『マクロスなのは』第28話 『撃墜』


「あら、来たのね」

スカリエッティにすら知らせていない隠れ家で潜伏していたグレイスが呟く。
彼女はその美貌に似合う凄みある笑みで微笑むと、隠れ家の回線から民間の回線をハック。刹那のうちに地球の衛星軌道上を回る通信衛星の一つを自らの支配下に置くと、その更に高みに存在する静止衛星軌道上の、ある座標へとそのアンテナを向けさせた。

(*)

第1管理世界(時空管理局本部の置かれている世界) 太陽系第3惑星「地球」 静止衛星軌道上

かつてアルト達の乗ったVF-25がフォールドアウトした宙域に、再びフォールドゲートが開いた。
ゲートは向こう側から砲撃でもされたのか、爆風がゲートから吹き出す。そして静かになったかと思えば、おもむろに何かが出てきた。
赤いノーズコーンが確認できてから極めてゆっくり出てくる。しかし機首部分であるはずのそこは、次の瞬間には赤い咆哮をあげて逆噴射を行った。どうやら強力な逆推進スラスターを括り付けていたようだった。
そして4秒近くかけてようやく緑色のキャノピーをもつコックピットが、その姿を表し始めた。

(スラスター燃焼完了。廃棄(パージ)。減速率は94%で予定値をクリア。ISC大容量エネルギーコンデンサより電力を出力、該当の転換装甲に集中。現在は機体構造維持率62%。なお低下中・・・・・・)

ようやくこちら側に来たVF-27のパイロット、ブレラ・スターンは、フレームから悲鳴をあげる己の機体に起きている事態に対処するために、全力で対応する。
あちら側でフォールドゲートに突入した時間は機体全体で2秒に満たぬが、こちら側ではその時間は十数倍に引き伸ばされ、その時差が機体を、ゲート部分を断面として引き裂かんとしているのだ。
これに対処するために開発したディストーション・シールドを、艦全体に張り巡らす改良を施さんとしているマクロスクォーターと違って、コックピットとエンジンだけと最低限のそれしか装備しなかったVF-27はそのツケを払っていた。
機体の構造維持はその大部分を内部フレームと外装の転換装甲が担っているが、どちらも主機である反応エンジンの電力を供給してその強度を高めている。しかしエンジン部との時差が十数倍となった機首には、通常の15分の1程度の出力しか到達しなかった。そのため機首にあるISCのコンデンサから電力を出力し、無理やり構造維持を図っていたのだった。
もっとも当初から予想されていた事態だったこともあり、その対応は難しいものではなく、最初の対応から20秒ほど経った頃には主翼がその姿の6割ほどをのぞかせていた。
すでに機体のこちら側の慣性は吸収し尽くし、両翼の反応エンジンとも通常コネクトを果たしてISCを全力運転。ゲート断面部から新たに現れる慣性を打ち消し続けている。予定ではあと10秒ほどで機体全体が通常空間に復帰できるはずだった。

(アイツがここにいるかはともかく、ランカがいるのは間違いないな)

電子の目を通して近くにあった地球型惑星を見ると、惑星フロンティアのようにバジュラクイーンクラスのフォールドネットが惑星全体を覆い尽くしている。どうやらフォールドクォーツの資源に恵まれているようだ。それと同時にランカがそこで歌っていたのであろう期間の長さが窺える。
しかしなにより今、惑星上の弓状列島から放たれる超強力なフォールド波に、機内のフォールドスピーカーが共振して伝わる生の歌こそが、彼女の生存を声高にさえずっていた。
その歌声に安心していると、機体の受信機がいくつかのフォールド式トランスポンダ(IFF)を拾う。
どれもフロンティア船団籍。どうやら探し物以外にも思わぬ拾いものをしたらしい。
それら反応が集まる弓状列島へと電子の目を収束していると、彼女はやってきた。

