をした女達が見える。
 その数は三十を超え、その姿は全て同じだった。屍のように生気を感じさせない肌、瞳を隠している無機質なバイザー、高い背丈に覆われたレオタード。全てが寸分の狂いなく、同一。
 女達の手には、多種多様の武器が握られていた。ある者は剣を、ある者は槍を、ある者は鉄球を、ある者はライフル銃を、ある者はガトリング銃を。
 構えている武器を女達は、スコルピオワームとネイティブワームに向ける。そこから攻撃が始まった。近距離用の武器を持つ者達は突貫し、遠距離用の武器を構える者達はトリガーを引く。
 しかし標的となったワーム達もまた、床を蹴って走り出した。スコルピオワームは前方から迫る刃物を持つ女の腕を握って、勢いよく投げ飛ばす。
 ワームの筋力によって宙を漂った末に、別の女と激突。そのままスコルピオワームは、右より迫る鉄球を鋭利な爪で砕きながら、持ち主である女の腹部を貫く。そして、爪を引き抜きながら別の個体に振り向いた。
 その先にいる女達が持つ銃から、弾丸が嵐のように放たれていく。それはスコルピオワームに着弾するも、微動だにしない。強靱な肉体を誇るワームには、石ころ程度の威力すら感じなかった。
 そのまま、スコルピオワームは走り出して、空いた距離を一瞬で詰めると同時に腕を振るう。女達は一瞬で引き裂かれた瞬間、その身体は勢いよく爆発した。
 一方で、ネイティブワームも辺りを囲む女達に、鋭く伸びた爪を突き刺している。貫かれる度に身体が溶解し、一瞬で爆発を起こした。
 盛大な炎がネイティブワームを飲み込む。しかし、その巨体は微かに焦げていただけで、五体満足で残っていた。そのままネイティブワームは、スコルピオワームと共に女達を爪で切り裂く。

『グオオオオオオオオオッ!』
『アアアアアアアアアアッ!』

 ワーム達は凄まじい咆吼と共に、爪を振るい続けていた。
 画面の中に映る光景は、凄惨の一言に相応しい。同じ格好をしている女達は次々と現れて襲いかかるが、一瞬で散る。
 暴虐を行っているスコルピオワームとネイティブワームからは、一切の理性が感じられない。貪欲で、血に飢えた化け物と呼ばれても違和感がなかった。
 通常のワームといえども、ここまで酷くない。そんな考えが矢車の中で浮かぶと同時に、モニター画面が消滅した。

「まあ、こんな所でしょうね」

 耳に入る、白峰の声。それを聞いて矢車はようやく、呆然とした状態から立ち直る。
 振り向いた先では、相変わらず白峰は淡々とした笑顔を向けていた。

「あれはマリアージュといって、屍を元に生成される古代より蘇った兵士です……まあ彼らにとっては敵ではなかったようですが」
「貴様……!」
「おやおや、貴方は忘れてはいませんか? 弟達は僕の仲間が探すと……」
「何……!?」

 飄々と語る白峰を前に矢車は激高しながらも、自らの記憶を辿った。エリオを取り戻すために戦っている間は、奴の仲間が弟達を探すと言っている。
 ――簡単だ。奴らの仲間とは、自分達の敵。
 その答えに思い当った瞬間、矢車は白峰の襟に掴みかかる。

「何をしたっ!?」
「ほう、貴方でもそんな顔をするのですね」
「答えろっ!」

 襟首を締め付けながら、憤怒の感情を吐き出した。今にも絞殺されかれない勢いだが、白峰は未だに笑っている。その態度が、矢車の怒りを煽る事となった。
 しかし白峰は、そんな彼を呆気なく右手で突き飛ばす。

「どうやら、貴方ともあろう方が少々夢を見過ぎていたみたいですね……そもそも、彼らを初めとしたワームが生きていた事に何の疑問を抱かないのですか? そして、貴方がこの世界に現れてしまった理由にも」
「何?」
「まあそれを説明したところで、貴方にはどうしようもないですがね。結局彼らがワームとして生きる事には変わりないのですから」
「――――ッ!」

