時空管理局の施設が爆炎に包まれる。木々がまばらに生えた山の中腹から、ディエチはその様を観察していた。
たったの一撃で施設を完全に破壊すると、ディエチはイノーメスカノンの調子を確かめる。不具合はない。改良は成功したようだ。
最初の任務を終えたディエチがジェミニの兜を脱ごうとすると、望遠機能が搭載された目が、遠くに敵影を捉える。
エリオとキャロが、木々の隙間を縫うようにして山を登ってくる。いつもと違う点はただ一つ、エリオが白いコートの前をしっかりと合わせていることだけだった。少しでも防御力を上げようという涙ぐましい努力だろう。
六課と聖闘士が迎撃に来るのはわかっていたが、よりによってあの二人かと、ディエチは思った。
竜のいない召喚士に、スピード重視の少年。はっきり言って、ゾディアック・ナンバーズの脅威足りえない。勝ち目のない戦いに子どもを送り込むなんてと、ディエチは柄にもなく六課の隊長たちに憤る。
「弱い者いじめは好きじゃないんだけどな」
まして相手は最年少の二人だ。ディエチはますます気が重くなる。
彼我の距離は、約三百メートル。とっと無力化して先に進もうと、ディエチはISでイノーメスカノンに麻痺性のガス弾を装填する。
ディエチは照準をエリオたちに合わせる。次の瞬間、ディエチの両目に、エリオの顔がアップで映っていた。
「なっ!?」
一瞬にして、距離を詰めたエリオのストラーダの斬撃が、イノーメスカノンを真っ二つに切り裂く。
ディエチは混乱したまま後ろに跳躍するが、エリオはぴったりとついてくる。多少のスピードアップは計算に入れていたが、いくらなんでも速過ぎる。
エリオの斬撃が、ディエチの脇腹に命中する。その速さはまさに光速。
(この短期間でコスモに、しかもセブンセンシズに目覚めた!?)
ディエチはまさかと思いながらも意識を凝らすが、エリオからコスモは感じられなかった。
ストラーダが左肩に叩き込まれ、続けて三段突きが繰り出される。攻撃系の魔法は掛かっていないのか、斬撃は速いだけで軽く、刃が黄金聖衣を傷つけることもない。もっとも、光速で叩かれれば、衝撃だけでそこそこ痛いが。
ストラーダがカートリッジを排出する。ディエチははっとしてエリオのデバイスに注目した。
『Sonic Move』
ディエチの耳が、ストラーダの発する音声を拾う。
『Sonic Move, Sonic Move, Sonic Move……』
ストラーダは壊れた録音機のように同じ言葉を繰り返していた。
カートリッジを使用して、安全装置を解除した加速魔法の重ねがけを行っている。だが、それだけではまだ光速には及ばないはずだった。
ディエチはエリオの背後に視線を移した。
エリオよりだいぶ遅れて距離を詰めてきたキャロが、胸の前で両腕を交差させていた。
「我が乞うは、疾風の翼。若き槍騎士に、駆け抜ける力を。我が乞うは……」
量産型ストラーダによって加速されたキャロの口が、凄まじい速度で機動力強化の詠唱を繰り返していた。
エリオはソニックムーブだけでなく、キャロのブースト魔法の同時重ねがけを行っていた。乗算で加速したエリオは、ディエチに匹敵する速度を得ていた。
ストラーダから次のカートリッジが排出される。この勢いで消費していては、エリオのカートリッジはすぐに尽きてしまうはずだった。
エリオがコートを脱ぎ捨てる。赤いシャツの上にベルトが巻きつけられ、動きを妨げないぎりぎりまで予備のカートリッジが取り付けられている。
「僕たちは魔法の力を信じてる!」
エリオがまっすぐな瞳で叫ぶ。
「フェイトさんが、なのはさんが教えてくれた魔法の力は、どんな相手にも通用する。僕たちがそれを証明してみせる!」
エリオは攻撃を継続しながら、流れるような動作で新しいカートリッジを装填する。
一時間どころか三十分も持たないであろう、限界をはるかに超えた魔法の使用。
たかだか十歳の少年が、信じられないくらいの負荷にさらされていた。こうしている今も、エリオの骨も筋肉も神経までもが軋みを上げている。体が燃えるように熱い。まるで全身の血液が沸騰してしまったかのようだ。
