朝、自宅の前で、小鳥遊はフェイトたちと合流する。
 フェイトの手には甘いお菓子の入った箱が握られている。母親へのお土産だ。
「母さん、喜んでくれるかな?」
「心配いらないよ。この短期間に四つもジュエルシードを集めたんだ。あの人だって、きっと褒めてくれるさ」
 フェイトたちは会話をしながら、人気のない空き地に移動する。
「フェイトちゃんのお母さんって、どこに住んでるの?」
「次元の向こうさ」
 小鳥遊の質問にアルフが答えると同時に、フェイトが転送魔法を発動させる。小鳥遊たちは次元の彼方へと転送された。

 高次元領域、時の庭園。
 小鳥遊とアルフを扉の外に待たせ、フェイトは一人母親と会う。
「これがジュエルシードです」
 フェイトがジュエルシードを三つ空中に浮遊させる。
「小鳥遊さんの分を入れて、全部で四つ集まりました」
「……確かにジュエルシードね」
 プレシアは椅子に座ったまま、ジュエルシードを無感動な目で眺めている。
「でも、フェイト。私は何と言ったかしら?」
「……すべてのジュエルシードを集めるようにと」
「これだけの時間をかけて、協力者までいながら、たったの四つしか集められないの?」
 口調は静かだが、不穏な気配が漂っている。フェイトは怯えたように身をすくめる。
 プレシアはフェイトの持つ箱に目を向けた。
「それは何?」
「か、母さんへのお土産」
「……そんな暇があるなら、ジュエルシードを探してきなさい!」
 プレシアが声を荒げ、手にした鞭でフェイトを打つ。
 焼けつくような痛みに、フェイトは悲鳴を上げて倒れる。
「母さんには時間がないって言ったでしょう。残念だわ、フェイト。私はあなたにお仕置きしないといけない」
 プレシアが再び鞭を振り上げる。フェイトは思わず目をつぶった。
 室内に響き渡る鞭の音。しかし、予期した痛みは襲ってこなかった。
 恐る恐る目を開けると、大きな背中がフェイトの前にあった。
「大丈夫、フェイトちゃん?」
 小鳥遊が優しく声をかける。中から鞭の音が聞こえるなり、小鳥遊は部屋へと踏み込み、フェイトをかばったのだ。
「は、はい」
「邪魔をするな!」
 プレシアの鞭が小鳥遊の頬を浅く切り裂く。それでも小鳥遊は怯まず、相手を睨みつける。
「おい、年増」 
「と……!」
 どすをきかせた小鳥遊に、プレシアは鼻白む。
「お前、今自分の娘に何をした?」
「あなたが小鳥遊ね。私たちの問題に口出ししないでちょうだい」
「ふざけるな!」
 ジュエルシードが輝き、小鳥遊は魔王モードへと変身する。
 小鳥遊は年増を嫌っている。しかし、この世で最も憎悪するのは、ちっちゃいものを虐げ傷つける存在だ。
「いいか、ちっちゃいものは可愛いんだ! ちっちゃいものは正義なんだ! それをぶつ権利なんて誰にも……特に、お前のような年増にはない!」
「刃向う気?」
 プレシアも鞭を杖へと持ちかえ戦闘態勢を取る。
 一触即発の雰囲気の中で、フェイトが小鳥遊のマントの裾をつかんだ。
「やめて、小鳥遊さん」
「でも」
「お願い。ジュエルシードを集められなかった、私が悪いんです」
 フェイトに懇願され、小鳥遊は渋々引き下がる。プレシアも杖を収め、とりあえず戦闘は回避された。
「ジュエルシードを集めればいいんだな?」
「ええ、そうよ」
「待っていろ。すぐに集めてきてやる」
 小鳥遊は吐き捨てるように言うと、フェイトを抱き上げ、時の庭園を後にした。

 隠れ家で、アルフはフェイトの傷の手当てをする。
「やるじゃないか、小鳥遊。まさか、フェイトの為にあの鬼婆に挑むとはね」
 今回の一件で、アルフの小鳥遊の評価はかなり上がっていた。
 小鳥遊はアルフの賛辞も聞かずに、室内を調べていた。整理整頓されているが生活感がなく、どこか寂しい。
