『マクロスなのは』第26話「メディカル・プライム」
八神はやては部隊長室で、今後の六課の運用について思索をめぐらせていた。
脳内会議の議題に上がっているのはカリムの預言の事だ。
設立から半年。六課はその任務を忠実に果たし、今に至る。現状に不満はない。しかし不安要素はあった。それは『〝事〟が、六課の存続する内に起こるのか』という問題だ。
六課はテスト部隊扱いのため、あと半年足らずで解体される。1年という期間は何もテキトーに決めた期間ではない。聖王教会と本局の対策本部が議論の末導き出したギリギリのラインだ。
今より短い場合の問題は言わずもがなだが、逆に長いとそれはそれで問題がある。今でこそガジェットの出現から出動数が多く、各部隊からの信頼も厚い六課だが、当時は必要性の認識が薄かったため本局でさえ設立には渋ったのだ。それは予算の問題のみならず、当時対立関係にあった地上部隊が黙っていない。という意見もあったからだ。しかしこの問題は『地上部隊のトップであるレジアス中将が賛同した』というイレギュラーな、しかし嬉しい出来事から片づいている。
だがもう1つ問題が上げられていた。それは六課への過剰な戦力集中だ。地上部隊20万人の内、4万人は事務・補給・支援局員である。
そして残る16万人を数える空戦魔導士部隊や陸士部隊である純戦闘局員の内10人ほどしかいないSランク魔導士を八神はやて、高町なのは、ヴィータ、シグナムと4人も六課に出向させている。
このランクの持ち主は『北海道方面隊など6つある地方方面部隊、5個師団(2万7千人)に1人いるかいないか』という希少な戦力であり、本局ですら少ないSランク魔導士のこれほどの集中投入は極めて思い切った人事だった。
そのため『気持ちは分かるが、そう長くは留めて置けない』というのが周囲の本音だった。
仮に1年後に同じような部隊を本局主導で再編する場合を考えても、地上部隊を頼れない分、生み出されるであろう戦力の低下は憂慮すべき問題であった。
そこで『何か妙案がないだろうか?』と思考をめぐらせていたはやてだったが、その思索は打ちきられることになった。
空中に画面が浮かび、電話の呼び出し音が締め切った室内の空気を震わす。画面の開いた場所は左隣の人形が使うような小さなデスクだ。本来なら補佐官であるリインが受けるはずだが、今ここにいないことは承知済み。右の掌を空中にかざして軽く右に滑らせると、その動作を読み取った部屋が汎用ホロディスプレイを出現させる。この部屋だと電灯のスイッチなどの操作を行うものだが、こんな時のために電話もその機能に加えている。おかげで次のコールが鳴る前に通話ボタン触れることができた。
「はい。機動六課の八神二佐です」
サウンドオンリーの回線だったが、 直接外部から電話がかかることはなく、地上部隊のオペレーターを経由したルートが普通だ。しかし聞こえてきた声はオペレーターの声ではなく、レジアスのものだった。
『はやて君か。いきなりで悪いが1330時頃にこちらに来てほしい』
「え? ほんとにいきなりやなぁ・・・・・・もちろん何か買ってくれるんよね?」
はやての冗談にレジアスは電話の向こうで豪快に笑う。
『なるほどな。グレアムのヤツがそうやって「部下がいじめてくる」と嬉しそうに嘆いていた意味がようやくわかったよ』
レジアスのセリフに、はやては「バレてたか」と苦笑いする。
グレアムは以前本局の提督を勤めていた人物で、当時足が悪く両親のいなかったはやての、いわゆるあしながおじさんであった。
またはやて自身、『闇の書事件』の責任を取って自主退職するまでのほんの1年だけ彼の元に嘱託魔導士として配属されており、当時同事件で主犯者扱いされていたはやてが管理局に慣れるよう手を尽くしてくれていた。
彼女を学費面での援助によってミッドチルダ防衛アカデミーに入学させてくれたのも、管理局で風当たりの悪かった当時の身の振り方を教えてくれたのも彼だった。
閑話休題。
『・・・・・・まぁ、実際買ったのだがな。きっと君も驚くだろう』
「え、いったいなんなのや?」
『ああ、─────だ』
レジアスが口にしたその名は、確かにはやてが驚くに十分値するものだった。その後はやては2つ返事で了解し、身支度のために席を後にした。
(*)
同日 1200時 訓練場
午前中に行われた抜き打ちの模擬戦になんとか勝利した六課の新人4人は、一時の休憩に身を任せ、地面に座り込んでいた。そこへなのはにヴィータ、そしてフェイトを加えた教官陣がやってきた。
「はい。今朝の訓練と模擬戦も無事終了。お疲れ様。・・・・・・でね、実は何気に今日の模擬戦がデバイスリミッター1段階クリアの見極めテストだったんだけど・・・・・・どうでした?」
一同の視線が集まるなか、後ろのフェイトとヴィータに振る。
「合格」
