あの時、彼は言った。
「俺はあんたの中に、親父の剣を見ていたんだ…」
それは気休めなどでは無く、彼にとっては真実なのだろう。
だが、その言葉を私は受け入れることはできなかった。
それは、師をこの手で殺し、その息子までをも手にかけようとした。
挙句の果てには、満足に死ぬ事を許されずに忠誠をささげた主を裏切っている。
…私の人生は(とはいっても一度は死んだ身だが)、何処まで滑稽なのだろうかと考えるほどだ。
しかし、考える暇などない。悩む暇すらも与えてくれない。そんなことをするくらいなら、行動を起こすべきだからだ。
スカリエッティに従っているのもその為。
「私は漆黒の騎士。文字の通り、闇に生きる者。…その生も、死も。全ては闇の中に無ければならない…」
「ゼルギウス君、自分をそこまで卑下することはない。君は十分に光を放っているよ。」
「…私は光など放ってはいない。お前が光だと思っているものは幻。…それに、「闇」が「光」を照らすわけにはいかないだろう?」
「…君の言う通り、かもしれないな。」
スカリエッティも思うところがあるのか、それ以上は突っ込んでこなかった。
私が闇とするなら、彼らは光、か。
情報収集に向かうとスカリエッティに言って、私は地上に降り立った。
ふと、先ほどのスカリエッティの言葉がよみがえる。
「君は十分に光を放っているよ」
…一度死んでいるからこそ、わかる。戦場では、そんなものは何の意味もない。
そもそも、私はそんな曖昧なものには興味は無いのだ。
…仮に、本当に私自身が光を放っていると言うなら、それは私に対する皮肉だろう。
「漆黒の騎士が光を放つか…下らん。私は光を放つ権利も、光を浴びる権利もないのだ。」
この「戦争」の発端は私とスカリエッティ、そして。
「…元、私たちの世界の人間だからな…」
第18章「伝わらない想い、伝わる絆」
「皆さんに連絡です。公開意見陳述会が開かれることになるので、スターズとライトニングはその警備に当たってもらいます。できれば、セフェランさん達もお願いします。」
今回の任務は、ある建物で行われる会議の警護。
本来ならばセフェラン達まで招集するほどに厳重な形で警護することは無いのだが、騎士カリムからの予言が、いわゆる「テロ」を示唆していることが分かった。
そのテロの目的が何なのかはよく分かっていないが、彼女の予言は一度も外れることが無い。
故に、お偉いさん方が集まる会議場は最優先で守るべきだと判断されたのだ。
当然、
その他の施設も守ることは守るのだが。
アイク、ペレアス、ソーンバルケ達は会議場を。セネリオ、セフェラン、ニケは六課に留まり、その他の場所でテロが起きた時のための戦力として働く手筈だ。
余談だが、カリムはアイク達のことも予言していた。
「神と共に歩むことを止めた者たちの報復の戦を止める救世主」
カリムによれば、他の予言はくっきりと浮かび上がってくるのに、アイク達のことを見ようとするとはっきりと浮かび上がらなくなるらしい。
その理由はよくわかっていないが、どうも良くないことが起きるのは確かだ。
少なくとも、戦争が起きるのは確定事項らしい。
「……本当に、物騒な世界だ。」
アイクが一人つぶやく。
今は部屋の中で出立の準備(と言ってもラグネルの手入れくらいだが)をしているので誰にも聞かれることはない。
「まぁ、俺達の世界でも似たようなことが言えるな…」
ラグネルを手に立ち上がる。
雇われ傭兵はそんな世界だからこそ、活躍をするのだ。
今までも、これからも。正しいと信じた道を進む。
それこそが本来の「グレイル傭兵団」なのだ。
時刻は夜23:00。
ライトニングとスターズの面々、それとアイク達はヘリに乗って会議場へと移動する。
当初はペレアス達もヘリコプターの存在と移動手段に驚いていたが、今は落ち着いたようである。
すでに配置につく場所とメンバーは決められているため、同じ配置のメンバーオ話し合っている。
もはやお約束と言うべきか、アイクとティアナは同じ配置になっていた。
「…といった状況になったら、俺が善戦に出る。その場合は、背後と援護を頼む。…ティアナ?」
「あっ、はい!!わかりました!」
「…?」
このやり取りもお約束であった。
本来ならば、このままティアナが照れて会話が終了するのだが、今日は違った。
「………アイクさん。」
