『マクロスなのは』第29話『アイくん』
ランカが悲しみの歌声を発したのと同時刻 クラナガン上空200キロメートル(衛星軌道上)
「アイくん」は困惑していた。
さっきまであんなに嬉しそうに歌っていた〝愛しい人〟が、今度は心から悲しみに満ちた歌を歌っている。腸内(バジュラ)ネットワークを通して感じる痛みに、アイくんは改めてヒトの心の痛みという物を認識した。
しかしアイくんも約1年前、フロンティア船団で起きたいわゆる『第2形態バジュラ暴徒化事件』のように、悲しみに任せて下界に広がるヒトの町を破壊しないだけの分別はあった。
でも何もしないのは嫌だった。そこで〝愛しい人〟がなぜ悲しんでいるかを思考する。喜びの歌と悲しみの歌との間にあった出来事は、極小の粒を粒子加速して目標を破壊せんとする稚拙な暴力機械である〝筒〟から出た〝線〟が、彼女の友人が乗る〝ひこうき〟に命中したことだ。直後ひこうきからは、大量のフォールド波の奔流が異空間に流れ出たが、それは関係ないだろう。
人間はよく殺し合いをするが、こと味方や友人といった人種がやられることに関して敏感だ。〝自分がいた集団(惑星フロンティア防衛隊)〟でも同僚がやられると、弔い合戦だなんだと勝手に集まってきて不必要なまでの大きな戦力でその敵をねじ伏せる。
バジュラは全体としてその感情について完璧に理解したわけではない。彼らにとっての友軍(バジュラ)がやられたことを人間に当てはめると、腕や足を失くしたという認識に近い。確かにそれなりには怒りや痛みを感じるが、結局代わりの効くものだ。
しかし、アイくんにはわからなくもないものであった。
これもまた〝自分がいた集団〟にいた時の話だ。翻訳機の開発以来、編隊長として見た目にほんの少し差別化を図っていた自分に、いつも声を掛けてきてくれる〝よく一緒に飛んでいた男(バルキリーパイロット)〟がいた。平時の彼の通信からは曰く〝ろっく・みゅーじっく〟なるものが流れており、哨戒任務中いつも
「いい曲だろ」
などど自慢されていた。
しかし彼は〝大きな好戦的人間の集団(はぐれゼントラーディ艦隊)〟との戦闘中に撃墜。亡くなってしまった。それ以来哨戒任務中などにその曲や彼の声が聞こえなくなったことは、自分にとって大きな驚きと喪失感を与えるに至っていた。
だからわかる。人間にとって仲間を失うことは、丸ごとひとつ、世界を失うことに等しいとても悲しいことなのだと。
長くなってしまったが、その友人の乗るひこうきが破壊され、同時に友人を失った事に彼女の悲しみの根源があり、筒を持ったヒトが悪らしい。結論の出たアイくんの行動は決まっていた。
『そのヒトを捕獲または殺傷する』
アイくんは戦闘用の〝特殊な電波〟をピンポイントでその地域に放射すると、赤いフォールド光の光跡を残しながら現場に急降下した。
(*)
早乙女アルト撃墜、死亡の知らせはほとんど伝播されなかった。なぜなら撃墜からすぐ、核兵器クラスの強力な電磁波ショックとジャミングが放たれ、一帯ですべての民間の電子機器がオーバーロードし、通信がダウンしたためだ。─────これをアイくんがやったとは誰も認識できなかっただろう─────通信設備から機器まで全て民間のミッドチルダ電信電話株式会社に依存していた管理局はひとたまりもなかった。
軍用機である六課の輸送ヘリ、バルキリー、AWACSはこのような事態に対応するために、基盤レベルで対電子攻撃の対抗と強力な電子攻撃防御手段を行っているため、EMPでオーバーロードしたMTT製の通信機器(ほとんど全て)以外はノイズ程度でなんとかなった。ちなみに、デバイスは元々電子機器でないためまったく関係ない。
通信できないことで周囲が混乱する中、ヘリを狙撃した砲戦魔導士に対する管理局側のファーストストライクは、怒りからMMリアクターの消耗を無視して行われたさくらの大威力砲撃だった。
「破邪剣正、桜火砲神!」
詠唱破棄した集束砲は非殺傷設定で放たれ、敵へと殺到する。だがそれはミッド、ベルカ両魔法でも、オーバーテクノロジー系列でもない別系統のシールドによって弾かれてしまった。
効果がなかったと見るや、間髪入れずに破壊設定にした第2射の充填に入る。なのはのそれよりも淡い桜色を湛えたドラグノフ・ライフルの銃口。MMリアクターによって強化され、Sランク相当となったこの集束砲は撃てさえすれば、管理局の戦艦を串刺しにできるほどの出力を有していた。だがそれは〝撃てさえすれば〟である。
