翌朝、佐藤がバイトに行くと、キッチン担当の相馬博臣と出くわした。にこにこと笑顔を絶やさない取り分け特徴のない男だが、この笑顔が曲者だ。
「おはよう、佐藤君。今日はお疲れみたいだね」
「まあ、ちょっとな」
 ユーノからおおよその説明を聞き、ぽぷらはなのはに協力すると約束した。佐藤は面倒くさいと思ったが、さすがに人や町に被害が出るかもと言われて反対するわけにもいかない。
「へえ、もしかして変な宝石でも拾った? それとも不思議な女の子に会ったとか?」
「てめえ、どこまで知ってる?」
「何のこと? 俺は冗談を言っただけなんどけど……」
 佐藤が胸ぐらをつかむと、相馬はだらだらと脂汗を流す。
 相馬の情報網は凄まじく、他人の秘密をことごとく知っている。相馬なら昨日のことを察知していてもおかしくない。本当に油断のならない男だった。
「俺は何も知らないよ! まだ!」
 まだと言うあたりに本音が混じっている。さすがに考え過ぎだったかと佐藤は、相馬を解放する。
 相馬は襟元を直しながら、話を変えた。
「そういえば、新人さん、今日からだよね。どんな人たちか楽しみだな」
 噂をすればなんとやら、そこに高町兄妹がやってきた。恭也も美由希も浮かない顔をしている。
「おはようございます」
 たった一人、なのはだけが元気に挨拶する。恭也と美由希が来なくていいと説得したのだが、どうしても手伝うと譲らなかったのだ。恭也たちは小鳥遊になるべく近づかないという条件で渋々承諾するしかなかった。
 なのはが手伝いにこだわった理由はぽぷらだった。一応封印を施したが、ジュエルシード暴走の危険性がなくなったわけではない。念の為、なるべくぽぷらの側にいるようユーノから言われているのだ。
「おはよう。俺は相馬博臣。よろしくね、なのはちゃん。それに高町恭也君と美由希さんだよね」
「よろしくお願いします」
 ようやくまともそうな人に会えたと、恭也は少しほっとする。
「こいつは人の秘密を握って脅迫してくるからな。気をつける」
 佐藤が忠告する。
「やだなぁ、人聞きの悪い。俺が知ってるのはせいぜい……高町恭也、大学一年生。父親から幼い頃より御神流の 剣術を習う。恋人の名前は月村忍。夏休みのデートの約束断るの、大変だったんだってね。それから……」
「相馬、もういい」
「痛いよ、佐藤君!」
 佐藤に引っ張られて相馬が厨房へと姿を消す。
「……恭ちゃん、私たち忍さんの話なんてしてないよね?」
 恭也は無言で首肯する。こちらの個人情報をどこまで知っているのか。得体の知れない相手だ。
「あれ? 今相馬さんの声がしませんでしたか?」
「うわ!」
 突然、天井が開き、梯子が下りてくる。そこから滑るように長い黒髪の女の子が下りてきた。フロアスタッフの格好をしているので、ワグナリアの店員だろう。どうやらここに住んでいるらしい。
「おや、あなたたちはどちら様ですか? あっ、わかりました。あなたたちが新人さんですね。私は山田葵。わからないことがあったら何でも聞いて下さい!」
 女の子は胸を張って威張りだす。しかし、そのエプロンには研修中のバッチが取り付けられていた。
「ええと、山田さん?」
 恭也が名前を呼ぶが、山田は不思議そうに首を傾げる
「山田さん?」
「はっ。そうでした。私、山田でした!」
(偽名!?)
 偽名を使い、ここに住んでいるとなると、家出少女だろうか。
 ワグナリアには、変人しかいないのかと恭也と美由希は頭を抱えた。

