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デモリッシャーは巨大な車輪を豪快に振り回し、周囲に大量の海水を撒き散らして派手に暴れ回っていた。
回転に巻き込まれたウェンディは遠心力に捕われ、脱出する事もままならない。
チンク達にとっては自分の姉妹が人質に取られているようなもので、簡単に手出しできる状況ではなかった。
もやは相手にならず確信したデモリッシャーは、新たな行動を始める。
両腕を器用に動かして陸地へ向けて移動を開始したのだ。
再上陸されたら更に被害が拡大するばかりか、ウェンディがどうなるか判らない。
時間がない事を悟ったチンクは、禁止されている本局との直接通信を決意した。
「こちら蛮子隊リーダーチンク・ナカジマ。
現在正体不明の巨大機械と交戦中、至急増援を求む」
「こちらは管理局本局。 そちらのステータスでは当方との直接交信は認められていない。
直ちに所定の周波数へ戻り、そちらからの指示を待て」
予想されていたとはいえ、あまりにも官僚的な物言いに、チンクは怒りの声を上げる。
「それは分かってる! だが、こんな巨大な機械の化け物が、今クラナガンに上陸しようとしているんだ!
今すぐ増援を寄越してくれ!!」
チンクは怒鳴りながら、水を蹴立てて陸地へと進むデモリッシャーの映像を転送する。
「ちょ、ちょっと待ってくれ――」
送られてきた映像に度胆を抜かれた本局のオペレーターがそう言うと、画面に「保留中」と表示が出る。
すぐに階級章で将官クラスと分かる、チンクの知らない幕僚に映像が切り替わった。
「蛮子隊リーダー、陸士隊と航空隊双方をそちらへ直ちに送る。
ただ、到着まで5分はどうしてもかかる。
その間は辛いと思うが、何とか踏み止まってくれ」
「了解しました」
通信が切れた後、チンクは苦々しげに呟いた。
「5分か…簡単に言ってくれるな…」
平常ならあっという間に過ぎるだろうが、1秒の差が生死の境を分ける今の状況では永遠とも思える長い時間だ。
「チンク姉、今度は全員で一斉に攻撃を仕掛けてみるのはどうかな?」
ノーヴェの提案にチンクは尋ねる。
「一斉に?」
ノーヴェは頷くと話を続ける。
「今まではみんなバラバラに戦っていたけど、奴にはデカ過ぎてそれが通用しない。
でも、同じ時に一斉に攻撃すれば…」
そこで言葉を切ったノーヴェの後を継いで、ディエチが続ける。
「倒すのは無理でも、動きを止められるかもしれない…だね?」
迷ってる時間も惜しい、チンクは即座に決断を下した。
「よし、すぐに攻撃をかけよう。狙うポイントは…」
陸地へ向けて着実に歩を進めていたデモリッシャーの眼前に、チンクが再び姿を現した。
ランブルデトネイターを立て続けに撃ち込んで来るが、それらはことごとくデモリッシャーの車輪に弾き落とされる。
「このチビが! いい加減しつこいぞ!!」
しつこく付きまとわれる事に苛立ったデモリッシャーは怒鳴り声を上げると、チンク目掛けてミサイルを撃ち出す。
ミサイルはチンクへ肉薄するが、彼女は冷静にランブルデトネイターで一つ一つ
丁寧に撃ち落として行く。
デモリッシャーは唸り声を上げると、今度は回転する車輪をチンクに向ける。
チンクの方はハイスピードで一気に後退して振り下ろされる車輪と巻き上がる大量の海水の塊から逃れた。
その様子に更に怒り狂ったデモリッシャーは、チンクを標的に定め、彼女の後を追って沖へ向かう。
“よし、喰い付いた!”
デモリッシャーが挑発に引っ掛かったのを確認すると、チンクはノーヴェとディエチに念を押す。
“二人ともまだだぞ。合図があるまで待て!”
“了解!”
二人から返事が返ってくると、チンクは更に沖へおびき出そうとデモリッシャーに挑発を仕掛ける。
デモリッシャーは更にいきり立ち、怒りに任せてミサイルと機銃をむやみやたらと撃ちまくる。
“今だ!”
デモリッシャーが冷静さを失っていると判断したチンクは、ノーヴェとディエチに攻撃を指示した。
チンクのランブルデトネイター、ノーヴェのリボルバースパイク、ディエチのヘヴィバレル、総ての攻撃が
デモリッシャーの右腕、それも肘の一点に集中する。
彼女達の攻撃はことごとく命中、全員は手応えを感じていた。
しかし、デモリッシャーはわずかにぐらついたものの倒れなかった。
ニヤリと不気味な笑いを浮かべると、デモリッシャーは片腕を振り上げて驚愕するチンク達を薙ぎ払う。
「挑発して注意散漫になったところで、一箇所を攻撃を集中してひっくり返す…か。
中々いい考えだったが、相手が悪かったな!」
デモリッシャーは嘲ると、今度はチンク達の攻撃を意にも介さずに陸地へと向かう。
「ぐっ…!」
策を破られたチンクが呻くのと同時に、彼女の傍らで空間モニターが一つ開く。
「こちらは“フライングタイガースリーダー”遅くなって申し訳ない。蛮子隊リーダー、状況を教えてくれ!」
来てくれたか…。チンクは心底ホッと安堵した表情で、増援部隊からの通信に返答する。
「こちら蛮子隊リーダー。
奴はこちらの追撃を振り切って陸地に向かっている!