ティアナが言おうか言うまいか逡巡する。
それほどに言いづらいことなのか、とアイクが想像した時だった。
「アイクさん…この世界で生活する気はありませんか?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
いや、わかってはいたのだがその意味を理解するまでに数秒を要した。
そして、はっきりと答える。
「いや、そのつもりは無い。…俺にはやらなきゃならないことがある。」
その解答はわかりきっていた。アイクがどう言うかも、何を言おうとしているかも。
それでも、聞かずにはいられなかった。
「それは…?」
「あの世界で、俺は罪を償わなければいけない。人を殺しておいて、自分だけはのうのうと生きているのが許せないからな。」
いつもなら、ここで会話は終わるはずだった。だが、今回は終わらなかった。
「それは、私たちの世界に居たくないからですか…?」
その言葉に、その場にいた全員がティアナに注目する。
今日、この瞬間にもアイク達が帰る方法ができたら、彼等はすぐにでも去ってしまうかもしれない。
ティアナはそう思っているのだ。
そんな不安そうなティアナをよそに、アイクは笑っていた。
「なら、考えてみろ。本当に信頼できない仲間に、背中を預けるか?」
「…それは…」
「信用できない奴と行動を共にするか?死という可能性をかけてそいつに援護を頼むか?…違うはずだ。俺達は皆を信頼している。そうでなければここにはいない。そうだろ?」
ティアナは押し黙る。アイクは彼女を論破したつもりでいたが、ティアナは元々そのつもりではなかった。
わかりやすく言えば――――――
「私が言ってるのは、そういうことじゃありません…」
「??」
「アイクさん………」
ティアナはいったん言葉を切り、爆弾を投下していった。
「アイクさんは、私のこと好きですか………?」
ヘリの中の時間が止まる。実際には止まっていないが、ここにいる人たちはそんな錯覚を感じた。
…ただ一人、アイクを除いては。
アイクだけは、ティアナの告白に対して涼しい顔で受け答えをした。
「ああ、好きだ。」
再度、時が止まった。いや、止められた。
この発言をそのままに受け止めれば、お互いは相思相愛になるのだ。
「ええっ!?…ってことは、アイクさんとティアナさん…」
「キャロ、落ち着いて!!ここは、二人を祝わないと!!」
「いや~、ティアもようやく結ばれたか~。私もいい人欲しいなぁ…」
皆が口々に二人の事をはやしたてる。
その喧噪のなか、ふと思い立ったようにスバルが聞いてきた。
「ところで、なんでOKしたんですか?」
いわゆる、のろけ話を聞こうとしていた。
「…?」
「つまり、何でティアナの告白をOKしたんですか、ってことです!!」
スバルも女の子。この手の話題には良く食いついてくる。ついでといては何だが、キャロとエリオ、なのはやフェイトもその話に聞き入っていた。
「…?嫌な奴じゃないからだ。」
これまで幾度となく時が凍りついてきたが、今回はその場の雰囲気までも凍らせてくれたようだ。
彼女たちは重要なことを忘れていた。それはすなわち、アイクは「他人のこと」には驚くほど鋭いのに、「自分のこと」になると鋭くなるどころかわざとやっているのかと思うほど鈍感なのだ。
もちろん、今回も当然のごとく、そういった解釈をしていた。
ティアナは、アイクを「恋愛対象として」好きか、と聞いた。
対してアイクは、「好きか嫌いか」で好きだ、と答えたのだ。
明確にそのあたりを言及しなかったティアナの怠慢ともとれるが、本来ならこのような言い方をされれば誰だってわかることである。
「そ、そうですか…」
先ほどとは違った質の沈黙が降りてくる。その間ティアナはと言うと、膝に手を置いて項垂れていた。
その黒いオーラをなのは達は感じ取り、ヘリを降りるまで彼女に話しかけようとする者はいなかった。
ソーンバルケとペレアスもため息をつく始末だったが、ただ一人アイクだけは何か失言をしたのかと逡巡するだけであった。
目的地に到着し、それぞれが決められた配置につく。
先述のとおり、ティアナとアイクが同じ場所に配置されていた。ティアナは先ほどのことが無ければ素直に喜んでいたのかもしれない。
だが、素直に喜べないのはアイクのせいであった。