『(久しぶりだな。ブレラ少佐)』

「オコナー大佐!?」

突然の声に思わずリアル(生身)の口がその叫びを放つ。
そして死んだはずの女が何時の間にか自らの電脳空間に侵入を果たしていることを認識するのに、25ミリ秒ほどの時間を要してしまう。その一瞬でローテクな通信衛星からのハッキングという大きなハンデを背負っていた彼女は、情勢をひっくり返した。
電磁妨害などの機構を使う間もなく彼のシステムは瞬時に乗っ取られ、その自意識には何十ものシステムロックがかけられた。
その数秒後にはVF-27は通常空間に復帰したが、メインシステムであるパイロットはシステムの牢獄にとらわれたままだった。
人間らしさを失い無機質となってしまったかの翼は、アップデートされていたLAI製の最新アクティブ・ステルス・システムを駆使して、誰に観測される事なく現域から離脱した。
それから10分ほど経つと、残されていたフォールドゲートから赤く、長い針の様なものが生える。しかし針は時と共にその全長を伸ばして行き、最終的には10メートルを超えた。
そして本体部分まで出現が始まると、本能からかフォールド波をばらまいて擬似的なディストーション・シールドを展開。時空差を捻じ曲げて赤い物体が高速でゲートから飛び出した。
その赤い物体─────個体名称「アイくん」は、フォールドアウトと同時に不思議な感覚を味わっていた。
クイーンからのリンクが切れたから・・・・・・ではないようだ。しかし自分達(バジュラ)にとってとても懐かしい気のする感覚だった。
アイくんはそれを『〝彼女(リトルクイーン)〟が歌っているからだ』と結論づけると、発信源である弓状列島の中心に進路をとった。
ちなみにこの時巡回任務についていた管理局のパトロール挺は、VF-27ではデフォルトのアクティブ・ステルス・システムでゲートごと観測データを書き換えられて気づかず、アイくんでは彼の発する生体電気シャミングによってシステムダウン。どちらにせよ、あまりに無力だった。

(*)

同時刻

空きビルの屋上には2人の人影があった。

「ディエチちゃん、ちゃんと見えてる?」

そうもう1人に問いかけたのは、メガネを掛けた少女だった。
しかし彼女こそ、海上のガジェット・ゴースト連合を幻術で強化している張本人だった。
彼女の魔法、IS(インフューレントスキル)「シルバーカーテン」は従来の幻術とは違って魔力素の結合に頼らぬため、ランカの超AMFも効果がなかった。
そしてディエチと呼ばれたもう1人の少女は、ある一点を見据えていた。

「うん、遮蔽物もないし空気も澄んでる。よく見えるよ」

彼女の瞳に内蔵されたスコープが、目標である管理局の大型輸送ヘリを捉える。

「でもいいのかクワットロ?撃っちゃって?あの子はただ〝歌ってる〟だけだよ」

ディエチの問いに、クワットロと呼ばれた幻術使いは微笑むと答える。

「ふふふ、ドクターとウーノ姉様曰く、あの子の歌がこのAMFの発生源なんですって。だから今後の計画のじゃまになるし、〝殺しちゃって〟だって」

まるで「今夜のおかずはハンバーグよ~」というような軽い口調で物騒なセリフを吐くクワットロに、ディエチは

「ふーん」

と無感情に返した。

(*)

次々に出現する敵の増援に、サジタリウス小隊はランカが参入してからも20分以上付き合わされた。
そして今でも空域では空戦が続いている。
しかし弾薬の欠乏と疲労の蓄積したサジタリウス小隊は、フロンティア基地から緊急出動した部隊が到着した頃には、帰投せざるをえなくなっていた。
さくらのVF-11Gは今回狙撃任務オンリーだったため、最初に陸戦型ガジェットと格闘戦をやった時に作ったダメージ以外は無傷だ。しかし魔力砲撃の度大出力を使うため、機載の小型魔力炉(MMリアクター)が悲鳴をあげていた。
その横を飛ぶ天城のVF-1Bはひどい有り様だった。さくらと違って直接戦闘の場面が多かった彼の機体は、エネルギー転換装甲なのに所々貫通孔が残り、ガンポッドも紛失していた。また、左右のエンジン出力が安定しないのか何度か編隊を離脱しそうになっていた。
そして2機の前を飛ぶVF-25は飛行を続ける機動こそしっかりしているが、その純白の翼はVF-1Bに劣らぬほどの損傷を抱えていた。
それは最新鋭機に最高レベルのパイロットと言う、理想的な組み合わせでも、敵がしかるべき装備さえ配備すれば大打撃を被るという証明であった。
だがそれより、トルネードパックである両翼のブースターと上部の旋回レーザー砲がなくなっているのに、戦闘空域外ではデッドウエイトになる追加装甲がそのまま残っている。
実はVF-25は度重なる被弾により、反応エンジンと機体本体のエネルギー転換装甲を繋ぐ配電システムが全て断絶し、その機能を完全に失っていた。
通常このまま飛行を続けると構造維持すら困難になり、最悪の場合空中分解という事すらある。
そのためアルトは機体を覆う追加装甲に電力を回し、無理やり構造維持を図っていた。
アルトは細心の注意を払いながら機体を操作する。
転換装甲のないバルキリーなど旧式のジェット戦闘機と同じだ。ミサイル1発、機関砲弾数発で大破する。
アルトは『昔の人は偉かったんだなぁ』としみじみ思った。
60年ほど前、彼らはこの状態で戦い合ったのだ。ほとんど場合で〝たった一撃で墜ちる〟ような戦闘機に乗って。
アルトは感慨に耽けりながら、そして機体を労わりながら、戦闘空域から離れていった。

