安倍邸に滞在して数日が経過した。
 なのはが朝食の片付けを手伝っていると、隣の部屋から言い争う声が聞こえてきた。
 扉を開けると、両側から玄武の頬を引っ張っている太陰とヴィヴィオの姿があった。
「どうしたの?」
 なのはが声をかけるが、興奮している太陰とヴィヴィオは気がつかない。どうやら、二人のつかみ合いの喧嘩を、玄武が押し留めているらしい。
「やーめーなーさーい!」
 なのはが声を張り上げると、ようやく二人が制止する。五歳くらいの少女の姿をした太陰が玄武から手を離し、不機嫌に腕を組む。
「ママ~」
 ヴィヴィオが涙目で駆け寄ってくる。その頭を撫でながら、なのはは玄武に顔を向ける。
「何があったの?」
「話せば長くなるのだが……」
 十歳くらいの少年の姿をした玄武が、赤くなった頬をさすりながら言った。
 事の発端は、朝食を食べ終わってすぐのことだった。ヴィヴィオが太陰に腕相撲の勝負を申し込んだ。
 太陰とて十二神将、腕力は常人より上だ。手加減して、いい勝負を演じてやれば、ヴィヴィオが満足するだろうと考えた。
 しかし、ヴィヴィオの力は太陰の予想を上回り、太陰はあっさり敗北した。その時、太陰の中で本気のスイッチが入った。
 次の勝負では、太陰が圧勝。その後、一進一退の接戦を繰り返し、むきになった二人は、ついにつかみ合いの喧嘩に発展した。
 玄武の説明を聞き終えたなのはは、ため息をついた。
「どうして、こんな負けず嫌いになっちゃんたんだろう」
「なのは、お前に似たのではないか?」
 新聞を読みながら、聞くとはなしに会話を聞いていたシグナムが言った。なのはは聞こえない振りをした。
「いい、ヴィヴィオ。喧嘩は駄目だよ。ちゃんと太陰に謝りなさい」
「でも~」
「でもはなし。ほら」
 なのはに押し出され、ヴィヴィオは渋々太陰の前に行く。
「ごめんね、太陰」
 太陰は腕を組んだままそっぽを向いている。
「太陰よ。少々おとなげないのではないか?」
「ああ、もう、わかったわよ! 私も悪かったわよ!」
 太陰がやけくそ気味に謝る。
「さあ、ヴィヴィオ。また一緒に遊ぼうか」
「うん」
 玄武に促され、太陰とヴィヴィオが再び遊び始める。それをなのはは満足げに眺めていた。

 ガジェットが大量に発生したと報告があったのは、ヴィヴィオたちの仲直りのすぐ後だった。
 緊張した面持ちで、昌浩たちは大広間に集まった。
「かなりの数のガジェットがこちらに向かっているわ」
「レリックの反応は?」
「今のところ、ないわ。ただガジェット部隊は二つ。海と山に同時に出現した。進行方向を調べると、ちょうど安倍邸で交差するのよ」
「狙いは私らかもしれへんってことか」
「ガジェットって何?」
 昌浩がヴィータに質問した。
「私らが追ってる犯罪者、スカリエッティが使う戦闘機械だ。結構厄介な相手だぞ」
 同時に出現した部隊だが、数はだいぶ違う。山側の方が町に近く、二倍くらい数が多い。
「こちらの分断が狙いか。どっちか罠も知れへんな」
「考えてる時間はないよ。早く行こう」
 なのはが立ちあがる。この町には、なのはの家族を初め、学生時代の友人など、たくさんの大事な人が住んでいる。絶対に傷つけさせるわけにはいかない。
「チーム分けはどないする?」
「海側は私が行く」
 なのはが宣言した。
「ほな。スターズはそっちやね」
「ううん。行くのは私ともう一人だけでいい」
「ならば、俺が行こう」
 背後から青龍が現れた。この前の引き分けを根に持っているのか、眉間の皺がいつもより深い。
「決着をつけてやる」
「そっか。機械相手なら、青龍さんも本気出せるもんね。じゃあ、どっちが多く倒すかで勝負しよう」
 これまででお互いの戦い方は熟知している。連携もこなせるだろう。
「じゃあ、先に行くね。片づけ次第合流するから」
「頼むで、なのはちゃん」
 なのはと青龍は海めがけて出発した。

 目的地に辿り着くと、シャマルがすでに封鎖領域を張ってくれていた。
 港の倉庫街を埋め尽くすように、ガジェットの群れが出現している。円筒形のⅠ型、飛行機のようなⅡ型、巨大な球形のⅢ型。山側よりは少ないとはいえ、かなりの数だ。
「青龍さん、ガジェットはAMF(アンチマギリングフィールド)を持って……ようするに、魔法が効きにくいから注意して」
「ふん。ならば直接切り裂けばいい」
「それじゃ、地上はお願い」
 青龍が大鎌を構え走り出す。なのはも空に飛び立つ。
 青龍はガジェットの放つビームやミサイルをよけながら、大鎌で次々とガジェットを切り裂いていく。
『Accel Shooter』
 なのはの操る光球が飛行型のⅡ型を撃ち落としていく。
(あれ?)
