自分がプレシアの娘の紛い物であり、母親から全く愛されていなかったことを知らされ、フェイトが放心状態で崩れ落ちる。それをアルフが抱きとめ、慌てて医務室へと運んでいく。
 アースラブリッジは、一気に騒然となる。
 時の庭園から膨大な次元エネルギーが放射されている。このままでは大規模な次元震が起きるのは時間の問題だ。
さらに庭園内には八十体以上の傀儡兵が出現し、送り込んだ部隊を足止めしていた。
「僕が行きます」
「クロノ、その体じゃ無理よ」
「部隊の指揮くらいなら執れます。行かせてください」
 クロノは強い決意を込めて言った。とても止められそうな雰囲気ではない。
「わかりました。出撃を許可します。ただし無茶をしたら駄目ですよ」
 クロノが頷き、時の庭園へと転送されていく。
「私たちも行かせてください」
「かたなし君を助けないと」
 なのはとぽぷらが名乗りを上げる。魔力は回復してもらったが、疲労や負荷は残っている。万全の状態には程遠い。
「エイミィ。彼女たちを投入した場合の作戦成功率は?」
「好意的に見積もっても二十パーセントもありません」
「駄目です。そんな危険な作戦に、あなたたちを投入するわけにはいきません」
 リンディは首を振る。
 クロノの弱体化がここでも影響していた。本来のクロノならば一部隊に匹敵する働きができるのに。
「せめて、後一部隊あれば……」
「何とかなるかもしれません」
 発言したのはユーノだった。
「どういうこと?」
 ユーノは空中にワグナリア近辺の地図と、ジュエルシードが発見された位置を投影する。
「前から疑問に思っていたんです。どうしてジュエルシードはワグナリアに引き寄せられたのか」
「それは小鳥遊さんに引き寄せられたって……」
「それだと辻褄が合わないんです」
 夏休みの今、小鳥遊が一番長い時間過ごす場所は自宅だ。なのに、小鳥遊家に引き寄せられているジュエルシードはない。
「つまりワグナリアには小鳥遊さん以外にも引き寄せる要因があったんです」
「あっ」
 ぽぷらがあることを思い出した。ユーノが頷く。
「確証はありませんし、かなりの危険を伴います。でも、鍵はワグナリアにいます」
 ユーノは地図上のワグナリアを指差した。

 時の庭園内に、ワグナリアの制服を着た女が転送されてくる。赤縁の眼鏡に激しくカールした前髪、松本麻耶だった。何故か荒縄で拘束されている。
「って、ここどこなのよー!」
 松本は混乱した様子で叫ぶ。
 通路はところどころ壊れて赤い空間がのぞいている。おどろおどろしい赤色は、まるで怪物の口の中のようで不気味だった。全ての魔法がキャンセルされる虚数空間と呼ばれる場所で、落ちれば重力の底まで真っ逆さまだ。
 残された床には、西洋の甲冑に似たデザインの傀儡兵が徘徊していた。
「落ち着け、松本」
「佐藤さん、いきなりこんなとこに連れてきて――!」
 松本は縄の先を握る佐藤を見て、絶句する。セーラー服を着たぽぷらの肩に、手の平サイズの佐藤が乗っていた。
 松本たちを発見した傀儡兵が襲いかかってくる。
「必殺ぽぷらビーム!」
 ぽぷらが木の枝から光線を放ち、傀儡兵たちを倒していく。
 松本は頭を抱えてしゃがみこんだ。
(違う。こんなこと現実にあり得るわけがない。そう、これは夢よ!)
