「大変や、みんな。今騎士カリムから連絡があった」
 はやてが隣の部屋から戻ってくる。
 騎士カリムは聖王教会に所属する六課の後見人の一人だ。彼女のレアスキルは未来を予知することができる。
「新たな予言や。この町が滅ぶかもしれへん」
「俺も同じ未来が見えました」
 昌浩が立ち上がる。見覚えのある家屋が次々と倒壊していく不吉な未来だった。最後には全て焼け野原になってしまった。
「二人の予知した未来がまったく一緒。こうなるとほとんど確実だね」
 フェイトが緊迫した面持ちで唸る。
「しかし、敵はどうやってこの町を破壊する?」
 敵の戦力はガジェット・ドローンとナンバーズ。強敵だが、現在の戦力で負けるとも思えない。
 その時、部屋が激しく揺れた。地震かと思ったが、少し様子が違う。
『ごきげんよう、諸君』
 新しい通信画面が開き、白衣を着た男が映る。
「ジェイル・スカリエッティ」
 フェイトが憎しみをこめた眼で男を睨む。
「あれが……」
『君たちはなかなかよく頑張った。おかげでこちらの計画には大幅な狂いが生じてしまった』
「へっ。泣き言でもいいに来たのか」
 ヴィータが挑発する。
『いや。感謝を言いたくてね。君たちのおかげで、私は新たな力を手に入れられた』
 振動がさらに強くなっていく。大地から巨大な何かがせり上がってくるような振動だった。
『ところで君たち、不思議に思ったことはないかね。ジュエルシードに闇の書。過去、この町には、強力なロストロギアがいくつも流れついた。これがただの偶然だと思うかい?』
 スカリエッティは勝利を確信した恍惚とした笑みを浮かべた。
『すべてはこの偉大な力に引き寄せられたのだ!!』
 映像が切り替わり、海の底が映し出される。巨大なカブトムシのような化け物が何匹も集まり、海底を隆起させていた。ルーテシアの召喚獣、地雷王だ。
 海底から現れた物を見て、なのはたちは息をのむ。
 白く鋭角的な形。一緒に移っている地雷王がけし粒に見えるほどの巨体。
「聖王の揺りかご」
 古代ベルカにおいて、聖王の揺りかごはミッドチルダに墜落したのではない。最後の力で次元転移を行い、ミッドチルダから遠く離れたこの地球、海鳴市沖へと没していたのだ。
「なんでや? 何で聖王の揺りかごが? ヴィヴィオはここにおるのに!」
 はやてが机を拳で叩く。聖王の揺りかごがこの海鳴市にあったのも誤算だが、敵がどうやって起動させたかがわからない。
『どうやって聖王の揺りかごを動かしているか? それは私からの宿題だ。存分に悩みたまえ』
「どこまでも人を馬鹿にして」
『聖王の揺りかごが地上に出るまで、まだ一時間の猶予がある。この町を焼き払った後は、時空管理局地上本局だ。止められるものなら止めてみたまえ!』
 哄笑を残し、スカリエッティとの通信が途絶える。
「もっくん!」
「わかってる!」
 昌浩ともっくんが晴明の元へと走る。すぐに町中の住民を避難させなければ。それに情報管制も必要だろう。それらの手配を晴明にしてもらわないといけない。
「なのはちゃん、フェイトちゃん、増援の手配急いで! フォワード部隊は待機。いつでも出れるようにしといて」
「了解」
「これが聖王の揺りかごの詳細なデータだ。全員、頭に叩き込んでおけ」
 シグナムが厳しく言い放つ。隊長たちの顔から完全に余裕が消えている。誰もが不安を抱えた最悪の一時間が始まろうとしていた。

 時間は刻々と過ぎていく。どうにか増援の手配が整ったのは、三十分を回った頃だった。
「そんな……」
 はやては通信画面を前に、力なくへたり込む。
 フェイトの義兄、クロノ提督からの知らせでは、回せるのは時空管理局の艦隊の四分の一のみ。到着はどんなに急いでも翌朝以降。この町が滅ぶには十分な時間だ。
 晴明の手配で、住民の避難は迅速に行われているが、一時間ですべての住民の脱出など不可能だ。
「せめて艦隊全部を回すことは?」
『スカリエッティは、同時に時空管理局にも宣戦布告をしているんだ。今は管理局の防衛に専念すべきという意見が根強くて、これ以上は無理だ』
「管理外世界はどうなってもええと!?」
 食ってかかるはやてに、クロノは沈黙する。
 クロノとて、なのはやフェイトと出会ったあの町を守りたい。だが、時期が悪すぎた。