(*)

ユダ・システムである〝彼〟はこの戦いにはゴーストとして参加していた。
彼は満足だった。ガジェットⅡ型改のような急ごしらえの改修機でなく、元から限界ギリギリの高機動に耐えるよう設計されているこのQF2200『ゴースト』という機体に乗り換えられたことに。
しかし前回とは致命的に違う事がある。実は前回の戦闘で被った被害は、ユダ自身にまで及んでおり、記憶喪失に近い状況にあった。
ほとんどはレストアして無事だったが、それでも忘れてしまった内容は、実戦経験を数値化して蓄えられたデータだ。このデータは彼自身の経験だけではなく、第25未確認世界の新・統合軍が統合戦争より脈々と練り上げてきた戦闘アルゴリズムが主である。
それを忘れたとあっては、人間に例えるなら戦場に出たばかりで知識しかない新兵のようなものだ。おかげで今回も無人機部隊を指揮していると言うのに、その指揮と機動には以前と違って稚拙さが目立ってしまっていた。
彼は以前の最後の記憶でこちらを落としかけたVF-25を今度こそ落とすことを目標としていた。しかしVF-25には、こちらの単純な物量戦術や罠がまったく通用しなかった。
また、そうこうするうちに友軍であるガジェットは〝謎の音波兵器〟で弱体化され、他の敵に集中するうちに手負い程度には追い詰めたVF-25も撤退してしまった。
ここに至りあの機体はほんとに最精鋭であり、自分は新兵であると認識した彼は、奴を落とすため経験を積むことを最優先とした。
幸い敵には事欠かなそうだ。フロンティア基地からスクランブルしてきたバルキリーが数多く飛翔している。
そこで彼は手始めに一番動きの鈍い〝VF-1A〟という機種に狙いを絞ることにした。
VF-1Aはまだまだ経験の浅い2期生の乗る機体であり、比較的弱く映るのは当然の結論だった。もし本当に狙われたら航空隊にとって堪ったものではない。
しかし弱点とは言え後進の指導は必須なのだから、航空隊の先輩たちは全力でそれらのフォローを行っている。そのためVF-1Aが全体に占める割合は30%程度のもので、常に連携を維持していた。それに2期生達は「(先輩達の)ケツの匂いが嗅げる位置から離れるんじゃない」と教え込まれている事から、その隙を突くことは中々に困難な事だった。
しかし万事がそうであるとは一概には言えなかった。
彼は不如意にも頭出した1機に狙いを着ける。
傍受した彼らの無線によると、ほぼ無力化されたガジェットをゴースト部隊から離して迂回侵攻させていたのだが、それを発見したらしいその機は英雄的にも立ち塞ごうとしているようだ。
2期生と言えど毎度のスクランブル、そして数ヶ月前の演習空域での大規模空襲ですら持ちこたえて来たという自負を持っている。その事から多少の慢心が生まれるのは必然だった。
しかし今回はその多少が命取りとなる。敵は今までと違って、曲がりなりにも戦術を持った敵なのだから。
彼は管制として高空を飛行していたが、近衛として周囲に展開するゴースト一個編隊におっとり刀でVF-1Aを追ってきた編隊機を押さえ込むよう厳命すると、その1機にドックファイトを挑んだ。
それは高空から急降下した彼に〝上昇〟して迎撃してきた。
彼の持つ知識によれば、それは全く持ってナンセンスな機動だった。
速度の乗ったこちら(ゴースト)に比べてエンジン出力とせっかく稼いだ運動エネルギーを持っていかれるあの機体(VF-1A)。勝敗は明らかなはずだ。
果たしてこちらの放つ新型弾頭『超高初速20mm(アンチ)エネルギー転換装甲(ESA)弾』が面白いように命中するのに比べ、敵の弾丸はかすりもしない。
そして遂に転換装甲のキャパシティを超えたのか主翼やエンジンナセルがもげる。
数瞬の後、キャノピーが吹き飛び爆散した。
しかし操縦者はキャノピーが吹き飛ぶと同時に脱出し、EXギアで飛翔していた。どうやら判断力は一人前なようだ。
ユダ・システムである彼にとってこれはまだ撃墜とは認定せず、その砲口は当然のようにEXギアに向いた。
伸び行く曳光弾。しかしそれはかわされた。