 戦いながら、なのはは違和感を覚えた。
 今日はやけに視界が狭い。いつもならもっと広い視野で戦えるのに。
 仲間たちと敵の動き。攻撃方法の選択。回避と防御。どんな機動をすれば最も効果的か。すべてを同時に考えながら戦える。
 なのに、今は目の前の敵しか見えない。死角からの攻撃を慌ててバリアで防ぐ。
(おかしいな。集中できてないのかな)
 こんなことは初めてだった。原因がわからない。
 普段のなのはの戦い方を知る者がいたら、目を疑っただろう。
 ペース配分を考えず、撃ちだされる大技の数々。高出力のバリアで攻撃を防ぐだけで、ほとんど回避機動も取っていない。
 まるで素人のような力押しの戦い方。エースオブエースの戦い方ではない。
 スバルたちがいなくてよかったと、なのはは安堵する。とても見せられる姿ではない。
 そこでなのははふと気がつく。背後にあるのは、大切な思い出が詰まった故郷であり、地上で戦う青龍は、まだ一度も勝ったことのない相手なのだと。
(違う。逆だ。集中し過ぎてるんだ)
 絶対に守りたい町。絶対に勝ちたい相手。それらがなのはの余裕を奪い、視野を狭くしているのだ。
 レイジングハートが凄まじい勢いで、カートリッジを吐き出していく。敵の数が四分の一まで減った時、ついにカートリッジが切れた。
 なのはは不思議そうにレイジングハートに話しかける。
「そういえば、最初はカートリッジなんて、なかったんだよね」
『Yes, my master』
 一番、最初の気持ちを思い出す。
 ユーノを助けたいと思った。敵として現れた寂しい目をした少女を救いたいと思った。忘れたことなんてないのに、いつの間にか曇っていた。
 この力は、大切な誰かを助けるために使うと決めたのだ。
「青龍さん、時間稼ぎお願い」
 青龍は不機嫌顔で、なのはに近づくガジェットを撃ち落とす。
 なのはの周囲に、まるで星のように無数の光球が現れる。やがて光がレイジングハートの先端に集中する。
 これが誰かを助けるための、最初の全力全開だ。
「スターライトブレイカァー!!」
 光が空を切り裂いた。

 敵を壊滅させた後、なのはは倉庫の屋根の上で大の字になっていた。魔力のほとんどを使い切り、空っぽだった。ここまで消耗したのはいつ以来だろうか。
 青龍がなのはの隣に立つ。傷はないが、さすがに疲れたらしく、肩で息をしている。
「貴様はいくつ倒した? 俺は……」
「……ごめんなさい。途中から数えてない」
 青龍の不機嫌度が一気に上がる。
「うん。だから、私の負けでいいよ」
 なのはは、妙に晴れ晴れとした顔で言った。
 立ち去ろうとする青龍に、なのはは声をかけた。
「ありがとう」
 青龍が怪訝な顔で振り返る。
「青龍さんのおかげで大事なことを思い出した」
 成長するにつれ色々なことができるようになり、いつの間にか、部隊も新人たちもすべて背負ったつもりになっていた。
 故郷が危険にさらされたくらいで余裕をなくす未熟者なのに、自惚れたものだ。自分にできるのは、ただ全力を尽くすことだけだというのに。
「間に合わなかったか」
 風に乗って十二神将、白虎が飛んでくる。筋骨隆々とした壮年の男性だ。
「晴明に様子を見てくるように言われたのだが、無駄足だったな。昌浩たちもそろそろ決着がつくらしい」
「余計な真似を」
「まあまあ。ありがとう、白虎さん」
 白虎は片目をすがめた。これまでなのはが青龍に放っていた殺気がなくなっている。青龍は相変わらず素っ気ないが。
「どうやら和解できたようだな。よかったじゃないか、青龍」
「白虎。余計なことを言うな」
「どういう意味ですか?」
 なのはが起き上がる。
「こいつ、昔戦った時に脅かし過ぎたと言って、気にしていたんだ」
「白虎!」
「心配してくれてたんですね」
 なのはが青龍の顔を覗き込む。てっきり、なのはのことなど眼中にないと思っていたので、意外だった。
 青龍が隠形する。照れているのだろうか。