MMリアクターの異常加熱により、緊急閉鎖を知らせる警告音と表示がさくらの視界を瞬時に覆う。そして引き金を引く間もなく銃口に集束していた魔力球は閉鎖システムに流用され、その輝きを失ってしまった。
「こんなときに!」
敵はこちらのオーバーヒートを察したらしく、構えを解いて逃げていく。こちらが完全に追撃能力を失くしたと判断したのか、屈辱的なことに後姿丸出しで、である。逃走速度は超音速。通常のバルキリーではMMリアクターの閉鎖と修復に時間を取られて、とても追えないことを知っているようだ。だが―――――
「させない!!」
さくらは目前を覆っていたホロディスプレイの群れを腕の一閃で吹き飛ばすと、スラストレバーを目いっぱい押し出して追撃に入った。
元々Aランクのリンカーコアを保有する彼女は、機載のMMリアクターに頼らずとも、ある程度の戦闘が可能なのだ。
「止まりなさい!こちらは時空管理局です!あなた方を、市街地での危険魔法使用と、殺人〝未遂〟の罪で現行犯逮捕します!」
あれが未遂かはわからないが、どうしてもアルトが死んだとは認めたくなかった。しかし今、撃墜現場は残った天城に任せるしかない。
『また今度にしておきま~す!』
そう言いながら逃げる2人組。
焦りと怒りに燃えるさくらの瞳が、謎の赤い飛翔体を認識したのはその時だった。
「あれは・・・・・・?」
敵の召喚士の寄越した増援とも考えられたが、どうも違うようだ。そのバルキリーほどの大きさをもつ飛翔体は2本の腕から連射される青い曳光弾・・・・・・いや、ビームを逃げる2人組に放つ。ビームは少なくとも非殺傷設定ではないらしく、着弾したアスファルトを耕していく。
「ちょ、ちょっと─────!」
考えようによってはあの2人組よりヤバそうな攻撃に声も出ない。ただ1つ救いなのはここは郊外であり、道路には人影がなかった事だった。それに〝それ〟は〝決して〟建物には当てようとしなかった。
そうして目標を決めかねていると、2人組の逃走者は突然姿を消した。
「うそ!?」
通常レーダー、魔力レーダー、ジャミングのせいでノイズは酷いが共に反応なし。フォールド式の方は、ジャミングの影響かなぜか画面の全面がホワイトアウトしている。どちらにせよ行き先がわからない事実には変わりがない。
「そんな・・・・・・!」
思わず苦虫を噛んだように顔になった彼女だったが、赤い飛翔体には違ったようだ。
それは背中に担ぐ甲羅から生えた巨大な針がスパークしたかと思うと、ビームを射出した。ある世界では〝重量子ビーム〟と呼ばれるこの粒子ビームは、空中で弾ける。果たしてそこには例のシールドを展開した2人組がいた。外部マイクが1人の声を拾う。
『私の迷彩が破られるなんて・・・・・・』
実はこの時、アイくんは彼女の固有武装である〝シルバーケープ〟の光学迷彩を破ったわけではない。彼女が併用して発動させた魔力の隠密装置がいけなかったのだ。
この装置は〝フォールド波〟を応用して魔力の探知を不能にする。しかし代わりに大量のフォールド波を放ってしまうのだ。人間の使用するフォールド式レーダーでは相手側の放射量が大き過ぎてオーバーロード。一時的にホワイトアウトするはずだったので問題はなかった。しかしフォールド波を血とし、肉とするバジュラには関係ない。それどころか多すぎる放射は、よりアイくんの照準を確実なものにした。
また、ビーム出力を下げたのはアイくんの判断だ。でなければシールドなど関係なく貫通し、下界の町をも吹き飛ばしていただろう。しかし生身の人間がシールドを張るなど思っておらず、最低出力で撃ったことが仇となった。かといって出力を上げれば周囲への被害は避けられそうにない。
こうして両者が手詰まりになった所に、管理局側のセカンドストライクが入った。ヘリの急を聞いてこちらに向かっていた、なのはとフェイトが間に合ったのだ。
『トライデント、スマッシャァー!』
『ディバイン、バスタァー!』
同一直線上を対になって発砲された桜色と金色の魔力砲撃は誤たず、2人組のいた空間に着弾した。
「やったぁ!」
さくらが声を上げるが、なのはは否定する。
『違う、避けられた!』
続けてフェイトが補足する。
