高町兄妹がワグナリアを訪れた最初の日の夜、バイトを終えたぽぷらは、佐藤に車で家までも送ってもらっていた。家が近いので、たまに送ってもらうのだ。
「新しいバイトさん、いい人たちだったね」
「どうせ臨時だろ。まあ、仕事さえしてくれればどうでもいい」
「もう、佐藤さんは冷たいよ」
 そうこうする内に、ぽぷらの家に着く。
「それじゃあ、佐藤さん。また明日ね」
「ああ」
 ぽぷらは車から降りると、いきなり街灯の下にしゃがみこむ。
「どうした?」
「なんか落ちてる。宝石みたい」
 菱形の物体が街灯の光を受け反射している。
「ガラスじゃないのか?」
 興味をそそられて、佐藤も車を降りた。肩越しに覗きこむと、確かに青い宝石のような物が落ちている。
「落し物は交番に届けないとね」
 ぽぷらが宝石を拾おうと手を伸ばす。その時、宝石が強烈な光を発した。
「危ない!」
 佐藤がぽぷらをかばう。
 膨大な光が二人を包み込んだ。

 その頃、なのはとユーノは、部屋で魔法の修行をしていた。音尾の家では、高町兄妹にそれぞれ個室があてがわれている。
 フェレットのユーノの髭がピクリと反応する。
「なのは、ジュエルシードの反応だ。それもすぐ近く」
「うん。わかった」
 なのは首から下げていた赤い宝石を取りだす。
「お願い、レイジングハート」
『Stand by Ready. Set up』
 宝石がなのはの声に反応して光を放つ。
 なのはの服が白を基調としたバリアジャケットに、宝石が長い杖へと変化する。
 肩にユーノを乗せ、なのはの足から光の翼が生える。
「行くよ。ユーノ君」
「うん」
 なのはは、窓を開けて夜の空へと飛び立っていった。
 ジュエルシードの反応があったのは、閑静な住宅街の一角だった。
 しかし、その場所には何もなかった。
「移動しちゃったのかな?」
 ジュエルシードは使用者を求めて徘徊したり、近くにいる生物を取りこみ暴走したりする。
「だとすると、早く見つけないといけないね」
「ポプランポプラン、ランラララン!」
 突如、なのはたちの頭上から声が響く。
 月をバックに一人の女の子がポーズを決めていた。
 真夏なのに、なぜか冬用のセーラー服を着て、手には葉っぱが二枚だけついた木の枝が握られている。
「魔法少女ぽぷら参上!」
「俺のことは妖精シュガーとでも呼んでくれ」
 魔法少女ぽぷらの肩には、手のひらサイズの小人が乗っていた。白いコック服に金髪の不愛想な男だ。
「あ、あなたたちは?」
 先日、なのはは黒衣の魔法少女と遭遇し、ジュエルシードを一つ奪われている。目の前の魔法少女は、果たして敵か味方か。

 宙に浮きながら、ぽぷらは盛大に戸惑っていた。
 変な宝石を拾ったと思ったら、魔法少女になってしまった。しかも、佐藤はどういうわけか縮んでいる。
 挙句に変な格好をした女の子まで現れた。今日会った高町なのはに似ているが、他人の空似だろうとぽぷらは思っていた。
「どうしよう、佐藤さん?」
「戦うしかないだろう」
 肩の佐藤は気だるげに言う。
「でも、敵かどうかもわからないし」
「いや。奴は敵だ。ジュエルシードの力で、今の俺には未来が見える」
 佐藤はなのはに指を突きつけた。
「あいつは将来、ちょっとやんちゃをしただけの部下を容赦なく叩きのめし、冷酷卑劣な犯罪者からも悪魔、悪魔と罵られる恐ろしい女になるんだ!」
「私、そんなことしないよ!?」
 いきなり酷い予言をされ、なのはは涙目になった。
「いや、間違いない。ここであいつを倒す方が世界とあいつの為なんだ!」
「割とノリノリだね、佐藤さん!」
「なのは、あれを見て!」
 ユーノが声を張り上げる。
 ぽぷらの胸元、赤いリボンに隠れて見えにくいが、ジュエルシードがきらめいている。
「ねえ、ユーノ君。これってどういうこと?」