「まぁ、そうだな」
2人とも好意的な判断。そしてなのはは─────
「私も、みんないい線行ってると思うし、じゃあこれにて1段目のリミッター解除を認めます」
その知らせを耳にした4人は〝やったぁ!〟とうれしさのあまり座り込んでいた地面から跳ね上がる。
「お、元気そうじゃないか。それじゃこのまま昼飯抜きで訓練すっか」
ヴィータのセリフに4人の子ヒツジは青ざめ、一様に首を横に振った。
彼ら新人にとって唯一の平安といっても過言ではない食事の時間は絶対不可侵の聖域であり、守らねばならぬ最終防衛ラインだった。
「も~、ヴィータちゃんったら」
なのはに言われヴィータは
「冗談だよ」
と、猫を前にしたハムスターのような目をした4人に言ってやる。
しかし彼女の目が〝本気〟だったことを書き添えておこう。
落ち着きを取り戻した4人にフェイトが指示を続ける。
「隊舎に戻ったらまず、シャーリーにデバイスを預けてね。昼食が終わる頃にはデバイスも準備出来てると思うから、受け取って各自しっかりマニュアルを読み下しておくこと」
それにヴィータの補足が付く。
「〝明日〟からはセカンドモードを基本にして訓練すっからな」
しかしその補足を聞いた4人は、自分達が間違っていると思ったのか空を仰ぐ。真上に輝く真夏の太陽は、まだ時刻が正午であることを知らせていた。
「〝明日〟ですか?」
「そうだよ。みんなのデバイスの1段目リミッター解除を機会に、私とヴィータ教官のデバイスも全面整備とアップデートをすることになったの。だから今日の午後の訓練はお休み。町にでも行って、遊んでくるといいよ」
なのはのセリフに、4人は先ほどを数倍する大声で、喜びの雄叫びを上げた。
(*)
同時刻 フロンティア航空基地 第7格納庫
「あと30分で出撃だ。しっかり頼むぞ」
愛機であるVF-25を引っ掻き回している整備員達に檄を飛ばす。 彼らはそれぞれの仕事をこなしながらも
「「ウースッ」」
と、まるで体育会系のような返事を返す。そして点検項目を並べたチェックボードを効率よく埋めて、整備のために開けたパネルやスポイラーを定位置に戻していった。
そんな中、こちらへと1人の整備員がやってきた。しかし他の整備員と違ってそのツナギはあまり機械油に汚れていないように見える。どうやら新人らしい。
「どうした?」
「はい、アルト一尉。恐縮ですが、モード2のバトロイドのモーション・マネージメント比は今までの1.50倍で良いでしょうか?先ほど戦闘のデータを見る機会があったのですが、自分の見立てではあと0.04増やした方が動かしやすいように思います」
幾分か緊張した様子の新人に言われて初めて思い出す。そう言えば確かに前回戦闘の最中、そのような違和感を覚えたような気がする。もっともSMSへの先行配備の段階から乗っているVF-25という機体なので多少の誤差など十分カバーできるが、修正するに越したことはなかった。
「よく気付いたな。そうしてくれ」
答えを聞いた新人は満面の笑みを作って
「はい!」
という返事とともに敬礼し、再びバルキリーに繋がれたコントロールパネルに返り咲いた。そこで航空隊設立当初からVF-25のアビオニクスを任せている担当者が
「やっぱり言ってよかったじゃねぇーか」
と、入力する新人の肩をたたく。
「俺達でもコイツのことは完全には把握してないんだ。だからこれからも新人とか専門外とか関係なしにどんどん聞いてくれよ!」
「はい!・・・・・・じゃ先輩、さっそくひとついいですか?」
「おう、なんだ?」
「明日地元から彼女が来てくれるんです!それでクラナガンでデートしたいと思うんですが、どこかいいスポット無いですか?」
「え・・・・・・彼女とデート?あ・・・・・・いや、俺はそういうのよくわからなくて・・・・・・その・・・・・・だな」
こういう事象に対しては知識がないのか大いに困っているようだ。そこへ彼の同期がデートと言う単語を聞きつけたのか機体越しに呼びかけてきた。
「どうしたんだよシュミット?お前俺たちと違ってモテるだろ?意地悪しないでデートスポットの一つや二つ教えてやれよ!」
「そういうわけじゃねぇんだよ加藤!」
「じゃあなんだよ?」
「だって・・・・・・なぁ?」
困ったように言うシュミットに安全ヘルメットを外してポニーテールの長髪を垂らした新人が
「ふふふ」
と蠱惑的に微笑んだ。
(*)
その後彼女は
「キマシタワー!」
と叫びながらやってきた女性局員や、
「なになに?諸橋(その新人)に〝彼女〟がいるって!?」
とVF-25の整備を終えて集まった整備員集団に囲まれていた。しかしその顔触れはアビオニクス担当者であるシュミット、そして新人を含めて全員自分と同年代ぐらいだった。別に特殊な趣向を持った人間がそう、というわけではない。この航空隊に所属する整備員はほとんど同年代なのだ。
