なのはは縁側で夕暮れを眺めていた。白に花の模様が描かれた華やかな浴衣を着ている。なのはに寄り掛かってヴィヴィオが眠っている。ヴィヴィオもなのはとおそろいの浴衣を着ている。
 蚊取り線香の煙が風に揺られてたなびく。近くに森があるので、虫が多いのだ。夕方になって暑さもだいぶ薄れたが、まだ少し蒸し暑い。
 なのはヴィヴィオを起こさないように小声で、ミッドチルダとの通信画面を開く。
「フェイトちゃん、そっちの様子はどう?」
『それが変なの。ガジェットの出現率がどんどん減ってる。それに新しいレリックもほとんど運ばれてきていないみたい』
「じゃあ、やっぱり」
『うん。スカリエッティは多分その世界にいる』
 先日の戦闘報告書はすでに六課の本部に送ってある。ナンバーズまでいるとなれば、ほぼ間違いない。スカリエッティの現在の目的は、昌浩や十二神将の調査なのだろう。
 スバルが、過去に保護された戦闘機人だったことには驚いたが、特に問題なくみんな受け入れている。ティアナは前から知っていたので、黙っていたことを平謝りしていたが。
 フェイトが思案顔になる。
『私もそっちに行った方がいいかな?』
「ううん。敵がいつミッドチルダに戻るかわからない。フェイトちゃんはそっちをお願い。それにもしかしたら……」
「フェイトママ?」
 ヴィヴィオが目をこすりながら起き上がる。小声だったのに、フェイトの声に反応したらしい。
 仕事の話はここまでのようだ。
『久しぶりだね、ヴィヴィオ。元気だった?』
「うん。フェイトママは?」
『私も元気だよ』
 会話ができて嬉しいのだろう。フェイトが優しい笑顔をヴィヴィオに向ける。しばらくそっとしておこうと、なのはは席を外した。
「ちょっといいか?」
 真紅の浴衣を着たヴィータがやってくる。
「ティアナのこと、気づいてるか?」
「うん。ちょっとまずいね」
 表情こそ変わらないが、なのはから苦悩が感じられた。
 ティアナは最初から昌浩を敵視していた。ただライバル視しているのだろうと、問題に思わなかった。むしろ、いい刺激になるのではと歓迎していたくらいだ。
「まさか、こんなことになるなんてな」
「昌浩君が、あそこまで成長してるなんて想定外だからね」
 なのはも、昌浩をティアナと同じセンターガードに分類しただろう。しかし、二人の適性はまるで正反対だ。
 多彩な攻撃手段を有し、敵の情報を分析、作戦を立てることが得意なティアナは、チームの核として行動してこそ、最大の力を発揮する。
それに対し、昌浩の最大の武器は直感だ。
 陰陽師は独自の修行法で、直感を鍛えることができる。任意で使える力ではないが、時として発揮される直感は、未来予知や千里眼のような、己の知覚をはるかに超越する結果を指し示す。さらに昌浩は神の力を借りて、術の威力を底上げできる。
 直感を頼りに高火力で戦う昌浩。フロントアタッカー寄りのセンターガードとでも言うべきポジションだ。
知恵のティアナと力の昌浩。真逆の適正なのに、ティアナは昌浩に自分の理想とする戦い方を重ねている。
「事故が起きてからじゃ遅いしね」
 こういうことは口で言っても伝わらない。自分で悟るしかないのだが、このままではティアナがまた無茶をしそうだ。
 将棋を指していて、席を離れている間に、相手が二手も三手も先に進めていたような心境だった。事態が悪くなっているのに、解決策が思いつかない。
 なのはも昌浩を認めているが、単純な戦闘の才能ではティアナの方が上だと思っている。ティアナが己の長所をもっと磨けば、数段格上の相手に勝利することも容易だろうに。
 これも直接言っても伝わらないどころか、ただ慰めているだけだと取るだろう。
 ティアナの向上心は素晴らしいが、あの思い詰める癖は、なのはたちも手を焼いている。
「こういう時は二人を引き離した方がいいんだけど……」
 この状況ではそれも無理だろう。
 本音を言えば、なのはは昌浩の勧誘に、はやてほど熱心ではない。
 確かに部隊設立当初に、昌浩たちがいてくれれば初動は楽だっただろう。しかし、その時期はとうに過ぎた。