(ほう、なかなかやるな・・・・・・)

彼は初めてその敵を評価した。
元々フロンティア基地航空隊のパイロットは、全員空戦魔導士の出であり、2期生レベルだとまだ魔導士時代の戦闘スタイルを引きずっている者が多数いた。
さきほどの機動もバルキリーではナンセンスな機動だが、魔導士としてなら実は問題ない機動だった。なぜなら彼らは浮遊魔法で重力を打ち消し、水平飛行と同様の速度で、ある程度の高度までなら上昇できるからだ。
そして本来の身軽な体に戻った彼はなかなか善戦した。しかし、どんなに優秀でも所詮はBランクレベルのリンカーコア。リミッター付きとはいえ、なのはやフェイトといった強者がてこずるゴーストにユダ・システムという彼には(かな)いようもなかった。
戦闘から十数秒、事態は動き出した。
突然敵の音波兵器が〝止まった〟のだ。
それによりガジェットが勢力を盛り返し、再び空域をAMFで満たした。
AMFによってその魔導士の飛行速度が遅くなる。
彼はガンポッドを照準すると、一斉射した。たった1発の20mm弾に被弾した彼は、一瞬にして全身バラバラになると、血飛沫を上げて落ちていった。
この時、初めて彼の中で撃墜数1がスコアボードに記録された。

(行ける!これなら行けるぞ!)

敵は音波兵器が止まって浮き足立っている。彼は勢力を盛り返した友軍と共に侵攻を再開した。

(*)

時系列は少し戻る。
ようやく横浜上空に到達したアルトは、懸案事項を思い出していた。
『敵の大軍に突入していったフォワードの4人は大丈夫だろうか?』と。
そこで通信機を操作し、六課のロングアーチに繋いだ。

『お疲れ様です。〝早乙女〟一尉。』

画面に映る〝アルト〟。偶然自分と同じ名を持つ彼女とは、ファーストネームで呼び会う取り決めだった。
また、彼女とはある過去の境遇が同じで、なかなか馬があった。
その境遇とは、自身の性別の誤認だ。
上にも下にも男の兄弟しかいなかった彼女は、最近まで自らが男だと思い込んでいたという。
お笑い草にしかならないこの話題も両アルトにとっては切実なものであり、お互いのシンパシーは強かった。

「サンキュー、クラエッタ。・・・・・・ところでフォワードの4人は大丈夫か?」

『はい。レリックを1つガジェットに確保されたらしいですが、もう1つは確保。途中、アグスタ攻防戦時にガジェットを操作したらしい召喚士一味と戦闘になりましたが、ヴィータ副隊長とリイン曹長の援護で逮捕に成功しました』

それを聞いたアルトは六課の底力に素直に感心した。
援護があったとは言え、入局から半年の新人がこの活躍。全く持って目を見張るものがあった。

『・・・・・・なんなら通信を繋ぎますが、どうしますか?』

そう聞くという事は向こうも暇なのだろう。アルトは

「そうしてくれ」

と頼んだ。
待っている間にも機外から歌声が聞こえてくる。
外部マイクは損傷で断絶しており、気密の高い機内には通常聞こえないはずだった。しかし破損が酷かった事と、ヘリがたった10メートル先を飛んでいる事は無関係ではないだろう。
ヘリの窓からは歌い続けるランカの姿が確認できた。
ランカの方もこちらに気づいたらしく、曲の見せ場である〝キラッ☆〟をこちらに向かってやってくれた。
頷きと共にすれ違い、目前の多目的ディスプレイに向き直ると、すでに通話状態だった。

