キックホッパーは、迫り来る打撃を全て避けていた。
フォルミカアルビュスワーム達は、それぞれ三方向より四肢を用いて攻撃を仕掛けてくる。
先制攻撃のように放たれるフォルミカアルビュスワームのジャブ、素早く振るわれるオキュルスのストレート、相手を砕かんとばかりに放たれるマキシラの回し蹴り。
しかし、どれもキックホッパーにかわされてしまう。どれも乱暴で、力任せの攻撃だったため。
威力は凄まじいかもしれないが、武術に心得さえあれば避ける事など容易い。
「フンッ!」
そしてまた一度、乱暴に迫るオキュルスの拳を横に飛んで避けながら、キックホッパーは蹴りを放つ。
左足は異形の脇腹に沈み込み、激突の勢いで地面に叩き付けた。
フォルミカアルビュスワームは、口から白いガスを吐き付けてくる。しかしキックホッパーはそれも軽々と避けて、反撃のキックを叩き込んだ。
続くように、キックホッパーはマキシラの腹部に前蹴りを繰り出す。6.5トンもの威力によって、ワームはまた一匹吹き飛んだ。
その一方で、ザビーとエリオの戦いに割り込もうとするワームを見つける。しかしキックホッパーは、神速の蹴りでその動きを阻んだ。
誰であろうと、弟の邪魔をさせるつもりはない。
『矢車さんは……僕を助けてくれた矢車さんを殺すなんて事は、例えストラーダだろうとさせはしない!』
あいつの言葉を、その思いを聞いた。
そこに闇など一片も感じられず、光に満ちている。
いつもなら、それは『下らない』と吐き捨ててから、ザビーを見捨てたかもしれない。
でも今は、聞き逃してはならないように感じる。
だから、目の前のワームどもにザビーの邪魔をさせたりはしない。
「ライダー……ジャンプッ!」
『Rider Jump』
キックホッパーは、ホッパーゼクターの脚部であるタイフーンに手をかける。
発せられる音声と共に、彼は全身を低く沈めた。ゼクターの中央が強い輝きを放ち、膨大なタキオン粒子が全身に流れる。
そして、キックホッパーは跳躍した。衝撃によって、地面が僅かに砕ける。
上空高くまで跳んだキックホッパーは、再びタイフーンを倒した。
「ライダーキック!」
『Rider Kick』
タキオン粒子と共に吹き出す、ゼクターの声。直後、力が流れていく左足をワームに向けながら、キックホッパーは急降下を開始した。
膨大なエネルギーを纏った蹴り、ライダーキックはマキシラの胸部に激突する。左足のアンカージャッキが稼動し、踵からタキオン粒子が流れていった。
マキシラを踏み台にしながら、キックホッパーは再び跳ぶ。空中で身体を捻りながら、キックの方向を変えた。
その先にいるオキュルスに、ライダーキックを叩き込む。そこから跳躍して、フォルミカアルビュスワームに最後の一撃を放った。
キックホッパーが地面に着地した瞬間、ワーム達の身体は轟音と共に爆発する。ZECTの生み出したマスクドライダー達の必殺技は、対象を分子レベルにまで崩壊させる威力を持つため。
しかしキックホッパーは、戦っていたワーム達に関心はない。後ろで炎が燃え上がるのと同時に、目の前でも凄まじいスパークが生じるのが見えたから。
それはザビーとエリオが引き起こす物である事は火を見るより明らかだが、範囲が凄まじかった。
辺りに存在する物を、無差別に飲み込んでいく。木を、壁を、電灯を、古ぼけた建物を。
人の気配が周囲に感じられないのが、あいつにとって唯一の救いか。そんな事を思いながら、キックホッパーは衝撃波に吹き飛ばされないよう、両足で地面を踏ん張る。
「ぐっ……!」
マスクドライダーとワームの戦いでも滅多に生まれない、大爆発。その炎に視界が容赦なく遮られてしまい、マスクの下で矢車は瞼を閉じる。
凄まじい熱がライダーアーマーとサインスーツを通り抜いて、中にいる男の肌を刺激した。ある程度は和らぐが、完全とまではいかない。
だが、それでもキックホッパーは吹き飛ばされないように耐える。向こうでは、弟が戦っているから。
