祭りから戻ったザフィーラは、居間でのんびりとくつろいでいた。
 なのはたちは、なのはの実家の喫茶店『翠屋』を貸し切ってパーティーをやっている。なのはの家族だけでなく、学生時代の友人のアリサやすずかも来て旧交を温めているはずなので、さぞ賑やかなことだろう。
 こんなに心安らぐ時は久しぶりだった。この家には晴明や十二神将たちがいる。守りだけでいえば、六課本部など比べ物にならない。
 心強い仲間が大勢いるせいか、はやてたちもいつもより気が抜けているようだ。残ったライトニング分隊には悪いが、この機会に主たちには羽を伸ばして欲しい。
「お、ザフィーラ、こんなところにいたのか」
 酒瓶を抱えたもっくんがやってくる。
「晴明から酒をもらってな。よかったら一緒に飲むか?」
「いや、せっかくだが遠慮しておこう」
 襲撃される危険があるので、さすがにそこまで羽目は外せない。その点、十二神将は普通の酒ならまず酔わない。
「そうか。だが、一人で飲むのもなんだし、茶でいいから付き合え」
「心得た」
 ザフィーラの前に皿が置かれ、ペットボトルから茶がなみなみと注がれる。
 もっくんは長い爪を器用に使って、おちょこで酒を飲んでいる。
「せっかく付き合ってもらってるんだ。日頃の憂さはないか? この機会に晴らすといい」
 今、この家にいる六課メンバーはザフィーラを除けば、スバルとティアナだけだ。その二人も自室に戻っているので、話を聞かれる心配はない。
「憂さではないのだが……」
 ザフィーラが重い口を開いた。
「最近、どんどん扱いがぞんざいになっている気がするのだ」
「それは犬扱いが嫌ということか?」
「いや。守護獣だから、それはいい。もっとなんというか……」
「あー。マスコットのような扱いになっているということか?」
「そうだ」
 もっくんにも経験がある。昌浩の扱いがどんどんおざなりになり、危うく十二神将ではなく、ただの防寒用えりまきになりかけたことがある。
「それなら、答えは簡単だ。たまに人間形態になるといい。それだけでグンと待遇が良くなる」
 相手が人間と同等の存在だと認識させればいいのだ。
「…………」
 しかし、ザフィーラは渋い顔をしている。
「どうした?」
「いや、前から思っていたのだが……昌浩もエリオも、よくあの環境に耐えられるな」
 六課フォワード部隊の男女比率は男一人に対して女七人だ。はやてやリインが参加すれば、さらに差は開く。ロングアーチやバックヤードスタッフには男性もいるが、やはりフォワード部隊で一緒にいることが多い。
「ザフィーラよ。もしやお前が人間形態にならないのは、男の姿だと居づらいからか?」
「…………」
 沈黙が肯定だと告げている。
「ならば、言っておく。昌浩とて、かなり苦労したんだぞ」
 小学生の頃、はやてやなのはたちと一緒にいるところを級友に見られ、冷やかされること星の数、喧嘩になること数十回。
 昌浩がヴィータと特に仲良くなったのは、幼い容姿のヴィータならば近所の子供の面倒を見ていると言いわけできたせいもある。
 ちなみに昌浩をからかった連中を、怒ったヴィータが叩きのめしたことがある。おかげでヴィータは、昌浩のクラスメイトから紅の鉄騎ならぬ、紅の悪鬼の二つ名で恐れられている。
「今、昌浩が平気でいられるのも平常心を保つ修行の賜物だ。後は慣れと諦めだな」
 もっくんが目元を覆って涙をこらえる。
 そこに勾陣がやってきた。一足早くパーティーから帰ってきたシグナムも後ろにいる。
「酒盛りか?」
「勾か。お前も一緒にやるか?」
「ああ。シグナムはどうする?」
「私も茶でよければ付き合おう」
 四人で机を囲む。もっくんは机の上に座っているが、ザフィーラは人間形態になって湯飲みに持ち替えている。慣れるために努力することにしたらしい。
「お前のその姿も久しぶりだな」
 シグナムがからかうように告げる。どうやらザフィーラが人間形態を取らない理由を薄々察していたらしい。
「しかし、こうしていると、あの日々を思い出すな」
「私たちには数年前でも、騰蛇たちにとっては千年以上も昔なのだな」
 大妖怪窮奇との死闘。先代の昌浩や晴明との出会い、別れ。
 ふとシグナムの表情に影が落ちる。
「お前たちは……どうやって」
「シグナム」
 ザフィーラが制止する。
 それだけでシグナムが何を言おうとしたか、場の全員が理解する。
 シグナムたち守護騎士と十二神将はよく似ている。しかし、違うのは、心から慕う主との別れを経験したことがあるかどうかだ。
 これまでの闇の書の主は、守護騎士を道具としか扱わなかった。もしかしたら、優しい人もいたのかもしれないが、システムの欠陥で覚えていない。
 刻一刻と成長していくはやてと、変化しない守護騎士の差を見せつけられるたび、シグナムは時々怖くなる。はやての死と共に自分たちも消滅できればいいが、もし万が一、生き延びてしまったら、自分たちははやての喪失に耐えられるだろうか。
 十二神将たちは一体どんな心境で、先代の晴明や昌浩を看取ったのか。主との別れをどれだけ経験したのか。
 それでも以前と変わらずにいられる十二神将を、シグナムは心から尊敬している。
 もっくんが酒を一息に煽りながら言った。
「たいした助言はできんが、ただ受け入れるしかない。こういうことは各自で乗り越えていくしかないんだ」
「そうだな」
 もっくんと勾陣が寂しげに眼を閉じる。その胸中にどんな思いが渦巻いているか、シグナムには計り知れない。
「すまない。盛り下げてしまったな」
「気にするな。どうせ、この面子(めんつ)で、そこまで盛り上がるわけないし」
「酒を飲んでいるのか」
 そこに十歳くらいの黒髪の少年、玄武が現れた。
「我もいただいていいか?」
「お前は駄目だ」
「何故だ? 騰蛇よ、我も十二神将だぞ」
「見た目を考えろ!」
 言い合いを始めるもっくんと玄武に、シグナムは思わず笑みをこぼす。ザフィーラも珍しく肩を震わせていた。
 賑やかではなくとも、心温まる時間が過ぎて行った。