「なんて無茶を! 君たちの隊長は、こんなことを命じたのか!」
劣勢に立たされた自分の立場も忘れ、ディエチは義憤に駆られる。
「違う!」
強い否定の言葉が返ってくる。
「これは僕たちの意思だ!」
詠唱を止めることなく、キャロもエリオの言葉に頷く。
六課のみんなを、大切な人たちをも守る為に、エリオとキャロは二人でこの方法を考えた。
最初に作戦を相談した時は、フェイトに泣きそうな顔で叱られた。
どうやら、フェイトは今回の作戦にエリオとキャロを参加させないつもりだったらしい。熱心に除隊を勧められたが、エリオとキャロは頑として譲らなかった。フェイトを悲しませたことにエリオとキャロの心は痛んだが、仲間の役に立ちたいという思いが勝った。
フェイトは最後まで渋っていたが、最後には出撃を許可してくれた。一人前だと認められたようで、それがどれだけ誇らしかったか。
「僕たちは勝つ。勝って、みんなのところへ帰るんだ!」
大上段からの一撃がジェミニの兜を叩く。強度で劣るストラーダの刃先がわずかに欠けた。
(ごめん、ストラーダ)
エリオは胸中で謝る。スピードアップに全魔力を注ぎ込んでいるエリオに、攻撃魔法を展開する余裕はない。
真・ソニックフォームとバルディッシュの攻撃力を両立させるフェイトは、やはりまだ手の届かない存在だ。
だが、キャロと二人なら、いつか届くかもしれない。力が足りないなら、知恵を使え。それでも足りないなら、誰かと力を合わせれいい。それがなのはから教えられたことだった。
なのはとフェイトが予測した通り、ディエチの専門は狙撃、砲撃であり、クロスレンジの技術はたいしたことない。エリオは果敢に攻めていく。
しかし、追い詰められているのはエリオたちの方だ。
黄金聖衣に斬りつけるたびに、反動でエリオの両腕に痛みが走る。このままではいつか腕が壊れるだろう。ブースト魔法の重ねがけをしているキャロの顔色も、蒼白となっている。
エリオの肉体に、キャロの体力に、ストラーダ。どれか一つでもなくなれば、この均衡は瓦解する。それまでにディエチの隙を作りだし、決定打を与えなければならない。
広いドーム状の施設で、キャンサーの聖衣をまとったクアットロが、退屈そうにコンソールをいじっていた。聖衣に取りつけた白いマントが空中ではためく。
敵はろくに戦う素振りも見せず撤退してしまった。施設のコンピュータ制圧も、じきに終わる。
「せっかく思う存分楽しめると思ったのに、残念ですわ」
甘ったるい口調で呟く。しかし、それは猛毒の甘さだ。
クアットロはずっと不満に思っていた。もし自分に戦闘能力があれば、もっと完璧に作戦を遂行してみせるのにと。
その願いは、キャンサーの黄金聖衣が叶えてくれた。もう馬鹿な姉妹たちのご機嫌伺いする必要ない。望むとおりに行動し、ドクターの夢を実現させることができる。
クアットロは人差し指の先を眺める。人の魂を冥界に送る技というが、クアットロはただの比喩表現だろうと思っていた。守護騎士の一人シャマルが、相手のリンカーコアを直接抜き出すことができる技を持つが、おそらく同じような原理で敵を殺すのだろう。
実際は、本当に魂を冥界へと送り込んでいるのだが、所詮機械の力を借りて技を再現しているクアットロにそこまでの理解はできなかった。
転送用の魔法陣がドームの中央に出現し、濃緑の聖衣をまとった少年が現れる。
「あら。私の相手はあなたですの? ドラゴン紫龍」
「俺のことを知っているのか?」
「ええ、ほんの一部だけですけど、あの十二宮の戦いは見せてもらいましたから。では、こちらも名乗らせていただきます。私はクアットロ。あなたを冥府にお連れする者です」
クアットロはマントを翻し、いきなり人差し指を突きつける。
「積尸気冥界波!」
紫龍がその場から飛び退く。
クアットロは勝利を確信した。積尸気冥界波の効果範囲の広い技だ。その程度移動したところで、意味はない。
「やはり劣化コピーだな」