 目の前の二人は、あえて指摘しないが、今日出会ったぽぷらと佐藤だ。
 ジュエルシードに取り込まれているにしては、二人は意識をちゃんと保っている。多少ノリが良くなっているようだが。
「信じられないけど、彼らは二人でジュエルシードを制御しているんだ。女の子がジュエルシードから力を引き出し、男の方がデバイスの代わりに制御する」
「そんなことできるの?」
「そうとしか考えられない。でも、いずれ取り込まれてしまうかも。なのは、封印しよう」
「うん。わかった」
 ユーノが広域結界を展開する。空間を切り取ることで、現実世界に影響を及ぼさないようにする魔法だ。
『Divine Shooter』
 桜色の魔力光が三つ出現し、ぽぷら目指して飛んでいく。
「行くよ、佐藤さん。必殺ぽぷらビーム!」
 木の枝にしか見えない杖の先から、魔力ビームが放たれる。
「嘘!」
 ビームはディバインシューターを飲み込み消滅させ、さらになのはめがけて突き進んでくる。
『Protection』
 レイジングハートがバリアを発生させる。
「駄目だ、なのは!」
 ユーノの切迫した声に、なのは咄嗟に横に跳んだ。
 ビームはなのはのバリアをやすやすと貫き、地面を鋭く抉る。あのまま防御していたら危なかった。
 見た目は普通のビームだが、威力はなのはのディバインバスターに匹敵する。
「ど、どうしよう、佐藤さん。なんかすごい威力なんだけど」
 撃った張本人が動揺していた。
「安心しろ。この魔法は非殺傷設定だ。直撃しても気絶だけで済む」
「便利な能力だね。それならもう一度、必殺ぽぷらビーム!」
 再びビームが飛来する。回避するなのはを追いかけるように、連続でビームが放たれる。
 いつまでも避けられないと悟り、なのははレイジングハートをぽぷらに向ける。
「それならこっちも」
『Cannon Mode』
 レイジングハートの先が大砲へと変化し、引き金が出現する。
「ディバインバスター!」
 なのはが引き金を引くと、砲口から桜色の光線が放たれる。
 ぽぷらビームとディバインバスターが正面から激突する。しかし、ビームがバスターを切り裂いて突き進む。
「きゃあああああああ!」
 ぽぷらビームが直撃し、なのはが吹き飛ばされる。バスターである程度相殺したが、バリアジャケットを損傷し、それなりのダメージを受けた。
 最大威力に大差はないようだが、ぽぷらの方が魔力チャージにかかる時間が圧倒的に早い。
「そんな、なのはが撃ち負けるなんて……」
 ユーノが愕然とぽぷらを見上げ、怪訝な顔になる。
「あれ?」
 ユーノはしきりに目をこすった。目がおかしくなったのかもしれない
「あれ?」
 同じ言葉がぽぷらの口からも出た。
 いつの間にかぽぷらの背が、肩に乗っていた佐藤と同じくらいに縮んでいる。
「ど、どういうこと?」
「説明しよう。魔法少女ぽぷらは魔力ではなく、身長を消費して魔法を使っているのだ」
 佐藤が答える。
 そもそもこの世界の魔力保持者は希少だ。その例に漏れず、佐藤とぽぷらも魔力を持っていない。ジュエルシードは、ぽぷらの身長を代価に魔力を与えてくれていたのだ。
「じゃあ、魔法を使えば使うほど、私、ちっちゃくなっちゃうの!?」
「そうだ。ちなみに魔力と違って身長は自然回復しない」
「佐藤さん! どうして最初に教えてくれなかったの!」
「今情報が送られてきたんだ」
「もおぉぉおおおおお! これじゃ私、バイトにも学校にも行けないよ!」
「安心しろ」
「えっ? もしかして解決策があるの?」
「俺もこのままだ」
「余計悪い!」
 ぽぷらが佐藤に文句を言う。このままでは二人とも一生縮んだままだ。佐藤は普段と変わらないようだが、顔が青ざめている。相当困っているようだ。
「え~と?」
「どうやら戦意を喪失したみたいだね」
