聖王の揺りかご最深部にて、クアットロが小首を傾げる。
「あらら、もう終わり?」
 画面には救助されたルーテシアと、連行されていくトーレたちが映っている。
「本当に役に立たない連中ばかり」
 ルーテシアを洗脳したのは、海底に埋まっていた聖王の揺りかごを掘り返すためだった。聖王の揺りかごが蘇った今、彼女は用済みだ。最初から使い捨てにするつもりだったが、それにしても早すぎる。
 姉妹たちにしても、不甲斐ないの一言に尽きる。
「それにしても、こいつらも正義の味方にあるまじき戦法ばかり取りますわね」
 クアットロは画面に映る昌浩を憎々しげに指ではじく。
 勾陣の不意打ちももちろんだが、まさか昌浩が洗脳に洗脳をぶつけて相殺してくるとは、予想もしなった。ミッドチルダで使えば、確実に重犯罪者の仲間入りだろう。
「ま、いいですわ。どうせ無駄なあがきですもの」
 いくら精鋭ぞろいでも、二十名そこそこで対時空管理局用に用意した戦力を全滅させられるわけがない。
「次は私のターン。まずは弱いところから」
 クアットロの前に、晴明たちのいる本陣が映し出される。
 本陣は、揺りかごからの断続的な砲撃を、天空、太裳、天一、玄武の張った四つの結界によって防いでいる。しかし、結界の強度には、露骨に差があった。
「ディエチちゃん」
『何、クアットロ?』
 クアットロの通信に、聖王の揺りかごの上部で待機していたディエチが応える。巨大な大砲イノ―メスカノンを持ち、長い髪をリボンで括ったナンバーズだ。
「一番左の結界を撃って。あなたのヘヴィバレルなら破壊できるから」
『了解』
 画面の向こうで、ディエチはイノーメスカノンを構える。彼女の目には狙撃用に望遠機能が搭載されている。敵に照準を合わせ、ディエチは狼狽する。
「どうしたの?」
『だって、あの子、まだ子供だよ?』
 ディエチの目には十歳くらいの黒衣の少年、玄武の姿が映っていた。
「はあ? 何、寝ぼけてるの。あれは十二神将。子どもどころか、人間ですらないわ」
『でも……』
「これは任務よ。撃ちなさい」
『う、うん』
 ディエチのISヘヴィバレルが発動し、撃ちだされた砲弾が、玄武の結界を粉砕する。
「よくやったわ。次は……ディエチちゃん?」
 ディエチは凍りついたように、自分が撃った玄武を見つめていた。血を流し、苦痛にうめく少年。ディエチは罪の意識にからめ捕られていた。
『よくも玄武を!』
 ディエチめがけて敵が接近してくる。ディエチは武器をそちらに向け、敵が五歳くらいの少女、太陰だとわかり咄嗟に銃口を背けた。
 太陰の放つ竜巻がディエチを打ち倒す。
 クアットロは呆れたように、ため息を漏らす。
「本当に愚かな姉妹ばかり。まあいいわ。ガジェットだけでも十分戦える」
 クアットロは眼鏡を放り捨て、結んでいた髪をほどくと、次なる獲物を映し出した。
 高速で戦場を駆けるエリオだ。
「どんなに速く動いても、避けられなければ意味がない」
 皮肉げにクアットロは紅蓮の口真似をする。
 瞬時に大量のガジェットがエリオを包囲する。同士討ちも辞さない全力の一斉射撃がエリオを襲う。
 クアットロの指が、流れるようにコンソールの上を走る。次にフリードに乗るキャロが映し出された。
「どんなに竜が強くても、召喚師を倒してしまえば意味がない」
 キャロめがけて豪雨のようにビームが降り注ぐ。
「そーして」
 次に映ったのは、シャマルの姿だった。
「回復役から倒すのが、ゲームのセオリーよね」
 クアットロは楽しげに舌なめずりする。弱者を蹂躙する喜びにうち震えていた。

