フェイトたちは決戦の場へと転送された。
 陸地はなく、海から廃墟となったビル群が生えている。時空管理局が作り上げた疑似空間だ。ここならどんな大技を使っても現実空間に被害を及ぼす心配はない。
「小鳥遊、あんたが戦いな。その方が勝率が高い」
 アルフが小鳥遊のジュエルシードに手を当て、魔力を送り込む。アルフの全ての魔力を受け取り、小鳥遊が回復する。
「負けたら承知しないよ」
「任せてください」
 小鳥遊とアルフは互いの拳を打ちつけ合う。アルフはよろめきながらも、巻き込まれないよう戦場の隅に移動する。
 傾いたビルの屋上に腰かけると、ユーノがやってきた。
「あんたも見学かい?」
「はい。僕では、なのはたちの全力の戦闘にはついていけませんから」
 どちらもこの日の為に準備をしてきた。後はどちらの知恵と力が上回るかだ。
 レイジングハートとバルディッシュの先端が触れ合う。戦闘が開始された。

 ぽぷらとなのはが、ビルの間を縫うように高速で飛行する。
 牽制射撃を繰り返しながら、二人はどんどん加速していく。ぽぷらはクロスレンジの戦闘が苦手だ。まずは接近されないことが肝心だった。
 しかし、どんなに速度を上げても、フェイトはぴったり後ろについてくる。この中で一番機動力が優れているのはフェイトだから当然だ。
(作戦通りだね)
 なのはが念話をぽぷらに送る。
 なのはたちの目的は、フェイトと小鳥遊の分断だった。小鳥遊の弱点は、魔法の射程が短く飛行速度が遅いこと。高速で戦闘していれば、必ず遅れる。その隙に二人がかりで、フェイトを倒すのだ。
 ビル群を抜け、なのはたちは開けた空間に出た。追いかけてくるのはフェイトのみ。
「かたなし君はいないね?」
「なら、一気に決着をつけよう。シュート!」
 八個の魔力弾が、全方位からフェイトに襲いかかる。
 フェイトは落ち着いた様子で、背後から迫る四個を迎撃する。
「必殺ぽぷらビーム!」
 足の止まったフェイトをぽぷらが狙い撃つ。フェイトは高速機動は得意だが、防御には少々難がある。命中すれば倒せるはずだ。
「縮め!」
 突如、小鳥遊が出現し、迫るビームと残りの魔力弾を縮小させ体で受け止める。
「小鳥遊さん、どこから出てきたの!?」
『Fire』
「なのは、下だ!」
 佐藤の指示で、なのはが急降下する。頭上すれすれを電光が通過する。
 なのはとぽぷらが移動を再開する。
「あれを見ろ」
 佐藤が追いかけてくるフェイトの肩を指差す。自らの魔法で赤ん坊サイズに小さくなった小鳥遊がしがみついていた。これまではマントの後ろに隠れていたのだ。
「分断を狙ってくることくらいお見通し」
「ちなみに佐藤さんをヒントにしました」
 フェイトが自慢げに、小鳥遊が少し青ざめた顔で言う。
 訓練しても、小鳥遊の飛行速度を上げることはできなかった。ならば、佐藤のように誰かに運んでもらえばいい。
 ただし、この技には弊害があった。小鳥遊が小さくなることで、あらゆる人間が年増に見えてしまうのだ。あまり長時間続けると、小鳥遊の精神が持たないかもしれない。
 敵の攻撃を小鳥遊が盾となって受け止め、フェイトの電光が必殺の威力を持って迫る。二人はまるでワルツを踊るように攻守を入れ替えながら戦う。
「私たちにもう弱点はない」
「まさに最強の矛と盾。俺たちは絶対に負けません!」
 なのはたちがじりじりと追い詰められていく。
「やっぱり強いね、フェイトちゃん」
 なのはが感心したように言う。
「でも、私たちもこれ終わりじゃないよ」
 どうやら切り札を使う時が来たようだ。ぽぷらが照準をフェイトに合わせる。
「ポプライザー!」
 ぽぷらの枝からビームが放たれる。技名は初だが、普段のビームと変わらない。防ぐまでもなくフェイトはやすやすと回避する。
「ソード!」
 ぽぷらがビームを放出したまま、両腕を振るう。それに合わせてビームが横薙ぎに振るわれる。
