「これからそう遠くないうちに、私たちの世界とあなた方の世界の、戦争がはじまります。」
 八神はやてが聞いた報告の中では、これが最もインパクトがあるものだっただろう。
 それも当然だ。突然に、戦争が始まる、などと真剣な表情で言われようものなら、真剣に言っているのかそれともドッキリなのか、区別がつかないところだ。
 だがしかし、アイク達によるとこの男は「司祭」だという。
 聖職者ともあろうものがここで嘘を言って上層部を混乱させるとは考えにくいし、何よりそんなことをする理由が見当たらないそんなことをする理由が見当たらない。
 論理的な思考により、答えを導きだしたはやてが次の質問を浴びせる。

「遠くないうち、って大体いつごろの話や?」
「よくは分かりません。ですが両方の世界の戦力を考えると、どちらか一方が滅ぼされてもおかしくはないでしょう。あなた方の世界では科学が発展していますが、こちらは純粋な魔法が発展しています。二つがぶつかれば、お互いの文明が後退するほどの傷跡を残すと思いますが。」

 セフェランは率直に自分の意見を述べる。そこに、ニケが割って入った。
「セフェラン、そんな話は聞いていないぞ。私たちは女神に、アイクの手助けをして来い、としか言われたなかったように思えるが。」
 その通りだ。女神は、簡単にいえばそれくらいしか言っていない。
 セフェランはペレアスに目を向け、話しかける。
「ペレアス君。君はもうすでに分かっているのではありませんか?」
「は、はい。僕…私たちの世界で、あなた方の世界のものだと思われる兵器が私たちに奇襲を行いました。ですが、この世界でも同じようなものがあなた方を襲っていた。つまり、第三者が二つの世界を渡って兵器をけしかけたことになります。そうすると、二つの疑問が生まれます。」

「疑問…?」
 はやては顎に手を当てて考える。数瞬後にセネリオが答えを導き出した。
「何故、両方の世界に同じ兵器を送り込んだのか、何故二つの世界を戦わせようとするのか…ですね。」
「その通りです。本来、戦争はお互いに敵意を抱くことで兵士の士気は上がる。第三者が二つの世界を行き来できるなら、お互いの戦力を保持することも容易なはず。なのに、僕…私たちの戦力を投入している様子がない。それに、二つの世界を戦わせてその人にとって何の利益があるのかもわからない。…ただ、戦争を起こしたいだけならここまでまどろっこしいことをしなくても、どちらかの世界で大きな事件を起こして、それを上層部に異世界の住民がやったとリークすれば済む話です。恐らく、そうしなかったのは…アイク達という「イレギュラー」がいたからだと思います。」
「恐らくはアイク達がここに来たことによって、異世界を移動する術が明るみに出てしまえば自分たちにたどり着かれると考えたのでしょう。そして、アイクはこの戦争に深くかかわっているからこそ、私たちが派遣されたとも言えます。」
 セフェランが厳かに告げる。

 アイクは一人でぼんやりとその話を聞いていた。興味がないわけではない。
 ただ、この一点だけが気になっていた。それは、今のアイクにとっても重要な意味を持つのだから。
「いつの時代も。何処の世界でも、俺達は戦わないといけない…命をかけて。俺は、戦争の理由なんていらない。ただ…」
 そこでいったん言葉を切る。
「ただ、俺達のしていることは正しいのか?本当にそれをするべきなのか?…それが知りたい。」


第17章「信念」


 アイクは、こう言いたいのだ。
―その戦争で戦うことは、正しいことなのか?―

「概要を聞く限り、この世界は俺達の世界と戦うことになる。なら、俺たちはどうすればいい?この世界に加担して、仲間を殺すのか?それとも、俺達の世界に加担してこいつらを殺すのか?」
「!!」
 その言葉を聞いて、はやてが立ちあがる。
 よもや、座ったまま死を待つというのもおかしいのだが。
「そんなことはさせへん!!もし、私たちを殺すというのなら…あなたたちをここで、殺す。」
 ペンダント形のデバイスをいつでも起動できるように、手を当てる。
 そんなはやてを、別にどうともせず、むしろそれが正しいという表情でアイクは見つめる。
「安心しろ。俺は皆を殺すつもりはない。同様に、俺の仲間も殺す気はない。…あくまでも、「俺は」だが。」
 そう言って、セフェラン達に目を向ける。
 まるで、お前たちは違うのだろう、とでも言うように。

「違います。私たちはこの戦争が起きる前に止めに来たんです。」
 セフェランが一歩前に出る。
 その横に、アイクが並ぶ。
「どうやって止めるつもりだ?」
「とりあえずは、先ほどの機械を分析するのがよさそうですね。多少は証拠がつかめます。」
「それが無理だったら?」
「いえ、それは無いでしょう。あれが私たちを襲ったものと同じならば、だれが作ったのか等を突き止めることができるはずです。」
「…理想論だな。誰が作っていようと、そいつを止める方法は無いんだろ?」

 二人で議論が展開され、ようとした時だった。
「一つ聞きたいんやけど、異世界を移動できるだけでイレギュラー扱いになるのはおかしいと思わへんか?だって、現にあんたらは向こうの世界から来たんやろ?」

 はやてが最も疑問に思っていたことを聞く。
 それもそのはず、セフェラン達は「ここにいる」。
 それでは、彼らもイレギュラーになりうる。そう言いたいのだ。
 そんな疑問を、セフェランはあっさり打ち消す。
「私たちは女神の力でここへ来ました。帰る方法は、女神の力を使うしかありません。しかし、アイク達は違います。彼等は女神とは全く関係の無い方法でこの世界へ来。違いますか?」
 その質問に、いいえ、とセネリオが短く返す。