これはこのミッドチルダでOT・OTMという新技術に、最も早く順応したのが彼らのような若者であることの証左であった。
もっとも教養としての現代の技術はともかく、OTMはゼロスタートであったおかげで3カ月前まで整備の質はあまり良くなかった。それが第25未確認世界でも最新鋭機であったVF-25なら尚更だ。
しかし最近ではアビオニクスを整備するシュミットのような人材が育ってきてくれたおかげでなんとか乗り手である自分や、たまに技研から出張してくる田所所長などに頼らなくても良いぐらいの水準に到達していた。
しばらく馴れ初め話を語る諸橋とデートスポットの位置について真剣に話し始めた彼らの様子を遠巻きに眺めていたが、整備が終わった彼らとは違い、自分の仕事は目前に差し迫っている。名残惜しいが列機を見回ることにした。
まずはVF-25の対面で整備が急がれている天城のVF-1B『ワルキューレ』だ。
純ミッドチルダ製であるこの機体は、製作委任企業であるミッドチルダのメーカー『三菱ボーイング社』の技術者が、わざわざ整備方法を懇切丁寧に講義していた。そのため比較的整備水準は初期の頃から高かったようだ。
現在パイロットである天城はコックピットに収まり、ラダー等の最終点検に余念がなかった。
まるで魚のヒレのように〝ヒョコ、ヒョコ〟と垂直尾翼や主翼に付けられている動翼であるエルロンが稼動する。
「あ、隊長」
こちらに気づいた天城は立ち上がると、タラップ(はしご)も使わずコックピットから飛び降りる。
コックピットから床まで3メートルほどあり、生身なら体が拒否するところだが、その身に纏ったEXギアが金属の接触音とともに彼の着地をアシストした。
「今日のCAP任務が8時間ってのは本当っすか?」
「そうだ。今日はだましだまし使ってきた機体の総点検らしいからな。六課にいて一番稼働率が少なかった俺たちで時間調整するんだと」
「・・・・・・ああ、そうですか」
気落ちした表情に続いて小声で
「俺は六課でも出撃率100%だったのに・・・・・・」
という天城の嘆きにも似た呟きが聞こえたが、どうしようもないので
「まぁ、頑張れ」
と肩を叩いてその場を離れた。
次にVF-1Bの隣りに駐機するさくらのVF-11G『サンダーホーク』に視線を移す。
こちらは元の世界でも整備性が高い機体なので、性能に比べて整備が容易になっている。そのためかこちらにはもう整備員の姿はなく、さくら自身が最終点検を行っていた。
サーボモーターなどを使い、電子制御で機体の操縦制御を行う形式であるデジタル・フライバイ・ワイヤの両翼の動翼に、順番に軽く体重を乗せて動かない事を確認する。
そして次に『NO STEP』という表示に注意しながら上に昇ると、整備用パネルが開いていたり、スパナなど整備員の忘れ物がないか確認していく。
よほど集中しているのかアルトが見ていることには気づいていないようだった。しばらくその手際眺めていると、後ろから声をかけられた。
相手はVF-25を整備していた整備員だ。どうやらようやく全ての点検・整備が終わったらしい。
アルトはもう一度点検を続けるさくらを流し見ると、自らの愛機の元へ歩き出した。
(*)
1330時 機動六課 正門
そこにはヴァイスのものだという、このご時世には珍しい内燃機関の一種である、ロータリーエンジン式のバイクに跨がって六課を後にしようとしているティアナ達と、見送るなのはがいた。
「気をつけて行ってきてね」
「は~い、いってきま~す!」
なのはの見送りに後部座席に座るスバルが返事を返すと、ティアナは右手に握るアクセルをひねった。
石油ではなく水素を燃料とするそれは電気自動車や燃料電池車の擬似エンジン音だけでは再現できない振動やエンジン音を轟かせて出発する。そして狼の遠吠えのようなエキゾーストノートを振り撒きながら海岸に続く連絡橋を爆走していった。
なのはは背後の扉が開く気配に振り返る。するとそこには地上部隊の礼服に袖を通したはやての姿があった。
「あれ? はやてちゃんもお出かけ?」
「そうや。ちょっとレジアス中将に呼ばれてな。ウチがおらん間、六課をよろしく」
「は!お任せください!八神部隊長」
わざと仰々しく敬礼するなのはに、
「似合えへんなぁ」
とはやてが吹き出すと、なのはもつられて笑った。
その後はやてはヴァイスのヘリに乗って北の空に消えていった。
(*)
その後ライトニングの2人を見送ったフェイトと合流したなのはは、
「(フェイトの)車の鍵を貸してくれ」
というシグナムに出くわしていた。
「シグナムも外出ですか?」
フェイトがポケットから鍵を取り出し、シグナムの手に置きながら聞く。
「ああ。主はやての前任地だった第108陸士部隊のナカジマ三佐が、こちらの合同捜査の要請を受けてくれてな。その打ち合わせだ」
