海に面した高台に、六課メンバーと昌浩、晴明、十二神将が勢ぞろいしていた。アギトもついでに一緒にいる。
「これだけ揃うと、さすがに壮観やな」
メンバーを確認し、はやては感嘆する。
「どうやら、吹っ切れたようですな」
若晴明がはやての隣に並ぶ。
「建前、虚勢、体面。それらは組織を生きてく上で、必要なものです。ですが、それらがいらない相手を見抜く目も、同じくらい必要ですぞ。その人たちを頼ることも」
「はい。勉強になりました」
「おい、お前ら、本当にルールーを助けられるんだろうな」
アギトが口を挟んだ。
戦力差はアギトもおぼろげに理解している。助けるなど無駄な手間を省いて、殺してしまうのではないかと危惧しているのだ。
「安心してええよ。時空管理局は……六課はそんな薄情な組織やあらへん」
時空管理局の薄情さを、重々承知しているはやては言い直した。騎士甲冑をまとい、リインとユニゾンし、戦闘準備は整っている。
ティアナの原案を元に、六課隊長たちと晴明が作戦を立てた。絶望的な状況には変わりないが、光明は見えてきた。
「昌浩君。エリオ。キャロ。任せたよ」
「はい。ルーちゃんは必ず助けます」
強力な召喚魔導師ルーテシアの無力化は作戦の第一段階だ。
その時、海を割って、無数のガジェットを従えた聖王の揺りかごが姿を現した。
「では、まずは私からですな」
晴明が結跏趺坐(けっかふざ)の姿勢を取る。
「この安倍晴明の最大の術をお見せしよう」
晴明を中心に魔力が迸る。
わずかな違和感と共に、虫や鳥の声が途絶える。聖王の揺りかごと敵勢力をまるごと異界に引きずり込んだのだ。
「これで気兼ねする必要はない。全力で戦ってきなさい」
「晴明とヴィヴィオはわしに任せよ。指一本触れさせん」
目を閉じ白い見事なひげを蓄えた老人が、晴明に寄りそう。十二神将、天空。十二神将の長にして、最強の結界能力を誇っている。
「……よろしくお願いします」
天空の威厳に、全員が気圧されていた。
「状況把握の準備も完了。後方の作戦指揮は任せて」
シャマルが無数の画面を空中に表示する。
「前線の指揮は私が取る。それでは機動六課、ええと、それから……」
はやては口ごもる。今回のメンバーを何と呼べばいいのか。
「八神部隊長。我々一同の入隊を許可していただきたいのですが」
昌浩が敬礼を取る。真面目な顔でふざけている。はやては最後の緊張が取れるのを感じながら、昌浩に返礼する。
「許可します。それでは機動六課全員出動!」
はやての号令の元、六課は先発隊のガジェットの集団へと飛び込んで行った。
キャロが召喚した巨大な白銀の龍、フリードリヒが戦場を飛翔する。その背には、キャロと昌浩、もっくんが乗っている。
「サンダーレイジ!」
近寄るガジェットを巨大な槍型デバイス、ストラーダを駆るエリオが撃墜していく。
他の戦場でも、空では六課隊長たちと飛行能力を持つ太陰と白虎が、地上では他の十二神将とスバルたちが戦っている。
ルーテシアの魔力は膨大だ。居場所はすぐに判明した。昌浩たちはまっすぐそちらに向かう。
「昌浩さん。大丈夫ですか?」
ルーテシアの洗脳を解く方法は、説明する時間がなかったので、昌浩に一任されている。
「うん。大丈夫」
言葉とは裏腹に、昌浩は視線を泳がせる。策はあるのだが、その術は得意でも好きでもないのだ。
「おい、ルールーに傷をつけたら、承知しないぞ」
どこに隠れていたのか、アギトが現れ昌浩の髪を引っ張る。
「ええい、騒ぐな。この将来多分きっとおそらく最高の陰陽師になる半人前を信じろ」
「信じられるかー!」
もっくんとアギトがつかみ合いの喧嘩を始める。
「二人とも、そんな場合じゃ」
キャロがおろおろしながら仲裁する。
「見えました!」
エリオの言葉に前方を見る。
