『マクロスなのは』第27話「大防空戦」
1502時 クラナガン上空2000メートル
そこではアルト率いるサジタリウス小隊がCAP任務に従事していた。
既にクラナガン上空で任務を開始してから2時間を超えている。
普段ならあと2時間足らずでこの任務を終え、引き継ぎに交代する。しかし今日は航空隊のオーバーホールのため、あと4時間は缶詰の予定だった。
こうなると普段禁止されている私語が多くなる。天城はその軽い性格からか、いつもおしゃべりが過ぎる。しかしこの日、真面目なさくらまでもその岩戸が軽石になってしまっていた。
『─────それでさ、基地のパン屋のお姉さん、ほら、あの・・・』
『・・・ああ、いつも基地にパンを持って来てくださっている事務員のお姉さんですね。』
『そう、それ!でさ、昨日パン屋さん午前中休みだったろ?』
『そう言えばそうですね・・・・・・何かあったんでしょうか?』
『うん、それがさ、そのお姉さんが朝の7時ぐらいにミシェル中隊長の部屋から出ていくのを見たやつがいるんだよ!』
『え!?ということは朝帰りぃ!?』
(・・・・・・おいおいミシェル、もう噂になってるぞ・・・・・・)
アルトは昨日、彼の部屋に入ろうとしてドアにハンカチが挟んであったことを思い出し、「やっぱりそういうことだったのか」と、全く変わらない戦友であり友人である男に頭を抱えた。
『その公算は大だな。・・・・・・ああ、俺も一度でいいから、女を抱いてみてぇ~!』
『・・・・・・天城さん、私の前でそんなこといっていいんですか?私も一応女なんですけど』
『あっごめん!さくらちゃんだとあんまりにも気兼ねなく話せちゃうからつい・・・』
『もう知りません!』
『あぁ、さくらちゃぁ~ん!』
この会話を聞いたアルトは「ざまぁみろ」と思ったそうだが、定かではない。
『もう・・・・・・あ、ところでアルト隊長、』
突然の天城の転進に「な、なんだ?」と生返事を返す。
『噂で聞いた話なんですが、アルト隊長が〝ランカちゃん〟と付き合ってるってのは本当なんですか?』
その予想外だった問いにアルトは制御を誤り、機体は機位を崩して5メートルほど落下させる。VF-25がピーキーな機動性能を誇るゆえに可能とした機動だが、今は彼の動揺を証明する役目しか果たしてくれなかった。
増速によって編隊まで高度を持ち直す。
「い、いきなりなにを─────」
『あっ、それ私も聞きました!本当なんですか、アルト隊長?』
さくらは左を飛んでいるため、左耳から聞こえる無線に、アルトは嫌気がさす。
「おいおい、さくらまで・・・・・・お前らバルキリー隊の隊長を色恋で話題にすると、突然撃墜されるってジンクスを知ら─────」
2人を説き伏せようと説明していると、天城の〝叫び〟がそれを遮った。
(え!? マジ?)
右後方のバックミラーに天城の機体が飛んでいるのを確認する。
流れる動作でレーダーを警戒するが、敵機なし。
変わったことと言えば、少し離れたところにヘリが飛んでいるだけだ。
(ん、待てよ・・・・・・ヘリだと?)