 時空管理局が万全な状態ならば、聖王の揺りかごの危険性を説き、全艦隊を差し向けることもできたかもしれない。しかし、最高評議会を失い、指揮系統が混乱した今の状態では、むしろ四分の一もよく揃えられたものだと言わざるをえない。
『六課の隊長たちの能力限定はすべて解除した。僕たちに出来るのはここまでだ』
 現在のメンバーだけで、翌朝まで聖王の揺りかごの攻撃から、町を守らないといけない。仮にそれができたとして、やってくるのは艦隊の四分の一。聖王の揺りかごを破壊するどころか、返り討ちにあう公算の方が高い。
『はやて。悔しいのはわかるが、ここは諦めて撤退を……』
「クロノ提督。それ以上言ったら……殺すで?」
 氷のような冷たい眼差しがクロノを射すくめる。はやてが初めて見せた本気の怒りだった。
『すまない。勝手な願いだとは思うが、みんな、生き残ってくれ』
 通信画面が閉じる。万策は尽きた。
「はやてさん。ここにいたんですね。増援はどうなりました?」
 駆け寄ってきた昌浩が、憔悴したはやての様子に戸惑う。
「すまんなぁ、昌浩君。増援は明日の朝やって」
「それじゃあ、とても……」
「せや。全部私のせいや」
 はやてが、この世界にやってきた主な理由は、昌浩たちの勧誘だった。
 おそらく最初の模擬戦で、スカリエッティは昌浩と十二神将に興味を持ったのだろう。それを知りながら、アジト捜索の間の陽動になると利用した。
 スカリエッティにとっては、取るに足りない少年と町のはずだった。その認識を変えさせたのは、はやてだ。
 最初に昌浩を勧誘できていれば、もしくは昌浩の勧誘をすっぱり諦めていれば、こんな結果にはならなかった。
仮に聖王の揺りかごが起動したとして、一直線に時空管理局を目指したはずだし、時空管理局の魔導師が力を合わせれば、勝算はあった。
 守るために、この仕事を選んだはずなのに、大切な人と故郷をもっと大きな危険にさらしてしまった。
 ふと昌浩の頭に閃くものがあった。
「……まさか、はやてさん。俺に?」
 はやてがあれだけしつこく昌浩を勧誘していた理由に、ようやく思い当たったのだ。
「……私らの世界で予言があった。陸士部隊の全滅と管理局システムが崩壊するってな。六課はそれを阻止する為に設立した組織や。でも、その予言、真に受けてくれる人があんまりおらんでな。今の戦力を集めるのが、やっとやった」
 はやては立ち上がり、力なく笑う。
「昌浩君と十二神将に手伝って欲しかったんよ」
 昌浩はその場に立ちつくした。口の中が異様に乾く。それでもどうにか言葉を紡いだ。
「……だったら、最初からそう言ってくれれば」
「機密事項で言えんかった。これ以上、一般人を危険にさらすことはできへん。昌浩君は避難して。今からでも、昌浩君となのはちゃんの家族くらいならミッドチルダに避難させられる」
「はやてさん!」
 部屋に戻ろうとするはやてを、昌浩は腕をつかんで止める。
「これは私の責任や。私の手で落とし前をつける」
「はやてさん!」
「…………って言えたら、格好いいんやろな……」
 はやては泣いていた。うつむき震える手で、昌浩の両手を取る。
「お願いや……助けて」
 無茶苦茶なことを言っている自覚はある。誰にもどうにもできないから、困っているというのに。
 はやての手から、昌浩の手がすり抜ける。
(ま、当然やな)
 これまでわがままばかり言ってきた。愛想をつかされても仕方ない。
 はやての頬に、昌浩が両手を当てる。はやてが顔を上げると、目を閉じた昌浩の額と額が合わさる。
「うん。わかった。はやて姉ちゃん」
 それは出会ったばかりの頃の呼び名だった。はやてが照れ臭かったので、変えてもらった呼び名。
「俺はね、はやて姉ちゃんのこと、ずっと前から家族だと思っていたよ」
 今のしぐさは、昔、昌浩が熱を出した時に、はやてが熱を計った時のものだ。心安らぐしぐさとして、昌浩の記憶に残っていたのだ。
(なんや。これだけでよかったんや)
 説明はいらない。たった一言、助けてと言えばよかったのだ。そんな簡単なことに今の今まで気がつかなかった。
 時空管理居に入ってからというもの、他人に弱みを見せまいとするばかりで、いつの間にか誰かに頼るということを忘れてしまっていた。
「待ってて、はやて姉ちゃん」
 昌浩は晴明の部屋へと向かった。

 六課のメンバーは隊長たちの命令で、全員が自室に戻っていた。理由は、隊長たちの不安をスバルたちに伝播させないためだ。
 守護騎士たちは自室で車座になって座っていた。
