ノーヴェ、ウェンディ、チンクの三名は、天然の洞窟を利用して作られたスカリエッティのアジトへと戻って来ていた。
 思わぬ邪魔が入ったが、作戦目標である時空管理局地上本部並びに機動六課の制圧と、コスモと黄金聖衣の性能を確認できた。これだけの力があれば、聖王の器の確保などいつでもできる。
「くそ、あいつら!」
 しかし、ノーヴェは戦いの途中で撤退させられて、いたく不機嫌だった。ガチャガチャと足音荒く洞窟内を歩く。しかも、ノーヴェの不機嫌に拍車をかけている事柄がもう一つあった。
「おい、いいかげん降りろ!」
「やだっスよ」
 狭い通路の天井すれすれをウェンディが飛んでいるのだ。黄金の翼が羽ばたくたびに、ノーヴェたちの頭にぶつかりそうになる。
「それにしてもこの翼、いいと思わないっスか。このデザイン考えた人天才っス」
 ウェンディは陶酔したように、サジタリアスの翼に頬ずりする。
 チンクは不思議そうにウェンディを見上げた。
「前から疑問だったのだが、射手座とは弓矢を持った半人半馬ではなかったか? どうして翼があるのだ?」
 黄金聖衣が支給される際に、ナンバーズは星座の伝説も一緒に教えられている。
「細かいことはどうでもいいんスよ。ほら、こうするとキューピットみたいで、いいっスよね~」
 ウェンディは空中で弓矢を構えてポーズを決める。
 本人は可愛いつもりなのかもしれないが、ごつい鎧で本物の弓矢を構えられたら、勇ましいという表現しか出てこない。しかも射抜くのは、恋心ではなく正真正銘の心臓だ。これを可愛いと言う奴がいたら、正気を疑う。
「知るか」
 ウェンディはサジタリアス聖衣がいたくお気に入りのようだった。ノーヴェにはどうでもいいことだが。
「あー。そんなこと言っていいんスか? ノーヴェだって気に入ってるくせに。アレンジ技なんて習得したの、ノーヴェくらいっスよ」
 ツンツンと指でノーヴェの頭のてっぺんをつつく。
 ライトニングプラズマは蹴りでもできるはずだと、ノーヴェが訓練室にこもりきりになったのを、ウェンディはしっかり記憶している。幸い、聖衣の意思に雛型の様な動きがあったので、短期間でノーヴェは蹴り技のライトニングプラズマを習得できた。
「うるせぇ」
 ノーヴェが悪態をつくが、頬を赤らめているので図星だったのが丸わかりだ。
 やがてスカリエッティのいる部屋へと到着する。そこにはすでに他のナンバーズが集結していた。薄暗い部屋を、黄金聖衣の輝きが照らし出している。
 ナンバーズの大半は、ドゥーエを興味深げに見ていた。長期の潜入任務のせいで、ドゥーエはほとんどの姉妹と面識がないのだ。
「お帰り、諸君」
 たくさんのモニターと機械を背に、白衣を着たスカリエッティが椅子に腰かけていた。優男風の容貌から、隠しきれない狂気を漂わせている。
「どこか不具合はないかね?」
 帰還したナンバーズに、スカリエッティが労わるように尋ねてくる。スカリエッティにしては、少々珍しいことだった。
 黄金聖衣を入手してから、わずかな日数で実戦投入可能にしたスカリエッティの頭脳は、天才の一語に尽きる。だが、充分なテストもなしに実戦に送り込んだことに不安があったのかもしれない。
「いえ、まったく問題ありません」
「そのようですね。取りつけた機械は正常に作動。ナンバーズの肉体に悪影響も認められません」
 ウーノが妹たちの身体状況をつぶさに調べ、そう結論づけた。もっとも不安視されていたディエチのイノーメスカノンも、数カ所不具合が出ているだけだった。これで問題点が明らかになったので、次回にはコスモとISの併用に耐えられるよう改良できる。