「優しいところもあるんだ」
 昔、友達が力説していた。
 普段冷たい男が、たまに見せる優しさにぐっとくると。なのはは少しだけその気持ちが理解できた気がした。

 六課メンバーと、昌浩、もっくん、六合たちは、山側のガジェット群をあっさり壊滅させていた。少し戦力を偏らせすぎたようだ。
「いやー。やっぱりたまに体を動かすと気分ええなあ」
 六枚の黒い翼の生えた騎士甲冑を装着した、はやてが肩を回しながら言った。
「はやてさん、めちゃくちゃ強かったよね?」
「うん」
 スバルとティアナが耳打ちする。あれで能力制限がかかっているのだから、本気を出したらどれほどなのか。
 かつて、はやては自分がガチンコで勝てるのはキャロぐらいではないかと言っていたが、絶対に嘘だと思う。
「何が目的だったのかな?」
「それがわかれば苦労しないわよ」
 ガジェットの残骸を調べる昌浩に、ティアナがつっけんどんに言い放つ。
 今日の戦いでわかったのだが、昌浩のポジションは、ティアナと同じセンターガードのようだった。
 もっくんや六合に支えられている面はあるが、要所要所で指示を出し、戦況を有利に導いていた。正式な訓練を受けずにそれらをこなしているのだから、空恐ろしい印象を受ける。
 もし昌浩が六課に入隊していたら、自分はお払い箱になっていたのではないかとティアナは危惧する。
「でも、とにかく片づいたし、帰ろ……」
「へえ、結構やるじゃないっスか」
 突然響いた声に、全員が身構える。
 青いボディスーツに身を包んだ三人の少女が立っていた。
「戦闘機人!」
 戦闘機人とは、人工的に培養した素体に、機械を埋め込み強化した人間、一種のサイボーグのことだ。スカリエッティの忠実な配下で、スバルたちは以前一度だけ交戦したことがある。
 少女たちとは初対面だが、着ている服が似ているので、仲間だと推察できる。
 眼帯に銀色の長い髪、灰色のコートを着た小柄な少女、チンク。巨大な盾ライディングボードを持ち、赤い髪を後頭部でまとめたウェンディ。そして、髪の色こそ赤と違うものの、スバルによく似た容貌のノーヴェ。
「あいつ、スバルに似てるな。偶然か?」
 もっくんが首を傾げる。
「似てて当然だ。そいつも私も、同じ遺伝子データから作られた戦闘機人なんだからな」
 ノーヴェが嫌悪感もあらわに言う。
「えっ?」
「くらえ!」
 全員にかすかに動揺が走った瞬間、ノーヴェの腕に装備されたガンナックルから、マシンガンのように弾丸が吐き出される。それを皮切りに、チンクが投げナイフ、スティンガーを放ち、ウェンディがライディングボードから光弾を撃ち出す。
 防御態勢を取った時、昌浩の背後に青い人影が現れる。
「この子はもらって行くよ」
 おどけたような声は、地面から発せられた。
 青いスーツに身を包み、水色の髪をした少女。かつてスバルたちの前に現れた戦闘機人、セイン。IS(インヒューレントスキル)はディープダイバー。無機物を透過、潜行することができる。
「昌浩!」
 全員が駆け寄るが、間に合ない。昌浩が地面に引きずり込まれ消えていく。

 地中を移動しながら、昌浩は抵抗を続ける。
「離せ!」
「駄目だよ。君はドクターのところに案内するんだから」
 セインが余裕の表情で告げる。ノーヴェたちは陽動だ。適当に戦って切り上げる手はずになっている。
「オン……」
「それも駄目」
 呪文を唱えようとする昌浩の首を絞め、声が出ないようにする。
 頭突きや蹴りを繰り出してはいるが、セインはやすやすとかわしてしまう。
 昌浩は魔力はともかく、身体能力は人並みだ。後ろから羽交い絞めにされたら、どうしようもない。
「諦めて、大人しくしててよ。オミョージ君」
 言いながら、セインは笑いを堪える。
 地中を抜けて、地上に出る。それを繰り返すと、やがて、町の外に出た。
「ここまで来れば、もう大丈夫」
「止まれ」