「あ、捜査周りの事なら私も行った方が─────」
しかしフェイトの申し出は
「準備はこちらの仕事だ」
とやんわり断られた。
「お前は指揮官で、私はお前の副官なんだぞ」
そう言われてはフェイトに反論の余地はない。
「うん・・・・・・ありがとうございます─────でいいんでしょうか?」
「ふ、好きにしろ」
そう言ってシグナムは駐車場の方へ歩いていった。
なのははそんな2人を見て、『知らない人が見たらどっちが上官なのかわかるのかな?』と思ったという。
(*)
その後デスクワークをしなければならないというフェイトと別れ、なのはは六課隊舎内にあるデバイス用の整備施設に到着した。
「あ、なのはさん」
画面に向かっていたシャーリーが振り返って迎え、その隣にいたヴィータも
「遅かったじゃねーか」
といつかのように婉曲語法で自分を迎えた。
「ごめん、ごめん。それでどう?上手く行ってる?」
なのはは言いながらシャーリーの取り組んでいる画面を後ろから覗き見る。
自らのデバイス『レイジングハート(・エクセリオン)』は昼飯前からシャーリーに預けられており、アップデートは開始されているはずだった。
「はい、あと2時間ぐらいでアップデートは終わる予定です」
プログラムを構築したシャーリーの見立てにミスはない。ディスプレイに表示された終了予定時間は1時間以下だったが、こういう終了時間は信用できないのが世の常。それを証明するように次の瞬間には3時間になったり30分となった。
ヴィータの方も似たり寄ったりで、プログラムのアップデート率をみる限り、自分の1時間後ぐらいに終わるだろう。
しかしなのはは画面を眺めるうちにあることに気づいた。
自分とヴィータだけでなく、まだもう1つデバイスのアップデート作業が進行しており、もう間もなく終わりそうなことに。
検査兼整備用の容器に入った待機状態のそのデバイスは〝ブレスレット型〟だった。
「ねぇシャーリー、あのデバ─────」
デバイスは誰の?とは問えなかった。その前に持ち主がドアの向こうから現れたからだ。
「あ、なのはさん、お久しぶりです!」
地上部隊の茶色い制服に身を包み、ニコリと嬉しそうに挨拶する緑の髪した少女、ランカ・リーがそこにいた。
(*)
ランカは本局の要請で無期限の長期出張に出ていた。
行き先は〝戦場〟だ。
第6管理外世界と呼ばれる次元世界で行われていた戦争は、人対人の戦争ではなく、対異星人との戦争だった。
本来管理局は非魔法文明である管理外の世界には干渉しないのが基本方針だったが、その世界の住人は管理局のもう1つの任務に抵触した。
それは〝次元宇宙の秩序の維持〟だ。
彼らは70年程前に次元航行を独自に成功させ、巡回中だった時空管理局と遭遇したのだ。
運の良いことに極めて友好的で技術も優秀な人種であったことから、1年経たないうちに管理局の理念に賛同した彼らと同盟を結ぶに至った。
以後管理局は次元航行船の建造の約8割をその世界に依存しており、管理局の重要な拠点だった。
しかし2ヶ月前、その世界で戦争が勃発した。
その異星人は我々人間と同じく〝炭素〟ベースの知性体(以下「オリオン」)であったが、彼らは突然太陽系に入ると先制攻撃を仕掛けてきたのだ。
当然管理局に友好的だったその惑星(以下「ブリリアント」)の住人は必死に応戦する。
管理局との規定により魔導兵器縛りだったが兵器の技術レベルではなんとか拮抗。戦力は圧倒的に劣っていた。しかしブリリアント側にはある〝技術〟があった。
次元航行技術だ。
この技術は実は超空間航法『フォールド』と全く同じ技術で、第25未確認世界とオリオンの住人達は知らなかったが、空間移動より次元移動に使う方が簡単だった。
この技術によってオリオン側の先制攻撃と戦力のメリットを塗り潰し、比較的戦いを有利にすすめた。
しかし所詮防衛戦でしかなく、オリオン側の恒星系の位置がわからないため、戦いは長期化の様相を呈していた。
だが捕虜などからオリオンの情報がわかるにつれて、戦争の必要がないことがブリリアント側にはわかってきた。
彼らの戦争目的は侵略ではなく〝自己防衛〟だという。
何でも彼らの住む惑星オリオンからたった数百光年という近距離にあったため、
「ベリリアン星の住人が攻めてくる!」
という集団妄想に駆られたらしい。
それというのもブリリアント側が全く気にしていなかった、それどころか最近までまったく観測すらしていなかったものが原因であった。それは次元航行に突入する際に発生してしまう短く超微弱なフォールド波だ。
これを次元航行発明から70年間完全に垂れ流しつつけ、これを受信したオリオンが盛大に勘違いした。