 口論を始めるぽぷらたちを、なのはとユーノはぽかんと見上げていた。
「ちょっとかわいそうだね。何とかしてあげられないかな? ユーノ君」
「もしかしたら、助けられるかも」
「ホント!?」
 ユーノの一言を聞いたぽぷらが顔を輝かせて近づいてくる。
「うん。そのジュエルシードは身長を魔力に変換できるんだよね。それなら、逆に魔力を注ぎ込めば、身長に変換してくれるかも」
「お願い。助けて、フェレットさん。さっきまでのことは謝るから!」
「ねえ、助けてあげようよ」
「わかった。じゃあ、なのは。レイジングハートをジュエルシードにかざして」
 なのはが教えられた通りに、杖の先からジュエルシードに魔力を注ぎ込む。するとぽぷらの背が元に戻っていく。
「よかった。成功した」
「やった!」
 ぽぷらは両手を上げてはしゃいでいる。そこでふと気がついた。
「じゃあ、魔力を注げば、もっとおっきくなれるってこと?」
「それは無理だ」
 佐藤の背もぽぷらと一緒に元に戻っていた。
「人間には容量ってものがある。風船と同じだな。しぼんでいる風船にはたくさん空気が入るが、限界まで膨らんだ風船にそれ以上空気は入れられない。無理して入れれば破裂してしまう」
「つまり、これが私の限界なの?」
 ぽぷらは落ち込んで道端にうずくまってしまう。佐藤がなのはたちに顔を向ける。
「悪かったな。どうやらあんたらは敵じゃないようだ。それなら、事情を説明してくれないか? 正直、ジュエルシードがよこす情報は、断片的すぎてよくわからん」
「う、うん。いいけど……」
 なのはとユーノからすれば、佐藤は雲を衝くような大男だった。不愛想に見下ろされ、なのはとユーノは少し怯えていた。

 町を見下ろす高層ビルの上に、金色の髪をツインテールにした一人の少女が座っていた。黒いマントとレオタードのような衣装を身にまとい、手には長柄の黒い斧を持っている。
 かつて、なのはと戦った魔法少女フェイト・テスタロッサだ。手持ちのジュエルシードは二個。
「フェイト。ただいま」
「お帰り。アルフ」
 額に宝石がついたオレンジの毛並みの狼が空から下りてくる。フェイトの使い魔アルフだ。
 フェイトは眼下に広がる町並みを眺めながら考え込む。
「それにしても、どうしてここにジュエルシードが集まったんだろう?」
「考え過ぎだよ。ただの偶然だって」
 アルフはそう言うが、フェイトはどうも腑に落ちない。まるで何かに引き寄せられるようにジェルシードが北海道に集結しているのだ。
「まあいいや。ジュエルシードの反応は二つだね。片方にはあいつらが向かったみたいだよ」
「そう」
「あれだけ痛い目に遭ったくせに、まだ懲りないようだね。とっとと諦めればいいものを」
 アルフが目に凶暴な光をたたえる。
「今日はいいよ。もう一つの方に向かおう」
「わかった」
 フェイトとアルフは空を飛び、もう一つの現場へと向かった。
 薄暗い路地に男がうずくまっていた。ジュエルシードの反応は男から出ている。
「さ、早く封印しちまおう」
 フェイトたちが慎重な足取りで近づくと、男がすっくと立ち上がる。
「ふ、ふははははははははは!」
 男がいきなり哄笑を上げる。黒ずくめの服に黒いマント。胸元にはジュエルシードが張り付いている。
「我が名は魔王小鳥遊! さあ、我が前にひれ伏せ!」
 それは変身した小鳥遊宗太の姿だった。
「相当いっちゃてるね。フェイトは下がってな。こんな奴、あたし一人で充分だ」
 アルフが、狼の耳と尻尾を残したまま人間の女性に姿を変える。
 アルフが右手をかざすと、光の鎖がタカナシをとらえようとする。相手を拘束するバインドの魔法だ。
「ふん。年増がこの俺に敵うと思うか!」
 小鳥遊が魔力を解き放つと、光の鎖が消滅する。
「消えた!?」
「もう一度!」
 小鳥遊が手をかざす。