やがて数秒の時間が経過した後、灼熱が収まるのを感じる。矢車は無意識の内に、瞳を開けた。
視界の先に広がるのは、廃墟だけ。攻撃の余波によって、全てが破壊され尽くされていた。
アスファルトも木も、あらゆる物が塵も残さず消えている。しかしそんな事は別にどうでもいい。
破壊の中央には、エリオが倒れていた。キックホッパーはすぐに彼の元へ駆け寄る。
「兄弟……」
エリオの周りには、金属片がいくつも散らばっていた。恐らく、ザビーの鎧とあの巨大な槍の残骸かもしれない。
本物かワームの擬態か。その答えは、左腕に巻かれていたブレスレットが証明している。
戦いの影響か、ライダーブレスは酷く焦げていた。同じように、エリオの身体も所々に傷が見える。
「エリオっ!?」
不意に、女の声が聞こえた。
キックホッパーは、そちらに振り向く。見るとそこには、以前出会った金髪の女が立っていた。
その身体は、黒いジャケットと白いマントという、対極に位置する色の服を纏っている。
あの女は弟を襲ったワームのオリジナル。ワームは人間の記憶や人格を擬態する能力を持つため、あの時エリオに向けた態度が本来の元と思った。
だが弟は、あの女をライダーキックから庇おうとする。何が何でも、守ろうという意志が感じられた。
「……あの時の女か」
「あ、貴方は……!?」
女は自分の事を、警戒しているような目を向けている。もっとも、以前襲いかかったのだから当然かもしれない。
別に弁解などするつもりはないし、誤解を解く気もなかった。危険人物と思うなら、勝手にすればいい。
だが、前回のように戦いを仕掛ける気にはなれなかった。恐らくあの女は弟にとっての光で、守るためなら竹篦返しも恐れない程の存在かもしれない。
しかし闇に堕ちてしまったから、目を背けるようになってしまう。真相は知らないが。
「こいつは、本物だ」
「えっ?」
「ワームと戦った……本物の『エリオ・モンディアル』だ」
倒れたエリオを見ながら、キックホッパーは真実を語る。
女は怪訝な表情を浮かべるが、別にどうでもいい。あの女からは、擬態したワームが持っていた悪意が感じられなかった。
だから、弟を任せても良いかもしれない。何よりも、これ以上前に立つ事が出来なかった。
それほどエリオが、眩しく見えてしまう。闇に堕ちても尚、光を守ろうとする心が。
そして、弟達がワームである事を知っても、結局は見捨てようとはしない。むしろ自分の正体も話した。
もう、まともに見る事など出来ない。だから、二人から背を向けた。
「ま、待ってください!」
市街地の時のように、引き留めようとするあの女の声が聞こえる。
しかしキックホッパーは、振り向くつもりも止まるつもりもなかった。そんな事をしても、何の意味もない。
彼は知らないが、奇しくもその行動は似ていた。エリオが初めて仮面ライダーザビーに変身した日、ここにいるフェイト・T・ハラオウンから去っていった理由と。
「私は時空管理局執政官のフェイト・T・ハラオウンと言います! 貴方の話を、詳しく聞かせていただけませんか!?」
フェイトの名乗りを耳にするが、キックホッパーは気に止めなかった。
穴蔵の中へ潜るかのように、闇を進んでいく。その身体が完全に飲み込まれるまで、時間は必要なかった。
「…………ちく、しょう」
異形の足元は、壊れかかった人形のようにふらついていた。
蜂を彷彿とさせるようなその怪物、ポリティスワームは使い物にならなくなった左腕を支えながら。
それこそが『エリオ・モンディアル』に擬態したワームであり、ストラーダを奪った張本人。
ザビーとの戦いの末に吹き飛ばされたが、咄嗟に高い戦闘能力を誇るこの身体に変わり、力を振り絞って撤退した。
だが魔力とタキオン粒子の暴走はそれだけで防げる物ではなく、重傷を負ってしまう。
「何でだよっ、何で……何で僕が負けるんだよっ! ふざけんなっ!」
ポリティスワームは忌々しげな声を漏らした。
プロジェクト・Fによって生み出されたコピー品に、優良種たるワームが負ける。