『直前で救援が入った。』
さくらは即座に上空で待機するAWACS『ホークアイ』に、頭部対空レーザー砲を照準。長距離レーザー通信で後を追うよう要請した。自ら探しに行かないのは、更なる懸案事項が隣に鎮座するからであった。
『・・・・・・それで、さくらちゃん。〝これ〟は何・・・・・・かな?』
なのはが油断なくデバイスを飛翔体に突きつけて、その隣を飛ぶ自分に問うた。
(*)
時系列は少し戻って三浦半島上空
そこでは勢いづいたガジェット・ゴースト連合に対してフロンティア基地航空隊の必死の迎撃が続いていた。
EMPで軌道上のAWACS及び、各機を繋ぐ統合戦術情報分配システムのデータリンクを失い、乱戦になってしまっている。こうなると編隊規模ですら組織立った戦闘行動は行いにくい。参加者の誰もが相手よりよい位置に着こうと無秩序なベクトルで飛び回る空戦なら尚更である。
その乱戦の中をカナード翼も映える1機のVF-11S(指揮官機仕様)が飛翔していく。そこへ上方から飛来したゴーストがガンポッドから20mm弾を放ってくる。
「そんなとこにいやしねぇんだよ!」
ガウォークの足を展開したVF-11Sは急速に進行ベクトルを変えて回避する。未来位置を追いきれなかった敵機の火線が過ぎ去り、ゴースト自身もそのまま擦過していく。それを見届けたVF-11Sのパイロット、スコーピオン小隊隊長アーノルド・ライアン二等空尉は機体の〝足首〟を横に振って機体をハーフループさせる。続いてバトロイドに可変。狙い澄ましたガンポッドの狙撃は吸い込まれるようにゴーストの主機関に飛び込み、それを爆散させた。
バルキリー(人型可変戦闘機)という奇想天外な兵器が誕生したのは、SDF-01の本来の持ち主が巨人族である。と知れたことに端を発する。
当時、惑星間航行がやっとだった人類は慌てふためき、あらゆる局面に対応可能な装備の開発に着手した。こうして誕生したのが人型陸戦兵器とバルキリーだ。デストロイドは大火力・重装甲に代表される『モンスター』やフロンティア船団で主に使われる『シャイアンⅡ』など歩兵や戦車をスケールアップしたようなオーソドックスな設計思想に基づいている。しかしバルキリーは、宇宙・大気圏内両用の軍用戦闘機から機動歩兵に変形することで多目的な任務に対応しようという野心的な兵器だった。
例えば敵陣地を制圧するにあたって、従来の方法だと、まず制空権確保のために航空機部隊が先行。対空火器や敵戦闘機を撃滅し、それから輸送機で陸戦部隊を派遣する。しかし広大な宇宙空間、さらには移動する要塞である敵母艦を制圧するにはこんな時間的余裕はない。
そこで考えた有識者達は
『ならば制空権を確保してヒマになった航空機部隊をそのまま陸戦部隊にすればよいではないか』
という結論に到達したのだ。
まったくもって無理難題に聞こえるこの結論だが、マクロスのもたらしたオーバーテクノロジーはそれをいともたやすく可能にし、開発から5年ほどで実戦に耐えうる人型可変戦闘機、『VF-0 フェニックス』や『SV-51』などを生み出した。だがこうして誕生したバルキリーは技術者や軍部が最初に想定していた以上の働きを見せた。
ライアンは即座にファイターに可変。現域を急速に退避する。すると数機のガジェットがノコノコやってきた。
(やっぱりな)
バトロイドなどで減速するとガジェットは即座に集まってくる。おかげでバルキリーとは相性が良い。
彼はしたなめずりすると、鋭くUターン。慌てたガジェットが撃ってくるが、速度のついた回避運動する物体にそう簡単には当たらない。VF-11Sは密集するガジェットの中に突入する寸前にバトロイドに可変。その拳にPPBを纏わせ逃げ遅れたガジェット達を撃破していった。
数ヶ月前の演習ではシグナムとタイマンを張ったライアンにとって、これらの敵はまったく脅威足りえなかった。
そこへ、友軍からデバイスを介した短距離通信が入る。
『メイデイ!メイデイ!こちらイエロー3、ゴースト2機に付かれた!っくそ!誰か追い払ってくれ!』
ライアンの視界の端を1機のVF-1Aとゴースト数機がすり抜けていく。どうやらあれらしい。
「待ってろよイエロー3!」
ライアンは再びファイターに可変。友軍目掛けて邁進するゴーストに追いすがる。
(ったく、もっとガウォークを使えと教えただろうに!)