 メンバーに不安を抱えたまま開店したが、仕事は滞りなく進んで行く。どうやら能力は案外高いらしい。
「高町さん。洗い物が重くて持てないのでお願いします」
「はい」
「美由希ちゃん。高くて届かないので、コップをお願いします」
「……はい」
 ぽぷらに仕事をちょくちょく頼まれるが、これくらいならご愛嬌だろう。後、たまに山田が皿を割っているが、それも多分きっとご愛嬌だろう。
 客の入りも思ったより激しくなく、店内はどこかゆったりと時間が過ぎていく。
(そうなんだ。なのはちゃんには敵がいるんだ)
(敵……なのかな? とにかくその子もジュエルシードを狙ってるの)
 ぽぷらとなのはは並んでお皿を吹きながら、念話で会話する。服に隠れて見えないが、ジュエルシードは細い紐で、ぽぷらの首から下げられている。変身を解除したら自然とこの形に変わったのだ。
(多分悪い子じゃないと思うんだけど……)
(どうして?)
(……その子、とっても寂しくて綺麗な目をしているの。それに私を倒した時に、ごめんねって呟いたんだ。何か理由があるんだと思う)
(そうなんだ)
(おい、7卓の料理できたぞ)
「はーい」
 突然割り込んできた佐藤に、ぽぷらは返事をする。
「佐藤さん。横着しないで、ちゃんと口で言ってよ」
「これ便利だな」
「もう!」
 ぽぷらは料理を運んでいく。ぽぷらが一定範囲内にいれば、佐藤も念話が可能だった。
(じゃあ、バイトが終わったら、ジュエルシード集めだね。今日から頑張ろう。なのはちゃん)
(うん。頑張ろうね。ぽぷらちゃん)
(次の料理もそろそろできるぞ。種島)
「さとーさーん!」
 ぽぷらの文句もどこ吹く風で、佐藤は淡々と仕事をこなしていた。

「高町さん。ちょっと野菜を持ってきてもらっていいですか?」
「わかりました」
 八千代に言われ、恭也は裏に向かう。そこで従業員用入口から入ってきた高校生の女の子と出くわした。
 オレンジっぽい茶髪をショートカットにし、ヘアピンをつけた、スレンダーな体系の女の子だった。
「あ、君もバイトの……」
「いやああああああ!」
 恭也が口を開くなり、女の子は悲鳴を上げ、すくい上げるようなボディブローをお見舞いしてきた。
「!?」
 恭也は咄嗟に腕で防御するが、あまりの威力に腕がしびれ、体がかすかに宙に浮く。
「恭ちゃん!?」
 悲鳴を聞きつけ、フロアの女の子たちが駆けつける。
「伊波ちゃん、ストップ!」
 ぽぷらが恭也と女の子の間に割って入る。
 八千代とぽぷらの二人になだめられ、伊波と呼ばれた女の子は落ち着こうと深呼吸している。
「恭ちゃん、この子に何したの?」
 美由希が目を釣り上げて詰問してくる。明らかに誤解している。
「違う。俺は何もしていない」
「何もしていないのに、女の子が悲鳴を上げるわけないでしょう。事と次第によっては忍さんに……」
「いきなり殴られて、訳がわからないのは俺の方だ!」
「違うんです。美由希さん」
 遅ればせながら小鳥遊と杏子がやってくる。同情するような眼差しを恭也に向けていた。
「あの人は伊波まひるさん。極度の男性恐怖症で、怖さのあまり男と見れば見境なく襲いかかってくるんです」
「ごめんなさい! どうしても男の人が怖いんです!」
(どっちがだ!)
 恭也は心の中で叫ぶ。伊波の一撃はとても重く、受け止めた場所は確実に痣になっているだろう。力だけなら、恭也すら凌ぐ。
「最近、少しは男に慣れてきたと思ったんですが、やっぱり初対面の人だと駄目ですね」
「小鳥遊君。もしかして、君は伊波さんに……」
「ええ。シフトが同じだと、日に四回は殴られてます」
 恭也はさすがに小鳥遊に同情した。よく生きていられるものだ。
 小鳥遊は振り返って杏子を見た。
「店長、またシフト間違えましたね? 駄目じゃないですか、男の人と伊波さんを一緒にしたら」
「間違えてない。こいつの親父が、高町兄なら殴られても防御できると言ったんだ」
 杏子がしれっと言った。
 それなら事前に教えて欲しかったと恭也は思う。
「……お互い、殺されないように頑張りましょう」
 小鳥遊がしみじみと言った。恭也は返事をすることができなかった。

 夜、ワグナリアになのはとぽぷらたちは集合していた。
 店内の明かりは消え、周囲に人の気配はない。屋根裏には山田がいるはずだが、今の時間に外には出てこない。
「なのは、早速ジュエルシードの反応だ!」
「レイジングハート、お願い」
『Set up』
 なのはがバリアジャケットを装着する。
「ポプランポプラン、ランラララン!」
「それ、必ず唱えないといけないのか?」
 ぽぷらが元気に、佐藤がげんなりと光に包まれる。ぽぷらはセーラー服に木の枝、佐藤はキッチンの制服を着て、手の平サイズまで縮んでいる。
「魔法少女ぽぷら参上!」
「……ま、魔法少女リリカルなのは見参!」
 二人並んでポーズを決める。
「なのは、別に付き合う必要はないんじゃ?」
「にゃはは。つい」
 なのはたちは星の瞬く夜空を飛行する。
 反応があった場所は、ワグナリアからそれほど離れていない路地だった。
 なのはたちは地面に下り立ち目を丸くする。
 マントを羽織った小鳥遊が、黒衣の魔法少女、大型の狼と一緒にいた。ユーノが感知したのは、小鳥遊のジュエルシードだったのだ。