そして、キックホッパーという名のイレギュラーが介入。あまりにも、不条理かつ不愉快な結果が続いた。
こんな事があって良いはずがない、こんな事が許されて良いはずがない。
ここは一旦撤退して、管理局まで戻る。そして、奴らが敵である事を報告して潰しに行く。
ポリティスワームの中で、憎悪が膨れ上がっていた。その時。
「何で負けたかって? そんなの君が弱いからに決まってるじゃん」
憤怒の言葉は、嘲笑で返される。
その直後、彼の視界に青白い極太の光線が入り込んできた。彼は知っている、それがディバインバスターの輝きであると。
あまりにも唐突過ぎて、ポリティスワームに反応する余裕が与えられない。いや、仮にあったとしても傷の影響で回避など取れなかったが。
ポリティスワームの身体は一瞬で輝きに飲み込まれ、吹き飛ばされてしまう。
「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
凄まじい絶叫と共に、元々深い傷が刻まれていた左腕が、跡形もなく消滅した。
そのまま、ポリティスワームは地面に叩きつけられていくが、何とか体勢を立て直す。
彼が振り向いた先では、白いバリアジャケットを纏った青髪の女、スバル・ナカジマに擬態したワーム・ゼロセカンドが立っていた。
「全く……仲間がせっかく駆けつけてくれたのに負けるなんて、全然駄目じゃん」
その瞳は、憐憫が感じられる。しかし、情などは一切込められていない。
むしろ、強者が弱者を見下すような目線だった。
「な、何の真似……で」
「負けた上に、ワーム数体を無駄に死なせた。もう君みたいな無能はいらないよ」
ゼロセカンドの声が、徐々に嘲りで染まっていく。
それを見たポリティスワームは、確信した。このままでは、自分は殺されてしまう。
巫山戯るな。そんな事があってたまるか。
相手は凄まじい力を誇るワームだが、今は脆弱な人間の姿を取っている。
いくらバリアジャケットを纏っているとはいえ、その隙を付いてクロックアップをすれば勝機はある筈だ。
そう思いながら、ポリティスワームは疾走しようと前に踏み出す。その直前だった。
何処からともなく、一陣の影が見える。それは勢いよくポリティスワームの腹部に激突し、爆発を起こした。
「ぐあっ!?」
突然の衝撃で、その身体は再び地面を転がる。その度に傷口が広がり、痛みが増していった。
数度の回転の末、ポリティスワームはようやく止まる。顔を上げた先では、ゼロセカンドが黒いカブト虫を握っていた。
それはマスクドライダーシステムの変身に扱う為の機械、ゼクター。しかも、かつて地球で繰り広げられた人類とワームの戦いの末に消えたと言われる、ダークカブトゼクターだった。
「まさか君が、この実験台になるとはね」
「な、何っ……!」
その瞬間、ポリティスワームは気付く。ゼロセカンドの腰に、銀色のベルトが巻かれていた事を。
戦いの傷で視界が歪み、存在に意識が向かなかったそれを、ポリティスワームは知っていた。ゼクターと一緒に使う変身道具である事を。
「変身」
『Hensin』
淡々とした声で、マスクドライダーの資格者達の象徴とも呼べる言葉を、ゼロセカンドは告げる。
するとダークカブトゼクターも、低い電子音声で変身の単語を告げた。
それによって、ゼクターの心臓部であるセブンダイアルが、闇の中で輝きを放つ。同時に、ゼロセカンドの身体がタキオン粒子で構成されるヒヒイロノカネに、包まれていった。
瞬く間に、彼女の身体は銀色の鎧と漆黒のサインスーツに覆われる。最後に、頭部に位置する巨大な一つ目が黄色に輝いた。
ポリティスワームの目の前に、ゼロセカンドはいない。変わりにいるのは、かつての戦いでネイティブにされた人間が扱っていたマスクドライダーのプロトタイプ。
仮面ライダーダークカブト・マスクドフォームへと、ゼロセカンドは変身していた。
「僕が……実験台!?」
「そうだよ?」