アルトはヘリに視線で照準すると、モニターでズームをかける。
すると予想は的中。ヘリは六課のヘリだった。
そのヘリの窓にはどういうわけか、出張中なはずのランカの姿がある。
そして間の悪いことに、こちらを見つけたのか手を振っており、彼女の唇を読めば自分の名を呼んでいることはバレバレであろう。
「うぉぉぉ!アルト隊長!ランカちゃんのサインを3枚お願いします!うちの家族がランカちゃんの大ファンなんです!」
どうやら天城は完全に恋人認定してしまったようだ。
アルトは溜め息をつくと、ヘリに繋ぐのは嫌なため、上空のAWACS『ホークアイ』に回線を繋いだ。
無論なぜこんなところを六課のヘリが飛んでいるのか聞くためだ。すると、
- 15分ほど前にクラナガン外辺部で休暇中だったライトニング分隊の2人がマンホールから出てきた5~6歳ほどの少女を発見したこと。
- その少女はガジェットが狙っているロストロギア「レリック」を1個引きずっており、大変衰弱していること。
- 六課のヘリが保護のため急行しているが、なのは達はデバイスの調整のため出撃できず、準備の出来ていたランカが代わりに緊急時に備えて乗せられていたこと。
などの情報が提供された。
「レリック絡みか。わかった。サンキュー、ホークアイ」
『いやなに、君たちの会話の方が楽しかったよ』
「なぬ!?」
『私にも5枚、サインをよろしく頼むよ。うちの甥っ子もえらくご執心でね。交信終了』
アルトは無線に
「ちょっと待てぇぇぇーい!!」
と怒鳴るが時すでに遅し、回線は切られていた。
『・・・・・・アルト隊長』
「・・・・・・なんだ?」
『認知しましょう』
「いや、だ・か・ら、俺とランカは別にそんな関係じゃないんだぁ!」
アルトの叫びが澄んだ青空に響き渡った。
(*)
その後ガウォーク形態で3機はヘリの護衛に入った。
来るかわからない航空型の警戒より、周囲に敵がいる公算の高い場所へ赴く、ヘリの警護が優先されたのだ。
その間にアルトはランカに対し念話を試みる。
『(おーい、ランカ?)』
『(あ、アルトくん久しぶりぃ~)』
『(・・・大丈夫なのか?)』
『(うん。向こうの人達にはすっごいよくしてもらったし、戦争だって終わったんだもん!)』
念話は言葉を介した意志疎通とは少し違う。これには言葉以外に言語では表現不能な概念・思考すら載せる事ができるのだ。
こう表現すると「そんな役立つものがあるのに、なぜまだ不完全な言葉など使っている?」という話になるが、実は念話は慣れていない相手だと稀に、相手に与えるのには好ましくない思考を載せてしまう事があるのだ。
つまりごく稀に本音が丸見えになるという事だ。
本音と建前の人間の世界、話す時に稀にでも相手の本音が見えたら決して成立しないだろう。
だから念話で話すにはそれ相応の勇気が要り、よっぽどの親友や仕事でない限り用いられなかった。
しかしランカから流れ込んだ思考には本当に嬉しいという思いだけが伝わってくる。
自分自身彼女に対する本音がわからない分、どう伝わっているか不安が残るが、彼女の無事が確認できただけでもよかった。
それから1分も経たない内にヘリは現場に到着。少女のヘリへの搬送が開始された。
しかし─────
「こちら機動六課、ロングアーチ。地下にガジェット反応多数!搬送を急いでください!」
ロングアーチの警告とともにガジェットが地上に出てきた。
幸い付近は既に交通規制で人はいない。ガジェットは用さえなければ家の中まで入ってこないので民間人は大丈夫だ。しかし道路でアイドリングするヘリに敵が迫る。
シャマルとランカが、担架に乗せた少女を急ぎヘリに搬送しているが、まだ遠くとても間に合わない。
休日返上で集まっていたフォワードの4人も搬送する2人を守るので精一杯で、ヘリまで手が回らないようだ。
「ヘリを死守する!行くぞ!」
『了解!』
アルトの命令に呼応してガウォークからバトロイドに流れるように可変すると、3機でヘリを囲み、地下からワラワラと出てきて全方位から迫るガジェットに相対した。
『やっとなまった体が動かせるぜ』
天城のVFー1Bが凝りをほぐすように腕と肩をぐるぐる回した。そんな天城にさくらが釘を刺す。
『天城さん、抜かれないでくださいよ』
『へいへい』
市街地なので発砲は厳禁。しかしヘリを1機、1分ほど守るだけなら、彼らにはそれで十分だった。
「サジタリウス小隊、交戦!」
アルトは宣言と共に先頭にいたⅠ型をぶっ潰した。
(*)
一度途切れた意識が五感と共に帰ってくる。
頭の中が霧がかかったかのようにぼやけているが、1つだけわかる事がある。ここは戦場だ。
何かと何かがぶつかり、轟音と共にどちらかが、もしくは両方が壊れてしまう。
大人達は自分を縛りつけ、自らに眠る〝ちから〟を使ってヒトや物を壊すことをいつも強要した。
ぼやけた視界に映る、必死の形相をして自分を運ぶ金髪と緑の髪したお姉ちゃん達も、自分に戦いを強要するのだろうか?