 時間は少し前にさかのぼる。
 バイトを終えて帰路についた小鳥遊は悩んでいた。
「高町さんも美由希さんも、絶対俺のことロリコンだと思ってるよな」
 兄と姉の鉄壁のブロックに、小鳥遊は今日一度もなのはと会話できなかった。
「せっかく先輩以外の心のオアシスができたのに、酷い!」
 どうにか誤解を解かねばならないが、小鳥遊の問題はそれだけではない。
「それにしても、これ、どうしよう?」
 小鳥遊は首から下げていたジュエルシードを取り出す。
 昨日はやけにテンションが上がって気にならなかったが、現実にはあり得ないことの大連発だった。
 魔法の使い手となり、同じ魔法使いの女の子と戦った。しかも狼女まで現れた。普通なら夢だと思うところだが、この宝石が確かな証拠だ。
 この宝石を使えば小鳥遊の夢は叶うかもしれない。だが、冷静になった今では得体の知れない力に頼る気にもなれない。
「こんなこと、誰にも相談できないし」
 その時、電信柱の裏で影が動いた。
「猫? 犬?」
 覗きこむと、昨日出会った女の子がいた。今日は黒い普通の服を着ている。寄りそうように狼形態のアルフもいた。
「私の名はフェイト・テスタロッサ」
「小鳥遊宗太です」
 名乗られて、反射的にこちらも名乗る。
「今日はあなたにお願いがあって来ました」
 フェイトがおずおずと言う。人にどう接したらいいかわからない。そんな戸惑いが伝わってくる。
「喜んで!」
 小鳥遊は鼻息荒く頷いた。
「……まだ何も言ってない」
「どんなお願いだって聞きます!」
 詰め寄ってくる小鳥遊に、フェイトは若干後ずさりする。
 アルフが小鳥遊とフェイトの間に強引に体を割り込ませ、毛を逆立てて威嚇する。しかし、小鳥遊の視界にアルフは入っていない。小鳥遊の趣味からすると、狼アルフは大型過ぎる。
 フェイトは小鳥遊から少し距離を取り、ジュエルシードと小鳥遊に起きた変化について説明をし、最後にこう付け加えた。
「私はジュエルシードを回収しています。あなたにもそれを手伝って欲しいんです」
 昨日のプレシアの指示は、小鳥遊の手を借りろというものだった。
 それを聞いた時、アルフは最初耳を疑った。
 普段、プレシアは母親でありながら、フェイトに冷たい。それなのに、協力者を指示するなんて珍しいこともあるものだ。
(まあ、あの女なりに、娘を心配していたということか)
 アルフは少しだけプレシアを見直した。小鳥遊の性格はかなり変だが、実力は折り紙つきだ。後は、自分がなるべくフェイトに近づけないようにすればいい。
「はい。わかりました!」
 フェイトの頼みを小鳥遊は快諾する。
「あの、集めている理由を訊かないんですか?」
「必要ありません!」
 小鳥遊の胸のジュエルシードが光り輝き、魔王へと変貌する。
 その直後、なのはとぽぷらが現れた。