「そうか。だが、念には念を入れて、精密検査を行おう。その後は……」
 スカリエッティは一呼吸置くと、芝居がかったしぐさで両腕を広げた。
「時空管理局を破壊し、理想の世界を築き上げる!」
 つまらない倫理観や法に縛られることなく、自由に研究を行う。それがスカリエッティの理想だった。
 そこでセインが手を上げた。
「ところでさ、ドクター。せっかく私らパワーアップしたんだし、新しい名前考えない? ナンバーズだけじゃ味気なくって」
「では、ゴールドナンバーズでどうかね?」
 間髪いれずに答えられ、セインは提案したことを後悔した。スカリエッティが名前にこだわらない性質なのは理解していたが、安直かつダサい。
 この名前は明らかに不評らしく、ディエチ、ノーヴェ、ウェンディが、セインを視線で責め、チンクが微妙に嫌そうに、トーレまで渋い顔をしていた。
「ドクター。ゾディアック・ナンバーズというのはいかがでしょうか?」
 妹たちの困窮を見かねたのか、ウーノが提案した。ゾディアックは黄道十二星座を意味する。
「それがいいです!」
 セインが声高に賛成した。こちらもそのままではあるが、ゴールドナンバーズよりはましだ。それにこの話題をこれ以上続けると、もっと変な名前にされかねない。
「では、そうしよう。これから君たちはゾディアック・ナンバーズだ」
 スカリエッティが認めたことで、ナンバーズの間にほっとした空気が流れる。
 そんな中、使う機会もほとんどない名前に一喜一憂する姉妹たちを、クアットロは蔑みに満ちた眼差しで見つめていた。

 ナンバーズの襲撃があった翌朝、六課で唯一残った棟の一室で、はやては隊員たちの入退院の手続きと、報告書の作成に忙殺されていた。
 シグナムは地上本部の現場検証に行っており、なのはは六課預かりとなった星矢たちの世話をしてもらっている。
 窓の外には、残骸と化した六課の建物たち。こうして部屋で一人黙々と作業を続けていると、はやてはまるで自分が廃墟の主の幽霊になってしまったかのように錯覚してしまう。
(あかんな。疲れとる証拠や)
 徹夜には慣れているが、今回は精神的疲労があまりにも大きく、脳が睡眠を欲していた。
 隊員たちは、非戦闘要員を含めてほとんどが負傷した。相手が手加減してくれたこともあって死者は出ていないが、無傷で済んだのは、はやて、シグナム、なのはのみ。
 軽傷の者は今日の午後には退院してくる予定だが、フォワード部隊ではギンガの負傷が酷く、復帰には少なく見積もっても数週間はかかると診断されている。フリード、ヴォルテールも同様で、大幅な戦力減だ。
 はやては書類の作成に区切りをつけると、前回の戦闘で判明した聖闘士のデータに目を通した。
 急ピッチで書かれた為、誤字脱字が散見できるが、ここはこれだけ早く仕上げてくれたことに感謝すべきだろう。
 聖衣は未知の材質で構成され、かなりの強度とわずかながら自己修復機能を持つ。魔力ダメージも軽減でき、微弱ながら意思のようなものも存在するので、バリアジャケット型デバイスと言ったところだろうか。
 壊れても再構成できないが、防御力はバリアジャケットを上回る。黄金聖衣に至っては、どれだけの強度を誇るのか、想像もつかない。
 次に聖闘士が扱うコスモというエネルギー。魔力によく似た性質を持つが、運動能力と攻撃力の強化に特化しており、射程は短いが魔力の様に撃ち出すことも可能。
 攻撃力は六課隊長クラスならどうにか渡り合えるレベルだが、問題は光速に達するスピードだ。光速の技を回避する術は魔導師にはなく、また光速で動く相手に命中させる方法もない。
「はやてちゃん」
「うん。わかった」