「玄武君!」
 シャマルが傷ついた玄武に駆け寄る。傷はもちろんだが、魔力ダメージがとにかく酷い。下手をすると命に関わる。
「お願い、クラールヴィント」
 シャマルが玄武に癒しの魔法をかける。
 しかし、その間、後方の作戦指揮官が不在になった。
「シャマル!」
 ザフィーラがシャマルの前に出て、突如飛来した光線を防ぐ。
 指揮官不在の隙をついて接近してきた、少年のような外見をしたナンバーズ、オットーが右手を構える。
「IS発動レイストーム」
 オットーの手から無数の光線が放たれる。それをザフィーラはバリアで受け止める。
「ザフィーラ!」
「玄武を連れて結界内に退避しろ」
「そうはさせない」
 赤い光を発する双剣を構えたナンバーズ、ディードがシャマルに急接近する。剣が一閃し、シャマルを切り裂く。噴き出した鮮血が服を赤く染める。
「レイストーム」
 容赦ない光線の嵐がザフィーラを襲い、その場に縫いつける。
「ツインブレイズ」
 動けないザフィーラの脇にディードが移動し、剣で切り上げる。
「盾の守護獣を舐めるなぁぁあああ!」
 ザフィーラが吠える。地面から巨大な棘が生え、ディードの双剣の片方を砕く。それと同時にレイストームがザフィーラを飲み込んだ。
「ディード、大丈夫?」
 シャマルとザフィーラの二人を倒し、オットーはディードを無表情のまま気遣う。
「怪我はない。それより次だ」
 ディードたちが振り向くと、怒りに燃える朱雀と、厳しい瞳をした天一が立っていた。
「貴様ら、覚悟はできているんだろうな?」
 力なく横たわるザフィーラ、シャマル、玄武を見ながら、まるで鉄塊の様に巨大な剣を朱雀は構える。
 オットーは無言でレイストームを放ち、天一の結界がそれを受け止める。
 朱雀の大剣と、一本だけになったディードのツインブレイズが火花を散らす。朱雀の力任せの一撃に、ディードは逆らわずに後ろに跳ぶ。それと同時に急加速。一息に朱雀の懐に飛び込んだ。
 ディードには朱雀の武器が理解できなかった。あれだけ巨大な剣では、小回りが利かない。間合いと威力を重視するにしても、槍など別の武器を使った方が効率がいい。
 ディードのツインブレイズが、がら空きになった朱雀の腹に突き出される。
 朱雀の大剣が炎をまとい変化し、ツインブレイズと同じ大きさになる。朱雀は剣の大きさを自在に変えられるのだ。
 小さくなった剣を朱雀は高速で振り下ろす。
 ディードがぎりぎりで後ろに下がると、朱雀の剣が再び巨大化し、横薙ぎに払う。受け止めるも勢いに負け、ツインブレイズが手から離れる。
 朱雀は神足で走り、ディードの腹部に剣の柄を叩きこむ。
「ディード!」
 立ちつくすオットーに朱雀の当て身が炸裂し、二人は意識を刈り取られた。
「天貴(てんき)。みんなの傷の具合はどうだ?」
 ナンバーズ二人を倒し、朱雀が愛する天一に呼びかける。天貴とは、朱雀のみに許された天一の愛称だ。
「一命は取り留めていますが、このままではみんな死んでしまいます」
 天一は悲しげに顔を振る。
「よせ。天貴」
 天一の思惑を察し、朱雀が止める。この状況で皆を助ける方法は一つしかない。しかし、それは朱雀が絶対に許容できない方法だった。
「朱雀。私を信じて」
 天一はシャマルに手をかざす。
 天一の手から淡い光が放たれ、シャマルの傷がみるみる塞がっていく。それに反比例するように、天一の顔が青ざめていく。
 十二神将で唯一の回復の技、移し身の術。相手の傷を自らの体に移す術だ。つまり命に関わる大怪我を移せば、天一の命を危うくする。しかも移し身の術で移した傷は、あらゆる回復魔法を受け付けない。天一が自力で治すしかないのだ。
 十二神将は人間よりも頑丈で治癒力も高いが、過去に天一はこの術で何度も死線をさまよった。その度に朱雀は、天一を失う恐怖に苛まれてきたのだ。
 だが、天一の心を曲げることも朱雀にはできない。今はただ天一を信じ祈ることしかできない。
 シャマルの傷のほとんどを引き受け、天一が倒れる。その体を朱雀が抱き止めた。
 シャマルが意識を取り戻す。倒れる天一を見て、おおよその事情を理解する。
「……天一さん」
「シャマル。みんなの治療を頼む。天貴の思いを無駄にしないでくれ」
 朱雀の真剣な眼差しに頷き返し、シャマルは治療を開始した。

 朱雀がディードたちと戦っている頃、空中ではエリオとキャロに、ガジェットの集中砲火が浴びせられていた。
 二か所同時に巨大な爆炎が発生する。
「いやぁぁああああああ! エリオ! キャロ!」
「落ち着け! フェイト!」
 恐慌をきたすフェイトを、白虎が叱咤する。
「でも、エリオが! キャロが!」
 背中から黒煙を上げながら、フリードが墜落していく。あれだけの火力を防げるバリアをエリオもキャロも持っていない。絶望がフェイトの心を覆う。
「ストラーダ!」
『Sonic Move』
 聞き慣れた声が響き、電光が爆炎を突き破る。
「エリオ!」
「来よ、ヴォルテール!」
 地面に魔法陣が出現し、巨大な黒き龍が出現する。
「キャロ!」
「フェイトさん。僕たちは絶対に死んだりなんかしません!」
 エリオは左半身がぼろぼろになっていた。特に左腕の怪我は酷く、力なく垂れ下がっている。
 包囲された瞬間、防御も回避も不可能だと悟り、左腕を犠牲に一点突破を行ったのだ。
「その為の力を、フェイトさんたちからもらいました」
 傷だらけのフリードが小さくなり、優しくキャロに抱き止められる。
 キャロは、敵の集中攻撃よりわずかに速くフリードの背中から飛び降りたのだ。しかし、すべてを避けられたわけではない。バリアジャケットをところどころ破損し、決して軽くない怪我を負っている。
 コンマ一秒遅れていたら、二人とも死んでいた。そんなぎりぎりの状況判断だった。
(二人とも本当に成長したんだ)
 フェイトはわずかな感慨に浸る。
 ずっと子どもだと思っていた。それなのに、いつの間にか立派な魔導師に成長していた。欲を言えば、もっと平和で穏やかな人生を選んで欲しかった。でも、あの二人は、もう自分で道を選べる。フェイトの手助けは必要ないのだ。
 今日が子どもたちの巣立ちの日だった。喜びと寂しさが同時に去来する。
 フェイトは決然と顔を上げた。
「二人とも、撤退して。キャロはヴォルテールで、本陣の守備を。白虎さん、シグナム、二人の援護をお願い」
「おう!」
「心得た!」
 生き延びはしたが、さすがにこれ以上の戦闘は二人には無理だ。ヴォルテールの手に乗り、エリオとキャロが撤退していく。
 矢継ぎ早に味方に指示を下しながら、フェイトはガジェットの群れと戦う。