 新人たちはまだまだ危なっかしいが、それなりに実力をつけてきた。よほどの危機的状況にならない限り、現在のフォワード部隊で戦っていける自信が、なのはにはある。
 今から昌浩が六課に参加したら、せっかく軌道に乗り出した訓練からチーム分けまで、一からやり直しだ。その手間を考えるだけで頭が痛い。
 これは部隊全体のことを考えているはやてと、新人たちの成長をつぶさに観察しているなのはとの立場の違いだった。
 人間、どうしたところで木を見れば森が見えず、森を見れば木が見えないものだ。
 もっとも、なのはにしても、今回の任務は渡りに船だったのだが……。
「お待たせしました」
 青い浴衣を着たスバルと黄色い浴衣を着たティアナがやってくる。なのはは思考を中断する。
「おい、あんまり動くと浴衣が乱れるぞ」
「あ、すいません」
 ヴィータに注意され、スバルが歩調を緩める。
 今日は近くの神社で盆踊り大会が開催される。はやての命令で、全員強制参加となったのだ。
 これだけの浴衣をよく用意できたものだが、昌浩の母親が頑張ってくれたらしい。安倍邸に取ってあった浴衣をそれぞれの丈に合わせてくれたのだ。
「ところで、どういうお祭りなんですか?」
「お盆って言ってね。ご先祖様の霊が帰ってくる日って言われてるんだ」
「ご先祖様?」
「死んだ人って言った方がわかりやすいかな」
「馬鹿馬鹿しい。死んだ人は帰ってきたりなんかしないのに」
 ティアナは誰にも聞こえないように小声で呟いた。
「準備はええな」
 黒地に金魚をあしらった浴衣を着たはやて。その横には、薄紅色の浴衣を着たシグナムと若草色の浴衣を着たシャマルが控えている。
「おい、リイン。お前も行くのか?」
 もっくんが、後ろに渋い緑色の浴衣を着た昌浩を連れてやってくる。
「はいです。私も行きますです」
 リインは水色の浴衣を着ていた。普段と違い、子どもくらいのサイズになっている。
 ティアナは視線を感じて、そちらを向いた。
「何よ?」
「いえ、別に」
 ティアナをじっと見ていた昌浩が目をそらす。模擬戦以来、昌浩もティアナに苦手意識を持つようになってしまった。仲直りしたと思った矢先に首を絞められれば当たり前だが。
「さ、行くでー」
 はやての号令のもと、一行は神社に向けて出発した。

 提灯に照らされて、神社は幻想的な赤い光に包まれていた。祭囃子(まつりばやし)が気分を盛り上げる。
「こんなことしてていいのかな?」
「敵の狙いはどうせ私ら、と言うより昌浩君や。警護さえしっかりしてれば、少しぐらい息抜きしたって構へん」
 昌浩の浴衣の下には大量の護符が隠されている。ディープダイバーは魔力防御のある相手には効果がないようなので、これで前回のようにさらわれる心配はない。
 地道な捜査で、徐々に捜索範囲の絞り込みは行えている。順調と言ってもいいだろう。
「ヴィータ。迷子になるといけないから」
「子供扱いすんじゃねぇ!」
 手を差し伸べる昌浩にヴィータが怒鳴り返す。しかし、手はしっかりとつないでいた。
「ええで。ええで。その調子でしっかり昌浩君のハートをつかむんや」
 はやてが拳を握りしめる。
 スバルとティアナはやや後方でそれを眺めていた。いつも明るいスバルがやけに沈んだ顔をしている。
「どうしたのよ?」
「いや、昌浩君とヴィータ副隊長、いい感じだなって」
「はっ?」
「シグナム副隊長も六合さんといつも一緒だし」
「いや、あんた、一片道場覗いてきなさいよ」
 シグナムと六合はよく道場で稽古をしている。しかし、二人の気迫は実戦さながらで、ティアナはとても近づくことができなかった。色恋など甘酸っぱい要素の入る余地など微塵もない。
 それに六合とだけいつも一緒にいるわけでもない。シグナムの稽古の相手は、六合、勾陣、朱雀の三人が交代で行っているようだった。
「あーあ。落ち込むなぁ。エリオとキャロもこの前デートしてたし、なのはさんもユーノさんといい雰囲気だったし。恋人いないのが、私だけみたい」
「フェイト隊長は?」