 なのはに呼ばれ、はやては廊下に出た。
「なのはちゃん、ナンバーズと実際に戦ってみた感想はどうやった?」
 聖闘士たちの待つ部屋へと向かいながら、はやては質問した。
「正直、一対一で勝つのはかなり難しいね。あまりにも速すぎる」
 星矢と瞬が足止めしてくれなければ、魔力チャージする時間もなく、例え発射したところでかすりもしなかっただろう。
「フェイトちゃんなら?」
「リミットブレイクを使えば、近い速度は出せるかもしれない。でも、一発でも掠めたら終わり。分のいい賭けじゃないね」
 相手の防御を抜く前に、撃墜されるだろう。そもそも真・ソニックフォームはスピードと火力で相手を圧倒することが前提であって、自分より速く固い相手をするには不向きだ。
 Sランク魔道師二名でも勝ち目がない相手が、十二人もいる。
 正式な辞令はまだだが、六課はレリック捜索から、スカリエッティ逮捕に任務が切り替わるだろう。あの強敵に――黄金聖闘士の力を手に入れたナンバーズに、再び挑まないといけないとなると、頭が痛い。
「星矢君たちが協力してくれそうなのが、不幸中の幸いか」
 彼らは黄金聖衣を取り返すのが目的だ。利害は完全に一致している。
 そうこうするうちに、目的の部屋へとたどり着く。
 少し広めの部屋に、聖闘士四名が思い思いに座っていた。
 聖闘士たちは聖衣を脱ぎ、シャツとズボンというラフな格好をしていた。紫龍だけは薄紫の拳法着を着ていたが。
 皆、スバルより年下らしいが、身長もあるし、だいぶ大人びて見える。星矢と瞬が十三歳、紫龍と氷河が十四歳というのが数え間違いにしか思えない。
「私は時空管理局所属、八神はやて二等陸佐。この機動六課で部隊長をしてます」
 はやては敬礼をしながら星矢たちに挨拶する。
「星矢だ」
「紫龍」
「氷河」
「瞬です」
 聖闘士たちが簡潔に名乗り返す、
「遅くなりましたが、まずはお礼を言わせて下さい。仲間たちを助けてくれて、ありがとうございます」
「何、いいってことよ」
「ちょっと星矢、失礼だよ」
 頭の後ろで腕を組んで得意げにしている星矢を、瞬がたしなめる。助けてもらったのはお互い様だ。
 紫龍が立ち上り、一礼した。
「こちらこそ宿と食事の手配をしていただき、ありがとうございます」
「いえいえ、たいしたもてなしもできませんで」
 食堂も壊れてしまったので、星矢たちには出前を取ってもらった。
 星矢たちが助けてくれなければ、スバルとギンガ、ヴィヴィオはさらわれていたかもしれないのだ。時間が許すなら、腕によりをかけたごちそうで、感謝の意を示したいくらいだった。
 もっとも少年時代を厳しい修行に費やしていた聖闘士たちにしてみれば、充分満足できる食事内容だったのだが。
 星矢が、なのはとはやての顔を見た。
「ところでさ、あんたら日本人だろ?」
「そうだよ」
 なのはが首肯する。
「やっぱり。名前を聞いた時にピンと来たんだ。じゃあ、俺たちのことを知らないか?」
 星矢たちはかつてグラード財団主催の格闘技イベント、ギャラクシアンウォーズに出場したことがある。メディアでも大々的に報道されたので、星矢たちはそれなりに有名人なのだ。
「ごめん。私たち最近ほとんど故郷に帰ってないから」
 なのはが気まり悪げに言った。
 任務や休暇でたまに帰る日があっても、さすがに流行を追えるほどではない。俳優やスポーツ選手くらいならいいが、いずれ故郷のファッションと致命的なずれが生じないかと、なのはは密かに危惧している。
「君たちは、どうやってミッドチルダに来たの?」
「それは……」
 紫龍はゆっくりと事情を語りだした。

