ミッドチルダ。深い森の中に、洞窟が口を開けていた。
「ここで間違いないな」
緑の髪をした青年、アコース査察官が魔力で出来た複数の猟犬を従えながら言った。
「では、突入します。ギンガ、エリオ、キャロ、準備はいい?」
軍服風のバリアジャケットを身にまとい、フェイトが突入部隊の面々を見渡す。ライトニング分隊の他にも、地上部隊の精鋭たちが揃っている。
これまでの地道な捜査が実を結び、ついに広域次元犯罪者ジェイル・スカリエッティのアジトを突き止めたのだ。
「作戦開始!」
フェイトたちはスカリエッティのアジトへと乗り込んで行った。
戦いはそれほど時間をかけずに決着した。敵はガジェット・ドローンのみ。どれだけ警戒を厳重にしても、経験を重ねたフェイトたちを撃退するのは不可能だった。
アジトに仕掛けられていた自爆装置には肝を冷やしたが、解除に成功。大量の証拠物件を押収し、人造魔導師素体の実験体たちも救出した。
アジト襲撃の翌日、フェイトとエリオとキャロは安倍邸を訪れていた。
「お久しぶりです。フェイトさん」
「昌浩君、こんにちは。こっちはエリオとキャロ、仲良くしてあげてね」
「よろしくお願いします。昌浩さん」
竜召喚師、キャロがぺこりと頭を下げる。その肩には小さな白銀の竜が乗っている。
「よろしく、キャロちゃん、エリオ君」
昌浩が右手を差し出す。その手をエリオが両手でがっしりとつかんだ。
「昌浩さん、六課に入っていただけるんですよね?」
「えっ?」
エリオの顔が感激に輝いている。
「よかった。これで男一人じゃなくなる」
「エ、エリオ君?」
昌浩が後ずさるが、エリオは手をつかんだまま離さない。
「仲良くしましょうね、昌浩さん」
エリオは感極まって、とうとう泣き出してしまった。
エリオも六課のみんなは大好きだ。しかし、女の子たちのノリに、時折ついていけなかったのだ。心の慰めは、キャロの連れている白銀の竜、フリードリヒのみ。そんな日々からようやく解放される。
エリオの肩に大きな手が置かれた。
筋肉質な体に、褐色の肌。精悍な顔立ちをしているが、狼の耳と尻尾を生やしている。人間形態になったザフィーラだった。
「すまない、エリオ。苦労をかけた」
「ザフィーラぁぁぁ!!」
同じ苦労を抱えた男たちが、一瞬で友情を芽生えさせていた。
「エリオ君。そんなに辛かったの?」
「ご、ごめんね。気づいてあげられなくて」
キャロとフェイトがおろおろとエリオを慰める。
「しもた。同性から攻めるという手があったか」
そして、はやてが聞こえないように舌打ちしていた。
「うわ―。疲れたー」
朝の訓練を終えた昌浩は、庭に大の字に寝そべる。
日頃から晴明や十二神将たちに鍛えられてはいるが、なのはのトレーニングはこなすのがやっとの厳しいものだった。
「エリオ君もみんなもすごいね。毎日こんなハードメニューをこなして」
「昌浩さんの方が凄いですよ。僕たちは毎日しごかれてやっとここまで来たのに、昌浩さんは始めたばかりで、このメニューについて来れるんですから」
「ほら、あんたたち、ちゃんとクールダウンしなさい。体、壊すわよ」
「はい、ティアナさん」
昌浩とエリオがランニングを始める。
ティアナも祭りの一件以来、随分昌浩に優しくなった。目つきや言動は相変わらずきついままだが。
「お疲れ様です。スバルさん」
「ありがとう。太裳さん」
十二神将、太裳が渡すタオルを、スバルが受け取る。ティアナと昌浩の模擬戦以来、スバルたちの世話は太裳に任されていた。太裳なりの罪滅ぼしらしい。
「どうされました?」
走る昌浩を眺めていたスバルに、太裳が話しかける。
「いや、陰陽師っていいなって」
スバルは両腕に装備されたリボルバーナックルを撫でる。左腕のは姉ギンガの物だ。現在、ギンガはミッドチルダで事後処理に追われている。自分が来られない代わりに、これをスバルに届けてくれたのだ。