「なのはさんがいるじゃない」
「言ってること、おかしいからね?」
 なのはの相手はユーノではなかったのか。
「それに、私はどうなるのよ」
 ティアナが言うと、スバルはますますむくれた顔になる。
「私知ってるんだからね。最近、ヴァイス陸曹とよく話してるの」
「違う。違う。ヴァイス陸曹とはそんなんじゃないから」
「この前、ヴァイス陸曹の経歴調べてたくせに。いーよねー。バイク貸してもらったり、アドバイスしてくれたり、頼れる先輩って感じで」
 慌てて否定するが、ティアナの顔が少し赤くなっている。まったく変なところだけ目ざとい。
「置いてっちゃうですよー」
 皆、随分先に行っている。リインに促され、二人は慌てて後を追った。

 一行は参道を進んだ。
 スバルは、綿あめやたこ焼きなど両手いっぱいに食べ物を抱えて、笑顔全開で食べ続けている。さっきまで落ち込んでいたのに、すでに忘れてしまったようだ。
 一番、はしゃいでいたのはヴィヴィオだった。出店を片っ端から覗いている。温かく見守るなのはは、本当に母親のようだった。
 広場には櫓が組まれ、楽器の音色に合わせて大勢の人たちが踊っている。
「行くで、シグナム、シャマル」
「わ、私もですか?」
 はやてたちが早速踊りの列に加わる。はやてとシャマルは楽しげだが、シグナムは少し恥ずかしそうにしていた。
「私も行こうっと」
 スバルが遅れて参加する。見よう見真似だが、運動神経がいいスバルはすぐにコツを覚えたようだった。
「元気よね」
「お前はいかねぇのか? ティアナ」
「……すいません。そんな気分じゃないので」
「別にいいけど、たまには肩の力を抜かねえとばてちまうぞ」
「わかってはいるんですけど……ね」
 ティアナは、ヴィータたちから少し離れた場所で広場を眺めることにした。日はすでに落ちているので、少し涼しくなってきた。
 ぼんやりと観察しながら、ティアナは妙なことに気がついた。
 昌浩が時折誰もいないのに、人を避けるように体をねじっているのだ。最初は浴衣が慣れないのかと思ったが、昌浩は毎年着ていると言っていたので、それはない。
「ティア、はい、これあげる」
 踊りの輪から戻ってきたスバルが、ティアナに丸石のついた首飾りを渡した。スバルも同じ物をしている。
「これは?」
「お守りだって。えへへ、おそろいだね」
「そう、ありがとう」
 ティアナは首飾りを受け取り、首から下げた。
「じゃあ、私、もう少し踊ってるから。ティアも楽しんでね」
「そうさせてもらうわ」
 踊りの輪に戻るスバルを見送り、ティアナは参道に戻る。
 喧騒の中を、ティアナはのんびりと歩いた。一人になるのもたまにはいいものだ。
(にしても、人が増えたわね)
 いつの間にか、人数が先ほどの倍くらいに膨らんでいる。ぶつからないように歩くだけで一苦労だ。
 その時、ふと背後に気配を感じた。出店を眺めるふりをしながら、横目で窺う。
 勘違いかと思ったが、一人の男がティアナを尾行していた。
 年齢は二十歳くらいか。人込みのせいで顔は判別できない。
 敵か、あるいはただの変質者か。まずは正体を見極めねばならない。
 味方といつでも通信できるよう準備をしつつ、参道を外れて森へと入る。明りから遠ざかり、周囲の闇が密度を増す。
 木々が影を落とす中、ティアナはクロスミラージュを起動させた。周囲に人がいなくなった頃を見計らい、振り向きざま銃口を男に突きつける。
「止まって。言っとくけど、これ当たるとかなり痛いわよ」
 男の顔は暗闇でよく見えない。ティアナは油断せずに指示を出す。
「両手を上げて、ゆっくりと前に進んで」
「久しぶり」
 ティアナは耳を疑った。それは聞き慣れた声だった。忘れたくても忘れられない大事な人の声。
「嘘」
 手が震えて、狙いが定まらない。
 月明かりに照らされて、男の顔がティアナの視界に入る。
「兄さん」
 それは子どもの頃に死別したはずの兄、ティーダ・ランスターのものだった。