 時空管理局地上本部襲撃事件より一週間と少し前、ミッドチルダから遠く離れた世界、1980年代後半、地球、ギリシャにて。
 アテナの化身、城戸沙織を守ろうとする星矢たち青銅聖闘士と、教皇率いる黄金聖闘士たちが死闘を繰り広げたサガの乱が終わって間もなく、白羊宮の主ムウは十個の黄金聖衣を前にしていた。
「やはり細かい傷がついていますね」
 アリエスの黄金聖闘士にして、聖衣修復師でもあるムウは、黄金聖衣を一つずつ確かめていく。
「黄金聖衣に傷をつけるとは、さすがと言うべきでしょうか」
 そのままでいいと言われているタウラスの折れた左の角と、戦闘に参加していないアリエスの聖衣は必要ないが、他は修復しなければならない。
 サガの乱では五人の黄金聖闘士が命を落とした。
 ライブラの童虎は中国の五老峰から動けず、サジタリアスのアイオロスはサガの乱以前に他界し、二人の聖衣はそれぞれの宮に安置されている。現在、聖闘士の総本山、サンクチュアリを守護する黄金聖闘士は五人しかいないのだ。
 聖衣修復の材料を取りに、ムウは白羊宮を後にした。
 それから数分後、ムウがかすかな異変を察知し、白羊宮に戻った時には、すでに十個の黄金聖衣は影も形もなくなっていた。
「これは……!」
(聞こえるか、ムウ!)
 ムウにテレパシーで話しかけてくる者があった。
 バルゴのシャカの声だ。最も神に近い男と呼ばれ、普段は冷静沈着なシャカが、珍しく焦燥を滲ませている。
(天秤宮と人馬宮に賊が入り、ライブラとサジタリアスの黄金聖衣が盗まれた!)
「馬鹿な。どうやって天秤宮と人馬宮まで」
 サンクチュアリは結界に守られており、黄金聖闘士の守護する十二宮を順番に上がっていく以外に道はない。第一の宮である白羊宮はまだしも、奥にある天秤宮と人馬宮に、黄金聖闘士に悟られず侵入できるはずがない。
(気配を辿ってみたが、賊はどうやら次元の向こう側から来たようだ)
 最も神に近い男の二つ名は伊達ではなく、シャカは時空や異次元を行き来する力を持つ。さすがに単身で別世界に行くことはできないが、その存在は感じ取っていた。
 ムウたちは預かり知らぬことだったが、ナンバーズは空から侵入したのだ。鉄壁の要塞であるサンクチュアリも、空からの侵入には無防備だった。
「アテナよ!」
 ムウはサンクチュアリの最奥、アテナ神殿にいる城戸沙織にテレパシーを送る。
(ムウよ。わかっています。黄金聖衣を盗まれたのですね)
 凛とした声が応える。沙織もサンクチュアリの異変を感じ取っていた。
「申し訳ありません。このムウ、一生の不覚。かくなる上は、私自らが黄金聖衣奪還を……」
(なりません)
「何故です?」
(これ以上、サンクチュアリの防備を手薄にするわけにはまいりません)
「では……」
(黄金聖衣奪還の任務は、星矢たちに託します)
 テレポーテーションが使えるムウ、次元移動ができるシャカに、アテナの化身である沙織が力を合わせれば、星矢たちを別世界に送り込むことも可能だろう。
 だが、沙織の声にわずかに潜む苦悩の色に、ムウは気がついた。
 沙織とて、ようやく傷が癒えたばかりの星矢たちを頼るのは心苦しい。だが、サガの乱を経て、ようやくアテナと認められたばかりの沙織には、他に頼れる者がいないのだ。
 こうして星矢たち四名が集められ、ナンバーズを追ってミッドチルダへと送り込まれた。
だが、次元移動の衝撃で、星矢と瞬は地上本部付近に、紫龍と氷河は機動六課近辺へと、別々の場所に転送されてしまったのだ。

「本当ならもう一人、僕の兄さんが来るはずだったんですが……所在がつかめなくて」
 紫龍の説明後、瞬が残念そうに付け加えた。
「なるほどな」