彼女は自らの運命を呪うと、意識と共に記憶を閉じた。
(*)
『ヘリの離陸を確認!』
VFー25の外部マイクがティアナの声を拾う。
アルトが見たときにはヘリは(バトロイド形態の)目線の位置まで来ていた。ヘリはそのまま急速に上昇していき、安全高度まで行くと病院へと直行した。
「よし、長居は無用だ!さくら、先に飛べねぇ3人を連れて上に上がれ」
『了解!』
さくらは頭部対空レーザー砲で牽制しつつ後退。バトロイドからガウォークに可変すると、さっきまでヘリが駐機していた位置に移動する。
現在サジタリウス小隊とフォワード4人組は、ヘリのいた位置を中心に円陣を組んで全周位から迫るガジェットに対抗している。そのためヘリが居なくなろうと、その場所が一番安全だった。
『皆さん、聞いた通りです。早く手に乗ってください!』
さくらがVF-11Gの手を地面に広げ、外部スピーカーで呼び掛ける。
しかし円陣の内郭を構成するティアナやキャロはともかく、自分達と共に外郭で戦うエリオはおいそれと戦線から後退することは出来なかった。アルトはハイマニューバ誘導弾による援護を準備しようとした矢先、その宣言が聞こえた。
「クロスファイアー・・・シュート!!」
一斉に放たれたオレンジ色の誘導弾は、数を優先したためかガジェットのシールドを抜くことはできなかった。しかしその進攻を遅らせ、エリオが後退する時間とアルト達が穴を埋める時間をひねり出した。
「いいぞティアナ。ナイス判断!」
アルトの掛け声にティアナは
『どうも!』
と応じると、後退してきたエリオ共々ガウォークの手のひらに収まった。
『じゃあしっかり掴まっていてくださいね!』
さくらは警告すると、時を置かずエンジンを吹かして離床。急速に高度を稼いでいった。
「おっし、天城にスバル、次は俺達だ」
『了解!』
上空から再び放たれたティアナの誘導弾に援護されながら、アルトと天城はガウォークで、スバルはウィングロードを展開して上空に退避した。
こうして目標を失ったガジェット達は撤退して・・・・・・いや、新たな目標を見つけたらしい。戦闘機動レベルのスピードで次々マンホールに入っていく。理由はすぐに知れた。
『こちらロングアーチ。今までジャミングにより探知できなかったレリック反応を地下から2つ確認!回収に向かってください!』
「・・・・・・っておい、ロングアーチ!あの大軍の中に4人を突入させる気か!?」
なに1つ反論せずバカ正直にも
『了解』
と応答しそうな4人の代わりに異議を訴える。
軍隊では捨て駒にされるなど日常茶飯事だ。
例えばフロンティア船団でも中期の対バジュラ戦に投入された新・統合軍がその典型例だ。
バジュラの進化によって彼らの保有する武装が何1つ効かなくなった状況で、出撃を命令され無駄に命を散らしていった。
軍隊とはそういうところだ。だから生き残るために常に最善の努力を必要とする。反論など大した努力は必要ない。それで作戦の穴が見つかり、手直しされて生存率が上がるなら、それに越したことはないのだ。
しかし六課は〝軍隊〟ではあっても無策のバカではなかった。