彼らにはまだフォールド技術は理論段階で、空間跳躍以外の使用法を全く思いつかなかった。そのため管理局に造船を任されてどんどん新鋭艦を次元宇宙に進宙させていったブリリアントの行為は、オリオン側にとって奇怪に映った。船を造ってどんどんフォールドするのはわかる。宇宙開発というものだとわかるからだ。しかし恒星外にフォールドアウトするでもなく、ただため込んでいるようにしか見えないその行為は、オリオンの住人にとって艦隊戦力の備蓄と思われてしまったのだ。
そう勘違いしてしまったオリオンは半世紀の月日をかけてフォールド航法を理論から実用に昇華させて、のべ一万隻もの宇宙艦隊を整備。そして今、万全の準備をして先制攻撃に臨んだようだった。
しかし実のところ彼らのことはまったく知らなかったし、『協調と平和』を旨とするブリリアントは知ったところで侵略するような野心もない。
そこで和平交渉のためにまず戦闘を止めようと考えたブリリアントは、次元宇宙で〝超時空シンデレラ〟とも〝戦争ブレイカー〟とも呼ばれるランカ・リーの貸出しを要請したのだ。
管理局としても戦争による新鋭次元航行船建造の大幅な停滞は困るし、70年来の大切な盟友を助けたいという思いがあった。
こうして1ヶ月前、六課に対し最優先でランカの出張を要請したのだ。
六課やアルトは危険地帯へのランカの出張に渋ったが、ランカの強い思いから根負けしていた。
こうして第6管理外世界に出張したランカは、本局の次元航行船10隻からなる特務艦隊と航宙艦約100隻から成るブリリアント旗艦艦隊に守られながら局地戦をほぼ全て歌で〝制〟して行ったという。
確かなのはが最後に見た関連ニュースは「全オリオン艦隊の内、50%がブリリアント側に着いた」というものだった。
そのランカがここにいるということは─────
「戦争は終わったの!?」
ランカは頷くと続ける。
「みんないい人達なんだよ。ただ誤解があっただけなんだ」
そう笑顔で語る少女は、とても恒星間戦争を止めた人物には思えぬほど無邪気であった。
(*)
1424時 クラナガン地下
そこは戦前は半径10キロメートルに渡って巨大な地下都市があり、戦時中は避難民が入った巨大な地下シェルターだった。
一時は全区画にわたって放棄されていたが、今では歴代のミッドチルダ政府の尽力によって大規模な地下街が再建されている。
しかしその全てに手が届いたわけではない。一部の老朽化や破壊の激しい区画は完全に放棄され、そうでなくともただのトンネルとして利用されていた。
そこを1台の大型トラックが下って(クラナガンから出る方向)いた。
そのトラックのコンテナには『クロネコムサシの特急便』のロゴとイメージキャラクターがペイントされ、暗いトンネル内をヘッドライトを頼りに走って行く。
運転手はミッドチルダ国際空港近くの輸送業者の新人で、この道は彼の先輩から教わったものだ。
地上のクラナガンに繋がる道はどこも渋滞であり、拙速を旨とする彼ら輸送業者はこの廃棄区画を開拓したのだった。
しかし残念ながら路面状態はよくない。
その運転手はトラックの優秀なサスペンションでも吸収できなかった予想以上の縦揺れに驚く。
「いかんな・・・積み荷が揺れちまうじゃねぇか」
彼はシフトレバーについたつまみを操作すると、ヘッドライトをハイビームにする。
すると少しは視認範囲が広かった。しかし─────
(しっかし、いつ来ても廃棄区画は気味悪りぃな・・・・・・)
右も左も後ろにも他の車は見えない。それが彼に昨日見た映画を思い出させた。
それはベルカ(位置は第97管理外世界でアメリカ合衆国)の〝ハリーウッド〟で撮影された映画で、タイトルは「エイリアン」だ。
ストーリーは時空管理局の次元航行船が、新らたに発見された世界の調査のために調査隊を派遣する所から始まる。
そこには現代の技術レベルを持った町があったが、人の姿がない。調査が進むにつれてこの惑星の住人が、ある惑星外生命体の餌食になっていたことがわかった。
しかしその時には遅かった。
魔法の使用を妨害するフィールドを展開する敵に対し、調査隊には腕利きの武装隊が随伴していたが、また1人、ま1人と漆黒のエイリアンの餌食になっていく。
また、次元航行技術があったらしいこの世界は、厳重に隔離されていたが次元空間へのゲートが開きっぱなしだった。
このままではエイリアン達がこちらの世界に来てしまう。
何とか現地の質量兵器を駆使して次元航行船に逃げ延びたオーバーSランクの女性執務官リプリーと、1人の調査隊所属の科学者の2人は、艦船搭載型の大量破壊魔導兵器であるアルカンシェルによるエイリアンの殲滅を進言。そのエイリアンの危険性は認められ、それは決行される。
大気圏内で炸裂したアルカンシェルは汚染された町をクレーターに変え、船は次元空間に戻った。
しかしリプリー達が乗ってきた小型挺には小さな繭が─────!