 はやては平静を装っていたが、内心では頭を抱えていた。
 受肉した神が実在し、人間が魔力もなしに音速や光速で技を放ち、挙句に次元移動すら行うなど、どれだけでたらめな世界なのか。聖闘士を実際にこの目で見ていなければ、一笑に付すところだ。
 いくつか気になる項目があったので、なのはが調べる為、部屋を出ていく。
 その間に、はやてはミッドチルダの説明を始めた。
 自分たちが魔道師であること、時空管理局が次元世界の警察のようなものであること、黄金聖衣を盗んだのがスカリエッティ一味であることなどだ。
「魔法か。まさか実在するとはな」
 これまで黙っていた氷河がぽつりと言った。だが、生身の人間が飛行する姿を見せられれば、信じるしかなくなる。
「なあ、もしかして修行すれば、俺たちも魔法が使えるようになるのか?」
 星矢が期待を込めて訊いた。
「残念やけど、星矢君たちは魔力を持ってへんからな」
「なんだ、コスモとは違うのか」
 星矢はがっかりしたようにうなだれた。
「お待たせ」
 なのはが戻ってくる。実家に連絡して紫龍の話の裏を取ってもらったのだが、やけに決まり悪そうにしている。おそらく姉の高町美由希あたりに、たまには任務以外で帰ってこいと、小言を言われたのだろう。こういうところは、なのはも普通の女の子だ。
「お姉ちゃんがネットで検索かけてくれたけど、ギャラクシアンウォーズ、聖闘士、グラード財団、どれもヒットはなし。お父さんとお母さんも知らないって」
 はやては自分の推測が当たっていたと確信した。
 聖闘士たちが来たと言う1980年代後半は、はやてたちが生まれるよりも前の年だ。だが、聖闘士たちが過去から来たわけではない。
 いくら人の興味が移ろいやすいものでも、一切の記録が残っていないというのは考えにくい。ならばギャラクシアンウォーズは、はやてたちの世界では起きていないのだ。
「地名、言語、文化、科学技術、歴史、ここまでそっくりなのも珍しいけど、パラレルワールドやな」
 次元の海に浮かぶ数多の世界の中には、どういうわけかよく似た世界がいくつか観測されている。特に地球という名前の知的生命体の住む星は多い。
「どういうことだ?」
「つまり、星矢君の世界と、私たちの故郷はまったく別の世界ってこと」
 なのはは一応、パラレルワールドについて説明してみたが、生返事しか返ってこなかった。聖闘士たちにとってはどうでもいい話だ。
「そろそろいいだろう」
 今度の方針について話し合おうとした矢先、氷河が席を立った。星矢たちも氷河にならう。
「ちょ、ちょっと、どこに行くつもり?」
「黄金聖衣を取り返しに」
 氷河が毅然と言った。
「俺たちは、聖闘士について教えて欲しいと頼まれたから残っていただけだ。俺たちも、この世界について少しは知っておきたかったしな。それが果たされた以上、一刻も早く黄金聖衣を取り戻さねばならん」
「当てがあるの?」
「ナンバーズとかいう連中のコスモを探せばいいんだろ。とにかく足で探すさ」
 と、星矢。
 なのはは絶句した。聖闘士は相手のコスモを感じ取れるらしいが、彼らはミッドチルダ中を走り回るつもりのようだ。本気なのは、気配でわかる。
「いや、でも、勝算は?」
 星矢と瞬だって、ナンバーズには苦戦を強いられていた。三倍の数の敵にどう挑むつもりなのか。
「関係ありません。俺たちはアテナの聖闘士として使命を全うするのみ」
 紫龍が己の拳を握りしめる。
 星矢たちの戦いで、勝算があったことなどほとんどない。格上の白銀聖闘士や黄金聖闘士を相手に、圧倒的劣勢から常に命がけで勝利をつかみ取ってきた。
「でも、敵の半数以上は飛んでるんだよ?」