『そのことなんですが、おそらく問題ありません。現在ガジェットの優先命令はレリックの確保と思われ、積極的な攻撃はないと推測されます。また、事態を聞きつけた第108陸士部隊の陸戦Aランク魔導士が1人、5分で支援に駆けつけてくれるそうです』
「・・・・・・なるほど」
とアルトは呟くと、やる気満々という目をした4人に視線を投げる。
「・・・だそうだ。お前らの力を存分に発揮してこい!」
『『了解!』』
4人は敬礼すると地面に降ろされ、マンホールへと突入していった。
「・・・・・・全く、お人好し揃いだな。管理局は」
アルトの呟きにさくらが割り込む。
『それを隊長が言います?』
「・・・・・・そうだな」
俺もいつの間にかお人好しになってしまったらしい。
しかし敵はそんな感慨を抱く平和な一時すら許さなかった。
『こちら『ホークアイ』、クラナガン近海の相模湾に敵の大編隊が多数出現!機種はおそらく改修前のガジェットⅡ型とゴーストだ。目標はヘリでなくクラナガンの模様。サジタリウス小隊は即座に迎撃行動に移れ!』
嫌な現実が耳に入った。しかし過去を振り返るにはもう遅い。今はやれることをやるしかないのだから。
「サジタリウスリーダー了解!これより迎撃行動に入ります!」
ファイターに可変したVFー25を始めとする3機は最加速。目標空域海上に急いだ。
(*)
『『ホークアイ』よりサジタリウス小隊。いま増援を要請した。5分で六課のスターズ1とライトニング1が。その20分後に緊急出動するバルキリー隊が合流する。それまで何とか持ちこたえてくれ』
「了解」
VFー25率いるサジタリウス小隊は中距離ミサイルの射程に入ると、中HMMを一斉に放つ。
今度のミサイルは今までの2系統の誘導方式のシステムに改良を加えたもので、通常の回避手段にもある程度対応できるようになっていた。とは言え、今まで敵が回避手段を講じたことがないため、効率面から誘導システムがセンサーを全面的に信用するようセットしていた。今回はそれを通常の設定に戻しただけだったりしたが。
サジタリウス小隊の保有する全中HMM、都合20近い光跡を残してマッハ5で飛翔するそれは、30秒程度で着弾した。しかし全てではなかった。
「なんだと?」
半数以上が目標を見失ったかのように迷走していた。
しかしフレアに代表されるような妨害装置の使用は見られない。強いて言えば当たったのに当たらなかったというか─────
『こちら『ホークアイ』。命中しなかった理由が判明した!敵は幻影魔法を展開している!現在術者を走査中だ。十分注意して迎撃せよ。実機はおそらくレーダーに映っている半数以下だ!』
どうやらガジェットを使役する者達が本格的に動き始めたらしい。アルトは猛る血を抑えると、僚機に指示を出す。
「各機、陣形〝トライアングラー〟!行くぞ!」
『『了解!』』
さくらはバトロイドに可変すると三浦半島の海岸線に着陸し、アンカーでしっかり片膝撃ち姿勢を取る機体を固定。己の長大なライフルを敵の迫る南へと向けた。
続いて天城がガウォークに可変すると、さくらの直掩に入った。
この陣形は『アルトが突入して敵をかき乱し、さくらが援護狙撃を行い、天城が撃ち漏らしを排除する』という時間稼ぎと敵の一地域の釘付けに主眼を置いた陣形だった。
ちなみにこのネーミングセンスだが・・・アルトの前隊長によるものが大きいと予想される。