「くそ、情けねぇ」
 ヴィータが床を殴りつける。こういう時こそ、隊長たちが部下を安心させてやらないといけないのに、そんな余裕が誰にもない。
「海上には、すでに先発隊が上がっているわ。ガジェットが百機以上、その後もどんどん増え続けている。私たち、勝てるのかしら?」
 シャマルが不安そうに言った。
「どちらにせよ。戦うしかない」
「そうだな」
 シグナムもザフィーラも厳しい顔のままだ。
「だ、大丈夫ですよ。私たちならきっと勝てます」
 リインが声を張り上げるが、体は小刻みに震えている。
 聖王の揺りかごの見取り図を投影する。
「聖王の器か駆動炉を破壊すれば、揺りかごは止まるはずです」
「あるいはその両方だな」
「ほう、それはいいことを聞いた」
 もっくんが前足で扉を開けて入ってくる。
「随分しけた顔をしてるな。いつもの威勢はどうした?」
「けどよ、もっくん。予言が……」
 カリムの予言は難解で、解釈のしかたによって意味が変わる。しかし、二人の預言が一致したとなれば、それは確実に起こる未来だ。
「ふざけるな!」
 もっくんが声を荒げる。
「お前らはもう忘れたのか。俺たちにとっては千年前でも、お前らにとっては数年前だろうが!」
 先代の昌浩には好きな人がいたが、彼女は別の人の元に嫁ぐことが運命で決まっていた。しかし、昌浩のひたむきな思いは、その運命を変えたのだ。
「決まった運命だって変えられる。先代の昌浩は、それを俺たちに教えてくれた。屈するな、抗え、望まぬ運命を覆せ!!」
 守護騎士たちの面々に活力が戻ってくる。
「へっ。もっくんの言うとおりだな」
 ヴィータたちとて、闇の書に蝕まれた主を助けようと、運命に抗った身だ。弱気になる必要などなかった。
「ヴィータ。もっくん言うな」
「うむ。では、檄をとばしに行くとするか」
 守護騎士たちはスバルたちの部屋へと向かった。
「てめえら、準備はできてるか!」
 ヴィータが扉を乱暴に開けて部屋に押し入る。
「はい!」
 スバルとティアナの部屋に、エリオとキャロもいた。
 全員すでにバリアジャケットに着替えていた。それだけでなく、開かれた画面には、敵の予想配置図と進路、これまでに入手したナンバーズの性能などが表示されていた。アギトが提供したルーテシアの詳細なデータもある。
「これは?」
「時間がありましたので、立てられるだけの作戦を立てておきました」
「聖王の揺りかご内部は高濃度のAMFが予想されますが、私の戦闘機人モードなら問題なく動けます。突入部隊は私とティアナが適任だと思います」
 ティアナが答え、スバルが後を引き継ぐ。
 ヴィータはシグナムと顔を見合わせる。
 隊長たちよりも、よほどやるべきことを見据えている。技術では、まだ隊長たちに及ばないが、精神面では向こうの方が上かもしれない。
「お前となのはの指導の賜物だな」
「違ぇよ。こいつらが凄いんだ」
 シグナムに褒められ、ヴィータが鼻をこする。涙がこぼれないように、上を向くしかなかった。

 その頃、なのはとフェイトはヴィヴィオの説得に手を焼いていた。
「ママ?」
 ヴィヴィオなりに緊迫した空気を感じているのだろう。不安そうに、なのはとフェイトの顔を見上げる。
「大丈夫。なのはママもフェイトママも強いんだから」
「だから、今はわがままを言わないで。ねっ?」
「やだ。私も一緒にいる」
 増援の手配をした後、ヴィヴィオだけでも逃がそうとしているのだが、どうしても納得してくれない。ここで別れたら、一生離れ離れになると子ども心に感じているらしい。
「でも、ヴィヴィオ。ママたちと一緒にいると、怖い思いも痛い思いも、いっぱいするかもしれないんだよ。それでもいいの?」
「いい。ママたちと一緒にいる」
 子どもに慣れているフェイトもお手上げだ。やりたくはないが、無理やりにでも避難させるしかない。
 なのはは困り果てて、ヴィヴィオの顔を見下ろす。その目は不安に揺れていても、信頼に裏打ちされた強いまなざしだった。まるで本当の母親に向けるような。
 その目を見ていたら、なのはの中で決意が固まった。
「よし、じゃあ一緒にいようか」
「なのは!?」
 なのははフェイトに念話を送る。
(フェイトちゃん。私ようやくわかった。私はこの子のママでいたい)
(でも……)
(私はこの子を守るためなら、どんな敵だって倒してみせる。ママってそういうものでしょ?)