「本当は優しい母さんなんです。ジュエルシードを全部集めれば、きっと元の優しい母さんに戻ってくれるはず」
 フェイトが小鳥遊に一枚の写真を渡す。そこには、優しい微笑みを浮かべたプレシアとフェイトが写っていた。絵に描いたような幸せな親子の図だ。
 今日会ったプレシアと写真の人物が同じとは、小鳥遊にはとても信じられなかった。思わず他人の空似ではないかと疑ってしまう。アルフを窺うが、黙って首を横に振る。どうやらアルフも昔のプレシアを知らないらしい。
「アルフ。小鳥遊さんにも手当てを」
「いや。俺はこれでいい」
 小鳥遊の頬には、おざなりに絆創膏が張られている。この程度の怪我など慣れっこだ。時の庭園から戻ってからというもの、小鳥遊は厳しい表情を崩していない。
 冷蔵庫を開くと、中には必要最低限の食材しか入っていなかった。
「普段、食事はどうしているんですか?」
「それは……」
 アルフは目を伏せる。こちらに来てから、フェイトはあまり食べていない。
「アルフさんは?」
「私は、ほら、これがあるから」
 出しぱっなしになっていたドッグフードの箱を掲げる。
 小鳥遊は拳を握りしめた。フェイトがどんな暮らしをしているか、考えもしなかった自分に腹が立つ。母親がいると聞いて、てっきり二人で暮らしているのだろうと思い込んでいた。
 小鳥遊はソファーに横たわるフェイトの手を取る。
「フェイトちゃん、俺の家に来ない?」
「えっ?」
「ちょっと、いや、かなり騒がしいけど、こんなところにいるよりずっといい。部屋は余ってるし、食事も俺が用意するから」
「でも、迷惑なんじゃ?」
「気にしないで」
「フェイト。そうしなよ」
 アルフもフェイトの体調はずっと気がかりだったのだ。小鳥遊が作るなら、フェイトも食べないわけにはいかないだろう。少々危険な気がしないでもないが、恋人になるつもりはないという小鳥遊の宣言を信じることにする。
 小鳥遊は腕時計に目を落とす。帰って昼飯を作るには丁度いい時間だ。
「いいよね?」
「わかりました」
 フェイトはおずおずと頷いた。

 その頃、一人の女子高生がワグナリアの従業員用通路を通っていた。
 赤縁の眼鏡に、前髪の左側が激しくカールして渦を巻いている。フロアスタッフの松本麻耶だ。
 名前も普通。容姿も普通。仕事も普通。普通を人生の至上の目的とし、山も谷もない平坦な一生を送ることを夢見ている。
「こんにちは。種島さん」
 笑顔で休憩室にいたぽぷらに挨拶する。
「こんにちは。今日はご機嫌だね、松本さん」
「まあね」
 常日頃、松本の機嫌はあまり良くない。ワグナリアは変人の巣窟で、松本は同類扱いされないよう、バイト仲間からなるべく距離を置いているのが原因だ。
 しかし、この前、初めて高町兄妹と一緒に仕事をしたのだが、とても普通の人たちだった。
(ようやくワグナリアに普通の人たちが。これをきっかけに、もっと普通の人たちがバイトを始めてくれれば)
 松本は鼻歌を歌いながら、更衣室でウェイトレスの制服に着替える。
 ただし、下の妹だけは別だ。
 少し大人び過ぎているのも気になるが、それ以上に松本はなのはを警戒していた。これまでとは別種の普通じゃない気配がする。一番近づいてはならない相手だと、松本の直感が告げていた。
 いつもよりも軽い足取りで、仕事場へと向かう。
「あ、松本さん」
「高町さん……!?」
 松本が声のした方を見て絶句する。
 恭也が床に手をついて、棚の下に落ちたフォークを拾っていた。服が汚れないように、袖をまくっていたのだが、腕に無数の刀傷があった。
 恭也は気まずそうに袖を直すと、すたすたと歩いて行ってしまう。
(刀傷……。いいえ、剣術を習ってるなら、それくらい普通よね?)