 セインを、彼女の姉であるトーレが待ち受けていた。女性にしては背が高く、短い髪に鋭い目をしている。その両手足には虫の羽根のような刃インパルスブレードがついていた。
「あ、迎えに来てくれたんだ」
「止まれと言ってるんだ、この馬鹿者!」
 トーレの一喝に、セインは足を止める。
「敵を研究所に連れ込むつもりか」
 トーレが戦闘態勢を取る。
「あーあ、もうちょっとだったのにな」
「うわっ!」
 昌浩の襟首から、白い動物が滑り出てくる。セインは驚いて手を離しそうになる。
「もっくん!」
 白い物の怪は悠然と大地に降り立つ。昌浩がさらわれる一瞬の間に、服の中に忍び込んでいたのだ。なるべく魔力を抑えていたのだが、隠しきれなかったらしい。
「一匹で何ができる。セイン、陰陽師を捕まえておけ」
「あいよ」
 もっくんがトーレと向き合う。
「戦う前に質問だが、お前ら、この世界の出身か?」
「違うよ」
「セイン、答えなくていい」
「それはよかった。実は十二神将には掟があってな。人を傷つけちゃいけないんだ」
 十二神将が人を傷つけてはならないのは、十二神将が人の想念から生まれたからだ。親である人を、子である十二神将は傷つけられない。
「しかし、この掟、結構ゆるくてな」
「あー。俺、朱雀に叩かれて、太陰に殴られて、勾陣に投げ飛ばされたことあるしね」
 昌浩が過去を振りかる。どうやら、このくらいでは掟に抵触しないらしい。
「晴明が調べてわかったことだが……俺たちはこの世界の人間の理想と想念によって形作られている。つまり、この掟、他の世界の人間には通用しないんだ」
 もっくんが歯を向いて笑う。
 危険を感じたトーレが、飛び出して拳を振るう。
「紅蓮!」
 昌浩が叫ぶ。
 炎が噴きあげ、もっくんの姿が、赤いざんばら髪に褐色の肌の男に変わる。額には金の冠をはめている。十二神将、最強にして最凶の存在、騰蛇。またの名を紅蓮。
 姿を現した紅蓮が、トーレの拳をやすやすと受け止めた。全身から莫大な魔力が放射される。
「甘く見るなよ、女」
「馬鹿な」
 トーレは自分の拳が小刻みに震えているのを感じた。
 紅蓮の魔力は凄絶にして、苛烈。生物に根源的な恐怖を植え付ける。それと無縁でいるには、昌浩のように紅蓮に近い魔力と、存在を許容する優しさ、懐の深さが必要になる。
 そのどれも持っていなければ、いかに戦闘機人と言えど、人間を元にしている以上、恐怖からは逃れられない。
「ひい!」
 トーレより意志の弱いセインが、恐怖に身をすくませる。その隙を逃さず、昌浩はセインの腕を振り払う。
「砕!」
 放たれた昌浩の術を、セインは地中に潜行してかわす。
 トーレの隣に現れたセインめがけて、紅蓮は炎の蛇を放つ。
「IS発動、ライドインパルス!」
 二人の体が霞み、はるか後方に移動する。
「ほう」
 紅蓮が感心したように呟く。
 トーレの能力、高速移動だ。
「セイン、撤退するぞ。貴様、名は?」
 トーレが苦渋に満ちた顔で問う。ナンバーズが恐怖を感じるなど、あってはならないことだ。
「十二神将、騰蛇」
「覚えておこう。私はナンバーズ、トーレ。いつかこの屈辱は晴らす」
 二人の姿が地面に消える。
「敵ながら、あっぱれな奴だ」
 紅蓮がもっくんに戻る。不利を悟るや、即座に撤退を決断した。簡単にできることではない。
 あれだけ派手に魔力を解放したのだ。すぐに迎えが来るだろう。
 そこに白い鳥が飛んできた。鳥は昌浩の上空で手紙に変化する。
「げっ」
 手紙は晴明からのものだった。
『まったくさらわれてしまうとは情けない。気が緩んでいる証拠じゃ。これは一から修行し直しじゃのう。ばーい晴明』
 手紙を読むにつれて、昌浩の肩がぴくぴくと痙攣する。読み終わると、昌浩は手紙を握りつぶし、絶叫した。
「あんのくそ爺ー!!」
 絶叫が消える空に、迎えに来たはやてたちの姿が映っていた。

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最終更新:2012年06月28日 22:56