ガジェットⅡ型に乗った、紫色の髪をした少女。後ろには巨大なカブトムシのような召喚獣、地雷王を従えている。
「ルールー、目を覚ませ!」
アギトの呼びかけにも、ルーテシアは反応しない。
その時、黒い影が上空からエリオを襲った。
忍者のような姿をした四つ目の黒い召喚獣、ガリューだ。
「エリオ君!」
「こっちは僕に任せて。キャロたちはそっちをお願い」
エリオとガリューが空中で交差する。両者の実力はほぼ互角。すぐにやられる心配はない。
「キャロちゃん。ルーテシアになるべく接近。お願い」
「わかりました」
キャロが手綱を振るうと、フリードが速度を上げる。ルーテシアに近づくにつれ、ガジェットの攻撃が激しさを増す。
「おい、お前も協力しろ!」
「しょうがねぇ!」
もっくんとアギトが同時に炎を放ち、ガジェットを迎撃する。しかし、いくつかの炎がガジェットを素通りする。
「幻覚か!」
もっくんが舌打ちする。
クアットロのISシルバーカーテンは虚像を映し出す。話には聞いていたが、本物と区別がつかない。幻覚も本物も等しく攻撃するしかないので、こちらの消耗を強いる厄介な能力だった。
フリードの前に、召喚虫インゼクトに操られたガジェットⅢ型がまるで壁のように立ち塞がる。
「ブラストレイ!」
「オンアビラウンキャンシャラクタン!」
フリードの炎が、昌浩の術が、正面のガジェットを粉砕する。
ルーテシアの姿がどんどん近づく。
「今だ!」
昌浩がフリードの背を蹴って跳ぶ。魔力を右手に集中させ、ルーテシアの胸に叩きつける。
「縛魂(ばくこん)!」
「きゃあああああああ!」
「ルールー!」
ガジェットの背中から落ちる昌浩とルーテシアを、フリードがどうにか空中で受け止める。
「昌浩さん。跳ぶなら跳ぶって一言言って下さい!」
「ごめん。そこまで気が回らなかった」
キャロの文句に、昌浩は謝る。
「おい、ルールー、しっかりしろ!」
アギトが揺さぶると、ルーテシアがうっすらと目を開ける。
「アギ……ト?」
「正気に戻ったんだな」
アギトはルーテシアの頭に抱きついた。
「よかった。上手く言った」
昌浩はほっと息をつく。
昌浩が使ったのは、縛魂の術。人の魂を縛り、意のままに操る忌むべき術だ。しかし、使い方次第で、他人の洗脳を相殺したり、心の傷を癒したりすることもできる。
昌浩はむしろ嫌いな術なのだが、どんな術でも覚えておくものだ。
「早く召喚獣を止めてください!」
フリードの下では、エリオとガリューが戦ったままだった。
ルーテシアを天空の元に送り届けてすぐナンバーズの反応が出現した。
「次は俺の番だな」
もっくんが準備体操をしながら言った。作戦の第二段階はもっくんの双肩にかかっている。
「頼むぜ。もっくん」
ヴィータがもっくんに声援を送る。
「そっちこそ、晴明の孫を頼んだぞ」
「ああ、晴明の孫は任せておけ」
「孫、言うな!」
もっくんとヴィータが昌浩をからかう。状況が切迫しているからこそ、冗談で気分を和らげるのだ。
「では、行ってくる」
もっくんが単身走り出した。
「おいおい、白いの一人に任せていいのか?」
アギトが首を傾げた。
「心配いらないよ。もっくんは強いから。でも、もしよかったら援護してあげてくれるかな。もっくん一人だと無茶するから」
「……あんたらには旦那とルールーを助けてもらった借りがある。それくらいならお安い御用だ」
アギトがもっくんを追いかける。
もっくんは戦場の端へ端へと移動していた。
やがて海岸沿いの砂浜で、もっくんはナンバーズに囲まれる。
ブーメラン状の武器を構えたセッテ。巨大な盾ライディングボードに乗って飛行するウェンディ。それにチンクとトーレだ。
「大歓迎だな」
もっくんが毛を逆立てる。
「最大の敵を確実に排除する。作戦の基本だ」