ともかくアルトは、天城のマイクロハイマニューバミサイル。さくらの狙撃、そして自身のハイマニューバ誘導弾と共に敵に突入していった。
(*)
サジタリウス小隊が交戦に入ってから5分後の横浜上空。
そこでは今、2人のワルキューレが天を駆けていた。
「スターズ1よりホークアイ、現状は?」
『こちら『ホークアイ』。先行したサジタリウス小隊が敵大編隊を迎撃中。現在おかげで戦闘空域は相模湾上空に限定されている。船もないので安心して撃墜して構わない。また、幻影はロングアーチの協力で実機との区別がつきつつある。これはデバイスに直接IFFとして送信する。また、混戦なため誤射に注意せよ』
「了解」
なのはは答えると、『Sound only』と表示された通信ディスプレイを閉じた。
そして今や10キロメートルを切った戦闘空域を睥睨する。
そこでは真っ青なキャンバスをバックに、自分達魔導士には無縁な白い飛行機雲が、幾筋も複雑な螺旋模様を描いている。
「綺麗・・・・・・」
思わず素の感想が口に出る。
しかしその作品を作っているのがアルトのVF-25と、ガジェット・ゴースト連合であることを思い出し、あわてて頭を振ってその考えを吹き飛ばした。
「フェイトちゃん、行くよ!」
頷く10年来の親友。
「スターズ1、」
「ライトニング1、」
「「交戦!」」
2人は文字通り光の矢となって、空域に突入した。
(*)
ガーッ、ガーッ、ガーッ─────
鳴りやまないミサイルアラート。多目的ディスプレイは真紅の警告色に染め上げられている。
VF-25は魔力のアフターバーナーを焚きながら上昇を続ける。
アフターバーナーを焚いたVF-25は、推進剤である魔力が機体の推進ノズルや大気との摩擦で発熱するため、赤外線カメラを通して見れば太陽のように光輝いて見えることだろう。
周囲を飛翔する全ての敵ミサイルが、そんなVF-25に打撃を与えんと、回避運動すらせずに追いすがる。
それを確認したアルトはスラストレバーを下げ、フレアを撒くと足を60度機体下方に展開する。
こうすることによって推進モーメントが突然変わったバルキリーはクルリと前転、機首を下に向ける。
そして再び足を戻して下降するVF-25を尻目に、高熱源体となったフレアにミサイルが引き付けられ、そのすべてが誘爆した。
「ふぅ・・・」
アルトは前方を塞ぐ実機のガジェット達を徹甲弾を装填したガンポッドで次々葬っていく。
しかし敵は全天を覆っていた。
彼は顔をしかめて敵を俯瞰していると〝衝突コース!〟という警告がディスプレイに表示された。
しかしレーダーに映る敵機はIFFには反応なし。
つまり目視できるしレーダー反射もあるが、六課のスーパーコンピューターが『あれは幻影だ』と、結論を出したという事だ。
正直幻影だろうと実機だろうと撃墜か回避したいが、おそらく敵の罠だ。
確かに発砲してあれが実機でないと証明するのは簡単だ。
しかし敵が作戦を変更してしまうので、こちらが『あれが実機でない』ことに勘づいたことを知らせる訳にはいかない。また、機動を操作されるわけにはいかないため、回避もできない。となればそのまま突入するしかなかった。
迫る敵機。もし実機なら正面衝突で大破は免れない。
(南無三!)