ファイターでエンジン全開、がむしゃらに振り切ろうとする友軍にライアンは舌打ちする。
そう、バルキリーが手に入れた付与機能、それは変形である。空戦において形態を変えることによって得られる恩恵は計り知れない。大気圏内で変形することで急激なエアブレーキをかけることも可能であり、腕や足を大きく振って、その反作用で推進剤をなるべく使わずに旋回できる。また、魔導士のように武装をその腕に保持することで随時広い射角を得、足先の推進器を振り回すことで推進モーメントを変え、あらゆる方向への加速を可能にする。
その最たるものがファイターから腕と足だけを展開したガウォークという形態だ。
開発の過程おいて偶然発見されたこの形態は、一見不恰好にも見えるがその用途は十二分に広い。推進モーメントを下に集中する事によってホバリングしたり、前方に大きく足を振り出して急停止するなどのポピュラーな使い方だけではない。ある程度の速度を保ったままその腕に握る武装で全方位を射軸に収め、足を振ることで、空中においてファイターでもバトロイドでも得られないヘリのような高機動を実現することができる。
VF-0、VF-1と乗り継いだ撃墜王ロイ・フォッカーやマクシミリアン・ジーナスなど黎明期のエース達によってこの形態の運用方法は昇華され、バルキリーの代名詞とも呼ばれるに至っていた。
しかしライアンもアルトから同じような叱責を受けていたことを思い出し、『まぁ、最初はみんなこんなもんか』と経験不足な2期生に視線を送り、ゴーストを流し見た。そして瞬時に未来位置を予想すると、ガウォークでフィギュアスケートのように空を〝滑り〟、まるで魔法のように友軍とゴーストの間に割って入った。
「喰らえ!」
ガンポッドを斉射。2機の内1機の主翼に、赤い曳航を引く30mm弾が吸い込まれるように着弾して、制御不能に陥ってキリモミ落下していった。もう1機のゴーストがライアンを横切る。
「逃がさん!」
ライアンは両翼のMHMM(マイクロ・ハイ・マニューバ・ミサイル)を照準、連続発射する。都合6発ものMHMMが音速の5倍という圧倒的な速度で飛翔し、目標に接敵した。
包む爆煙。
「・・・・・・他愛ない」
彼は撃墜を確信して再び索敵に戻ろうとする。だが次の瞬間には地獄の蓋を開けたような凄まじい音と衝撃が機体を揺らし、次には爆音が轟いた。
「なん、なんだ!?」
機位が乱れてキリモミ落下を始めようとする機体を抑え込み、出力に任せて退避する。
多目的ディスプレイに表示される転換装甲のキャパシティは大幅に削られていた。
「いったい誰が!?」
後ろを振り返った彼の目に映ったのは、先ほど撃墜したと思ったゴーストだった。しかしよく見ると、ゴーストの追加装備であるガンポッドどころか外装されていたミサイルランチャーもなくなっている。どうやらこちらのミサイル回避のために装備を全てパージ。囮としたらしい。
「なんて思い切りのいいヤツなんだ!」
ライアンは思わず感嘆の声を上げた。その間もゴースト内蔵の20mm機関砲(以前は魔力素粒子ビーム機銃だったが、対ESA弾を装備するために換装された)とマイクロミサイルの嵐が彼を襲う。
彼は機体を操作してなんとか振り切るが、そいつは用意周到だった。回避した先にすでにミサイルが撃ち込まれていたのだ。対応する間もなく着弾。機体を再び激震が襲った。
(*)
(なんだ。俺もやればできるじゃないか)
こちらの攻撃を叩き込まれて満身創痍になった敵エース級バルキリーを眺めてユダ・システムである彼は満足した。
(小細工を使おうとするからいけなかったんだ。俺はユダ・システム、直接戦闘なら人間なんかに劣らん!)