敵はミサイルなどの強力な質量兵器を多数保有しているから気をつけろ!!」
「新手か…しゃらくせぇ!」
増援部隊を視認したデモリッシャーは、先手とばかりにミサイルを一斉に発射する。
「質量兵器だ! 総員散開し、各自で回避せよ!!」
空戦魔導師たちは撃ち出されたミサイルを回避しようと散開するが、誘導装置が逃げる魔導師たちを捕捉し、
どこまでもしつこく追って来る。
ミサイルを撃墜、または障害物を利用して自爆させた者以外は次々と撃ち落とされる。
部隊は、たちまちのうちに全戦力の三分の一を喪失した。
増援を蹴散らしながら進むデモリッシャーをチンクは歯噛みする思いで見ていた。
彼等が打ち破られたらデモリッシャーを防ぐ術はもはやない。
“誰でもいい、奴を止めてくれ!”
万策尽きたチンクが心の底から願った時、それに応えるかのように一隻のシャトルが空の彼方から現れた。
シャトルは海上の様子を確かめるかのように一度旋回すると、一気に高度を下げて陸地に向かって進む
デモリッシャーの右腕――先程チンク達が攻撃を仕掛けた部分―― 目掛けて背後から体当たりをかける。
倒れなかったとはいえ、それなりにダメージを受けた部分へ、それも後ろからいきなりシャトルにぶつけられては、
さしものデモリッシャーも堪ったものではない。
完全に横倒しになり、巻き上がる水煙で姿が見えなくなる。
デモリッシャーが転倒したのと同時に空中に放り出されたウェンディを、機内から出てきた、人の手の形をした
大きなマニピュレーターが器用につまみ上げる。
デモリッシャーは怒りの咆哮を上げると、海中から全方向に向けてヤケクソ気味にミサイルを乱射する。
シャトルはそれをひょいひょいと回避し、自身もミサイルを発射して撃ち落としながら、次にチンク達を収容して
デモリッシャーから離れる。
チンク達を抱えたシャトルは人型に変形しながら優雅に対岸の埠頭に着陸を決め――損ねた。
ズッコケたシャトルは、盛大に転げ回って真正面にあった倉庫の一つに正面からぶつかり、建物を派手にぶっ壊した。
「ええい畜生! 着陸装置めすっかりイカれおって!」
老人のようなしわがれた声で悪態をつきながら、シャトル改め機械の巨人はコンクリート片やら資材の残骸やらを
撒き散らしつつ起き上がる。
埠頭に放り出されたチンク達は呆然と見詰める中、シャトルは着陸脚を杖代わりにして立ち上がった。
と、次の瞬間、屁をこくような爆発音と共にシャトルの尻の部分からパラシュートが飛び出して、機械の老いた
巨人は先程自分で潰した倉庫の上に、またしても仰向けにひっくり返る。
「何てこった今度はドラッグシュートもかい! こりゃラチェットに本格的な修理を頼まんと…」
愚痴を垂れながら何とか起き上がった巨人にチンクが声をかける。
「あ、あの…」
それに対して、巨人は手を挙げて制しながら言った。
「おっと失礼。ちょいと状況を報告しないといかんのでね」
そう言うと、巨人はモニターを開いてどこかと連絡を取り始めた。
「こちらスカイファイアー。
アイアンハイド、そちらの要望通りデモリッシャーとやり合ってた魔導師の連中を救助したが、
これからどうするね?」
モニターの向こうから、“アイアンハイド”と呼ばれた人物(?)から返事が来る。
「了解したスカイファイアー。
コンボイ司令官から一旦撤収してくれとの事だ」
“スカイファイアー”という名の巨人は、頭を掻きながら愚痴った。
「やれやれ、面倒臭いのう。
ここで颯爽とデストロンの奴らをやっつける…という風にいかんのかい!?」
ぼやく巨人をアイアンハイドは宥めるように言う。
「仕方あるまい、デストロンとの戦闘で殺気立ってる現状では冷静な話し合いも難しいだろう…というのは、
マイスターと司令官の一致した考えだし、俺も同じ意見だ」
「ま、司令官がそう言うのなら間違いあるまい。
了解した。直ちにザンティウムに引き上げる」
巨人は通信を終えると、チンク達に振り向いて言う。
「というわけで皆さん方、色々と聞きたい事があるかとは思うが、現状話し合いは無理というのが上の意見
だそうなので、わしはここで失礼させてもらうよ」
そう言いかけて巨人は飛び立とうとしたが、何か思い付いたらしく再びチンクたちの方を振り向いた。
「おお、そうじゃ。自己紹介ぐらいなら大丈夫じゃろう。
わしはサイバトロンの空中守護戦士を務めるスカイファイアーっちゅうもんじゃ。
いずれまたお目にかかると思うが、その時はまたよろしく。
それでは、は~いちゃいちゃい」
スカイファイアーと名乗った老巨人は掛け声と共にシャトルに変形すると、瞬く間に空の彼方に姿を消した。
「な、何だったんだ…?」
「さあ…?」
唖然とした表情で呟くチンクに、同じく唖然としているノーヴェが気の抜けた声で答える。
その傍らで、目を回したウェンディが大の字になって伸びていた。
「はらほろひれはれ~」
最終更新:2015年09月06日 21:22