ここまで鈍感だったとは思いもしなかったのだ。せめて、恋愛ごとに関心があればよかったのだが、そうではないらしい。
…ふと、ティアナはアイクが難しい顔をしているのに気づいた。
「どうしたんですか…?」
「いや…少しな。」
そう言って、壁に寄りかかって腕を組み、静かに目を閉じた。
お偉い方を守っていて、良かったことなどは一度もなかった。少なくとも、守るに値するとは思いもしなかった者だ。
アイクは静かに過去を思い返す。
(そう言えば、元老院を奇襲したこともあったな…)
かつて、作戦のなかで元老院議員達のいるテントを襲撃し、物資の破壊工作などを行ったことを思い出す。
あの時は何も感じなかったが、今思えばあの姿は人の上に立つべき者の姿ではなかった。
全くもって、愚か。そうとしか言いようのない姿だった。
(あまり良い思い出が無いものだな…)
そして、また静かに目を開く。そこには、
「…?」
首をかしげてこちらを見つめるティアナがいた。その様子がおかしくて、ふと笑みをこぼす。
それを見てますます訳がわからなくなったティアナ。
それを見て、気づいたことがあった。
(確かに、あの議員たちは守る価値が無いのかもしれない。だが…)
ここに存在する仲間は自分の命を投げ出し、名誉も誇りも投げ捨てでも守るべき価値のある者だと。
命をかけて、守りたい者がここにあると。彼女たちが教えてくれたのかもしれない。
そうだとしたら俺は、彼女達に救われているのかもしれない。
そろそろ、夜が明けるころだ。任務に戻らなければならない。
だが、その前にこれくらいは言わせてもらってもいいだろう。
「…ありがとう…」
誰にも聞こえないように小声でつぶやく。その対象なんて、言うまでもなかった。
「そろそろか…」
モニターの前でスカリエッティが呟く。その眼の前にはピアノの鍵盤の形をしたキーボードを叩いていろいろな情報を整理する美しい女性の姿があった。
「スカリエッティ様、準備が整いました。」
「ゼルギウス君は?」
「所定の位置へと向かわせています。…あの。」
その女性は、少々言いづらそうにスカリエッティに尋ねた。
「その…彼をそこまで信用してもよろしいのでしょうか?いくら腕が立つとはいえ、所詮は別世界の者。それに、敵方の英雄と親しいのでは…」
「心配無いよ、ウーノ。彼は、私の為だけに動いているわけではない。…私と彼はこの世界を大いに狂わせる要因を作ってしまった。それを止めるために彼は動くのだよ。」
「と、言いますと?」
「仮に、第3勢力がその他二つの勢力を相手にするにはどうしたらいいと思う?」
「…私なら、片方と友好を結んで一方を潰すか、その二つの勢力をけしかけて戦争状態にしてから弱りきったところを攻めます。」
「聡明な答えだね。私たちがしているのは、その解答の後者だ。…向こうはゼルギウス達の真実を知るために私達と戦うことになる。そうすれば、双方の戦力は低下して第3勢力の思いのままだ。…私がしているのは、いわば牽制かな。「私達の戦力はまだ健在だ」という意思表示をさせているのさ。」
「…そうまでして、相手をしなければならない相手とは誰ですか?」
「言っただろう?…私と彼の、生み出してしまった「罪」さ。」
そう言って、スカリエッティは真剣な表情に戻る。
(このテロも、その意思表示も兼ねている…まあ、本来の目的の為でもあるけどね。)
ニヤリ、とおおよそ人間ではなく、野獣の笑みを見せる。
(ゼストもアギトと向かわせた…私の計算に、狂いは無い。)
スカリエッティは大きくマントを広げ、言い放つ。
「さあ、始めよう!!!」
「さて、スカリエッティがテロを起こそうとしているようだが…」
「くすくすくす。問題無いんじゃありません?どちらにせよ、あの管理局とかいう勢力に潰されるのは目に見えていますよ。」
「まあ、ワシらもまだそれなりに戦力はそろって居ないのが現状じゃが…」
「それは、これから作ればいい。私たちにスカリエッティが施した技術。それを使えば、「死者の蘇生」すら容易なことだ。さらに、クローン技術。これらがそろえば、後は優秀な人材だけ。ククク……実験が楽しみで仕方が無い!」
「皆よ、私たちの目的を忘れるな。私たちは、「神のいない世界」を作るのが、最優先事項だからな。」
闇はただ、深まっていく。
To be continued…….
最終更新:2011年10月16日 00:24