という身の毛もよだつ結末だ。
さて、問題のシーンは物語の終盤。先の生き残った2人と、3人の武装隊員が現地調達した軽トラで、小型挺への脱出を試みた時だった。
その名も無き(劇中ではあったと思うがいちいち覚えていない)武装隊員はこのようなだれもいない地下の道を走っていた。
しかし賢しいエイリアン達は天井に潜んでいた!
ノコノコやってきた軽トラに飛び乗った〝奴ら〟は2人の武装隊員の断末魔の悲鳴とともに運転席を制圧。危険を感じ取ったリプリー達3人は荷台から飛び降りた─────というシーンだった。
(・・・・・あれ、俺って名も無き犠牲者その1じゃね─────)
彼の背筋に冷たいものが走る。
「ま、まさかな。そうだよ、杉田先輩だって10年以上この道を使ってたんだし、前にも先輩と1回通ったじゃないか」
わざと声を出して自らを勇気づける。
そして彼はラジオを点けると局を選ぶ。すると特徴的なBGMと共にCMが聞こえてきた。
『─────毎日アクセルを踏み、毎日ブレーキを踏み、毎日荷物を積み降ろす。・・・あなたのためのフルモデルチェンジ。新型〝ERUF〟登場─────!』
彼はそれを聞きながらそのBGMを歌い出す。
「いぃつ~までも、いぃつぅ~までも~、走れ走れ!ふふふ~のトラックぅ~」
それを歌うと何故か恐怖も飛んでいった。
(やっぱこの曲はいいねぇ~。でも─────)
彼はこのトラックのフロントにあるシンボルマークを思って少し申し訳なく思った。
そこには『ISUDU』ではなく、『NITINO』のマークがあったりする。
(どっちが悪いってわけでもないんだが・・・・・・)
彼はそう思いながらも歌い続けた。
「ど~こぅ~までも、どこぅまでも~、走れ走れ! ISUDUのトラック─────」
(*)
5分後
『そろそろクラナガン外辺部かな』と思った彼は、GPS(グローバル・ポジショニング・システム。全地球無線測定システム)で位置を確認する。その時、一瞬サイドミラーが光を捉えた。
「?」
再び確認するがなにもない。
(勘弁してくれよ・・・・・・映画のせいで敏感になってるんだな・・・・・・)
彼はそう結論を出すと運転に意識を集中する。しかし今度はコンテナの方から無理に引き裂かれているのか、それを構成する金属が悲鳴のような悲鳴を上げる。
「ちょ・・・・・・マジで・・・・・・」
積み荷は食料品や医療品などで勝手に動くものは積んでいないはずだ。
(ということは・・・・・・!)
彼の頭に映画のシーンがフラッシュバック!あの武装隊員の断末魔の悲鳴が頭に響く。
(落ち着け、落ち着け、 落ち着け、落ち着け、 落ち着け、落ち着け、 落ち着け、落ち着け、 落ち着け、落ち着け、 落ち着け、落ち着け─────!!)
彼はもはやパニック寸前だ。しかし無慈悲にもその時は訪れた。
一瞬静かになり、彼が振り返えろうと決意した瞬間─────
耳をつんざく轟音と眩いまでの黄色い閃光が閃光手榴弾のように彼の視界を奪った。
すでに冷静さを欠いていた彼は驚きのあまりハンドル操作を誤り、トラックを横転させてしまった。
(*)
横転事故より15分後、トラックに搭載されていた緊急救難信号を受信した救急隊が現場に急行していた。
「・・・・・・おい、あれか?」
救急車を運転する救急隊員が助手席に座ってGPSを操作する同僚に聞く。
「ああ、そうらしい。しかし、こんな薄気味悪い場所で事故らんでも・・・・・・」
「こんな場所だからだろ。・・・・・・運転席に付けるぞ」
救急車は横転したトラックの本体─────牽引車近くに横づけする。
「大丈夫ですか!?」
ドアを開けて助手席の同僚がトラックに呼びかけるが返事はない。車を離れているのだろうか?