 スカリエッティの研究所では、陰陽師と十二神将のデータの解析が急ピッチで進められていた。
 スカリエッティは陶酔したようにキーボードを叩き続ける。
「素晴らしい。陰陽師の性能も素晴らしいが、特にこの男」
 画面に紅蓮の姿が映し出される。
「人間の根源的恐怖を呼び覚ます魔力。まさか私の作ったナンバーズが恐怖を感じるなど、ふふ、まったく想定していなかった」
 脇に控えていたトーレが悔しげに歯がみする。
『ですが、これでは今後の作戦行動に支障が出ます』
「わかっているよ、ウーノ。だが、十二神将、人間の想念の具現化。これは私もまだ研究したことのない分野だ。どれだけの可能性を秘めているのか、ああ、考えるだけでわくわくする」
 ナンバーズ十二機も全て稼働状態に入った。準備は着々と進行している。
『もう一つ問題があります。聖王の器はどうされるのですか?』
 ウーノがヴィヴィオの姿をディスプレイに移す。
 安倍邸の守りは強固だ。強力な結界に守られ、昌浩と晴明、十二神将の他に六課メンバーまで滞在している。ヴィヴィオの護衛には最低でも数名の十二神将が付き、確保に手間取れば、すぐに増援が駆けつけるだろう。
 フォワード部隊が出撃すれば手薄になる六課の本部とは大違いだ。
 ガジェットとナンバーズすべてをぶつけても突破できるかどうか。
「そちらは地道に隙を窺うしかないな。あるいは思いがけない抜け道が見つかるかもしれないがね」
 スカリエッティは不敵に笑った。

 自室で、昌浩は陰陽師の勉強をしていた。時刻は夜の十二時。なのはたちもとっくに帰宅している。
 窓から星を見ながら、本を読み進める。陰陽師たるもの、占いができなければ話にならない。寝る前に占いの練習をするのが昌浩の日課だった。
「えーと……あれ?」
 昌浩は本と占いの道具を見比べ困惑する。
「未来が……読めない?」
「おいおい、星読みは陰陽師の基本だぞ。しっかりしてくれよ、晴明の孫」
「孫言うな!」
 からかうもっくんに怒鳴り返しながら、昌浩は首を傾げる。
「おかしいな。昨日までは占えたのに」
「わからないなら、晴明に聞いた方がいいんじゃないか?」
「……いい。もう少し自力で頑張ってみる」
 昌浩は唸りながら、本を読みなおす。しかし、その日、占いが結果を示すことはなかった。

 同じ頃、晴明も自室で占いの道具を前に唸っていた。
「どうしました、晴明様?」
 銀色の長い髪をした優しい風貌の女性、十二神将天后(てんこう)が顕現する。
「未来が読めん。どうやら大きく運命が動いているらしい」
 不吉な前兆でなければいいのだが。せめて手がかりでもつかめないかと、再び占いの道具に手を置く。
「すいません。少しいいですか?」
 その時、扉の向こうから、ためらいがちな声がした。
「入りなさい」
 天后が扉を開けると、思い詰めた表情をした、なのはが立っていた。勧められるまま、晴明の前に座る。
「そろそろ来るころだと思っていました。ヴィヴィオ殿の件ですな」
「お見通しなんですね」
「だてに年は取っておりませんよ」
 晴明は好々爺然とした笑みを浮かべる。
「なら、話は早いです。ヴィヴィオを引き取っていただけませんか?」
 なのはは単刀直入に言った。
 ヴィヴィオを今回の任務に同行させたのは、安倍邸が理想的な受け入れ先だと思ったからだ。フェイトもそれには同意している。
 晴明も昌浩もその両親も、ヴィヴィオに優しくしてくれるし、十二神将とも相性がいいようだ。ちょくちょく太陰と喧嘩しているが、それも友達だからこそだ。
 安全面、経済面ではこれ以上望むべくもないし、もしヴィヴィオが魔法に興味を持っても、ここなら教えてもらえる。
 ここしばらくの滞在で、これ以上の受け入れ先は望むべくもないと確信できた。
「私もフェイトちゃんもできる限りの協力はします。だから、よろしくお願いします」
 なのはは深々と頭を下げた。
 晴明は無言で扇を閉じたり開いたりしていた。
 やがて、
「本当にそれでいいのですかな?」
「考えるまでもないです。私のような人間が預かるより、ずっと幸せになれます」
 なのはは即答する。
 なのはの仕事は常に危険と隣り合わせだ。いつ死んでもおかしくないし、仕事によっては、いつ帰れるかもわからない。安倍家ならば、優しい誰かが常に見守っていてくれる。
 なのはが顔を上げると、晴明と視線が合う。まるで心の奥底まで見通すような深いまなざしだった。
「急いで結論を出す必要はありますまい。ゆっくり考えるといい。もし、ミッドチルダに帰る時までに考えが変わらないようでしたら、その時は、我が家で責任持って預かりましょう」
「ありがとうございます」
 これで心のつかえがとれた。なのはは晴れ晴れとした顔で、晴明の部屋を後にした。

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最終更新:2012年06月28日 23:07