「魔力剣!?」
 フェイトが驚愕し、小鳥遊がかばう。
 ビームとして放出した魔力を、そのまま刀身として維持する。膨大な魔力消費と引き換えに、これまで直線の攻撃しかできなかったぽぷらに、立体的な攻撃を可能とする新技だ。
 ぽぷらの背がじりじりと縮んでいく。早く勝負をつけないと、身長が持たない。
「せーの!」
 ぽぷらが全長百メートルに及ぶ剣を振りまわし、小鳥遊ごとフェイトをビルに叩きつける。
 ポプライザーソードの威力はビーム時の半分以下しかない。小鳥遊の防御を貫通はしないが、ぽぷらと佐藤が力を合わせ、上から押さえつけて動きを封じる。
 小鳥遊が剣を小さくしようとするが、ぽぷらがその度に魔力を注ぎ込むので、剣の大きさは変わらない。
「そっちが最強の矛と盾なら」
「こっちは最大の剣と大砲だよ!」
 周辺の空間に漂う魔力の残滓が、レイジングハートの先端に集中する。まるで星の光を集めているようだった。暴発寸前まで集められた魔力が、凶悪な光を放つ。
「集束砲撃!?」
「フェイトちゃん、逃げて!」
 小鳥遊が渾身の力でわずかに剣を持ち上げ、フェイトが動ける隙間を作る。
「でも、小鳥遊さんが……」
「いいから! 勝って、全てのジュエルシードを手に入れるんだ!」
 フェイトが意を決して隙間から這い出す。
「スターライトブレイカァァー!!」
 圧倒的な光が瀑布のように降り注ぐ。光は小鳥遊ごとビルをぶち抜き、巨大な爆発を引き起こした。いかに魔王小鳥遊でも、耐えられる威力ではない。爆発が収まった後には、変身が解除された小鳥遊が海面を漂っていた。
「やった……!」
 集束砲撃は負担が大きく、なのはの呼吸は激しく乱れていた。
「回避しろ!」
 佐藤からの警告。なのはは体をひねるが、迸る電光が肩を直撃する。
「なのはちゃん!」
「後はお願い」
 なのはが肩を押さえながら落下していく。撃墜はされていないが、しばらくは動けないだろう。
 ぽぷらが空中でフェイトと相対する。ぽぷらは普段の半分のサイズまで縮んでいた。
「佐藤さん、なのはちゃんが回復するまで時間稼ぎできると思う?」
「無理だな。その前に撃墜される」
「なら、一気に決めるしかないね」
 フェイトとて、度重なる魔法の行使で疲れているはずだ。勝機はある。
「ポプライザーソード!」
 ぽぷらの枝から長大な魔力剣が伸びる。ぽぷらの背がさらに半分に縮む。
「くっ!」
 フェイトは魔力剣を回避するが、剣はどこまでも執拗にフェイトを追いかけてくる。苦し紛れのフォトンランサーを、ぽぷらは剣で切り払う。
「無駄だ。俺の予知からは逃げられん」
 佐藤が時折、フェイトの進行方向に先回りして剣を動かす。
「もらった!」
 剣が完全にフェイトを捉える。ぽぷらが横一文字に剣を振り抜く。
「佐藤さん、私、勝ったよ!」
「ぽぷら」
 佐藤は喜びもせず、剣の先を見つめていた。ぽぷらも視線の先を追った。
 剣の先に黒い染みができている。染みの正体に気がつき、ぽぷらの顔から血の気が失せた。
 足元にバリアを張り、剣の上にフェイトが乗っていた。チェーンバインドを応用して、自分と剣を光の鎖でつないでいる。まるで神話の、岩に鎖で繋がれたアンドロメダ王女のようだった。ただし、このアンドロメダ王女は怪物を倒す力を秘めている。
「きゃー! 離れてー!」
 ぽぷらが剣を振りまわすたびに、鎖がちぎれ、足元のバリアがひび割れていく。それでもフェイトは冷静だった。
『Get Set』
「これなら絶対に外さない」
 バルディッシュがグレイヴフォームへと形を変える。バルディッシュも鎖で剣に固定され、まっすぐぽぷらを狙っていた。ポプライザーソードを使っている間、ぽぷらは移動できない。
「剣を消せ!」
「もう遅い」
 佐藤の叫びと、スパークスマッシャーの発射はまったく同時だった。