「跳べばいいだろ」
「跳ぶって……」
 飛行に跳躍で挑もうと言うのか。聖闘士の跳躍力なら不可能ではないだろうが、あまりに無謀すぎる。
 はやてはぽかんと口を開けた。
「なのはちゃんより無茶な子たち、初めて見たかも」
「八神部隊長も、止めるの手伝って下さい!」
 役職名を強調して、なのはが叫ぶ。ただでさえ不利なのに、聖闘士と六課が連携できなければ、勝利は絶望的だ。
 はやては自分の考えが甘かったことを悟った。
 聖闘士は魔導師とはまったく異なる種類の人間だった。打算や駆け引きとは無縁の、己の信念と正義にのみに生きる闘士たち。個人の強さを追求する聖闘士と、組織としての強さを追求する魔導師たちで、どうやって連携しろというのか。
 しかし、このまま行かせるわけにもいかない。
「まあ、少し落ち着いて。スカリエッティのアジトは、時空管理局が捜索しとる。発見を待ってから動いても遅くないと思うけどな」
 ナンバーズにコスモに抑えられたら、土地勘がない聖闘士たちは捜索手段がなくなる。
 よしんばアジトを発見できなくとも、近いうちにスカリエッティは次の行動を起こすだろう。六課にいた方が、情報は早い。
「けどよ……」
「星矢君たちの、はやる気持ちはわかる。でも、急がば回れ。必勝を期して対策を立てておくのも悪くないと思うんよ」
 聖闘士たちは黙って顔を見合わせた。
「ところで、コスモって誰もが持ってるエネルギーやったな?」
「ああ」
「だったら、私の仲間たちに伝授してくれへんかな? 今日の昼には退院する予定やし」
 はやてが両手を合わせてお願いする。
「無駄だと思うぜ。俺たちだって、過酷な修行を六年も続けて、ようやく体得できたんだ。そもそも修行についてこられるかどうか」
「それに我らはまだ修行中の身、とても人に教えることは」
「まあまあ、紫龍君。そう難しく考えんと、教えてもらったことを教えてもらえるだけでええから。聖闘士と魔導師、相互理解の一環として。な?」
「はやてさんの言う通り、当てもなく捜し回るよりはいいんじゃないかな? 今回の敵は、僕たちにとって未知の敵なんだし、対策を練るのも悪くないと思うよ」
 瞬が、はやてに賛同してくれた。
 反論が出ないので、決まりのようだ。
「それじゃあ、先生役、よろしくな」
「……ま、しょうがないか」
 星矢は渋々頷いた。

 午後二時、退院してきたフェイトたちはトレーニングウェアに着替えると、森の訓練場へとやってきた。出迎えたなのはは、元気そうな仲間たちの姿に、ほっと胸を撫で下ろす。
 シグナムは現場検証からまだ戻っていないし、はやては別件で出掛けてしまった。フォワード隊員七名で、準備運動を始める。
「でも、ちょっと面白くないです」
 なのはから事の顛末を伝えられたティアナは、憤懣やるかたない様子で言った。
「だって、その言い方じゃあ、まるで魔導師が聖闘士より格下みたいじゃないですか」
 機動六課だって血の滲むような訓練を積んできたのだ。やりもしないで、修行についていけないと決めつけないで欲しい。
「なのはさんは悔しくないんですか?」
「百聞は一見にしかず。とりあえずやってみようよ」
 なのはがにこにこと笑いながら、ティアナを諭す。
 これまでの訓練の発案者であるなのはが、怒るどころか相手を受け入れようとしている。 スバルはなのはの度量の広さに少し感動していた。
「ほら、なのはさんもこう言ってるんだし……?」
 スバルが振り向くと、ティアナがいなくなっていた。視線をさまよわせると、ティアナは準備運動をしながら、少しずつ遠くへと離れて行っていた。
「何してるの?」