「私たちの魔法って、ミッド式もベルカ式も、戦闘に特化したものばかりなんですよね」
攻撃魔法は言うに及ばず、回復魔法も兵隊を効率良く運用するための手段でしかない。
「でも、陰陽師の術は、未来を占ったり、病を治したり、祈願したり、一つ一つの効果は薄くても、人の幸せの為に使える術だと思うんです」
ティアナと兄の再会。あんなことはミッドチルダのどんな魔導師にも出来ないだろう。
「では、スバルさんも目指してみますか? 晴明様ならば、きっと喜んで弟子にしてくれますよ」
「……遠慮しておきます」
昌浩の読んでいた膨大な書物を思い出し、スバルの顔が引きつる。
「うらやむ必要はありません。どんな術も使う者の心次第で、人を不幸にも幸福にもするのですから」
陰陽師の術の中には、人を呪うものも多く存在する。人の心の光と闇を司るのが陰陽師だからだ。
「少なくともスバルさんは、人を助けるために魔法を学んでいるのでしょう?」
太裳がスバルの手の上に自分の手を重ねる。
「……はい」
「なら、それでいいではありませんか」
至近距離で太裳が二コリと笑う。
「わ、私、シャワー浴びてきます!」
スバルがダッシュで安倍邸の中に戻っていく。顔が赤く染まっている。
「おい、太裳」
もっくんが太裳の背後に立つ。
「騰蛇。私はスバルさんに何か失礼なことをしたでしょうか?」
「いや、もういい」
一言言ってやろうと思ったが、その気も失せた。もっくんは昌浩が練習を終えるのを待つことにした。
朝の訓練を終えた後、安倍邸の大広間では、隊長たちが集められ、フェイトからの報告を受けていた。
「大手柄やな、フェイトちゃん」
はやては満足顔で、晴明から借りた扇をあおぐ。
「はやてたちが、スカリエッティを引きつけてくれたおかげだよ」
「それは、昌浩君と十二神将のおかげやな」
「でも、喜んでばかりもいられない。時空管理局は大混乱だから」
押収したデータには厳重なプロテクトがかけられていたが、時間をかけて少しずつ解除されている。ところどころ抜けているデータはあるが、事件の全容をつかむのに不足はない。
そこでわかったのは、時空管理局地上本部の事実上のトップ、レジアス・ゲイズ中将が、スカリエッティの協力者と言うことだった。それだけでなく、最高評議会の三人こそが、スカリエッティ事件の黒幕らしいという真実だった。
彼らは正義の名の元、悪事に手を染めていた。例え何人犠牲にしても、より大勢の人が救われるならそれでいいという傲慢な理屈。
しかし、はやてたちには身につまされる話だった。自分たちもいつ同じ轍を踏むかわからない。
現在、彼らは更迭され、時空管理局は伝説の三提督の元、再編成を急いでいる。だが、しばらくは落ち着かないだろう。
「これで後は、スカリエッティを逮捕すれば、事件は解決。どうやら予言は阻止できたようやね」
スカリエッティがこの世界にいるのは間違いないのだ。押収したデータから、他の施設も次々と制圧できている。逃げ場はない。
「でも、気になることがある。聖王の器と聖王の揺りかご」
押収したデータに、幾度も出てくる名称だ。ただし、名称のみで、データはどこにも見当たらない。その警戒心の高さから、おそらくスカリエッティの最終目標だと思われた。
『そっちは僕が話すよ』
「ユーノ君」
通信画面が開き、眼鏡をかけた青年ユーノ・スクライアが顔を出す。無限書庫の司書長だ。背後には巨大な本棚が映っている。画面の隅では、狼の耳と尻尾を持った幼い少女、フェイトの使い魔アルフが手を振っている。
『あまり多くはなかったけど、情報の抽出に成功した。聖王は先史時代の古代ベルカに存在した偉大な王のことだね。そして、これが聖王の揺りかご』
画面に飛行戦艦の見取り図が映し出される。