 フェイトが無言でバルディッシュを構える。
「……もしかしてあの人たちって、フェイトちゃんの敵?」
 だらだらと脂汗を流しながら、小鳥遊が訊く。
「うん。右の子は初めて見るけど」
「……俺の知り合いなんだけど、戦わないといけないんだよね?」
「そうだよ。協力するって言ったんだ。手伝ってもらうよ」
 アルフが牙をむき出して前に出る。
 フェイトたちを前に、ぽぷらが右肩の佐藤に話しかける。
「ねえ、佐藤さん。あの人、かたなし君だよね?」
「間違いない。あいつもジュエルシードを拾ったか」
 さすがのぽぷらも、今回は他人の空似とは思わなかったようだ。
「小鳥遊さん。あの子もジュエルシードを持ってる」
「え、じゃあ……」
「うん。早く回収しないと」
 ぽぷらも小鳥遊も、互いにジュエルシードに取り込まれていると誤解していた。
「~~~~先輩、なのはちゃん、ごめんなさい!」
 小鳥遊が両手をかざす。
 危険を察知して、なのはとぽぷらが左右に跳ぶ。背後の塀が縮んでいく。
「縮小魔法? なのは、気をつけて!」
 ユーノが広域結界を展開する。
「ぽぷらちゃん、一気に封印行くよ!」
「うん!」
「ディバインバスター!」
「必殺ぽぷらビーム!」
 二人の放つ光線が小鳥遊に迫る。
「縮め!」
 細く小さくなった光線を、タカナシは肉体で受ける。小さくなったとはいえ、まだそれなりの威力を維持していたはずだが、びくともしていない。
「ぽぷら、上!」
「ジュエルシード封印」
 フェイトがバルディッシュを振り上げていた。
 ぽぷらは咄嗟に木の棒で受け止める。
「きゃー! きゃー!」
 木の枝が折れそうで、ぽぷらが半狂乱で泣き喚く。
「嘘」
 フェイトは唖然としていた。
 火花を上げながら、木の枝はバルディッシュの刃と拮抗している。これもジュエルシードのなせる業か。
「撃て!」
「ぽぷらビーム!」
 無理な体勢から、ぽぷらがビームを撃つ。フェイトは横に移動するが、マントの端がビームに消滅させられる。尋常な威力ではなかった。
「フェイトちゃん! 邪魔しないで、なのはちゃん!」
 小鳥遊がなのはの攻撃を受けながらも、フェイトの加勢に行こうとする。
「もしかして……」
「この子……」
 小鳥遊とぽぷらの表情を見て、なのはとフェイトが同時に言った。
「「ジュエルシードに取り込まれていない?」」
「「へっ?」」
 全員が動きを止めた。

 とりあえず一時休戦となり、互いの変化について説明しあう。
 フェイトとアルフは遠くから話し合いを見守っていた。話し合いなどするつもりはなかったのだが、小鳥遊が頼んでどうにか武器を納めてもらっていた。
「なるほど、小鳥遊はそっち側に付いたか」
「はい。すいません。約束してしまったので……」
 正座した小鳥遊が、佐藤にそっと手を伸ばす。
「どさくさにまぎれて撫でるな」
 佐藤が小鳥遊の手を叩き落とす。小鳥遊は悲しげに手を引っ込めた。
「でも、まさかジュエルシードと共生できる人がいるなんて」
 ユーノは興味深そうに小鳥遊を観察する。どれだけ強い願望を持っているのか、計り知れない。
「ところで提案なんだが、この休戦もうしばらく続けないか?」
 佐藤がフェイトとアルフにも聞こえるように言った。
「俺たちは互いにジュエルシードを集めている。それなら、まずはジュエルシード集めに専念し、集め終わったら、それを賭けて勝負すればいい」
「同時に見つけた場合は?」
「じゃんけんでいいんじゃないか?」
「ふざけるな。こっちは遊びでやってんじゃないんだよ!」
 アルフが激昂する。
「ジュエルシードを一刻も早く集めたい。そこまでは一致しているはずだ。いちいち戦っていたら、時間と労力のロスだ」
 そう言われると、アルフは反論できない。
 手分けして探索した方がより早く終わるが、さすがにそこまで慣れ合う必要もあるまい。
「ねえ、そうしようよ、フェイトちゃん」
 なのはも必死に呼びかける。
「目的があれば、ぶつかり合うのは仕方のないことかもしれないけど、何度も何度もフェイトちゃんたちと戦うなんて、私、やだよ」
「…………」
「お願いします!」
 小鳥遊が頭を下げる。バイトの同僚と険悪にならないためには、これが最善の策だった。
「……わかった。それでいい」
「フェイト?」
「早く集められるならその方がいい。平気だよ。私は強いから」
 フェイトが優しくアルフの頭を撫でる。
「決まりだな」
 話し合いが終わるなり、フェイトとアルフは夜の闇に消えていく。
「ありがとう。佐藤さん。おかげで初めてフェイトちゃんと話し合いができました」
 無邪気に喜ぶなのはに、佐藤は微妙な表情を浮かべた。
 まさか、変身していると煙草が吸えないので、早く解決したいとは口が裂けても言えなかった。

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最終更新:2012年08月16日 23:56