 松本は自分を無理やり納得させながらフロアに出た。そこでは美由希が、うっとりと八千代の刀を眺めていた。
「美由希ちゃんは本当に刀が好きねぇ」
「はい!」
 刀を鞘にしまいながら、美由希が嬉しそうに頷く。
「あ、松本さん、こんにちは」
 松本はふるふると全身を震わせていた。
「松本さん?」
 美由希がいぶかしげに、松本の顔を覗き込む。
「この裏切り者ー!」
「ええっ!?」
 突然罵倒されて、美由希が目を白黒させる。
 刀剣マニアなど、絶対に普通の女子高生の趣味ではない。
 松本も普通にこだわり過ぎる変人なのだが、本人はまったく認めようとはしなかった。

 八千代が松本をなだめている横で、伊波がパフェの作り方をなのはに教えていた。
「こうやって、アイスとフルーツを……後は生クリームで飾り付けをして完成。ね、簡単でしょ?」
「はーい」
 なのはは教えられた通りにてきぱきとパフェを作っていく。
「すごい。一度見ただけなのに」
 生クリームの飾り付けに少々コツがいるのだが、なのはは完璧に仕上げていた。
「家でお母さんに教えてもらったことがあるから」
「そっか。高町さんのお母さん、パティシエだったっけ」
 伊波の作ったパフェはすでに杏子が食べ始めている。なのはのパフェもすぐに杏子の胃の中に消えていくだろう。
「杏子さん。言って下されば、私がお作りしますのに」
 八千代が少しむくれて言った。
「んー? ところで、八千代。高町兄妹は使えるか?」
「はい。もう教えることがないくらいです」
 普段から翠屋を手伝っているだけあって、恭也も美由希もすでに仕事をほとんど覚えてしまった。
 伊波は男性恐怖症の為、女性の接客しか、つまり半分の仕事しかできない。新人に追い抜かれてしまったようで、肩身が狭い。
 そこに恭也が通りがかった。
「きゃあああああああ!」
 伊波の拳が恭也の顔面に迫る。恭也は横から伊波の腕を押し、軌道をそらせる。拳が顔の横を通過し、ワグナリアの壁を粉砕する。
 伊波の二発目が来る前に、恭也は伊波の射程圏内から離脱する。
「こら、伊波。店を壊すな」
「ごめんなさい!」
 恭也と杏子に、伊波は謝る。
「お兄ちゃん!」
「心配するな。怪我はしてないから」
 駆け寄ってくるなのはを安心させるように、恭也は笑顔を作る。なるべく接近しないようにしているのだが、伊波は気配が薄く、どうしても日に何度かは接触してしまう。
「山田、つまずきました!」
 突如、頭上から水の入ったバケツが降ってくる。
「!」
 恭也の視界から色が消え、バケツの速度がスローモーションになる。次の瞬間、恭也はなのはを抱きかかえて、水のかからない場所まで移動していた。
「はっ! 高町さんが消えました!」
 バケツを飛ばした犯人、山田が驚く。
「恭ちゃん、神速使ったでしょ」
「なのはを守るには、これしかなかったんだ」
 恭也は乱れた呼吸を整えながら言った。
 神速は御神流の奥義の一つで、瞬間的に己の知覚力を極限まで高め、高速移動を可能にする。山田の目には恭也が消えたようにしか見えないだろう。
「やっぱり普通じゃないしー!」
 遠くから松本の嘆きが響いてきた。
「ひょっとして父さんは、修行の為にここに送り込んだんだろうか?」
 恭也は最近、真剣に考えてしまう。どうもワグナリアで働きだしてから、実戦の勘が磨かれている気がするのだ。

 昼食時、食卓に小鳥遊姉妹が集合する。小鳥遊姉妹は四人とも背が高く、揃うとなかなかの迫力がある。
 気圧されないよう活を入れながら、小鳥遊は食卓の前に立つ。
「食事の前にちょっと話があるんだけど」
 小鳥遊が手招きすると、アルフとフェイトが部屋に入ってくる。
「こちらは、アルフ・テスタロッサさんと、フェイト・テスタロッサちゃん」
 ややこしいので、二人には姉妹の振りをしてもらうことにした。
「今日からこの人たちを家に泊めたいんだけ……ど!」
 小鳥遊が言い終わる前に、顔面に六法全書が炸裂する。
「まず理由を言え。話はそれからだ」
 六法全書を投げたのは、長女の小鳥遊一枝だ。年は三十一歳で、眼鏡をかけて口元にはほくろがある。職業は弁護士。ちなみにバツイチだ。
 小鳥遊が痛みに呻きながら、話を続ける。
「ちょっと問題があって、彼女たちの家の改修工事をしなきゃならなくなったんだ。その工事が終わるまでの間、泊めてあげてくれないかな?」
 ここに来るまでの間に、必死に考えた嘘を口にする。平静を装っているが、嘘がばれないかと内心冷や冷やしている。
「ご両親は?」
「母親は仕事で海外に。当分帰って来れそうにないって」
 これは嘘ではない。ただし海は海でも、次元の海の外側だが。
「私は賛成。アルフちゃん、仲良くしよう」
 ビールを片手に、三女、梢が朗らかに手を上げる。
(梢姉さん、ナイス!)