アルトは一瞬で全ての神仏に祈る。
次の瞬間には敵機はVF-25を通り抜けていた。
後方を振り返ると、やはり罠があったようだ。ガジェット数十機がホバリングして袋を形成している。回避していればあの袋に飛び込んで集中砲火という結末だったらしい。
(最近は罠を作るぐらいの頭ができたんだな・・・)
アルトが感心する内もガジェットは半ばホバリングしているためさくらの狙撃が面白いほどよく当たる。
しかしゴーストが対応を開始した。
彼らは三次元推力偏向ノズルで機首を無理やりこちらに向けると向かってきた。
いつの間にか囲まれている。
このままでは包囲、殲滅される!と危惧したアルトは遂に奥の手を出した。
「メサイア、〝トルネード〟パック装備!」
「roger.」
VF-25の胴体全体を一瞬青白い光が包み、背面に2門の大口径ビーム砲を、そして両翼には旋回式追加ブースターと装甲を装備した。
機動重視の装備として開発されたこれは、FASTパックを数倍する機動性能を発揮する。バジュラとの抗争では開発未了であったが、これさえあれば被害は4割は減らせたと言われている悲願の追加装備だ。
さくらの速射狙撃が包囲するゴーストの一角に穴を開ける。
アルトはスラストレバーを一杯まで押し上げると、その穴から一気に突破、包囲から脱出を図る。
しかし援護にも限界がある。上方より数機のゴーストと火線。
アルトは両翼に装備されたブースターを左右逆に旋回して急激に90度ロール機動をおこなうと、間髪いれずに主機、旋回ブースター、スラスター・・・すべての機構を駆使して上昇をかける。その瞬間的なGは『ISC』、『イナーシャ・ストアコンバータ』、デバイス由来の重力制御装置の限界を越え、アルトの体に生のGを掛ける。しかしいままで反吐が出るような訓練に鍛えられた彼にはどうということはない。
機体はゴーストでも真似できないような角ばった急旋回を行って敵の火線を回避すると、ガウォークで急制動。擦れ違おうとしたゴースト数機に背面のビーム砲を照準すると立て続けに見舞った。
魔力出力にしてSランククラスの砲撃を受けたそれらは、瞬時に己の体を空中分解させて海の藻屑へと帰した。
『こちらサジタリウス2。弾が切れました。これより魔力砲撃に切り替えます』
遂に持ってきた砲弾を撃ち尽くしたらしい。魔力砲撃ではこの空域全体に作用したAMFにより威力が格段に低下するが、致し方ない。
アルトとてガンポッドに残る残弾など雀の涙だ。
熱核反応エンジンは戦闘機に無限の航続能力を与えたが、積める弾薬量が決まっている以上、まともな戦闘可能時間は旧式の戦闘機と変わらないのだ。
(荷電粒子ビーム機銃さえ使えれば・・・・・・)
現在も封印状態でVF-25の両翼に装備されているこのビーム機銃は、最初からバジュラには効かなかったが、AMFが作用しないためゴーストやガジェットなら苦もなく落とせるはずだった。
だが局員となった今、そんな物を使えば暖かい寝床から一転、鉄格子の部屋で寝ることになる。
アルトは無駄なことを考えるのをやめると、戦術に集中する。
トルネードパックで機動力の上がったVF-25に対し、ゴーストとガジェットはその機動性と数で対抗してくる。
更にゴーストの撃ち出す実体弾は、バルキリーの転換装甲のキャパシティをすごい勢いで消耗させていく。
(というかこれはマジ物の対ESA(エネルギー・スイッチ・アーマー。エネルギー転換装甲)弾じゃないのか・・・・・・?)