(……もう、しょうがないな)
 フェイトは、産みの母親であるプレシア・テスタロッサのことを思い出した。彼女は娘を理不尽な事故で失い、取り戻すために、狂気の研究へと没頭して行った。その過程で人工的に生み出されたのが、フェイトだ。
 彼女はフェイトを娘の紛いものとして、愛してはくれなかったが、母親の愛情の強さだけは教えてくれた。
(私も守るよ。ヴィヴィオと、どうせ無茶するなのはを)
(む、無茶なんて)
 しないと言いかけて黙る。おそらく、なのはの人生でも最大級の無茶をする羽目になるからだ。
 なのはとフェイトが両側からヴィヴィオを抱きしめる。
「よし、じゃあ、ママたちの最高の全力全開、行ってみよっか!」
「「おー!」」
 なのはの振り上げた手に、フェイトとヴィヴィオが唱和する。
 きっと晴明は、なのはの本心に気がついていたのだ。だから、猶予をくれた。
 母親に資格なんていらない。子どもを愛して、子どもが愛してくれればいい。後は努力で何とかなる。してみせる。

 晴明は占いの道具を広げ、顎を撫でる。
 どんな方法で占っても、この町の破滅と出ている。
「どうしたものか」
「じい様!」
 昌浩が勢い良く部屋に飛び込んでくる。赤い衣をまとい、持てるだけの護符と道具を持っている。完全武装だ。
「なんじゃ。騒々しい」
「お願いがあって参りました」
 昌浩は部屋に入るなり、両手をついて、頭を地面に叩きつける勢いで平伏する。
「十二神将、全部貸して下さい!」
 晴明は持っていた扇を取り落とした。
「これはまた大きく出たのう」
「お願いします!」
 昌浩は自分の不甲斐なさが許せなかった。
 昌浩が目指すのは、最高の陰陽師だ。なのに、すぐそばで助けを求める声に気がつけなかった。あまつさえ、その人は今泣いている。
 今からでも遅くない。その涙を止める。その上で、この町を救ってみせる。
「よしんば、わしが許可したとして、お前は十二神将をどう使うつもりじゃ?」
「聖王の揺りかごを破壊します」
 昌浩はきっぱりと言った。
 増援が到着する明朝まで、戦い抜くことは不可能だ。ならば、今ある力で敵を倒すしかない。
 これまで十二神将が、一丸となって戦ったことはない。青龍や天后に至っては、昌浩を主としてまったく認めていない。もし十二神将と六課が、本当の意味で力を合わせることができれば、あるいは奇跡を起こせるかもしれない。
「ふむ。十二神将だけでいいのか?」
「えっ?」
 昌浩が顔を上げると、晴明は眠るように目を閉じていた。その横に、二十歳くらいの青年が立っていた。古めかしい白い衣をまとい、長い髪を後頭部で括っている。
 離魂の術。晴明が使う奥義の一つ。魂を切り離し実体化させ、全盛期の実力を発揮する技。
「けちなことは言わん。この安倍晴明と、十二神将の力、お前の好きに使うといい!」
 晴明の背後に十二神将が続々と顕現する。
「ありがとうございます!」
 昌浩は改めて平伏した。

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最終更新:2012年07月05日 22:03