『─────お、アルトか。私が居ない間に新人達が世話になったな』

ヴィータがグラーフアイゼンを肩に担ぎながら礼を言った。

「なんて事はない。・・・・・・ところで、召喚士は?」

アルトの問いにカメラの位置が横に移動し、リインと4人、そして見慣れぬ青い色の長い髪をした女性を映す。彼女が陸士部隊から来た増援らしい。
しかしアルトの目はその召喚士に釘付けになっていた。

「子供?」

アルトは 10代(ティーンエージャー)にすら達していないであろう、その紫の髪をした少女に意表を突かれた。

『ああ。だが魔力光も魔力周波数もアグスタ攻防戦当時の記録に相違ない。・・・・・・なんだか子供をいじめてるみたいでいい気はしねぇが─────』

(お前が子供って言うな)

『─────少なくとも公務執行妨害、市街地での危険魔法使用についての現行犯逮捕だから間違いねぇ』

ヴィータは言うと、詰問している6人に呼びかける。

『どうだ? なんか喋ったか?』

ヴィータの問いにスバルが否定の仕草を返した。
しかし不意に、少女が口を開いた。

『・・・・・・逮捕もいいけど、大事なヘリは放って置いていいの?』

そのセリフに一同は凍りつく。

『なんだよ!爆弾でも仕掛けてあるのか!?』

ヴィータが詰め寄る。
しかし少女はその問いには答えず、無感情な目でヴィータを見やると言い放った。

『・・・・・・あなたはまた、守れないかもね』

そのセリフはアルトにはピンと来なかったが、ヴィータには効いたようだ。
彼女の顔が蒼白になる。
しかしアルトはこれ以上この通信を見る事ができなかった。
ロングアーチがこの通信をオーバーライドする最優先通信を繋いだからだ。

『こちらロングアーチ!そこから8時の方向、距離3キロの位置にオーバーSランククラスの魔力反応!砲撃です!』

「バカな!ここはランカの超AMF下だぞ!」

アルトは信じられない事態に、まず相手を確認する。
操縦者のその方向への振り返りに機体のセンサーが呼応して、発生地点がホロディスプレイを介して拡大される。そこには全長が2メートルほどの〝大筒〟を構えた人間の姿が映っていた。
大筒の先端では光の粒子が集束されており、何かはわからないが発砲体勢に入っていることは間違いない。
そしてその照準は間違いなく、ランカの乗ったヘリに向けられていた。物体を狙う場合は破壊設定であることは言うまでもないだろう。
また、オーバーSランククラスの砲撃ではヴァイスのヘリのPPBS(ピン・ポイント・バリア・システム)では紙くず同然である。

「メサイア!発砲までの予想時間は!?」

「6 seconds.(6秒)」

聞くと同時にアルトは機体を急旋回、スラストレバーを全開にまで上げてヘリまで戻る。

「ジャマだぁ!」

重い追加装甲がパージされ、多目的ディスプレイに『非常用構造維持エネルギー、限界まで60秒』という文字が躍る。
VF-25が〝ガタガタ〟と軋みを上げ、自機の限界を主張する。
しかし機体だけでなく無線も悲鳴をあげた。

『アルト隊長!無理です!やめてください!』

さくらの叫び。しかし修羅となった彼は止まらなかった。
そして無慈悲にも発砲された(魔力)素粒子ビームに、その機体を曝した。
バトロイドに可変したVF-25は防弾シールドを両腕で保持してPPBSをフルドライブ!着弾したビームが四方に分散する。
しかしビームは減衰するが、止めるには至らなかった。
コックピット内で最後に彼が認識したのは、分子レベルにまで分解されてゆく己の体だった。

(*)

ランカにはそれは極めてスローモーに映った。

ヴァイスのいるコックピットからロックオンアラートが聞こえた。
そちらを向こうとしたとき、視界の端につい先ほどすれ違ったはずのアルトのVF-25が映り、そちらに意識が向く。

「ビーム拡散弾、散布。PPBS最大出力!全速回避!!」

ヴァイスの叫びが聞こえると同時に、三半規管が床の傾きを感じ取る。
その刹那、正面に捉えていたVF-25から強烈な閃光が発せられ、視界が白く覆われた。
普段ならば、眩しさに思わず目を細めるはずのその光景。
しかしこの時だけはなぜか目を離さず、凝視し続けていた。
光から視界が開く。
最初に目に入ったのは、炎に包まれ四散する物体。