 ティアナの兄、ティーダ・ランスターは優秀な時空管理局職員だった。しかし、ティアナが幼い頃に、違法魔導師を追跡中に戦闘になり、犯人に手傷を負わせるも殉職。その死は、心ない上司から無意味で役立たずだったと切って捨てられた。
 それ以来、ティアナは兄の魔法の有効性を証明するため、遺志を継ぐため、兄と同じ執務官を希望している。
 その兄と同じ姿をした男が目の前に現れた。
 ティアナは混乱しながらも、頭を働かせる。
 敵が心理的な揺さぶりをかけてきた可能性はほとんどない。ティアナの過去をスカリエッティがわざわざ調べるとは思えないし、やるとしても、なのはや、はやてを狙った方が効果的だろう。
 ティアナの過去を知っているのはスバルや六課の仲間たちだが、彼女らがこんな悪質ないたずらを仕掛けるわけがない。
「こうやって、またお前と話せる日が来るなんて……」
「兄さんは死んだ! 会えるわけがない! あなたは一体誰なのよ!?」
 話しかけられるたびに、ティアナの心が揺らぐ。子どもの頃のように、その胸に飛び込んで行きたくなる。
「まったく、昔から変わってないな。思い通りにならないことがあると、そうやって泣き喚いて」
 兄の面影を持った男が、懐かしそうにした。
「それ以上、近寄らないで!」
 ティアナは引き金に指をかける。しかし、指に力が入らない。大好きだった兄を撃てるわけがなかった。
 男がティアナの胸元を指差す。そこにはスバルからもらった首飾りがあった。男はそれを外すように伝える。
 警戒を解かないまま、ティアナは言われたとおりにする。
 首飾りを外した途端、目の前の男が消失した。
「えっ?」
 戸惑いながら、首飾りを再びつける。さっきと変わらぬ場所に男は立っていた。
 ふと今日がどんな日か思い出す。死者の霊が帰ってくる日。
「その石をつけていると、幽霊が見えるようになるんだ」
「まさか……」
 ティアナは参道を見ながら、首飾りを外した。参道を埋めていた人混みがいきなり半分になる。どうやら見えていた人の半分は幽霊だったらしい。
 ティアナは首飾りをつけて、男と向き合う。
「じゃあ、本当に……本当に兄さんなの?」
「ああ」
 ティーダが記憶と寸分違わぬ微笑みを浮かべる。
「兄さん!」
 ティアナはティーダに駆け寄る。しかし、触れることなくティーダの体を突き抜ける。
「ごめん。さすがに触るのは無理なんだ」
「そんな……せっかく会えたのに」
「ずっとお前に伝えたい言葉があった。ティア、あの日、帰って来れなくてごめんな」
 座り込むティアナを、ティーダは包み込むように抱きしめる。こんなに近くにいるのに、触れることもできなければ、温もりも伝わってこない。
「俺の力が足りなかったばかりに、お前に余計な物を背負わせた」
「そんなことはいい。触れなくていいから、幽霊でいいから、お願いだから、ずっとそばにいて」
 ティアナが泣きながら、ティーダにすがる。
「それも無理なんだ。これは神様がくれた今日だけの奇跡だから」
「私は、兄さんさえいれば……他に何もいらない。だから……」
「ティア!」
 兄の叱責に、ティアナはびくりと身をすくめる。
「お前には、もう大切な仲間がいるじゃないか」
 ティアナの脳裏に、六課のメンバーの顔が次々と浮かんでは消えていく。最後に残ったのは、ずっと一緒に戦ってきた相棒だった。
 可能性と才能に満ちあふれていながら、どこか危なっかしい。食べることが大好きで、普段は明るいくせに繊細な心の持ち主。
 一緒に戦おうと言ってくれたスバル・ナカジマの姿を思い出す。
「……うん。そうだね」
「わかってくれたか」
「兄さん……体が……」
 ティーダの体がうっすらと光を放ち始めた。
「ごめん。もう時間みたいだ」
 自分のせいで苦しんでいる妹に一言謝りたい。その願いがティーダをここに留めている。その願いが叶った今、ティーダの体は無数の小さな光の球となって少しずつ天に昇っていく。
 それはまるで蛍の光のようだった。命が尽きる最後の瞬間まで、何かを遺そうと輝き続ける蛍。
「待って、兄さん!」
「勝手な兄貴でごめんな。俺のことはいいから、幸せになってくれ」