 セインはISディープダイバーを使い、地中を潜行していた。
(あちゃー。間に合わなかったか)
 セインの目的は敵のかく乱。敵を倒さずとも、神出鬼没に行動し、敵の戦線を乱す。その途中で、オットーとディードの援護に行こうとしたのだが、敵の強さが予想以上で二人ともあっさりとやられてしまった。
(でも、今がチャンスだよね)
 敵の後方はまだ混乱している。畳みかけるなら今しかない。
 セインは地中からゆっくりと傷の治療を行うシャマルに近づき、いきなり壁にぶつかった。
(ぷぎゃ)
 妙な悲鳴を上げ、セインはぶつけた鼻をさする。
 目の前は普通の地面だ。ディープダイバーで透過できないわけがない。
 セインの背筋に、得体の知れない悪寒が走る。セインは慌てて地上に逃げた。
「水!?」
 地上に出たセインを、水で出来た矛が追いかけてくる。さっきぶつかったのは、水で出来た盾だったのだ。
「見つけましたよ」
 十二神将、天后がセインと対峙する。天后は水の矛と盾を操る。水ならば大地の中でも自由に動ける。まさにセインの天敵だった。
「あなたは私が倒します」
 天后は戦う力を持つ十二神将の中では最弱だ。だが、この厄介な相手だけは倒してみせる。
「ちっ」
 左右から水の矛が、同時にセインを襲う。セインは地中に逃げようとして、踏みとどまる。地中に逃げれば、敵の攻撃が認識できない。ここは走って逃げるしかない。
「波流壁!」
「しまった!」
 足を踏み出したセインを、球状の水の結界が捕らえる。
 天后はやや不満げに後ろを振り返った。
「玄武。邪魔をしないでください」
「我も見せ場が欲しいのでな」
 玄武が横たわったまま、結界を発動させたのだ。全力を使い切った玄武は、今度こそ眠りについた。

 勾陣は一人森の中で、ガジェットと戦っていた。
 十手によく似た筆架(ひつか)叉(さ)と呼ばれる武器を両手に構え、ガジェットを切り裂いていく。
「片づいたようだな」
 そこに紅蓮がやってきた。
「敵はまだまだいる。早く次の戦場に向かおう」
「ああ、急ごう。勾陣」
 勾陣は足を止め、振り向きざま筆架叉を振るう。紅蓮の腕が浅く切り裂かれる。
「気でも狂ったか、勾陣!」
「不勉強だな。騰蛇は私のことを勾と呼ぶのだ」
「……互いの呼び名ね。やっぱり付け焼刃は上手くいかないわ」
 紅蓮の喉から女の声が発せられる。その姿がナンバーズ、ドゥーエのものに変化する。ドゥーエのISライアーズマスク、他人に変装する能力だ。
「名は?」
「ドゥーエ」
「二番と言う意味か。奇遇だな。私も十二神将の中で二番目に強い」
「あらそう。それにしても、愛称で呼ぶなんて、あなたたち、もしかしてそういう関係?」
「さて。ご想像にお任せする」
 会話の途中で、ドゥーエがピアッシングネイルを突き出す。勾陣が筆架叉で爪を上下から挟みこむ。
「ふっ!」
 勾陣が瞬間的に横の力を加えると、澄んだ音を立ててピアッシングネイルが砕ける。
「はあぁぁあああ!」
 続けて迸った衝撃波が、ドゥーエを吹き飛ばし背後の大木に叩きつける。
「惜しかったな」
 勾陣は、脇腹に突き刺さっていたドゥーエの爪を引き抜く。もう少し踏み込まれていたら、危なかった。
 ドゥーエの敗因は、トレーニング不足だ。長い潜入任務で体がなまっていたのだろう。万全の状態ならば、結果は変わっていたかもしれない。
 ISも恐るべきものだった。もし紅蓮以外に化けていたら確実に騙されていた。
「あいつに感謝しないといけないな」
 勾陣は目元を和ませると、聖王の揺りかごを見上げた。
「露払いは終わった。次はお前の番だ。なのは」

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最終更新:2012年07月16日 21:53