彼は自信を取り戻し、それを見下ろした。
(*)
機体の被弾アラートがコックピットに鳴り響き、何かが焼けたような刺激臭も鼻をつく。目前の多目的ディスプレイなど〝本機は撃墜されました。脱出を推奨します〟と告げる始末だ。
しかしエンジンはなんとか稼働しているし、ライアンもその闘争心を失っていなかった。
彼は機体のシステムを再起動して正確な被害状況を把握し始める。
ガンポッド以外の武装は使用不能。レーダーはブラックアウト。『アクティブ・ステルスシステム』、『アクティブ・空力制御システム』、『イナーシャ・ベクトルキャンセラー』などは軒並み沈黙していた。
しかし奇跡的にエンジンも変形機構も生きていた。
ライアンは顔を上げると、先ほどのゴーストを探す。それはまるでこちらを見下ろすような格好で無防備な機体の腹を見せていた。
(勝ち誇ってやがる・・・・・・)
本能的に彼はそのゴーストが無人機であるという先入観を捨て去った。無人機はそんな無駄な機動は行わないし、結果的にそれは正しかった。
ライアンは煙幕発生機から黒煙を吹き出させ、スラストレバーを絞って機体をふらふらと降下させた。すると彼の狙い通り故障で動きが遅くなったと見たゴーストは、ミサイルでなく機銃でトドメをさすために悠々と接近してきた。
「(かかった!)全ミサイルセーフティ解除!」
EXギアになったデバイスに命令を発して、ミサイルの信管を活性化させる。そしてゴーストの放った火線を、バトロイドに可変して紙一重で回避。そのままバトロイドの腕でパイロンに装備されていたミサイルランチャーを無理やり外して、ゴーストに投擲した。
「今だ!」
ライアンの指示と同時に遠隔操作によってランチャーに残っていたMHMMの全弾12発、都合大容量カートリッジ弾計96発が強制撃発。強力な魔力爆発が気流をかき乱し、敵ゴーストの機位を失わせた。
「当ったれぇ!」
ガンポッドが必殺の30mm弾をばらまく。照準器がイカれたため狙いはテキトーだ。
だがさっきのライアンのように勝利を確信した〝人〟は、敵の突然の反撃には脆いものだ。ゴーストはまるで人間のように驚いた挙動を見せると、逃げていった。
駆け付けた友軍機がそれを追撃していく。ライアンも追撃しようとスラストレバーを上げるが出力が上がらない。どうやら機体は本当に限界らしかった。彼は機体を降下させると、なけなしのエンジン噴射で三浦半島に着陸した。
「ふぅ・・・・・・」
思わず安堵のため息をつくが、機体の可変機構はバトロイドで固定されて、とても空戦には耐えられそうになかった。
(さてどうするか・・・・・・)
そう考えながら後ろを見ると、大規模な黒煙が幾重も空に延びていた。それら黒煙の出どころは・・・・・・民家にしか見えなかった。
(畜生!これだから防衛戦は!)