 ティアナの手が必死にティーダをつなぎ止めようとする。ティーダの手もティアナに重なるように動く。しかし、互いの手が触れることはない。
 ティーダの瞳から涙が流れる。優しくて強かった兄が見せた初めての涙だった。
「お願い、神様! もうちょっと、もうちょっとだけでいいから!!」
 ティアナの絶叫が響く。
「ティア、俺はいつも、いつまでもお前のことを……」
「兄さん!」
 二人の祈りも虚しく、ティーダは光の粒子となって空に還っていった。

 ティアナは兄が消えた虚空を泣き腫らした目で見上げていた。
 参道からは、変わらず楽しげな喧騒と祭囃子が聞こえてくる。
「いるんでしょ?」
 ティアナが声をかけると、二か所から同時に音が聞こえた。一人は足元の枯れ枝を踏み、一人は慌てて逃げようとして木にぶつかったらしい。
「出てきなさい」
 やがてばつが悪そうに、昌浩とスバルが出てくる。二人とも赤い目をしている。
 ティアナはのろのろとしたしぐさで涙を拭う。
「あんたたちは……」
「ごめんなさい! 俺の発案なんです」
 昌浩がスバルの前に出て頭を下げる。
「わかってるわよ。それくらい」
 ティアナは首飾りの石を握りしめる。こんな不思議な力を持った石が、露店に売っているわけはないし、スバルが手に入れられるわけがない。
 レアスキル、見鬼(けんき)の才を昌浩は持っている。読んで字のごとく鬼を見る力なのだが、幽霊や妖怪なども含まれる。
 なのはたちのように魔力を持っていれば、妖怪や怨霊など一定以上の力を持ったものは見えるのだが、魔力が微弱な普通の霊などは、見鬼の才を持つ者にしか見えない。
 昌浩には、今日の夕方ごろから、ティアナに寄り添うようにしているティーダの霊が見えていた。昌浩はティーダから事情を聞き、願いを叶えるべく宝物庫から、人に見鬼の才を与える出雲石を探してきた。
 しかし、直接渡すことができないので、スバルに頼んで渡してもらったのだ。
「…………」
 ティアナが無言で昌浩を見つめる。
「ティ、ティア、盗み聞きしたのは謝る。でも、昌浩君はティアの為を思って……」
「それもわかってる」
 心配で見に来てくれたことくらい察しが付く。それにほんのかすかだが、昌浩の呪文の詠唱も聞こえていた。少しでもティーダが長くこの世に留まれるよう、力を貸してくれていたのだろう。
「ところで昌浩君、この首飾り、もらっていい? お金なら何年かかっても必ず払うから」
「いいですよ。元々差し上げるつもりでしたし。じい様も許してくれます」
「そう。じゃあ、遠慮なく」
 ティアナは昌浩の脇を通り過ぎながら、その肩にそっと手を置いた。
「……ありがとう」
 消え入りそうな声でティアナが呟く。
「えっ?」
 昌浩が振り向くが、ティアナはすでに参道に戻った後だった。

 人込みの中を歩くティアナの後ろから、スバルが追いかけてきた。出雲石の首飾りはつけていない。昌浩に返したようだ。
「ティア」
「今日はもう帰るわ。こんな顔じゃ、さすがに出歩けないしね」
「じゃあ、私も」
「あんたはお祭りを楽しんだらいいでしょ」
「いい。今日はティアの側にいる」
「まったく。お節介なんだから」
 ティアナは出雲石を握りしめながら、夜空を見上げる。満天の星がきらめいていた。
 この石を持っていれば、いつかまた兄に会えるだろうか。
 ティアナは首を振って甘い幻想を打ち消す。ティーダは今日だけの奇跡だと言っていた。おそらく二度目はない。
(兄さん。私はもう大丈夫)
 ずっと孤独だと思っていた。でも今は違う。スバルがいる。六課の仲間たちがいる。そして、兄がいつも見守ってくれているから。
 ティアナは勢い良く右手を上げた。
「よーし、明日からまた頑張るわよー!」
「おー!」
 スバルも元気に追従する。
 二人は笑顔で安倍邸までの道を走り続けた。

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最終更新:2012年06月28日 23:03