トーレが感情を交えぬ声で言った。トーレとて、出来れば一人で戦いたかった。そうでなければ、あの日の屈辱は晴らせない。しかし、命令は絶対だ。
「そうだな。だからこそ、読みやすい」
戦闘機人に恐怖を与える紅蓮を狙うことなど、最初からお見通しだ。だから、もっくんはあえて他の仲間から離れた。そうすれば、敵は陽動とわかっていても応じざるを得ない。
「おい、そこのチビ、怪我をしたくなければ離れていろ」
「チビって言うな。烈火の剣聖、アギト様だ!」
もっくんの全身から炎が噴き上がり、紅蓮に変化する。
紅蓮目がけて、スティンガーが投げ放たれた。
「IS発動、ランブルデトネイター!」
スティンガーは地面に刺さるなり爆発する。金属を爆発物に変える、チンクの能力だ。
「エリアルキャノン!」
「スローターアームズ!」
ウェンディの砲撃に続いて、セッテがブーメランの動きを操り、不規則な軌道を取らせる。
紅蓮は砲弾を避け、炎蛇でブーメランをからめ捕る。動きの鈍った紅蓮にトーレが追撃をかける。
ナンバーズたちの動きに遅滞はなく、恐怖を抱いてはいないようだった。
「まさか私らが対策を取っていないとでも思ったっスか?」
「我らは恐怖心を抑える薬をドクターより投与されている。もはや貴様など恐れるに足りん!」
ウェンディとトーレの波状攻撃を、紅蓮はぎりぎりで回避する。
「おいおい、偉そうなこと言って、苦戦してんじゃねぇか」
「離れていろ!」
加勢しようとするアギトを制止する。
「どうやら、本気でやれそうだ」
紅蓮が不敵な笑みを浮かべ、額の冠を外す。それまでとは桁違いの、天を衝く巨大な火柱が噴き上がった。
「あ、あれ? 変っスね」
ウェンディは足を止めた。膝が震えて、前に進めない。
「馬鹿な。我らは恐怖心を克服したはず」
チンクも震える腕を抑え込む。
「薬如きで、俺をどうにかできると思ったか? 甘く見られたものだ」
地獄の業火を身にまとい、紅蓮が進み出てくる。額の冠は、紅蓮の強すぎる魔力を封じている。それが外され、真の力が解き放たれた。
「下らん掟には、俺も飽き飽きしていたんだ。これで思う存分楽しめる。さあ、貴様ら、どんな死に方が望みだ?」
まるで力とともに、隠されていた本性が露わになったように、地獄の鬼そのものの形相で紅蓮は笑う。
ウェンディもセッテも及び腰だ。守るようにトーレとチンクが立ちはだかる。
「逃げてもいいぞ。狩りも乙なものだ。一人ずつゆっくり引き裂き、焼き殺してやる」
「怯むな! 敵は一人だ。一斉にかかれば倒せる」
トーレが妹たちを鼓舞する。ここで逃げれば、妹たちは恐慌を起こす。そうなれば、各個撃破される。
「はい!」
セッテが己を奮い立たせる。
ナンバーズ四人が同時に紅蓮に襲いかかる。
「なんてな」
声はまったく別方向からだった。
完全な不意打ちに、なすすべなくチンク、セッテ、ウェンディが昏倒させられる。トーレだけはどうにか回避したが。
「見事な演技だったぞ。騰蛇」
「からかうな。勾」
突如、現れた勾陣に紅蓮は渋面になる。いくら戦闘機人とは言え、年端もいかない女の子たちを怖がらせたとあって、紅蓮はだいぶ傷ついていた。
紅蓮が全魔力を解放したのは、他に注意を向けさせないためだった。紅蓮がナンバーズを脅している間に、隠形した勾陣が接近していたのだ。
「……卑怯な」
「悪いが手段を選んでいる余裕がなくてな」
うめくチンクに、勾陣が悪びれずに答える。チンクはその言葉を最後に気を失う。
「貴様ら!」
トーレの刃、インパルスブレードを紅蓮はかわす。
「勾、後は任せろ」
「いいのか?」
「こいつの執念には付き合ってやらんとな」
紅蓮が半身に構える。
勾陣は倒したナンバーズを一人で担ぎ上げると、その場を去って行った。