 アルフが体を横にずらすと、背後の街灯がみるみる縮み、杖くらいのサイズになってしまう。
「物体を縮小する魔法!?」
「この力があれば、あらゆるものをちっちゃくすることができる。ふはははははは! この世を楽園に作り変えてやる!」
「アルフ。彼の体をよく見て」
 目を凝らすと、細い糸が小鳥遊を拘束していた。アルフのバインドは消えたのではなく、縮んでいたのだ。小鳥遊は易々と糸を引きちぎる。
 フェイトが四つの雷球を放つ。
「縮め!」
 小鳥遊の直前で雷球が爪の先ほどの大きさになる。命中するが、静電気ほどの痛みも与えられていない。
 物体だけでなく、あらゆる魔法を縮小、弱体化できるようだ。
「アルフ、下がって。こいつ、かなり強い」
 フェイトは小鳥遊と対峙する。すると、小鳥遊がいきなりよろめいた。
「か、」
「か?」
「可愛い!」
 小鳥遊が顔を紅潮させながら叫んだ。
「うおおおおおおおお!」
 タカナシが雄叫びを上げながらフェイトめがけて走ってくる。
「ひっ!」
 正体不明の迫力に、フェイトの腰が引ける。
「フェイトに近づくな!」
 アルフが小鳥遊の懐に飛び込み、拳を胸に叩き込む。
「ぐっ!」
「耐えた!?」
 アルフの全力の拳に、タカナシは足を止めただけだった。どうやらジュエルシードの影響で耐久力も向上しているようだ。
「アルフ、逃げて!」
 小鳥遊が手をかざす。アルフは咄嗟にバリアを張るが、瞬時にバリアが縮んでいく。第二撃が放たれる寸前で、アルフは後ろに跳んで距離を取った。
「あの男、一体なんなんだい!」
 たった一個のジュエルシードの暴走で、フェイトとアルフがここまで手こずったのは初めてだった。
「違う。彼、ジュエルシードに取りこまれてなんかいない」
「どういうこと?」
「たぶん彼の願望の強さが、ジュエルシードを上回ったんだ」
 ジュエルシードを制御しているわけではなく、取りこまれたわけでもなく、暴走したジュエルシードと共生している。普通ならあり得ない現象だ。
「そんな馬鹿な! どんだけ強い願望なんだい!」
「分が悪い。アルフ、ここは撤退しよう」
 人間の意識が残っているなら、放っておいてもそれほど影響はないだろう。
「バルディッシュ」
『Yes, Sir』
 フェイトの指示で斧の形をしたデバイス、バルディッシュから強烈な光が放たれる。小鳥遊がマントで目をかばう。その隙に、フェイトとアルフは離脱する。
「ちっちゃいもの、カムバーック!!」
 取り残された小鳥遊の嘆きが、夜空に吸い込まれて消えていった。

 フェイトたちは根城にしている部屋に戻ると、ようやく一息ついた。
「ええい、忌々しい!」
 アルフはドッグフードを取り出し口に含むと、バリバリと乱暴に咀嚼する。あの小鳥遊とか言う男のせいで、今日はジュエルシードを一個も回収できなかった。
 こんなことがばれたら、あの女に何を言われるかわかったものではない。
「うん。本当に厄介だね」
 攻撃にも防御にも転用可能な縮小魔法。アルフのパンチにも平然と耐える頑強な肉体。
 ジュエルシードを封印する方法は二つ。直接接触で封印するか、大威力魔法をぶつけること。大威力魔法は縮小されて効果がない。接近すればこちらが縮められてしまう。倒す方法が思い浮かばなかった。
『フェイト』
「母さん」
 通信画面が開き、長い黒髪の女性が顔を出す。整った顔立ちをしているのだが、どこか不吉な影をまとっている。フェイトの母親、プレシア・テスタロッサだった。
 フェイトが怯えた顔を、アルフが険悪な顔をする。今日の失態を叱られると思ったのだ。
『これから指示を出します』
 二人の予想に反し、プレシアは淡々と言った。

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最終更新:2012年08月16日 22:44