吐き捨てる間にも彼の近くにゴーストが墜落。紅蓮の炎が無傷だった民家を包んだ。
「なんてこった!」
ある理由のため住民達は、家屋の内部から逃げていない可能性が高い。
そのままバトロイドで接近すると、外部マイクが声を拾った。
『お願い!─────を助けて!』
「何だって?」
ライアンはその民家の2階から、煙を避けるように叫ぶその少年をマニュピレーターで助け、コックピットに入れる。
「何だって?」
繰り返された質問に少年は必死に答えようとするが、泣き声になって聞き取れない。ライアンは彼を安心させるように抱くと、「大丈夫、大丈夫だから」と言い聞かせた。
そうしてようやく得られた情報は、あの民家の二階にいるこの子の母親が、倒れてきた家具に挟まれ脱出できないという事だった。
「わかった。大人しくしてろよ」
ライアンは少年を後部座席に座らせ、バックドラフトが起こらぬよう細心の注意を払いながら民家の壁を破壊する。しかし内部はすでに黒煙にまみれて、バルキリーからではそれより先が見えなかった。
「仕方ないか・・・・・・」
彼はキャノピーを開いてEXギアで内部に飛翔する。バリアジャケットとして機能するこのEXギアは気密が保たれており、この黒煙の中でも酸素マスクなしで入れた。
そして少年の情報を頼りに彼女を探すと、すぐにみつかった。しかしすでに大量の煙を吸い込んで意識不明だった。
「今助けるからな!」
EXギアのサーボモーターは彼の力を数倍にまで増幅し、その家具─────タンスを軽々持ち上げた。
(*)
「ありがとうお兄ちゃん!」
「ああ。次からはお前がお母さんを守ってやれよ」
「うん!」
元気よく頷く少年。その後ろでは担架に寝かされ人工呼吸器を付けられた母親が『ありがとうございます』と小さく頭を下げていた。そしてすぐさま後部ハッチが閉められた救急車は病院へと走っていった。
しかしライアンの活動は終わってなかった。後ろからかけられる声。それを発したのは災害出動していた陸士部隊局員だった。
「あのバルキリーはお前さんのか?」
陸士の指先が道路の真ん中で片膝を着いて沈黙するVF-11Sに向けられる。
「そうだ。すまない、邪魔だったか?」
「いや、重機が入れない場所があって手伝ってもらいたいんだ。大丈夫か?」
「了解した。誘導してくれ」
そう告げるとEXギアを介さない浮遊魔法で離床。続いてEXギアのエンジンで飛翔すると、頭部からコックピットに飛び込む。EXギア固定と同時にエンジンが始動し、ディスプレイとライトに光が灯っていく。
「基地に戻ったらオーバーホールの続きをしてやるから、もう少し頑張れよ」
彼の呼び掛けに応えるように、多目的ディスプレイに〝READY〟の文字が躍った。
(*)
アルト撃墜後20分をピークに敵が撤退していく。
ヴァイスからAWACSからのレーザー通信によって戦闘が終わったとの知らせに、歌うのをやめ、ヘリのイスに座り込む。とても撃墜現場を返り見る勇気は出なかった。
コックピットから悲鳴が聞こえたのはその時だった。
「・・・・・・どうしました?」
しかしヴァイスには見たものをどう表現していいかわからないらしく
「すまない、来てくれ」
と返してきた。
(なんだろう・・・・・・)
そうお思いつつも、重りでも付けられたのではないか?と思う程重い腰を上げ、キャビンからコックピットに向かった。そこで見たものは、なのはとフェイトによって幾重ものバインドで固められた成虫バジュラの姿だった。
「アイ、くん・・・・・・?」
何故だかわからないが、一瞬でわかった。そうわかるとデバイスを再起動し、マイクでなのは達に呼び掛ける。
「バジュラを、アイくんを放してあげて!」
フォールド波を介した声は即座になのは達の元に届く。なのはは拘束をフェイトに任せると、こちらへ飛翔してきた。
「ヴァイスさん、後ろのハッチを開けてください」
「お、おう」
ヴァイスの操作によって後部ハッチがモーターの軋み音とともに開いていき、吹き込んでくる冷たい強風に交じってなのはが乗りこんでくる。
「アイくんってリスみたいのじゃなかったの?それにバジュラって危ないんじゃ─────」
走り込んできたこちらになのははそう言い訳する。言い分を聞く限り、どうやら情報の伝達に齟齬があったようだ。
「アイくんは・・・・・・ううん、バジュラはね、そういう悪い生き物じゃないの!」
気が付くと必死にバジュラを、そしてアイくんを弁護していた。惑星フロンティア奪取作戦で、そして1年とアイくんと過ごした半年余りで知りえた〝バジュラ〟という生き物を。具体的にはアイくんはバジュラであり、手乗り小動物だったのは1年以上前の話であること。でもバジュラは決して好戦的な悪い生物ではなく、以前人間を襲ったのは誤解であり、自己防衛であったことなどなどだ。
(これ以上なにも失くしたくない!)