 人間が小さくなったり、木の枝から光線が発射されたり、ロボットが歩いていたり、全部夢だと思えば納得できる。
「…………って、納得できるかー!」
 松本が一転して怒りの咆哮を上げた。
「普通な私の夢が、こんな普通じゃないはずがない! 私の夢なら、もっと普通になりなさいよ!」
 佐藤が松本の巻き毛にジュエルシードを差しこむ。その瞬間、不可視の領域が松本を中心に発生した。
 傀儡兵の動きが格段に鈍くなり、ぽぷらと佐藤の変身が解ける。
「成功だよ、佐藤さん!」
「さすがだ。普通少女麻耶」
 ぽぷらのハイタッチを受けながら、佐藤が感心したように呟く。
 佐藤が松本から回収したあの日、ジュエルシードはすでに発動していた。松本の能力は普通フィールドの展開。その領域内では、あらゆる魔法、超常現象が無効化される。
 佐藤たちは知らずに普通フィールドに踏み込み変身を解除されたのであって、ぽぷらが気をきかせたわけではない。
 ジュエルシードをワグナリアに引き寄せていたもう一つの要因は松本だった。小鳥遊同様、松本の普通じゃないほど普通を願う気持ちがジュエルシードを上回ったのだ。
 ロストロギアを超える欲望を持つ人間が二人もいるとは、さすがにワグナリアは変態の巣窟だ。案外、探せば他にもいるのかもしれない。
 しかし、さすがに傀儡兵の存在自体は消滅させられないし、普通フィールド内では味方も魔法を使えない。
「出番だぞ」
 佐藤の言葉に反応するように、釘バットが手近にいた傀儡兵を屠る。魔法防御がなくなり、関節部分がかなり脆くなっている。これなら普通の人間でも倒せるだろう。
「こいつらか。うちのバイトを誘拐した不届きな連中は」
 残骸をハイヒールで踏みつけ、白藤杏子が釘バットを肩に担ぐ。
「そうだ。救出を手伝ってくれたら、一カ月間、好きな時に飯を作ってやる」
「その約束忘れるなよ、佐藤」
 真横から傀儡兵が槍で杏子を狙う。しかし、槍が届く寸前で胴体を両断される。
「ふふふふ。杏子さんに手を出す輩は、全て八千代が抹殺いたします」
 危険な妖気を漂わせ、八千代が日本刀を構えていた。
 杏子も八千代も、怪しげなロボットたちが動き回るこの状況にまったく違和感を抱いていない。杏子は細かいことに拘らない性質の上、ご飯が一番大事だし、八千代にとっては杏子の敵を倒すことだけが重要なのだ。
「もう少し時間があれば、陽平と美月も呼んだんだがな」
 杏子が軽く舌打ちする。杏子の舎弟たちの名前だ。
「ね、ねえ、種島さん、こいつら何なの!?」
 伊波がおろおろと周囲を見渡す。伊波は前の二人のようにはいかなかったようだ。
「かたなし君を助けるためだよ。伊波ちゃん頑張って!」
「む、無理だよ。こんなのと戦うなんて……」
 佐藤は伊波からなるべく距離を取り、メガホンを口に当て、決定的な一言を放った。
「伊波、あいつら、全部男だぞ」
「いやあああああああああああああ!」
 伊波の拳がまるでブルドーザーのように傀儡兵を粉砕していく。
 伊波の横では酒瓶を抱えた女が泥酔状態で戦っていた。小鳥遊梢だ。
「また振られたー!」
 梢は泣き喚きながら、繰り出される武器を千鳥足でかわしながら近づいていく。梢は傀儡兵をつかむと、頭を、腕を捻じ切っていく。合気道講師らしいが、酔拳使いにしか見えない。
「こうなったら、とことん暴れてやるー! 後、宗太にお酒いっぱい買ってもらうー!」
 松本と一緒に、店にいた腕の立つ連中を集めてきたのだが、思った以上の大活躍だった。できれば、恭也と美由希も連れて来たかったのだが、残念ながらまだ店に来ていなかった。
 あっという間に、通路にいた傀儡兵たちはすべて残骸に変わっていた。
「じゃあ、後は任せた」
 いつでも連絡が取れるよう通信機を杏子に渡す。ここから先、佐藤とぽぷらは別行動だ。
 奥から、新たな傀儡兵の軍団がやってくる。
「よし、お前ら、行くぞ!」
 明日のご飯の為、杏子は釘バットを振りかざして敵に挑んで行った。

 チーム・ワグナリアの破竹の快進撃を、ブリッジでリンディが呆れたように眺めていた。傀儡兵の掃討は、彼らとクロノたちに任せていいようだ。
「なのはさん、出撃の準備をして」
「はい」
 リンディに言われ、なのはとユーノが転送装置へと向かう。