「待て!」
「貴様の相手は俺だ!」
トーレの拳と紅蓮の拳が打ち合う。
まっすぐな一撃に、紅蓮は怪訝な顔になる。
「貴様、恐怖を感じていないのか?」
「怖いさ。だが、妹たちを助けるためだ。恐怖になど負けていられるか。ライドインパルス!」
トーレの動きが加速する。手足に発生させたインパルスブレードが、紅蓮の腕を、足を浅く切り裂いていく。
恐怖を克服する方法をトーレは会得した。無理やり抑えつけるのではなく、呑まれるのでもなく、ただ恐怖する自分を受け入れればいい。後は大切な妹たちを守ろうとする強い気持ちが、この身を奮い立たせてくれる。
紅蓮の身体能力は人間を凌駕している。力は向こうが上だが、速さはトーレが圧倒している。
「私の勝ちだ!」
しかし、時間が経つにつれ、トーレの攻撃が当たらなくなっていく。
紅蓮が速くなったわけではない。なのに、繰り出す攻撃が次々と空を切る。
「何故だ!?」
「どんなに速く動いても、紙一重で見切れば避けられる」
紅蓮は五感を極限まで研ぎ澄ませていた。トーレの一挙手一投足に目を凝らし、風を切る音に耳を澄ます。
迫る刃を必要最小限の動きでかわしていく。
「そして、どんなに速く動いても、予測できれば対応できる!」
紅蓮の拳が、トーレを捉える。咄嗟に防御したが、体が後方に流れる。
トーレはナンバーズの中で、誰よりも長く戦ってきた。どのナンバーズよりも多彩な攻撃パターンを持っている。しかし、紅蓮とでは経験値の差があり過ぎた。
紅蓮は、攻撃を右に避けるか左に避けるか、あるいは受け流すか。そんなわずかな運動で、相手の攻撃パターンを誘導しているのだ。
「騰蛇ぁぁああああ!」
トーレが全力を込めた体当たりを仕掛ける。体全部を使ったこの攻撃は絶対に避けられない。
「はああああああああ!」
紅蓮の体から魔力の衝撃波が迸り、トーレと激突する。
「貫け、ライドインパルス!」
インパルスブレードが高速で振動し、衝撃波を切り裂いていく。
「うおおおおおおおお!」
衝撃波に打たれ、トーレの全身が悲鳴を上げる。紅蓮の胸板に届く寸前、インパルスブレードが粉々に砕け散る。ライドインパルスが停止し、速度が鈍る。
紅蓮はトーレの腕をつかむと、勢いのまま投げ飛ばす。トーレは背中から地面に叩きつけられた。
「がっ!」
衝撃で肺の中の空気が全部吐き出され、四肢から力が抜けていく。
紅蓮は安心したように頬の血を拭う。皮を切られただけだが、紅蓮は血まみれになっていた。
トーレを連行しようとすると、その腕をトーレがつかんだ。
「……妹たちは殺させん」
「驚いたな。まだ意識があるのか」
人間に耐えられる勢いではなかったはずだが。トーレは執念だけで体を動かしていた。
「安心しろ。さっきのは演技だ。俺は誰も殺すつもりはない」
「…………誓うか?」
「我が主、安倍晴明と昌浩の名にかけて誓う。お前の妹たちに、これ以上危害は加えん」
紅蓮の誠実さが伝わったのだろうか。トーレの腕の力が緩んだ。
「……そうか。これで心残りはなくなった。殺せ」
「あのな。俺は誰も殺さないと言ったはずだ。もちろんお前もだ」
紅蓮は過去に何度か掟を破り、人を傷つけ、あまつさえ殺したことがある。あんな嫌な思いは二度とごめんだ。掟がなくとも、紅蓮は誰も殺したりしない。
「……情けをかけるつもりか?」
紅蓮は生真面目なトーレに付き合うのが、段々面倒臭くなってきた。この手の相手が満足しそうな回答を瞬時に組み立てる。
「文句があるなら、もう一度挑戦して来い。俺は逃げも隠れもしない。何度でも叩きのめしてやる」
「…………」
トーレはいつの間にか意識を失っていた。
紅蓮はトーレの体を担ぎ上げると、勾陣の後を追った。
最終更新:2012年07月05日 22:12