後ろではもう1人の同僚が救急車の後部ハッチを開けて、懐中電灯でトラックを照らす。
どういう訳かコンテナだけがひどく損傷していたが、運転席付近は無傷だ。シートベルトさえしていれば助かりそうだが─────
いた!
エアバックで気絶しているらしい。トラックの左側を下に横転しているため、宙吊りになったまま項垂れている。
外に出た同僚2人はデバイスで超音波を発生させてフロントガラスを1秒足らずで割ると、センサーで彼の状態を調べる。
「・・・・・・大丈夫だ。バイタル安定、骨も折れてない」
2人は運転手を事故車両から引き離していく。
その間に運転席に残っていた彼は、どうも妙な事故なため、無線で1番近い治安隊に事故調査隊の派遣の旨を伝えた。
(*)
20分後
「通報を受け派遣されました第108陸士部隊、ギンガ・ナカジマ陸曹です」
『地上部隊 第108陸士部隊』と書かれたメガ・クルーザーのHMV(ハイ・モビリティ・ヴィークル。高機動車)に乗ってきたのは3人で、内2人は白衣を着、もう1人は挨拶をした地上部隊の茶色い制服を着た1人の女性隊員だった。整備されていないこの地下空間は世間では犯罪者の温床にもなっていると言われていることから、治安隊の代わりに陸士部隊の調査隊として派遣されたとのことだった。
「この事故はただの横転事故と聞きましたが・・・・・・」
「はい。それが事故状況がどうも奇妙でして、それほど大きな衝撃でもないはずなのにコンテナだけが吹き飛んでいて・・・・・・」
確かに救急車のヘッドライトに照らされたコンテナは、原型を止めないほどにひどく損傷していた。
「運転手の方は?」
ギンガの質問に救急隊員は困った顔をする。
「・・・・・・それが運転手も混乱していまして・・・・・・お会いになりますか?」
「できるならお願いします」
ギンガは同乗者の2人に現場検証を頼むと、運転手が手当てを受けているという救急車に入った。
「本当なんだよ!あの〝エイリアン〟が出たんだ!!」
そう手当てしながら困った顔をする救急隊員に喚く運転手に、ギンガは〝ギョッ〟とする。
(そうかぁ、あの映画を見た人かぁ・・・・・・)
彼女は彼に、一気に親近感を覚えた。
彼女も実は1年ほど前にその映画を劇場でみていた。人には言えないが、その後1ヶ月ぐらい1人で真っ暗な部屋に入る時には、デバイスをその腕に待機させねば安心できなかった。
「すみません、そのエイリアンのお話をお聞かせ下さい。私はそのために管理局から派遣されました」
「なんだって!・・・・・・それじゃあの映画は!?」
思わせぶりに頷いてやると運転手の口はようやく軽くなり、やっと事故の状況が判明した。
(*)
「コンテナが勝手に爆発ねぇ・・・・・・」
救急車から出たギンガが腕組みして考える。
地面に散らばる積み荷は食料品などで爆発するような物はないし、クロネコムサシの本社から預かったそのトラックの輸送物リストもほとんどが医療品や食料品と書いてある。
しかし本当にエイリアンが来たなどということはあるまい。
鑑みるにこれはテロで郵便爆弾の誤爆という可能性があるが、どこかの政府系機関に届ける予定の荷物は─────
「・・・・・・あれ?」
ギンガの目がリストの一項目で止まる。
(これがベルカのボストンで?)
内容物は、輸入品としては珍しくないとうもろこし。しかしベルカの比較的北にあるボストンでは寒すぎて生産していない。
ビニールハウスという手もあるが、最近赤道付近の地価は安く、補助金も出るためそんなところで作るメリットはない。
それどころかボストンでは10年前からあるベンチャー企業の進出が進んでおり、農業をやるような場所はもう残っていないはずだった。
(確かその企業がやっているのは医療用のクローン技術─────)
そこまで考えた時、一緒に来た調査隊員の自分を呼ぶ声が耳に入った。
「はーい。今行きます!」
ギンガはリストを小脇に添えると声の主の元へ走る。
「どう─────」
どうしました?と問うまでもなかった。
彼は顔を上げると〝それ〟をライトで照して見せる。
そこには他の積み荷と違って無粋な金属の塊『ガジェットⅠ型』の大破した姿があった。
「他にもこんな物が」
少し離れていたもう1人が、床に転がっているそれを指先でトントンと叩いて見せる。
「それは・・・・・・生体ポット!?」
ギンガは目を疑うことしかできなかった。
(*)
『君はいったい何をやっているのかね!?管理局に感づかれたらどうする!』
画面の中で怒鳴る背広を着た中年男にスカリエッティは涼しい顔をして答える。
「〝あれ〟が本物かどうか試しただけですよ。それに、管理局など恐るるに足らない」
その軽い態度に更に熱が入ったのかまた怒鳴ろうとした中年男だが、画面の奥の人物に制される。