10秒にも満たないこの時間に凝縮された圧倒的な情報量。
それにより思考は完全に停止し、〝ボーッ〟っとその現場を眺める。
管理局の国籍表示マークをつけた魚のヒレのような主翼や、透明なキャノピー。その他白や赤に塗装された大量の部品が力なく落ちていく。
その光景に自身の脳は一つの結論を導いた。


アルトが、死んだ


そんな。
少なくとも緊急脱出(イジェクト)はなかった。
あり得ない。
着弾時に背中に移ってキャノピーを包むファイター形態後部ユニットはそのままだったのだから間違いない。
信じられない。
また、そこから魔力反応は感じられず、転送魔法を使った形跡はない。
嘘だ。
つまり。
そんなはずがない。
結論に。
なにかの。
間違いが、ない。

「い、や・・・いやああぁぁぁぁぁぁぁ!」

(*)

「畜生・・・・・・」

ビームの余波によってPPBSがオーバーヒート。コックピットから小さな火の手が上がって、自動消化装置の液剤まみれになったヴァイスは、よく伸びるソプラニーノの悲鳴を、つぶやきと共に聞いていた。
幸いにして敵はアルトの忘れ形見たる編隊機によって追走。もう攻撃される事はないはずだ。
しかし少女に植え付けたであろう精神的ショックは大きい。

「まだ何も言ってないよアルトくん!もう一度、もう一度『好きです』ってちゃんと言おうって思ってたのに!・・・・・・さっきの念話だって、私の事、本当に大切に思ってくれてるって感じたもん!だからここまで頑張ったんだよ!さっきの歌だって、アルトくんのために歌ってたんだよ!?ねぇ、お願いだから応えて!・・・・・・大丈夫だって言ってよ・・・・・・」

耐圧ガラスを叩いているのであろう鈍い音と共に、その悲痛な叫びが後頭部に届く。それは慟哭にとって変わられ、悲しみを振りまく。
このパイロットという畑に来てそれなりに長いヴァイスから見ても、アルトの生存は絶望的だった。緊急脱出も、転送魔法も、シールド魔法の類も魔力反応の残留すら感じない。
例えこの魔導世界であろうと、それらがなければ大破した機体から操縦者を守る術はない。
彼女を励ませるように何か声をかけてやりたかったが、何もその材料は存在しなかった。
しかし声をかける材料は意外と簡単に見つかった。それが良い事か悪い事かに関わらず。
無線から入荷したその材料に歯噛みし、彼女に唯一してあげられることは自ら直接伝えに行くことだけだと席を立った。

(*)

気づくとコックピットから出てきたのか、目の前にヴァイスの姿があった。どうやら自分はヘリの床に座り込み、膝を抱えて小さくなっていたようだ。

「・・・・・・すまん、こんな時にこんなこと頼みたくないんだが・・・・・・歌ってくれ。AMFが消えて勢力をぶり返したガジェットが押して来てる。もう戦闘空域は三浦半島上空になっちまったらしい。頼む、これ以上〝犠牲者〟を出さないためにも・・・・・・」

ヴァイスが頭を下げて頼んでくる。そんな彼の眼には、涙があった。

(・・・・・・あぁ、悲しいのは自分だけじゃないんだ)

〝自分にはやることがある。〟と自らにムチ打ったランカは立ち上がり、歌い始めた。



〝─────あなたの言葉をひとつください 「さよなら」じゃなくて・・・・・・〟



その歌声は聞く者に、知らず知らずのうちに涙を出させる旋律であった。
私はずっとそばにいた。微笑めば繋がっていたはずだった。六課のみんなと、全ての人がひとつに調和していたあの日々。
ずっとそばにいたかった。でも、どんなに声に託しても、もうあなたまで届かない・・・・・・



〝蒼い 蒼い 蒼い旅路・・・・・・〟



――――――――――

次回予告
姫の悲しみを見たアイくんの逆襲
そしてランカの歌が消え、窮地に残されたフロンティア基地航空隊
次回マクロスなのは第29話『アイくん』
「・・・あら、あなたがアイくん?」

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最終更新:2012年03月27日 14:31