「つまり、女神の力以外でこちらへ来た彼らには帰り道がこの世界に残されているのです。その証拠は、アイク達がこちらに来た装置にあるはずですよ。」

 その言葉にアイクとセネリオが固まる。
「どういうことだ!?」
「言ったとおりですよ。恐らくはその装置に帰るための技術、または方法が乗っているはずです。一方通行でそれを作る人は愚か者しかいませんから。」



「とりあえずは、アイク達は訓練に戻って。あんたらも、訓練に参加しといてや。」
 そう言って、はやてはその場を締めくくった。
 血気盛んなソーンバルケとニケはアイク達とともに模擬戦へ参加をする。
 その一方で、ペレアスとセフェランは木陰でフェイト達と話し合っていた。
「…魔法と言っても、私たちのは科学を伴った魔法。理論とか、そう言ったものが無いと出来ないんだ。」
「私たちの魔法は、まだ解明されてはいません。ただ、魔道の才は生まれつきなので魔法を使える人物は限られてくるんですよ。それに、「精霊の護符」と呼ばれる印を刻み、魔力を上げる方法もあります。…寿命が縮まりますが。」
 そう言い、セフェランはペレアスを見る。
 彼は、精霊と契約して魔力を引き上げた。ただ、その代償は大きかった。
「…この世界には、「印付き」と呼ばれる人種がいます。彼等はベオクからもラグズからも避けられ、ひどい生活を余儀なくされました。その印に、精霊の護符が酷似しているのです。」
 ペレアスはその印を彼女たちに見せた。
 同時に、フェイト達はセネリオにある印も見る。
「本当だ…」
「私たちの中では、ラグズとベオクが交わることは禁忌とされています。そうして生まれたのが…」

 その先は言わなくても分かった。今の彼女たちには、印付きがどんな扱いを受けてきたかはわからないが、それはセネリオの普段の態度を見れば明らかだった。
 つまり、彼の冷たさはそのつらい過去からきているのだ。
「…」
 そうしてそのままフェイト達は何も言わず、その模擬戦が終わるまで口を開こうとはしなかった。



「は~い、それじゃ模擬戦終了。各自、体を休めておいてね。」
「「「「はい!!」」」」
 元気な声とともに訓練終了の合図がかかる。
 そんな時にやってきたのは、ある少女…いや、幼女だった。
「ママ~!!アイク~!!」
 とてとてと駆け寄ってきて、アイクの頭の上に乗っかった。
 以前、アイクがヴィヴィオをあやすために肩車をしたら妙にそれを気に入ってしまい、持ちあげなくても自分でよじ登ることを覚えてしまったのだ。
「…」

 だが、これもたまったものではない。
子供とは言え、人間。ストレートに言えば、重いのだ。
さらに、髪の毛を引っ張られたりと好き放題されるのである。
その状態から脱しようと、ヴィヴィオを隣にいたティアナの頭の上に乗せた。
ティアナもティアナで、その状態を維持するのがきついと見たのか、さらに隣にいたスバルにヴィヴィオを預ける。
そうして、スバルからエリオへ、キャロへ、なのはへ、フェイトへ、セネリオへと回っていく。
セネリオの頭の上に来た時、居心地が悪いと思ったのか単に移りたかったのかは分からないが、器用にアイクの頭の上へと戻っと言った。

 …沈黙が訪れる。
 アイクとセネリオ以外(もちろんセフェラン達も)笑いをこらえているのだ。
 腕を組んで考え事をするアイク。
 試しにもう一度、ヴィヴィオをティアナに渡してみたら同じ軌道でヴィヴィオが返ってきた。
「…」
 再び沈黙が訪れた。しかし、今回の沈黙は行動ではなく言葉で破られた。
「勘弁、してくれ……」

 その言葉に、その場にいた全員が笑いを堪えきれなくなった。






「まだだ…まだ強くなれる。」
 アイクはラグネルを握り締め、呟く。
 誰かと戦い、競い、比べることに生きがいを感じるアイクにとってはある種の儀式の様なものだった。
 そして、その言葉を発した瞬間、己の中に眠る罪悪に気付いた。

「敵として立ちはだかるならば容赦はしない…か。」
 それはつまり。
「俺自身、弱いやつと戦って退屈をしたくない…ということだったのか。」
 それは、本能が告げていたこと。
 それを今、しっかりと理解した。

 だが、それでも。殺したくないという気持ちがあったからであることには変わりはない。
 だからこそ今までも、これからもその信念を貫くと誓った。
 誰にでもなく、何にでもなく。

 それが、己の義務だと気付いたから。
「何を犠牲にしても、俺の守りたいものを守る。その結果、人を殺すことになっても、それは俺が償うべき罪。」
 アイクは少しづつ、罪を償う道が開けてきたような気がした。






「スカリエッティ、何のようだ。」
 漆黒の鎧を纏った騎士が男に話しかけた。
「管理局の奴らがまた向こうの世界から増援を呼んだようだ。」
「…知っている。」
「知っているのか、なら話は早い。」
 ゼルギウスの答えに満足したのか、ゆっくりと振り返る。
「我々の「計画」に彼らを利用させてもらうよ。一応、君も向こうの世界の人間だったから、断りを入れておこうとでも思っていね。」
「…利用するかされるかは彼ら次第だ。」
「確かにね。でも、本当なら、こんな計画を練る事態には至りたくはなかった。
 そこまで言って、スカリエッティの表情が険しく厳しいものに変わった。

「私が、彼らを助けてしまったことが唯一の、そして何よりの失敗だったのかもね…」


To be continued…….






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最終更新:2011年08月13日 12:49