 その一言が、きっかけとなった。矢車は渾身の力を込めて疾走し、白峰に右足で回し蹴りを繰り出す。
 奴はワームの一味であるという確信が既にあったため、躊躇う理由はない。何より弟達を笑った奴など、許す事など出来なかった。
 何かを仕掛ける前に攻撃すれば、勝利に繋がる。その思考と共に、距離は一瞬で縮まっていった。
 矢車の蹴りが当たろうとした瞬間、白峰は素早く身を低くする。微かに髪の毛が掠っただけで、ダメージが与えられていない。
 しかし、それだけで終わる事はなかった。矢車は続くように、逆の足で前蹴りを放つ。
 その瞬間白峰は両足を屈め、背後に跳んだ。そのまま一っ飛びで、巨木の枝に着地する。そんな彼の傍らで、レイキバットも翼を羽ばたかせていた。
 常人には信じがたい光景だが、今更矢車は驚かない。元々レイとかいうライダーに変身する時点で、ただの人間とは思えなかった。
 だから常軌から外れた身体能力を発揮しようと、可笑しくはない。

「まあ、それはそれとして……」
「黙れッ!」
「話は最後まで聞いて欲しいですね! 僕は彼らを救う手段を教えようと言うのに……」

 白峰は見下ろすような視線を向けながらぼやくが、矢車は信用するつもりなどなかった。
 そしてこれ以上、奴と話す事など何も無い。矢車は現れたホッパーゼクターを手に取り、ゼクトバックルを開いた。
 そのまま、変身しようとした――

「おいおい、そんなことはさせねえよ!」

 接触するまであと僅か。その直後、レイキバットの声が聞こえる。
 同時に、異変が起こった。矢車の足元に奇妙な魔法陣が現れ、光が彼の身体を飲み込んでいく。
 それは数時間前、アルハザードという世界に乗り込んでいく際に使用した、転送魔法陣と呼ばれたレイキバットの生み出す代物だった。

「何ッ!?」
「これから貴方には、懐かしい世界へと帰って貰います。そこでワームと共に、我々の邪魔を企てようとする者達を、少しでも潰してください」

 思わず動きが止まってしまった矢車の耳に、白峰の声が響く。しかしその姿は、光に邪魔されて見えなかった。
 ただ、奴は俺の事を笑っている。それだけは、確かだった。

「貴方の働き次第では、弟さん方はみんな光を掴めるかもしれませんよ? 貴方がかつて望んだような……」

 白峰の声が聞こえる中、矢車はキックホッパーに変身しようとする。
 しかし足元が地面から離れるのを感じ、体のバランスが崩れた。その直後、光が波のように襲いかかり、彼の身体を容赦なく飲み込む。
 これが意味する事。あいつは、自分を利用しようとしている。あいつは、弟達を利用しようとしている。
 巫山戯るな。
 そんな事があってたまるか。
 笑われてたまるか。
 弟達をあいつらに渡してたまるか。
 ここで奴らを倒さなければならないのに。
 こんな光が、自分を邪魔するのか。こんな光が、弟達を闇に落とすのか。
 ならば光などいらない。光など二度と求めない。
 人間の光もワームの光も、全て潰す!
 矢車は必死に足掻くが、憎むべき白峰には全く届かない。

「僕は応援していますよ? 貴方が弟さん達を取り戻すために、精一杯戦う事を」
「貴様ァァァァァァァァアアアアアアアアアアッ!」

 矢車の絶叫が響いた。彼がいくら白峰を潰そうとしても、それは光に阻まれてしまう。
 そのまま矢車想が、この世界から消滅するのにそれほどの時間は必要としなかった。





 矢車が消えた頃、枝に登っていた白峰は地面に降りる。
 レイキバットが生成した転送魔法陣は既に消え、辺りには闇が戻っていた。
 先程の光景を思い出して、白峰は更に笑みを強める。
 変わり果ててしまった同類を見て、狼狽えていた顔をする矢車想。加えて転送魔法陣に飲み込まれながらも、足掻いて自分を潰そうとする。
 まさかあそこまで愉快な反応を見せてくれるとは。もっとも、元々ワームや劣化クローンを『弟』と呼ぶような変人だから、あのような奇行を取るかもしれないが。
 夢も誇りも、全てを捨てた人間の末路など、こんなものかもしれない。