通常の実体弾はこれほどの消耗を強いるものではないはずだった。
とにかく、客観的に見てこれ以上の進攻阻止は無理だった。
しかしすでに1キロ程先に三浦半島の海岸線があった。
(現行戦力でこれ以上の足止めは無理だ。しかし半島上空を戦場にするわけには・・・・・・)
そこに見える民家が、彼に後退を躊躇わせた。
その時、待ちに待ったものが来た。ディスプレイに表示される〝空域マップを貫く太く赤い線〟と〝退避要請〟という文字。
敵は大量に後ろに引きつけている。ここで撃てば最も多くの敵を巻き込めるだろうが、時空管理局、特に彼女がそれをするはずがない。かといって一度意図を図られてしまってはその効果は急速に薄まる。
ならば自分にできることは何が何でも急いでこの位置から退避するしかなかった。
アルトは操縦桿を倒すと左ロール、続いて主観的な上昇をかける(つまり左旋回)。もちろんその間スラストレバーは限界まで前へと押し上げられている。
機体が転換装甲の使用を前提とした設計限界である25Gの荷重によって悲痛な悲鳴をあげる。VF-25のF型としてスペシャルチューンされた『新星/P&W/RR ステージ II 熱核バースト反応タービン FF-3001A改』が己の力を示すように、そして左右エンジンでハーモニーを奏でるかのようにその雷のような轟音によって圧縮した空気と魔力を後方へと吐き出す。両翼のブースターも主翼の空力だけでは成し得ない無理な上ベクトルの力を捻り出す。
アルトもまた、転換装甲維持のため機載のISCが止まった事により、襲いくる津波のような力に必死に抗う。
そして赤い線の示す射軸線をVF-25が越えると同時に、海岸線から桜色をした魔力砲撃が伸び、射軸上にいたゴーストとガジェットに突き刺さる。それは幻影含めて50機近くを瞬時に撃墜した。
『アルトくん、大丈夫!?』
天使の声が聞こえる。
「ああ、なのは。助かった」
しかし安心したアルトの機動は少しだが単調になっていた。
ゴーストはその機を逃さず肉薄してきた。
そのゴーストから横になぎ払うように機銃弾が放たれ、VF-25に迫る。
(緊急回避は・・・・・・間に合わない!)
アルトはトルネードパックの装甲パージによる囮回避に備える。しかし機銃掃射はバルキリーまで来ない内に止まった。
不思議に思ったアルトはゴーストを仰ぎ見る。
そこには金色の矢に貫かれ、海に力なく落ちていくゴーストの姿があった。
外部マイクが女性の声を拾う。
『・・・・・・もう、私の事も忘れないで欲しいな』
彼女は大鎌形態のそのデバイスを、その華奢な肩に担ぐと大見得を切った。
同時に周囲に展開する他のガジェット、ゴーストにもランサーの雨が襲い、その多くを撃墜、爆炎が花を添えた。
「フェイト!」
外部スピーカーを通して放たれたアルトの声に、彼女はニッコリ微笑みを返した。
(*)
六課の合流後、すぐに役割に応じて部隊を再編する。
高機動型であるアルトとフェイトの2人は、引き続き敵を掻き乱す前衛部隊。
2人に構わず進む編隊には、さくらとなのはの火力部隊が当たり、天城は機動部隊として2人の直掩と撃ち漏らしの掃討を続行。
この後の戦いは比較的スムーズに進んだ。
そして10分後、更なる援軍が到着した。
『こちら機動六課フロンティア2。これより、支援します!』
聞こえた声はランカのものだった。レーダーを見るとヴァイスのヘリが戻って来ていた。
どうやら保護した少女を、この近くの聖王教会中央病院に置いて、とんぼ返りしたようだった。
『みんな!抱きしめて!銀河の、果てまでぇ!』
フォールド波に載ったランカの常套句が、半径10キロに渡って響き渡った。
続いて流れてくる歌声。
アルトはそれを聞いて、先ほどの念話以上の安心感を抱いた。
彼女の歌声は、いつかのような迷いある歌声ではない。
誰に向けてのものかはわからない────きっと、生きとし生きるもの全てにだろう────が、晴れ晴れとした澄み渡った空のように、暖かい歌声が沁み渡っていった。
(*)
ランカの参入は戦闘の趨勢を激変させた。
魔導兵器であるガジェットⅡ型はレーザー攻撃を封じられボロボロ落とされる。
ゴーストには魔導技術がほとんど導入されていないらしく相変わらず元気だったが、ガジェットが脅威でなくなった分、楽になった。
しかし、ランカの超AMF範囲内にありながら、幻影魔法が解除されることはなかった・・・・・・
To be continue・・・・・・
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次回予告
ランカ「ずっとそばにいたかった。でも、もうあなたまで届かない・・・・・・」
マクロスなのは第27話「撃墜」
追悼の歌、銀河に響け!
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最終更新:2012年03月05日 20:06