 情けない話だが、現在のアースラの戦力でプレシア捕縛の可能性があるのは、なのはたちくらいだろう。もしもの場合は、リンディがバックアップするつもりでいる。
「待って。私も行く」
 フェイトがアルフを連れてブリッジに入ってくる。放心状態で医務室に運ばれたはずだが、瞳に強い意志の輝きが戻ってきている。
「フェイト、いいのかい?」
 アルフが心配そうに尋ねる。フェイトが行けば、プレシアと対峙することは避けられない。アルフはこれ以上、フェイトに辛い思いをして欲しくなかった。
「うん。宗太さんを……みんなを助けたい。なのはたちの……友達の力になりたい。それに、母さんともう一度会わないといけないから」
 この世界で出会った人たちの顔を一人一人思い出す。変わった人が多かったが、誰もがフェイトに優しくしてくれた。このまま次元震が起これば、小鳥遊家やワグナリアのみんなまで死んでしまう。そんな結末は絶対に嫌だった。
「上手くできるかわからないけど」
 フェイトがバルディッシュに魔力を注ぎ込むと、破損していた個所が修復されていく。
「フェイトが行くなら、もちろんあたしも行くよ。あの男には色々借りもあるしね」
 アルフが指をパキパキと鳴らす。
「行こう、みんな」
 バリアジャケットを装着し、フェイトはなのはたちを振り返る。
「よーし! 伊波ちゃん以来の共同戦線だね」
 ぽぷらが張り切ってポーズを決める。
「ポプランポプランランラララン、魔法少女ぽぷら参上!」
「魔法少女リリカルなのは見参!」
「……フェ、フェイト・テスタロッサです」
 ノリノリでポーズを決める二人の横で、フェイトがぺこりとお辞儀をする。
「フェイト。付き合わなくていいよ」
「えっと、そうしなきゃいけないのかと思って」
 頭痛を堪えるアルフに、フェイトは照れながら弁解する。
 佐藤が全員を見回して宣言した。
「さあ、選ばれし三人の魔法少女たちよ。今こそ魔王を倒し世界を救うのだ!」
「佐藤さん、ちょっと違うよ!?」
 ぽぷらがつっこむ。むしろ魔王の救出が目的のはずだが。
「とりあえず出発しましょうか」
 間抜けなやり取りに脱力しながら、ユーノが時の庭園へと転送魔法を発動させた。

 時の庭園で激戦が繰り広げられている中、もう一つの戦場が地上にあった。
「8卓、カレーとチキンドリア、お子様ランチです!」
 切羽唾待った様子で美由希が相馬に告げる。
「高町君、次は肉とキャベツ切って。千切りね!」
 相馬が二つの鍋を火にかけながら叫ぶ。
「なずなちゃん、ラーメン、2卓へ」
「山田さん、パフェ三つお願いしますね!」
 料理を運ぶ途中で、なずなが山田に言う。
「山田は、山田は混乱しています!」
 山田が生クリームとアイスの箱を持ちながら右往左往する。
 主なメンバーが不在の今日に限って、ワグナリアは満席だった。しかも注文も時間がかかるものばかりだ。
 恭也はまだ一人で料理が作れるほど習熟しておらず、相馬は丁寧に調理をするので、あまり速い方ではない。手際のいい佐藤の不在が特に痛かった。
「相馬さん、他のスタッフの電話番号知らないんですか?」
「もちろん知ってるけど、俺の権限で呼べるわけないよ!」
「相馬さんの役立たず!」
 山田は半泣きで喚く。泣きたいのは相馬も同じだった。
「とにかく、もう少しだけ辛抱して!」
「まずいよ、お客さん、だいぶ怒ってるよ」
 美由希が客席を眺めながら言った。長時間待たされて爆発寸前のお客さんがちらほら見受けられる。美由希となずなの二人でどうにか抑えてきたが、さすがにこれ以上は難しい。
 クレームが来た場合、店長かチーフが応対するのが常だが、今は誰もいない。ばれたら、店の存続に関わるかもしれない。
 その時、従業員入口を通って、一人の男性が入ってきた。山田の顔が歓喜に輝く。
「音尾さん!」
「よかった、間に合った!」
「ちょうど近くを旅していてよかったよ。相馬君、苦労をかけたね」
 ネクタイを締めて髪をオールバックにした穏やかな風貌の男性だった。この店のマネージャー、音尾兵悟だ。佐藤が杏子たちを連れて行った時に、念のため連絡しておいたのが功を奏したようだ。
「とりあえず呼べるだけの人員を集めてきたから」
 どやどやと制服に着替えたスタッフが入ってくる。旅行や遊びから帰ってきたばかりのパートのおばさんと他のバイトたちだ。
「でも、お客さんが……」