しかし、紫龍は積尸気冥界波を回避していた。
「そんな、どうしてですの!?」
「どうやら巨蟹宮の戦いは見ていなかったようだな。知らないなら、教えてやる。デスマスクを倒したのは、この俺だ」
キャンサーの黄金聖闘士デスマスクは、力こそ正義という信念を持ち、己の正義の為なら無関係な人々の命を平然と犠牲にする外道だった。デスマスクの非道な行いは紫龍の逆鱗に触れ、冥府の底へと叩き落された。積尸気冥界波はとうの昔に見切っている。
「そう……では、これならどうかしら」
クアットロの姿が幾重にも分身する。クアットロのISシルバーカーテンだ
「幻影か」
紫龍は目を閉じ、コスモを探った。だが、全てのクアットロからコスモが感じられた。
「まさか!」
「この度、私の銀幕芝居に、コスモという新たな演者が加わりました。では、お客様、私の舞台で存分に踊って下さいまし!」
数十体にも分身したクアットロたちが、芝居がかったしぐさで一礼する。
紫龍は集中して本体を見極めようとするが、音も気配も、完全に再現している。
シルバーカーテンの情報は事前に知らされていたが、まさかこの短期間でコスモすら惑わすとは、恐ろしい技術力だった。
クアットロたちが一斉に技を放つ。シルバーカーテンは積尸気冥界波の気配まで再現していた。
紫龍は勘だけを頼りに走る。
「ぐっ!」
引き裂かれるような痛みに、紫龍は聖衣の上から胸を押さえる。どうやら積尸気冥界波が掠めたようだ。
「また外してしまいました。でも、まったくの無駄というわけでもなさそうですわね」
積尸気冥界波は魂を直接攻撃する技。冥府に送ることができなくとも、掠めれば魂を傷つける効果はあるようだ。
「では、徹底的に痛めつけてあげましょう、積尸気冥界波!」
追い立てられるように、紫龍は走る。走りながら、クアットロたちに攻撃を仕掛けるが、拳はむなしく空を切るばかりだった。
「ああ、もう、あんまり動かないでくださる?」
焦れたように言うと、クアットロたちが一斉に動き出し、あらゆる角度から拳を繰り出す。三人目までを回避し、四人目の攻撃が盾をすり抜ける。
「外れですわよ」
クアットロのハイキックが紫龍のこめかみに当たる。
すぐさま反撃するが、その時には本体は幻影に紛れていた。
「いつもなら幻影とだけ踊っていただくのですけど、今日は出血大サービス。本物の私も一緒に踊って差し上げますわ!」
紫龍のこめかみから一筋の血が流れるのを見て、クアットロは艶然と微笑む。
「あら、ごめんなさい。出血するのはあなたの方でしたわね」
紫龍の周囲ではクアットロたちが踊るように跳ねまわり、実体の位置を悟らせないようにしている。
「フフフフ、こんなに美女に囲まれて、まるで殿方の夢、ハーレムのよう。素敵!」
最後だけ、やけにハイテンションでクアットロたちが叫ぶ。
クアットロたちの高笑いがドーム内に反響している。夢は夢でも、まさに悪夢のような光景だった。
紫龍は滝のような汗を流しながら、クアットロの集団に包囲されていた。
本体と幻影の見極めがつかないのでは、実際に何人ものクアットロと相手にしているのと変わらない。紫龍の疲労は深刻だった。
「まったく聖闘士というのも愚かなものですわね」
クアットロが嘲るように言った。
「なんだと?」
「基本一対一? アテナが武器を嫌うので、己の肉体のみを武器として戦う? くだらない。武器なんて使えるだけ使えばいい。敵は多人数でなぶればいい。これが最も効率の良い戦法ですわ」
ライブラの武器の威力は、セッテが証明してくれた。例外的に武器の使用が認められている聖闘士もいるが、聖闘士全員が武器を持てば大幅に戦闘力を向上させられる。地上の平和ももっと守りやすくなるはずだ。
「あなただってそうですわ。コスモの真髄、セブンセンシズに一度ならず目覚めながら、まだ満足に使いこなすことができない」
「…………」
「もしドクターに忠誠を誓うのなら、この機械を分けてあげてもいいわよ」
クアットロは胸部装甲の裏側の結晶型の機械を指差す。聖闘士のサンプルも一人くらいいた方が、ドクターの研究がはかどるだろうと考えてのことだった。