 ぽぷらが回避の指示を仰ぐべく佐藤を見る。佐藤はきっぱりと言った。
「すまん。詰んだ」
「さとーさーん!」
 ぽぷらと佐藤を稲妻が貫く。
 変身が解除された二人が海面へと落下していく。魔法の使い過ぎで手の平サイズのままの二人を、ユーノが空中でキャッチする。
 フェイトは安心したように息を吐いた。
「フェイトちゃん」
「そっか。まだ終わってなかったね」
 休憩する間もなく、ぼろぼろになったなのはがゆっくりと上昇してくる。フェイトも三つの魔法を同時使用したことでかなり消耗していた。
「なのは、やっぱり私たち友達にならなければよかったね」
 フェイトは苦しそうに顔を歪めていた。
「フェイトちゃん、そんな悲しいこと言わないで」
「だって、友達になっていなければ、こんなに辛い思いをしなくてすんだ」
 傷ついた小鳥遊をアルフが介抱している。佐藤とぽぷらは、まだ意識を取り戻していない。
 小鳥遊はもちろんだが、佐藤やぽぷらもワグナリアにいる間、仕事に不慣れなフェイトによくしてくれた。
 誰を傷つけても、誰が倒れても、心がきしみ悲鳴を上げる。こうなることはわかっていたはずなのに、優しい誘惑にフェイトは勝てなかった。
「フェイトちゃん、今がどんなに辛くても、楽しかった時間まで否定しないで。例え結果がどうなろうと、私はワグナリアで過ごした時間を絶対に忘れない」
「そうだね、なのは。私も忘れられないよ。でも、私は母さんの為にジュエルシードを集めるって……そう決めたから!」
 フェイトは涙を振り払い、バルディッシュを構える。
 その時、膨大な魔力反応が空を覆った。
「母さん!?」
 フェイトとなのはを紫の稲妻が襲う。
「なのは!」
「フェイト!」
 ユーノがなのはを、アルフがフェイトを受け止める。
 その隙に十個のジュエルシードが雲間へと飛んでいく。
「宗太さん」
 フェイトが朦朧とした意識で手を延ばす。
 ジュエルシードと一緒に、小鳥遊も雲の向こうへと消えていった。

 小鳥遊が目を覚ますと、部屋の奥でプレシアが椅子に座っていた。隣の台座には、十個のジュエルシードが置かれている。どうやら時の庭園に運ばれたようだ。
「やはり一度に空間転移させるのは、これが限界か」
 プレシアは激しく咳き込む。口を押さえていた手には、べったりと血が付着している。
「お前……」
「時間がないって言ったでしょう。こういうことよ」
 プレシアは病魔に侵され、余命いくばくもない状態だった。
「それにしても情けないわね。すぐにジュエルシードを集めるって言っておきながら、この程度なの?」
「フェイトちゃんはまだ負けてなかった。どうして横槍を入れたんだ」
「もう必要なくなったからよ。あの子も、全てのジュエルシードも」
 ようやく悲願達成の確信を得られたと、プレシアはいつになく上機嫌だった。
「どういう意味だ?」
「いいわ。全部教えてあげましょう」
 プレシアは椅子の右手側にある扉を開けた。液体に満たされたポッドが並ぶ通路の中央で、フェイトに瓜二つの女の子が入ったポッドが鎮座していた。
「あれが私の本当の娘、アリシアよ」
 ポッドの中の少女はフェイトより少し幼いようだった。小鳥遊は息をのむ。
 かつて優秀な魔導師だったプレシアは事故で一人娘を失った。その後、人造生命の研究、プロジェクト・フェイトを利用して娘を蘇らせようとしたが、計画は失敗し娘の紛い物しか作ることができなかった。それがフェイトだ。
「アリシアを蘇らせるには、失われた技術の眠る世界、アルハザードに行くしかない。その為には二十一個のジュエルシードが必要だった。でも、これだけあれば、もう充分」
 小鳥遊の肉体と精神はジュエルシードと相性がいい。小鳥遊を媒介に十個のジュエルシードとこの時の庭園の駆動炉の力を結集させれば、数の不足分を補い、より確実に次元の狭間にアルハザードへの道を作れるはずだ。