「僕に任せて」
 音尾は客席へと歩いて行き、一人一人に料理が遅れていることを謝罪していく。中には食ってかかる客もいたが、音尾の穏やかさと誠実さに、店内の雰囲気が徐々に落ち着いていく。
「すごい」
 恭也と美由希が感嘆する。店をほったらかしにする無責任な男と思い込んでいたが、仕事はかなりできるようだ。
「どうです。山田のお父さん(予定)はすごいでしょう!」
 山田が鼻息も荒く威張り散らす。予定とはどういう意味か問い詰めたい気もしたが、もはや恭也には気力が残っていなかった。

 仕事が一段落し、キッチンもフロアも落ち着きを取り戻していく。
 相馬たちは仕事をパートの人たちに任せ、休憩に取ることにした。山田は休憩室に入るなり机に突っ伏して眠ってしまう。よほど疲れたのだろう。
「山田さん、仮眠取るなら屋根裏に行った方がいいよ。山田さん?」
 相馬が揺するが、山田はすでに夢の世界へと旅立っていた。
 そこに音尾がやってくる。
「相馬君、本当に大変だったね」
「はい。それで店長のことなんですが……」
「言わなくていいよ。白藤さんのことは信じてるから。どうしても店を空けなければならない理由があったんでしょ?」
 音尾が仏のような笑顔を浮かべる。あまりの眩しさに相馬は少しめまいを感じていた。

 十個のジュエルシードが膨大なエネルギーを放っている。中心には、小鳥遊がはりつけにされていた。
「もう少しよ。待っていて、アリシア」
 アリシアの入ったポッドに愛おしげになでながら、プレシアは小鳥遊に目をやる。
 暴走させたエネルギーを小鳥遊に注ぎ込み結集させて撃ち出す。これで次元に穴を開け、アルハザードへの道を作ることができるはずだ。
 エネルギーの充填はもうじき終わる。
 プレシアが激しく咳き込んだ。
「こんな時に……」
 体から力が抜けていく。いつもの発作の比ではない。足から力が抜け、ポッドに寄りかかるようにずるずると崩れ落ちていく。
「私はまだ死ねない。死ねないのよ」
 しかし、咳は止まらず、大量に喀血する。プレシアはジュエルシードに手を伸ばし、そこで意識を失った。

 通路を埋め尽くす傀儡兵たちをユーノとアルフのバインドが拘束する。
「必殺ぽぷらビーム!」
「ディバインバスター!」
 二条の光線が傀儡兵たちを消し飛ばす。
「なのは、大丈夫?」
 片膝をついたなのはを、ユーノが気遣う。連戦に次ぐ連戦に、なのはの疲労は極限に達しようとしていた。
「こっちは一目瞭然だな」
 と、佐藤。
 ぽぷらの身長は普段の三分の一になっていた。行使できる魔法も後わずかだ。
 クロノが率いる局員たちは暴走している駆動露の鎮圧へ、チーム・ワグナリアは傀儡兵との戦闘を続けている。
『敵、増援!』
 エイミィの切羽詰まった声、
 通路に新たな一団が押し寄せてくる。
「どれだけいるんだ」
 佐藤が舌打ちする。
「なのは、みんな、伏せて。サンダースマッシャー!」
 巨大な稲妻が、なのはたちの頭上を通り過ぎ傀儡兵をなぎ倒す。
 プレシアの待つ中枢部は目と鼻の先だ。壁をぶち破り、なのはたちはプレシアの部屋へと突入する。
 プレシアがポッドに寄り掛かるように倒れていた。
「母さん!」
 駆け寄ったフェイトが抱き起こすと、プレシアは浅い呼吸を繰り返していた。まだかろうじて息がある。
『次元エネルギー、さらに増大!』
 エイミィが悲鳴を上げる。リンディまで出撃し次元エネルギーを抑えているが、もういつ次元震が発生してもおかしくない。
 プレシアの制御を失い、ジュエルシードの暴走は手がつけられない状態になっていた。
「フェイトちゃん、封印を!」
「わかった!」
 なのはとフェイトが近づこうとすると、発生したエネルギー障壁にはね返される。
「なら、大威力魔法で」
 なのはがカノンモードを、フェイトがグレイヴフォームを起動させる。
 しかし、
『『Empty』』
 二つのデバイスが無情に告げる。ここに辿り着くまでに二人とも魔力を使い切っていた。アルフとユーノも似たり寄ったりの状況だ。
「それなら、スターライトブレイカーを」
 大気中に残存する魔力を集めるスターライトブレイカーならば、チャージに時間さえかければまだ撃てる。
「駄目だ、なのは」
 ユーノがレイジングハートを押さえる。
「でも」