ダークカブトは呆気なく答えながら、右手を構える。そこには二つのスピナーが装着されている、銀色の籠手が顕在していた。
そして両足には、本来のダークカブトには存在しないはずの、クリスタルの埋め込まれたローラーブレードが組み込まれている。
それは本物のスバル・ナカジマが長らく愛用していた、リボルバーナックルとマッハキャリバーだった。
呆然と立ちつくすポリティスワームを前に、ダークカブトはゼクターホーンに手を付ける。
「キャストオフ」
『Cast Off』
そのまま、反対側へと押し倒した。
マスクとゼクターから、同じ言葉が違う声でそれぞれ発せられる。すると、ゼクターの心臓部が光を放ち、そこから電流が全身に迸った。
すると、ダークカブトに覆われた重厚なマスクドアーマーが弾け飛び、ポリティスワームに激突する。声にならない悲鳴を漏らすが、何とかその場に踏ん張った。
『Change Beetle』
その一方で、ダークカブトは既に姿を変えている。分厚い銀色のアーマーは既に無く、漆黒一色だけ。
『カブト』の名を示すかのように、本物のカブト虫を思わせるようなスリムな装甲だった。マスクには一本の角が、夜空に伸びている。
ライダーフォームへと変わったダークカブトは、ゆっくりと足を進めた。
『One』
そしてダークカブトは、ゼクターのスイッチを叩く。
それによって響く音声を耳にして、ポリティスワームは後退った。目の前にいるダークカブトが、地獄の底から自分を引きずり下ろそうとしている死神のように見えて。
鎧を彩る黒が、禍々しい闇に見えて。
『Two』
響き渡るのは死へのカウントダウン。本能的に、そう感じた。
このままでは殺される。もはや火を見るよりも明らかな、未来。
だが、そんな事を大人しく受け入れられるわけがない。ポリティスワームは、全身の力を込めて逃走しようとした。
しかしその動きは、すぐに止まってしまう。突如として虚空から青白い鎖が数本現れ、ポリティスワームを縛り付けたのだ。
それがダークカブトの生み出したバインドであると、瞬時で察する。もっとも、それに意味など無いが。
「な、何ッ!?」
「逃がさないからね?」
『Three』
半端な体勢で縛られたポリティスワームの耳に、二つの声が響く。嘲笑うようなダークカブトと、ダークカブトゼクターの声が。
ポリティスワームはバインドを引きちぎろうとするが、満身創痍の身体ではビクともしない。
むしろ、藻掻けば藻掻くほど強くなっていくようだった。その度に、バインドがポリティスワームの傷に食い込んでいく。
「フフフッ……」
『Rider Kick』
ダークカブトはゼクターホーンを反対側に倒して、再度反転させた。電子音声が鳴り響くのと同時に、タキオン粒子がダークカブトゼクターより吹き出していく。
腹部から上半身、首から頭部の角を駆け巡りながら瞳の輝きを一瞬だけ、強くした。そこから稲妻を模したエネルギーは、腰を通ってマッハキャリバーが顕在する右足に流れる。
『DIVINE KICK EXERION』
すると今度は、マッハキャリバーが輝きを放ちながら詠唱した。それにより、ダークカブトの足元に三角形の魔法陣が生成される。
全ての頂点に円形が付いているそれは、青白い輝きを放ちながら回転した。この意味は、オリジナルのスバル・ナカジマが長きに渡る修行の末に、会得した技への繋ぎ。
エリオに擬態したポリティスワームと同じように、ダークカブトは奪ったのだ。
「じゃあね、出来損ないの後輩君」
嘲笑の声が聞こえる頃には、既に黒いライダーは目前に立っている。
すると、ダークカブトは左足を使った回し蹴りを、勢いよくポリティスワームに叩き込んだ。
「――――ッ!」
声にならない悲鳴と共に、吹き飛ばされる。脇腹に叩き込まれた事によって、内蔵が次々と潰されていった。
そのまま体内に何かが流れ込み、暴風雨のように暴れ出すのを感じる。激痛が神経を駆け巡ったが、それも一瞬だった。
身体が地面に叩き付けられた瞬間、遂に限界を迎える。ダークカブトのキックによって、ポリティスワームは盛大な爆発を起こした後に、この世界から消滅した。