『聖王を鍵に起動する超巨大質量兵器。もしこれが動き出していたら、時空管理局の全戦力を持っても、破壊できるかどうか。そんな化け物戦艦だ』
表示される詳細な性能に全員が戦慄する。
『それで聖王に関して、興味深い記述があったんだけど』
ユーノはなのはとフェイトを交互に見る。
『聖王は緑と赤の瞳を持っていたらしいんだ』
「まさか?」
二人の脳裏に、ヴィヴィオの姿が浮かんだ。
『確証はないけど、多分ヴィヴィオは聖王のクローンだ』
ヴィヴィオが古代ベルカ時代の人間のクローンだとは知らされていたが、まさかそんなに重要な存在とは思わなかった。
「こっちに来といてよかったー」
はやてが冷や汗を拭う。もしフォワード部隊が不在の時に、スカリエッティ一味に襲撃されていたら、守り切れたか自信がない。
「でもよ、聖王の揺りかごは、ヴィヴィオがいねぇと起動できねぇんだろ。なら、あたしらがヴィヴィオを守ればいい。それだけだ」
「ヴィータの言う通りや。聖王の揺りかごの発見と破壊は、ミッドチルダの地上部隊に任せるとして、今後はヴィヴィオの護衛を最優先に、スカリエッティ捜索を行う」
「はやてちゃん! 大変よ。魔力反応がこの町に」
シャマルが息せき切って部屋に駆け込んでくる。
「敵か? 数は?」
「反応は二つ。一つは以前戦闘したことがあるわ」
アギト。古代ベルカ式ユニゾンデバイスで、悪魔のような羽と尻尾を持ち、露出の高い恰好をしたリインと同じくらいの背丈の少女。スカリエッティの仲間だ。
「よし、シグナム、ヴィータ、リイン、様子を見てきてくれるか?」
「わかりました。主はやて」
シグナムたちはすぐに出発した。
人気のない裏路地に、敵は潜んでいた。
シグナムとヴィータは用心深く路地を窺う。かすかだが話声がする。かなり切羽詰まっているようだった。ここまで血の臭いが漂ってくる。
シグナムたちは路地に飛び込んだ。
「お前はバッテンチビ!」
「人を変なあだ名で呼ばないでください!」
叫ぶアギトにリインが抗議する。アギトの背後では、ロングコートを着た大柄な男が、壁にもたれかかっていた。男の名はゼスト。血まみれでひどい傷を負っている。
「この際、誰でもいい! 旦那を、旦那を助けてくれ!」
アギトが悲痛な声で叫んだ。
話は今朝にさかのぼる。アギトは仲間の騎士ゼストと召喚魔導師の少女ルーテシアと、スカリエッティの研究所に呼び出された。
出迎えたのは、スカリエッティと十一機のナンバーズだった。
「状況はおおよそ把握している。どうやら尻に火がついたようだな。スカリエッティ」
ゼストが皮肉交じりに言った。一応、協力関係にはあるが、ゼストもアギトもスカリエッティを毛嫌いしている。
「情けない話だが、全くその通りだ。劣勢を挽回したいが、戦力が少々足りなくてね。協力してもらえると助かる」
ゼストは眉を潜める。言葉とは裏腹に、スカリエッティからは余裕が感じられる。
「俺たちがここに来たのは、こちらも聞きたいことがあったからだ」
ゼストたちがスカリエッティに協力していた目的の一つは、ルーテシアの母親だった。
彼女の母親は人造魔導師素体で昏睡状態にあり、特定のレリックがないと目覚めないという話だった。
「どういうことだ? 時空管理局に保護された人造魔導師素体たちは治療を受ければ、レリックなしでも回復する見込みがあると言っているぞ」
現在の混乱した時空管理局から情報を調べるなど、ゼストにしてみれば朝飯前だ。
「ドクター。私たちを騙していたの?」
ルーテシアが悲しげにスカリエッティを見上げる。
「それは誤解だよ、ルーテシア。君の母親を目覚めさせるには、レリックを使うのが一番確実だったんだ」
「ふん。だが、ルーテシアの母親は、時空管理局に保護されてしまった。今の貴様がそれを奪回できるとは、とても思えん。悪いが協力はできんな」