「これ以上、負担の大きいあの技を使っちゃ駄目だ。残念だけど、スターライトブレイカーでもあの障壁は破れないよ」
「そんな」
 なのはががっくりと膝をつく。
 スターライトブレイカーが通用しないのなら、ぽぷらビームも同様だろう。
 万策は尽きたかに思える。しかし、ユーノの顔に絶望の色はなかった。
「諦めるのはまだ早いよ。大丈夫、僕たちにはまだ最後の希望が残っている」
 ユーノがぽぷらを振り返る。
「そうか」
 佐藤がユーノの言わんとするところを理解する。ぽぷらが何を代償に魔法を使っていたのか。
「身長だ」
「佐藤さん、了解だよ!」
 ぽぷらが木の枝を構える。佐藤がぽぷらの手に手を添える。そして、なのはが、フェイトが、ユーノが、アルフがぽぷらたちの背に手を置いた。
「みんな、みんなの身長を私に分けて!」
 全員の身長を魔力に変換し、これまでとは段違いの膨大な魔力が木の枝に集中する。
「超必殺、ぽぷらブレイカー!」
 時の庭園を揺るがすような巨大な光線がジュエルシードへと放たれる。しかし、ジュエルシードの障壁を打ち破るには至らない。
「撃ち続けろ!」
 全員が凄まじい勢いで縮んでいき、とうとう親指サイズにまでなってしまう。
「とーどーけー!」
 ぽぷらが叫ぶ。
 その時、エネルギー障壁がわずかに出力を弱めた。ぽぷらブレイカーが障壁を粉砕する。
 なのはとフェイトがデバイスを突き出す。
「リリカルマジカル」
「ジュエルシード」
「「封印!」」
 ジュエルシードが二つのデバイスへと吸い込まれていき、時の庭園が静寂に包まれる。
『……次元エネルギー反応消失。作戦成功です!』
 静寂を破るように、アースラからエイミィと局員たちの喝采の声が届く。
 なのはたちはへなへなとその場にへたり込む。もはや立ち上がる気力も残っていなかった。
 ふらつくぽぷらを、佐藤が抱きとめた。
「佐藤さん」
「なんだ?」
 ぽぷらは佐藤に寄りかかったまま話しかける。
「私ね、ジュエルシードに感謝してるんだ」
「変わった奴だな。これだけ面倒事に巻き込まれたのにか?」
「うん。だってジュエルシードは私の願いを二つも叶えてくれたから」
「二つ?」
 おっきくなる以外のぽぷらの願いなど、佐藤には見当もつかなかった。しかもジュエルシードはそれすら叶えていない。
「佐藤さん、私のこと、名前で呼んでくれたでしょ。それから、ほら」
 今の状態で、ぽぷらが背伸びすると、佐藤の顔の高さと大体同じになる。ぽぷらは照れたように笑う。
「佐藤さんとつりあう背になること。これが私の願い」
 思い切って気持ちを伝えると、佐藤が顔を背けた。
(やっぱり駄目か)
 ぽぷらは寂しげに目を伏せる。こうなることはわかっていた。ならば、せめてもう少しこのままでいたかった。
「……今度」
 佐藤がぽつりと言った。
「…………休みが重なったら、遊園地でも行くか」
 激しい懊悩を隠すように、佐藤は手で顔を押さえていた。指の隙間から真っ赤になった顔が覗いている。
「お子様とのデートは遊園地が相場だからな」
「私、子供じゃない……!?」
 反射的に叫び返そうとし、佐藤の言葉の意味に気がつく。佐藤につられて、ぽぷらの顔まで赤く染まる。
「さ……」
「何も言うな」
 佐藤がつっけんどんに言う。照れ隠しだろう。
「……三つ目の願いまで叶っちゃった」
 ぽぷらは心から幸せそうに笑った。
 アルフが盛大に咳払いをする。
「いちゃつくのはいいけどね、ここにはお子様がたくさんいるってことを忘れないで欲しいね」
 周囲を見渡すと、みんなが赤い顔でこちらを注視していた。
『ごめーん。通信回線も開いたままなんだ』
 エイミィが申し訳なさそうに、だが、楽しそうに言った。画面の向こうから局員たちの冷やかす声が聞こえてくる。
「もおおおおおおお! 佐藤さん、時と場所を考えてよ!」
「最初に言ったのはお前だろうが。お前のせいだ」
「二人とも……」
 なだめようとするフェイトを、なのはが止める。
「いいの、いいの。これがいつもの二人なんだから」
 なのはは心の中でぽぷらたちを祝福する。
 時の庭園に、二人の言い合う声がいつまでも響き渡っていた。

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最終更新:2012年10月07日 01:40