闇の中で燃え盛る炎を、ダークカブトは冷たく見つめている。
マスクドライダーと、インテリジェントデバイスという二つの技術を複合させた技。どちらか片方でもそれなりの能力を得る事は出来るが、連動すれば桁違いの性能を誇った。
いくら負傷していたとはいえ、強靱たるワームの片腕を吹き飛ばす程。加えてバインドは、千切るどころか軋ませる事も許さなかった。
ザビーの排除に失敗した愚か者の始末は億劫だったが、新兵器テストと考えれば悪くない。
それに最後のポリティスワーム。殺す直前の顔は、人間で例えるならばさぞ間抜けで絶望に染まっていたに違いない。
灼熱が辺りに広がる中、ダークカブトはそう考える。その直後、ダークカブトゼクターがベルトから離れ、マスクドアーマーを構成するヒヒイロノカネが崩れていった。
そしてバリアジャケットも解除し、銀と青に彩られた防災士長の制服に戻る。腰に巻かれていたライダーベルトは、既に消滅していた。
新しく搭載されたシステムとして、ベルトはマッハキャリバーに収納されるように出来ている。それだけでなく、管理局から定期検診があったとしても、察知されないように特殊なシステムが働くようになっていた。
闇の中に生身を晒したゼロセカンドは、唇を歪ませた。それは本来のスバル・ナカジマが作る表情とは、あまりにもかけ離れている。
「それで、マッハキャリバー……どうだった? あたしの戦いぶりは」
『見事の一言に尽きます。貴方のような方が新しい相棒になってくれて、心より光栄に思います』
「フフッ、良い事言うね君も。じゃあ、本物さんの方はどうかな?」
『かつてのマスターは、もう見限りました。あのような無能な鉄屑などとは、共に戦っていたと思い出しただけで反吐が出ます』
「あはははははははっ! そうなんだ!」
水色のクリスタルとなったマッハキャリバーの言葉を聞いて、ゼロセカンドは哄笑した。
「まあ、テストも終わったしこの辺で帰ろうか? まだ、管理局にいなきゃ駄目かもしれないし」
『そうですね――相棒』
そのやり取りを終えた途端、ゼロセカンドは胸ポケットにマッハキャリバーをしまう。
彼女は未だ、冷たい笑顔を浮かべていた。そこに、スバルが持つ暖かみといった感情は、一片たりとも感じられない。
(そういえば本物さんも、もしもこの事を知ったら後輩君みたいな顔を浮かべるのかな?)
不意に、そんな感情が芽生える。異世界へと消えたオリジナルは、この事実を知ったらどんな感情を抱くか。
自分が代わりとなっていることを、消えても悲しむ人間がいることは一人もいないことを、マッハキャリバーが既に相棒でなくなっていることを。
(それに、本物さんが今まで助けた人達が本物さんに裏切られてるって事を知ったら……どう思うんだろ)
可能性としては低いが、もしかしたら本物がこのミッドチルダに再び姿を現す可能性がある。その時の楽しみとすればいい。
それにその気になれば、奴の薄っぺらい正義感や矜持を潰す事などいくらでも出来る。そう思いながら、彼女は笑う。
そんなゼロセカンドはダークカブトゼクターと共に、闇の中を進んでいった。
ミッドチルダ地上本部。
その医療室で、フェイト・T・ハラオウンは不安げな表情を浮かべていた。清潔感溢れる白いベッドには、エリオ・モンディアルが未だ眠っているため。
彼の全身には大量の包帯が巻かれており、見る者に痛々しさを感じさせる。すぐそばで微かな電子音を鳴らしながら、脈拍を伝える医療器具がそれを引き立てた。
仮面ライダーキックホッパーの話によれば、ここにいるのは本物のエリオ。だとすると、彼はエリオの事を知っている。
キックホッパーから事情聴取をしようと思ったが、すぐそばにはエリオが倒れていた。加えて他の局員も、別所に反応があったワームとの交戦している最中。
だから、彼の追跡をする事は出来ずにエリオを運ばざるを得なかった。
(それに……あのブレスレットは一体?)