 小鳥遊はプレシアを睨みつけた。
「一つ教えてくれ。お前はフェイトちゃんをどう思ってるんだ?」
「ただの人形よ。目的を果たした今となっては、もう用済み。必要ないわ」
「あの子は母親のあんたの為に、あんなに頑張っていたんだぞ。それに対する感謝は、愛情は、あんたにはないのか!」
 小鳥遊の怒りを、プレシアは涼風のように平然と受け流す。
「もし愛してるなら、あなたみたいな変態に近づけると思う? そうね。あの子を餌に、あなたの研究が出来た。そこだけは褒めてあげてもいいわ」
 プレシアは明後日の方向を見上げた。小鳥遊以外の誰かに聞かせるようにはっきりと告げる。
「あなたはアリシアとは似ても似つかない偽物。私は、そんなあなたが大嫌いだったわ。ねえ、聞いているんでしょ、フェイト?」
 プレシアの放った魔法から、時の庭園の場所はすでにアースラに察知されていた。プレシアと小鳥遊の会話を、アースラブリッジでなのはとフェイトは聞いてしまっていた。
 小鳥遊は怒りに体を震わせる。
「……俺は年増が嫌いだ。年増なんてみんなわがままで自己中で……。でも、あんたはその中でも最悪の年増みたいだな」
 小鳥遊が走り、台座の上のジュエルシードを一つ奪い取る。
「あんたはこの手で倒す。小さくしてフェイトちゃんに謝らせてやる」
 黒いマントがひるがえり、魔王小鳥遊へと変身する。怒りで全身に活力がみなぎってくる。
「この場所に運んだのは失敗だったな。狭い空間でなら、俺は無敵だ」
「無敵? いいえ、あなたは弱い。あなたほど弱い魔法使いを私は他に知らないわ」
 プレシアは杖を投げ捨てると、小鳥遊めがけて走る。
 大きく腕を振り上げ、プレシアが小鳥遊の顔面を殴る。今の小鳥遊にしてみれば、クッションの上から叩かれているようなもので、痛くも痒くもない。
「どうして今私に魔法を撃たなかったの?」
 プレシアが口元を楽しげに歪める。走り寄る間に、いつでも攻撃できたはずだ。
「あなた、女に攻撃されると無抵抗に受ける癖があるでしょう。過去によっぽど女に酷い目に遭わされたのかしら?」
 これまでの戦いで小鳥遊が攻撃を避けたのは、クロノを相手にした時だけ。魔法で攻撃された時は小さくして威力を軽減しているが、伊波やアルフのような直接攻撃はまったく無防備で受け止めている。
 幼い頃、小鳥遊は梢の技の実験台にされていた。たまに反撃すると三倍になって返ってきた為、黙って受けるのが習慣になっていた。
 女が小鳥遊の魔法を防ぐのにバリアなどいらない。ただ拳を繰り出せばいいのだ。
「そして」
 プレシアの手が小鳥遊の腹部に当てられる。次の瞬間、激痛と激しい嘔吐感が小鳥遊を襲い、たまらず地面に膝をつく。
「どんなに肉体を強化したって、内臓が鋼になるわけじゃない」
 プレシアは小鳥遊の体内に直接強い振動を送り込んだのだ。激しい揺れに胃の内容物が食道をせり上がり、心臓は鼓動を乱されて激しい痛みを引き起こしていた。
「ほらね。あなたはこんなにも弱い」
 プレシアが地に這いつくばる小鳥遊を蔑む。
「……俺は、俺は、負けられないんだぁぁああああああ!」
 小鳥遊が気力を振り絞り、右腕を突き出す。それよりわずかに早くプレシアが小鳥遊の額に手を当てた。
「お休みなさい、魔王小鳥遊。もう目覚めることはないでしょうけど」
 振動が脳を激しく揺さぶる。脳を揺さぶられて、意識を保っていられる人間などいない。気合も根性も何の意味も持たない。
(ごめん、フェイトちゃん。俺、何もできなかった)
 悔しさに小鳥遊は歯がみする。しかし、どうすることも出来ず、小鳥遊の意識は闇の底へと沈んでいった。

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最終更新:2013年01月19日 22:01