 梢がいち早く賛成してくれたことで、場のムードが一気に賛成側に傾く。
「……私も。恋の話とか聞かせてもらえると……嬉しい」
 黒ずくめの女性が掠れた声で喋る。次女、泉だ。二十八歳で、職業は恋愛小説家。常にネタに飢えて苦しんでいる。滅多に部屋から出ずに原稿を書いている為、運動能力は極限まで低く、歩行すらままならず這って移動する。
「お泊りかぁ~。楽しそうだね。フェイトさん、年はいくつ?」
 最後の一人、髪を肩口で切りそろえた女の子が楽しげに質問した。
「九歳です」
「そっか。私は妹のなずな。十二歳、小学六年生です」
「えっ?」
 フェイトは驚いた。なずなは小鳥遊よりわずかに背が低いだけで、ほとんど変わらない。てっきりなずなも小鳥遊の姉だと思っていた。
「ねえ、アルフ。私も三年したら、あんな風になれるのかな?」
「た、たぶんね」
 絶対に無理だと思ったが、アルフは言えなかった。夢を持つのは人の自由だ。
「工事期間はどれぐらいだ?」
「長くても一カ月はかからないんじゃないかと」
「はっきりしないな。業者を教えろ。私が直接聞いてやる」
 一枝が立ち上って電話へと向かう。
「……ご迷惑でしたか?」
 不機嫌な一枝に、フェイトはおずおずと言った。
「………………」
 一枝はフェイトをじっと眺めると、いきなり両腕で抱きしめた。
「あの?」
「はっ! すまない、つい」
 一枝は慌ててフェイトを解放する。
「ふっふ~。フェイトちゃん。可愛いよね~。こんな可愛い子のお願い断れるわけないんだから、ほら、一枝姉も無駄な抵抗はやめて許可しちゃいないよ」
 梢が勝ち誇ったようにフェイトに頬ずりする。一枝は何かを堪えるように手で顔を押さえている。どうやら小鳥遊家は全員ミニコンらしい。
「……一カ月だな。それくらいなら、まあいいだろう」
 一枝がどうにか体面を取り繕いつつ着席する。
「宗太! 早く食事にしろ!」
 そして、小鳥遊に八つ当たりをするのだった。
 各自の前にサンドイッチが乗った皿が置かれる。具は、卵やハムにチーズ、野菜など、栄養のバランスが考えられており、種類も豊富だ。
 フェイトは別次元の人間なので、どんな食器が使えるか小鳥遊は知らない。素手でも食べられるようにサンドイッチにしたのだ。
 箸やスプーンを使えるか、好き嫌いはないか、質問しようかとも思ったが、フェイトは遠慮して本当のことを答えなさそうだ。後でアルフに確認しておかないといけない。
「嫌いな物があったら無理しなくていいからね。好きな物だけ食べて」
「いえ、大丈夫です」
 小鳥遊に返事をしながら、フェイトはイチゴジャムのたっぷり入ったサンドイッチを手に取る。
 一口かじると、ジャムの風味が広がる。ミッドチルダのパンとジャムとは少し味が違う。咀嚼していると、フェイトの頬を一筋の涙が伝う。
「宗太ー!」
 再び六法全書が空を舞い、宗太の顔面を直撃する。続いて梢が立ち上り、宗太の腕を捻じり上げる。
「こんな小さい子泣かすなんて、あんた何してんの!」
「フェイトを泣かす奴は、あたしが許さないよ!」
 アルフも立ち上って小鳥遊の首を絞め上げる。
 言い訳も反論もできず、小鳥遊が酸欠と苦痛に顔を青ざめさせる。
「ち、違うんです!」
 フェイトが声を張り上げた。
「あんまり美味しくて、つい」
「そうだったのか。気に入ってもらえたようで何よりだ」