フェイトはもう一つ、ある疑問を抱いている。
エリオを見つけたときに見つけた、黒く焦げた謎のブレスレット。あのような物を、いつの間に手に入れてたのか。
見たところファッション用にも見えないし、そもそもエリオがそういった事を始めたとも聞いていない。
それにストラーダが破壊された一方で、ブレスレットは健在だった。
故に、ティアナ・ランスターがブレスレットを受け取って、解析をしていた。話を聞いた彼女自身、何か引っかかる部分があったため。
デバイスすらも破壊させる衝撃でも健在だったブレスレットなんて、ミッドチルダに流通している筈がない。
思案を巡らせている中、トントンと部屋の扉をノックする音が聞こえる。それによって、フェイトは意識を戻した。
「失礼します」
「どうぞ」
ティアナの声が聞こえて、フェイトは答える。次の瞬間、ドアが開いてティアナが現れた。
その手には、ファイルと思われる用紙が何枚か握られている。
「先程テスタロッサ執務官が回収したブレスレットに関してですが……」
「何か分かったの?」
「はい……少々時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
ティアナは何処か浮かない表情をしていた。フェイトはそれに疑問を抱きながら、頷く。
そして二人は、目を覚ます気配を見せないエリオを一瞥すると、医療室から出ていった。
「これって……一体どういう事!?」
フェイトの目は、驚愕で見開かれている。机に設置された電子機器の画面には、信じられない光景が映っていた為。
その傍らには、黒く焦げたブレスレットがコードで繋がれていた。恐らく、これの正体を検索していたのだろう。
そして画面にデータが映し出された。
このブレスレットには、特殊な電波を発する装置が付けられている。それがドレイクゼクターに搭載されていたのと、完全に一致していた。
それ以外にも、大量のタキオン粒子反応が検出される。ワームとの戦いが始まって、ミッドチルダ各地に見られるようになった物質。
そして、タキオン粒子を元に生み出されるヒヒイロノカネの反応もあり、それが人型の形を作っていた。
「私にもよく分かりませんが……確か、エリオがこのブレスレットを持っていたのですよね!?」
「ええ、エリオがこんなブレスレットを買ったなんて話は聞いていないけど……」
「だとすると、以前テスタロッサ執務官がキックホッパーとの交戦に突入した際に、貴方を庇ったマスクドライダーの正体って……!?」
ティアナもまた、フェイトと同じように判明されたデータに驚いている。
画面には、数日前の戦いで存在を知るきっかけとなった、マスクドライダーの一人がいた。それも、キックホッパーとの戦いでフェイトを庇ったザビーと呼ばれるマスクドライダー。
調べた結果、これは風間大介から預かったドレイクグリップとほぼ同じ存在。マスクドライダーとなってワームと戦うアイテムの一種だ。
エリオがこれを持っている。それが示すのは、ザビーの正体は彼だったという事以外に有り得ない。
「でも、エリオは一体いつこれを……まさか、私達の前にいたエリオはエリオに擬態したワーム……!?」
「……私も、その可能性があると思います」
フェイトとティアナは、思い当たった可能性に表情を歪めた。
真実に気づけなかった自身に対する不甲斐なさ。そして本当のエリオを裏切ってしまった罪悪感。
そして、もう一つ。エリオ・モンディアルがずっと戦っていた、仮面ライダーザビーとして。
何故、彼がそうなったのか。そして、何故エリオがマスクドライダーの道具を手に入れたのか。
その鍵は仮面ライダーキックホッパーが握っている。しかし、居所は分からない。
「エリオ、貴方は一体……?」
謎が増していく中で、フェイトはエリオの名前を呼ぶ。だがそれに答えられる者は、誰もいなかった。
最終更新:2011年06月30日 22:08