「あなたは最下級の青銅聖闘士から、一気に黄金聖闘士にだって昇格できる。このチャンスを逃す手はなくてよ?」
「哀れだな」
紫龍が目を細めた。
「哀れ? この私が? 今最高に幸せですのに?」
「貴様ではない。キャンサーの黄金聖衣だが」
クアットロは人をなぶることに、明かに愉悦を感じている。正義を守る為の聖衣でありながら、何故キャンサーはかくも外道と縁ができてしまうのか。
これまで積尸気冥界波によって葬られた人々の怨念か。あるいは、指先一つで魂を弄ぶ超常の技が、人を外道に堕としてしまうのか。
「効率が良いか。確かに貴様の言うことにも一理ある。だがしかし!」
ドラゴンの聖衣が離れ、紫龍の鋼のように鍛え上げられた上半身が露わになる。
「ちょっと! レディの前でいきなり脱がないでくださる!?」
「す、すまない」
思いがけないクアットロの初心な反応に、紫龍は思わず謝ってしまう。
クアットロは深呼吸し紅潮した頬を静める。
「で、聖衣を脱いだってことは、降伏の証と思ってよろしいのかしら?」
「教えてやろう。道具に頼り、努力を怠った力に何の価値もないのだと!」
紫龍の黒髪が波打ち、背中に龍の姿が浮かびあがる。
強力な聖衣を装着していれば、心に油断が生じる。あえて背水の陣に身を置くことで、紫龍はコスモを最大限まで燃え上がらせる。
クアットロには理解できない、不効率の戦い方の極みだ。
「本当にアナクロですのね。根性論で勝てるなら、誰も苦労しません。一撃で葬って差し上げますわ!」
コスモは肉体強度を上げてくれるわけではない。聖衣なしで光速拳など命中したら即死だ。
クアットロたちの拳が迫るが、紫龍は目をつぶり微動だにしない。
幻のクアットロたちが次々と紫龍をすり抜けていき、十二番目に本物が紫龍の心臓めがけてストレートを放つ。
紫龍はその拳を、わずかに体をそらすことでかわした。
「ふん、まぐれですわ」
クアットロが後退して、幻影にまぎれる。だが、どんなに巧妙に幻影に紛れようと、紫龍の目はしっかりと本体を捉えていた。
「そんな、どうして!?」
クアットロがうろたえる。
「貴様のシルバーカーテンは、よくできている。だが、生物に特有の揺らぎまでは再現できていない」
攻撃に移る時、コスモにわずかに殺気が混じる。今は本体を見破られた動揺で、コスモが揺らめいている。ほんのささやかな揺らぎだが、コスモを高めた紫龍にはそれがはっきりと感じ取れる。
クアットロが及び腰になる。幻影を見破られては、クアットロに勝機はない。撤退の方法を必死で考え始める。
「女に手を上げるは本意ではないが、貴様のような外道にこれ以上、黄金聖衣を弄ばせるわけにはいかん。くらえ、廬山昇龍覇!」
廬山の大瀑布をも逆流させる紫龍の右拳が、クアットロの胴体に炸裂する。クアットロは天井を突き破り、空高く打ち上げられる。
しかし、勝利したはずの紫龍の顔は、苦渋に満ちていた。
クアットロの姿が、青空に溶けるように消失してしまう。
「詰めを誤ったか」
紫龍は悔しげに右拳を握りしめる。おそらく紫龍が本当に殴ったのは、肩のあたりだろう。
最後の瞬間、クアットロは己の姿を透明にし、その上にわずかにずらして幻影をかぶせたのだ。さしもの紫龍もそこまでは気がつかず、おかげで廬山昇龍覇のダメージが浅くなってしまった。
「逃げ足だけは一流だな」
紫龍は身を翻し、急ぎクアットロの後を追った。
ストラーダが黄金聖衣の表面を叩き続ける。
(聖衣が動かない! どうして!?)
山の中を必死に逃げ回りながら、ディエチは心の中で叫ぶ。
最大級の破壊力を実現したイノーメスカノンの調整に手間取り、ディエチはほとんど格闘戦の訓練を行っていない。
もし接近されたとしても、聖衣から戦闘データを引き出せば、離脱くらいはできるだろうと安易に考えていた。
だが、機械は作動しているのに、聖衣は戦ってくれない。ディエチは、露出した顔や首、二の腕を守るので精一杯だった。
(まさか、機械の故障?)