「あらら? 何かと思って来てみたけどもう終わってたんだ」

 白峰が笑みを浮かべていると、背後から足音と同時に声が聞こえる。振り向くと、異形の怪物が立っていた。
 額から伸びた飛蝗を連想させるような触覚、醜悪さを漂わせている緑色と紫の皮膚、人間のように実った胸部、しなやかながらも発達した四肢、体中から生える棘。
 それは今、この世界ではスバル・ナカジマと呼ばれている戦闘機人、タイプゼロセカンドの正体であるワーム、アイプロスワームだった。
 アイプロスワームを見て、白峰は思わず目を僅かに見開く。ゼロセカンドとして行動している事が多い故、ワームとしての姿を見る事が滅多になかったのだ。

「おや、その姿でいるとは珍しい」
「フフッ、たまにはこっちの姿でいたい気分もあるんだよ~? 君も乙女心は分からないとね~」

 おどろおどろしい外観からは想像出来ないほど、明るい声を発する。顔の下では、恐らく年相応の少女が浮かべるような笑みを作っているはずだ。
 もっとも、その内面ではこちらを嘲笑っているかもしれないが、どうでもいい。天使のような顔を作りながら、悪魔としての本質を胸中に宿らせる。それはワームとしては当たり前の事だからだ。
 改めてそう思っている中、アイプロスワームの身体が突然変化を起こす。その姿は一瞬で、青髪の少女へと変わっていった。
 見る物全てに愛らしさを抱かせる容姿は、笑顔となっていた。

「で、白峰君は何やってたの一体?」
「いえ、キックホッパーに取引を持ちかけたのですよ。今のサソードとパンチホッパーを見せつけて……それから、我々の生まれた世界に送りましたね」
「ふうん、もしかしてそれがさっき言ってた『やってみたいこと』って奴?」
「ご名答」

 白峰は相変わらず、飄々と答える。

「まあ僕の仕事もこれで終わりですから、一旦帰還する予定です」
「そうなんだ」
「それにもしかしたら、我々もあちらの世界に派遣される時が訪れるかもしれませんし」
「ああ、それはあたしも楽しみにしてるんだ!」

 その瞬間、ゼロセカンドの笑みが更に増した。彼女は懐から水色のインテリジェントデバイス、マッハキャリバーを取り出して、白峰の目前に掲げる。

「もしもマッハキャリバーの相棒があたしになった事を知ったら、本物さんはすっごく悔しがるかもしれないじゃん! だから、それを見たくって!」
「随分と、良い趣味をしてますね」
「あはは、ありがとう!」

 けらけらと大きく笑うゼロセカンドと対照的に、白峰は苦笑を浮かべた。
 やはりこの女は、ワームという生命体を象徴するような狡猾さを、あどけない顔に潜めている。まあだからこそ、管理局内で暗躍出来るのかもしれないが。
 任務以外に持っているゼロセカンドの目的は、オリジナルを徹底的に蹂躙する事。それもただ殺すのではなく、全てを奪い取って絶望させた上で。

「さて、この辺りで帰還しなければ……レイキバット」
「行こうか! 華麗に激しく!」

 白峰の呼びかけに答えるかのように、レイキバットは両目を輝かせる。
 するとその瞬間、白峰とゼロセカンドの足元には、巨大な転送魔法陣が一瞬で生成された。
 魔力による光は一瞬で彼らを飲み込み、その姿をこの場から消滅させる。森は転送魔法陣の眩い輝きに照らされたが、それもほんの僅かだけ。
 辺りが元の暗闇と静寂を取り戻すまで、それほどの時間は必要なかった。




 謎の青年、白峰天斗によってこの世界から消えた矢車想

 それをきっかけとして、魔法の世界ミッドチルダで繰り広げられる物語は一時の閉幕を迎える

 これは地球より姿を消して、ミッドチルダに流れ着いた男達を追う物語

 異世界より姿を現した宇宙生命体――ワーム

 スバル・ナカジマとして君臨しているゼロセカンドの真意とは何か

 時空管理局に保護された風間大介の運命は

 ワームに捕らわれた影山瞬と神代剣の運命は

 そして、己の罪から逃げ出した末に、本来いるべき場所へと戻ったエリオ・モンディアルの運命は



 これよりミッドチルダの運命が、大きく変わる

 次元の歪みと共に、時代は混乱を迎える

 今まで繰り広げられてきた二つの戦いは、ここから一つに混ざり合う

 二つの世界を繋いだ物語は、ここから始動する




 To be continued




 仮面ライダーカブト レボリューションに繋がる




 天の道を往き、総てを司る



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年06月30日 22:10