「ガジェットの七割は、すでにこちらに移送済みだ。それでは不服かい?」
「あんなクズ鉄に何ができる。俺は、俺の目的を果たしに行く」
ゼストは一度死に、人造魔導師として蘇った。彼の目的は、かつての友レジアス・ゲイズに会い、自らの死の真相を知ること。時空管理局が混乱している今が、レジアスに会う絶好のチャンスだった。
「そうか。残念だよ。クアットロ」
スカリエッティの指示を受けて、大きな丸眼鏡をかけてケープを羽織ったナンバーズ、クアットロが手もとのコンソールを操作する。
「きゃあああああああ!」
「ルーテシア!?」
突如、悲鳴を上げたルーテシアに、ゼストが駆け寄る。
その前にトーレが滑り込んだ。トーレの一撃をゼストは槍で受け止める。
「ルーテシアに何をした!?」
「何、ちょっと協力的になってもらっただけさ」
ルーテシアはふらふらとした足取りで、スカリエッティの元に歩いていく。その目はうつろで正気ではない。
ルーテシアのデバイス、アスクレピオスはスカリエッティの作った物。洗脳できるよう仕掛けがしてあったのだ。
「アギト!」
ゼストの合図で、アギトがゼストとユニゾンする。ゼストの髪が金色に変わる。
「おや、たった一人で我々と戦うつもりかい?」
スカリエッティが嘲笑う。
「だが、君と戦って、貴重な戦力を消費するわけにはいかないんだ。ああ、お帰り、ドゥーエ」
ゼストの背中から鮮血が吹き出す。
振り返ると、長い金属製の爪ピアッシングネイルを右手にはめた蟲惑的な女が立っていた。女は爪についた血を舌で舐めとる。
それと同時に、正面のナンバーズたちの一斉射撃が、ゼストに襲いかかる。
ゼストは即座にフルドライブを発動。はるか後方に退避する。
「逃がしません」
ゼストの懐に、ドゥーエが飛び込んでくる。ピアッシングネイルがゼストの体を逆袈裟に切り上げる。
『旦那!』
「撤退するぞ、アギト!」
槍でドゥーエを弾き飛ばし、ゼストは研究所から命からがら逃げ出した。
「追跡しますか?」
「放っておけ。もはや何もできん。それにこの研究所の役目も終わった」
「ドゥーエお姉さま!」
「久しぶりね、クアットロ、みんな。それから初めまして新しい妹たち」
ドゥーエはクアットロを抱きしめ、ナンバーズたちを幸せそうに見渡す。ついにすべてのナンバーズが集結した。
「ドゥーエ。長い潜入任務ご苦労。すまなかったね。君の任務の大半を無駄にしてしまったのは、私の落ち度だ」
「いいえ。ドクターの夢が叶うなら、それで十分です」
「ありがとう。さあ、準備は整った。最終ステージを始めるとしよう!」
スカリエッティが両手を広げ、堂々と宣言した。
ゼストとアギトは安倍邸に保護された。
ゼストは重症だったが、シャマルの回復魔法によってどうにか一命を取り留めた。意識はまだ戻っていない。
はやては、大広場に集められた昌浩ともっくん、六課のフォワード部隊を見渡す。
「アギトからの情報で、ついにスカリエッティの所在が判明した。ヴィヴィオの護衛は晴明さんと他の十二神将に任せ、私らは全員でスカリエッティ逮捕に向かう。それでは……」
その時、緊急コールが鳴り響いた。
「もう、誰や、この忙しい時に。ちょっと待っとって」
興を削がれて、はやては不満顔で、隣の部屋に行った。
「うっ」
突然、昌浩が頭を押さえてうずくまる。
「どうしたの? 気分が悪いの?」
隣に座っていたスバルが心配そうに肩を揺する。
「……待って」
昌浩の脳裏に幾つもの光景が浮かぶ。この感覚は前に経験したことがある。直感が未来を指し示す時のものだ。
「なんやて!?」
悲鳴のような叫びが、隣の部屋から響く。
「「海鳴市が滅ぶ!?」」
昌浩とはやてが口にしたのは、まったく同じ言葉だった。
最終更新:2012年07月05日 21:57