『しかし社長!』
中年男は社長と呼ぶ30代ぐらいの若い人物に異議を唱えようとするが、彼の鋭い視線だけで黙らされてしまった。
社長は中年男が席に座るのを確認すると、今度は彼自ら詰問し始めた。
『スカリエッティ君、我々はもうかれこれ7年間君の研究のために優秀な魔導士達の遺伝子データを提供してきた。だが我々が君に嘘をついた事があるか?』
「いいえ。おかげさまで研究は順調に進んでますよ」
『なら今後、このような事は無いようにしてくれたまえ。・・・・・・それと〝あの子〟の確保は後回しでも構わないが、一緒に送った3つのレリックの内〝12番〟は必ず回収したまえ。あれがなければこの計画は失敗だ』
「仰せのままに」
スカリエッティの同意に社長は通信リンクを切った。
画面に『LAN』という通信会社の社名が浮かぶ。この回線はミッドチルダから太平洋を横断し、ベルカの大地まで繋がった長大な有線回線だ。
現在ミッドチルダ電信電話株式会社に市場で敗れたこの会社はもうなく、海底ケーブルは表向き放棄されている。しかし海底ケーブルというローテクさ故に注目されず、盗聴も困難なため、水面下で動く者達の機密回線にはもってこいだった。
「またスポンサーを怒らせたの?」
いつものように気配なく彼女はスカリエッティの背後に現れた。
「まぁね。しかし必要なことさ。それに、彼らには〝あれ〟の重要さがわかっていない」
スカリエッティは肩を大仰に竦めると首を振った。
「そう・・・・・・。まぁ、私はあなたの副業には干渉しないけど、せいぜい頑張ってね」
グレイスは微笑むと退室していった。
「・・・・・・ウーノ」
スカリエッティの呼びかけに、彼の背後に通信ディスプレイが立ち上がり、彼の秘書を映し出す。
「はい」
「あれは本物だったか?」
「確定はできませんが、恐らく本物でしょう。」
スカリエッティはその答えに陶酔したように
「すばらしい・・・・・・」
とコメントすると、〝それ〟の追跡を依頼した。
(*)
『ベルカ自治領 マサチューセッ〝チュ〟州 ボストン』
その地域は最近発展してきた医療科学系企業『メディカル・プライム』が席巻していた。
この企業はミッドチルダでは禁止されている「クローン技術」を用いて、要請を受けた本人のクローンの臓器を作っている。無論これは移植のためだ。
この『クローン臓器移植法』は、移植時の拒絶反応が全くないことから定評があった。
しかし従来の全身のクローン体から、移植のため一部を取り出すという行為はクローン体を殺す事を意味し、倫理上の問題があった。
そこでこのベンチャー企業は必要な臓器を必要なだけ、ある程度〝瞬時に〟クローン化する技術を開発し、これを武器に発展してきていた。
社名の「メディカル・プライム」も「最上級の医療を!」という熱い思いを込めて付けられたもので、お金さえあれば〝パーツ〟の交換で脳を含めた若返りすら可能だった。
現在、その企業内では深夜に関わらず、上級幹部達が緊急会議の名目で集っていた。
ある幹部が通信終了と同時に口を開く。
「全く、あの男の腹の内は読めん」
それに対し、スカリエッティに怒鳴っていた中年男が彼に怒鳴る。
「なにを言っている!やつなど野心丸見えじゃないか!だから犯罪者と手を組むことには反対だったのだ!」
「・・・しかしあいつにしかこの計画は遂行できないだろうな」
5,6人の幹部達が思い思いに意見をぶつける。今までこの議論が何度重ねられたことか。しかしやっぱり最後の結論は決まっている。
「諸君、すでに賽(さい)は投げられたのだ。この計画にスカリエッティを巻き込んだことを議論しても仕方がない。それに管理局には非常用の鈴が着いている。〝不本意だが〟もしもの時は彼女に揉み消してもらおう。我々はスカリエッティを監視しつつ、ベルカの誇りである〝あの船〟の浮上を待てばよいのだ。あの船さえあれば、ミッドの言いなりになってしまったこの国の国民達も、目が覚めるはずだ!」
社長の熱を含んだスピーチに幹部は静かに聞き入る。そして社長は立ち上がると、会議室に飾られた今は無きベルカ国の国旗に向き直り、掛け声を上げる。
「偉大なるベルカに、栄光あれ!」
「「栄光あれ!!」」
幹部達も立ち上がり、彼に続いた。
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次回予告
地下より現れた謎の少女
同時に始まったガジェット・ゴースト連合の一大攻勢
彼らは無事クラナガンを守りきることができるのか?
次回、マクロスなのは第27話「大防空戦」
「サジタリウス小隊、交戦!」
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最終更新:2012年01月18日 23:28