その思いでいっぱいだった。
時空管理局には極端に保守的なところがある。一度危険と思うと、もうその判断はめったなことでは覆さない。例えば元夜天の書の主、八神はやても実は今でも完全には信用されてなかったりしている。
この世界に来て日も浅く、少しおこがましいと思うが、彼女がいない会議の席で何度か庇ってあちらの無理な命令を撥ねさせたり、こちらの要求を通させたりしていた。はやてもそれを知ってか知らずか、よくしてくれているので、お互い持ちつ持たれつなのだと思ってる。
管理局に青春を捧げる少女ですらそんな扱いなのに、アイくんは管理局にとっては質量兵器にしか映らないだろうし、その行動を理解してくれない可能性が大いにある。なにしろあのOT、OTM(オーバー・テクノロジー、オーバー・テクノロジー・オブ・マクロス)を結集したようなギャラクシー船団を壊滅させた生き物なのだ。その噂は何人か来ているという第25未確認世界の住人から筒抜けだろうし、最悪殺処分、もしくは厳重に封印されてしまう。アイくんにそれに抵抗するななどとはとても言えない。となるとそれまでに管理局側に壊滅的打撃を与えるであろうことは自明なことだった。
アイくんだけでなく六課のみんななど、失いたくないものは無数にこの世界にもできてしまっていた。
真剣に安全を主張するこちらに根負けしたのか、なのはが頷く。
「・・・・・・わかった。でも念のためバインドは外せないよ」
「それは仕方ないかもしれませんね・・・・・・」
そしてなのはとフェイトの監修の元、ヴァイスに頼んでヘリを寄せてもらう。
「アイくん、私だよ!わかる!?」
渾身の声で呼びかけるが、腰に付けた命綱でお腹を押さえられて声はまともに出ないし、ヘリのローター音で自分の耳にすら届かない。しかしフォールド波を通して感じたのか、アイくんは唯一動く首をこちらへと動かして応えた。
直後、腸内(バジュラ)ネットワークを通じてアイくんの感情が流入してくる。それは「会えて嬉しい」という類いのものだった。
(よかった・・・・・・いつものアイくんだ)
そんなかつての小動物に愛くるしさが込み上げ、その頭を撫でようと手を置いた。
驚くべき事態はその瞬間訪れた。
光る手首。
そこにつけられたブレスレット型のデバイス『アイモ』が勝手に稼働を始めたのだ。
「・・・・・・え?」
血を抜かれるような肌寒さを伴って魔力が強制的に引き抜かれ、自分の魔力光であるエメラルド色の光がアイくんを包み込んでいく。
「ちょ、ちょっと待って!どういうこと!?」
デバイスに問うが、デバイス側は念話によって『I can't answer.(解答不能)』の音声を繰り返すだけだった。
(*)
エメラルド色の眩い光がアイくんを包み、その姿が完全に隠れてしまう。
一同固唾を飲んで見守る中、その光が突然四散した。しかしそこにいるはずのアイくんの姿はなく、金色と桜色のバインドが空中に空しく漂っているだけだった。
(消滅?)
誰もが息を呑んだが、本当は違った。
「・・・・・・ん、あれは─────」
フェイトが何か見つけたのか、超高速移動魔法を起動し急降下。そして「キューッ」と鳴く〝何か〟を、地面に落ちる寸前に抱き止めた。
「・・・・・・あら、あなたがアイくん?」
腕の中で丸くなった緑色した生物は、間違いなく、かつての手乗り小動物の姿だった。
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次回予告
燃え上がる市街地 出てしまった死傷者
救助活動に参加したスバルは何を思うのか?
そして八神はやては、なぜ戦線に参加しなかったのか?
次回マクロスなのは第30話『アースラ』
「本艦をバルキリー隊の移動航空母艦として運用する!」
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最終更新:2012年05月05日 23:35