「あんた、まだ気づかないの?」
 追いついて話しかけると、逆に憐れむように言われた。
「なのはさんの表情、さっきからまったく変わってないのよ」
 スバルははっとして、なのはを振り返る。にこにこと無言で腕の筋を伸ばしている。いくらなのはが明るい性格でも、さすがにストレッチをやりながら笑顔になる理由はない。
 深く静かに怒っているようだ。そのことに気がつくと、妙な威圧感がなのはの周囲に漂っているのがわかる。
「おっ、揃ったみたいだな」
 聖衣を装着した聖闘士たちが姿を現す。
 星矢はフォワード隊員たちを見渡すと、ヴィータに向かって笑いかけた。
「お嬢ちゃんは見学かな? 誰かの妹とか?」
「子供扱いすんじゃねぇ! 私はヴィータ、スターズ分隊の副隊長だ!」
「副隊長? お嬢ちゃんが?」
 ヴィータが吠えると、星矢たちが目を丸くした。
 ヴィータは厳密には人間ではなく魔法生命体で、年も取らない。だが、魔法を知らない相手に、守護騎士システムをどう説明してものかと、ヴィータは頭を悩ませた。
「あっ、わかった」
 星矢がポンと手を叩いた。
「さてはあんた、魔法で若返ってるんだろう」
 的外れな答えが返ってくる。そんな魔法は存在しない。
「…………もう、それでいいや」
 説明が面倒くさくなり、ヴィータは投げ槍に言った。
「やっぱりそうか。魔法ってすごいんだな」
 星矢は興味津々でヴィータを眺める。
「で、本当はいくつなんだ?」
 ヴィータは星矢のすねを思いっきり蹴飛ばしてやった。

「えー。では、これより君たちに聖闘士の修行を体験してもらう」
 各々自己紹介を済ませた後、整列した六課隊員を前に、星矢が両手を後ろに回して、胸を少しそらしながら言った。渋っていたはずなのに、ノリノリで先生役をやっている。
 星矢の話は棒読みになったり、言葉がつかえて出て来なかったり、誰かの受け売りなのがバレバレだ。なまじ得意げにしているだけに、余計に滑稽な印象を与える。他の聖闘士たちも呆れたように星矢を見ていた。
(……なんだか、懐かしいね、ヴィータちゃん)
(いや、私らはあんなに調子に乗ってなかっただろ)
 先生役を務める星矢の姿が、教官資格を取ろうとしていた過去の自分の姿と重なり、なのはとヴィータは少しだけ和んだ。初めて教官役をやらされた時は、星矢と大して変わらない拙さだった。
 星矢の話は要約すると二つだった。
 一つ目は、己の肉体を極限まで鍛え、力と意志を一点に集中させることで原子を砕く“破壊の究極”を会得していること。二つ目は、体内のコスモを爆発させることで、聖闘士は超人的なパワーを生み出すということだった。
 なのはたちは揃って疑問符を浮かべた。原子を砕くことが破壊の究極という理屈はわかるのだが、己の中の小宇宙だの観念的な話はさっぱりわからない。ためしに、体内に意識を凝らしてみたが、コスモの片鱗も感じられない。
 まあ、そんな簡単に会得できるものでもないのだろうが。
「じゃあ、まずは体を鍛えるところから」
 星矢の宣言に、なのはたちは気を引き締めた。
 コスモが会得できるかどうかは別として、魔導師の矜持に賭けて修行について行ってみせるというのが、フォワード隊員の共通した意気込みだった。
 星矢は傍らにある岩の上に手を置いた。星矢の体重の三倍はありそうな巨岩だ。
「この岩を体に括りつけて、逆さ吊りの体勢から、腹筋五百回やってみようか」
「「「無理です」」」
 なのはたちの返事が綺麗に唱和した。

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最終更新:2013年01月19日 22:20