 一枝がほっとしたように胸を撫で下ろす。
「大げさだな。ただジャムを塗っただけなのに」
 小鳥遊がヒューヒューと妙な呼吸音をさせながら言った。
「いえ、本当です」
 小鳥遊のサンドイッチは、急きょメニューを変えたせいか、そんなに手の込んだものはない。しかし、真心のこもった優しい味だった。
 それが幼い頃に食べたプレシアの手料理を思い出させ、思わず涙ぐんでしまったのだ。
「ねえ、お兄ちゃん。後で宿題見て欲しいんだけど」
「バイト終わってからならいいよ」
「宗太、ビールおかわり」
「これ以上飲むな!」
「……アルフさん。恋愛経験って……ある?」
「う~ん。残念ながら」
 泉は次にフェイトの黒い服を見た。
「……あなたとは……趣味が合いそうね」
「こら、お前たち。お客さんの前だぞ。はしゃぎ過ぎるな」
 一枝が静かに注意する。
 食事は、遠慮のない罵倒や怒声を交えながら賑やかに進む。少し変だが、家族の団欒がそこにはあった。
「うるさくてごめんね。美味しい?」
 小鳥遊が尋ねる。フェイトには、その顔が一瞬、優しかったころの母の面影と重なって見えた。
「はい。とっても美味しいです」
 小鳥遊にフェイトは笑顔で答える。心がほのかに温かい。こんなことは久しぶりだった。
 ジュエルシードを集め終わったら、きっとまたプレシアともこんな時間が過ごせる。フェイトはそう信じて、こぼれ落ちそうになる涙を堪えていた。

 昼食が終わり、小鳥遊はバイトへ行く準備を始めた。
 フェイトとアルフはジュエルシード探索だ。アルフが家にいるので、梢も今日は家で飲むだろう。
「それじゃあ、行ってくるね。今日はそんなに遅くならないから」
 見送りに来てくれたフェイトとアルフに小鳥遊は言った。
「あの小鳥遊さん」
 フェイトがためらいがちに口を開く。
「何?」
「小鳥遊さんのこと……宗太さんって呼んでもいいですか?」
「もちろん。ここで小鳥遊さんだと紛らわしいからね」
 小鳥遊が頭を撫でると、フェイトははにかむ。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい……宗太さん」
 小鳥遊を見送ると、アルフとフェイトはあてがわれた部屋に入る。そこは小鳥遊の両親の部屋だった。父親は早くに亡くなり、母親は仕事が忙しくて滅多に帰ってこないので、好きに使っていいと言われている。
 どこかフェイトと似た境遇だ。だからこそ余計に同情したのかもしれない。
「アルフ」
「なんだい?」
「宗太さんって優しいね」
「まあ、悪い奴ではないんだろうけど」
 優しいのはちっちゃいものに対してだけで、十二歳以上の女性にはとことん冷淡だ。
 アルフはフェイトの様子を窺う。心なしか赤い顔をしている。
(まさか……)
 アルフの直感が警鐘を鳴らしていた。このまま行くとまずいことになるかもしれない。
 いくら小鳥遊に付き合う気がなくても、もしフェイトの方から告白なんて事態になったら、どう転ぶかわからない。
(フェイトを変態の恋人になんてさせない。あたしが真人間に戻してみせる!)
 アルフはひそかに決意を固めていた。

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最終更新:2012年09月06日 22:22