それはあり得ないと、ディエチもわかっている。もし機械が故障すれば、聖衣の意思は正常に戻り、偽りの主であるディエチから離れていくはずだ。
(だったら、どうして?)
ディエチは知らない。
ジェミニの黄金聖闘士サガは、類稀なる頑健さを持った男だった。敵の攻撃をもろともせず、圧倒的破壊力で敵を蹴散らす、まるで重戦車の如き戦い方。
その頑健さは、サガの天性の素質と、たゆまぬ修練によって得たものだ。サガほどの頑健さを持たぬディエチが、その戦い方を真似たところで、ただ防御と回避ができなくなるだけだった。
満足に戦えず、エリオはどこまでも喰らいついてくる。ストラーダの刃こぼれはさらに増え、まるでのこぎりのようになってしまっている。
ディエチが、キャロから離れブースト魔法の範囲外に出ようとすると、エリオが進行方向を塞ぐ。逆にキャロを先に倒そうとすると、キャロがエリオの背後に回るように動く。
これまでの訓練で培われた二人の連携に、ディエチは反撃の機会をつかむことができない。
ディエチは己の思い違いにようやく気がついた。目の前の二人は、無力な子どもなんかじゃない。一人前の魔導師なのだ。
エリオの気迫、覚悟、想いの強さに、ディエチはさらされる。それは極限状態に置いて発揮される命の輝きそのものだった。
ディエチはこれまで遠くから敵を狙い撃つばかりで、接近戦をしたことがない。命懸けの戦いがどれほど怖いか、ディエチは今初めて知った。
「う、うわぁあああああああああああっ!」
恐慌状態に陥ったディエチが、闇雲に腕を振りまわした。偶然、ディエチの腕がエリオに当たり弾き飛ばす。
ディエチは恐怖に突き動かされるまま、両腕を頭上で交差させた。
「銀河の星々と共に砕け散れ!」
ジェミニ最大の奥義が炸裂しようとする。
「ギャラクシアン――」
エリオは残っていたカートリッジをベルトごと破棄する。どんなにわずかでも、軽くなれば最高速に達する時間は短縮できる。
「はあああああああっ!」
ストラーダのノズルが火を噴き、エリオが飛翔する。全身全霊のエリオの突きが、ジェミニの胸部装甲に直撃した。
「かはっ!」
衝撃で、ディエチの肺の中の空気が全て押し出され、息が詰まる。
(ありがとう、ストラーダ)
澄んだ音を立てて、ストラーダの刃が粉々に砕け散る。
砕けたのはストラーダの刃だけではなかった。衝撃に耐えかね、酷使され続けたエリオの右腕の骨も折れていた。握力のなくなった手から、ストラーダが滑り落ちていく。
ソニックムーブが解除されるが、ディエチの動きも止まっている。エリオは残った魔力を電気に変換し、左腕にまとわせる。
「猛きその身に、力を与える祈りの光を!」
視線すら交わしていないのに、キャロはエリオの意思を汲み取ってくれていた。打撃力強化の魔法が、エリオの左腕に宿る。
敵わないなとエリオは思う。大切な人を守れる男になりたいのに、自分の周りには強い人ばっかりで、支えられてばかりいる。
(でも、いつかきっとそんな男になってみせる!)
エリオは誓いを込めて左拳を握りしめる。
「紫電一閃!」
電撃をまとった左拳で、ディエチを殴りつける。左腕の骨も折れるが、構いはしない。どうせ体中激痛だらけだ。エリオはさらに踏み込み、折れた左腕を体ごと押し付ける。
電撃が黄金聖衣を貫き、取りつけられた機械がひび割れる。
昏倒したディエチからジェミニの黄金聖衣が離れ、善と悪の人間が背中合わせになったオブジェへと戻っていく。
エリオとキャロの勝利だった。実際の戦闘時間は二十分にも満たないが、エリオにとっては永遠にも等しい死闘だった。
エリオはゆっくりとキャロを振りかえった。
「帰ろう、キャロ。フェイトさんのところへ」
「うん」
エリオはにっこりと笑いかけ、そのまま意識を失い前のめりに倒れていく。キャロが駆け寄ってエリオを抱きとめた。
「お休みなさい、エリオ君」
キャロの膝の上で、エリオはあどけない顔で眠る。疲れ果て、肉体はぼろぼろでも、その顔は使命を果たした喜びに満たされていた。
最終更新:2013年04月27日 23:36