囚人・職員・施設…刑務所の全てを管理する中央管制室は、刑務所の中央部にエレベーターを挟んで
魔力炉と相対する形で配置されている。
普段は静かでまったりとしているこの場は今、警戒レベルの引き上げに伴う人員の配置替えに関する
指示が飛び交い、職員が忙しく行き来する賑やかな場となっていた。
「17区の配置は完了したと報告がありました。エレベーターはどうしますか? と、聞いてきてますが」
浅黒い肌に類人猿の顔立ちをしたオペレーターからの質問に、触角の生えた頭に焦点のない眼と黒い
筋肉質体型の外骨格が特徴的な、一等陸佐の階級章と刑務所の所長である事を示すプレートを付けた
士官は少しの間考え込む。
「まぁ、脱走の心配はないと思うが、念の為上に引き上げておくように伝えてくれ」
オペレーターが指示を受けてモニターに向き直ったのを見届けてから、所長は曇硝子で仕切られた
自分のブースへと足を向ける。
と、その時、右足のつま先に何かを蹴る感触を感じた。
「!?」
怪訝な表情で足元に視線を向けると、折りたたみ式の携帯電話が一個、少し先に落ちているのが目に入った。
所長は電話を拾い上げると、周囲を見回しながら大きな声で言う。
「おーい、誰かこの端末を落としたか?」
その声に部屋の全員が視線を上げて、所長が持つ携帯電話を見るが、誰もが首を横に降った。
「そうか…、まぁ、全員デバイス持ちだしな…」
所長はそう呟きながら携帯片手に自分の席へ戻る。
ドアを閉めて自分の席へ座ると、所長は持っていた電話を前後にひっくり返してじっくりと観察する。
「携帯型の通信端末か、今どき珍しいな…」
書類の作成を始めた所長の傍らでは、“デストロン軍団リアルギア部隊ワイヤータップV20”が音も無く
変形を始めた。

トイレから戻って来た、中央アジア系の顔立ちをしたオペレーターが背伸びをしながら自分の席に座った時、
テーブルの上にポータブルゲームプレーヤーが一台置いてあるのが目に入った。
「!?」
自分が席を立ったときこんな機械は置いていなかった、誰かが間違えて置いたのか? それともいたずらか? 
訝しむでオペレーターの目の前で、突然プレーヤーがバラバラ分解を始め、瞬く間に小さな人型機械に姿を変える。
「…!!」
驚きのあまり反射的に後ずさったオペレーターを、機械人形はキョトンとした表情で見上げる。
「おい、どうした?」
オペレーターの様子に不審を感じた、白いあばた肌で毛のない頭の同僚が声をかける。
「み、見ろ! 通信端末が突然小型のロボットに変形を始めて――」
我に返ったオペレーターがそう言いながら自分の席に振り向くと、テーブルの上にはゲームプレーヤーが
置いてあるだけだった。
「はぁ!? 何言ってんだお前?」
唖然としたオペレーターに、同僚は怪訝な表情で言う。
「いや、本当なんだって、つい今しがた――」
必死になって状況を説明しようとするオペレーターに、同僚は頭を振って呆れた様子を見せながら言った。
「ハイハイ分かったから、それより早く仕事に戻れ。な?」
「いや、でも――」
なおも抗弁しようとするオペレーターの耳元で、シュッと何かが掠める音がする。
次の瞬間、自分の席に戻ろうとした同僚の後頭部が弾けて、血と脳漿と肉片をあたりに撒き散らした。

「え!?」
眼前の惨劇に動転したオペレーターが周囲を見回すと、どこから現れたのか似たような姿の多の数ロボット達が、
一斉に管制室の職員達に襲いかかっていた。
あるロボットはミサイルを、またあるロボットは機関砲を乱射し、職員達を次々と血祭りに上げて行く。
オペレーターは所長用のブース目がけて死に物狂いに駆け出し、体当たりでドアを開けて中に転がり込む。
深呼吸して何とか自分を落ち着かせると、オペレーターは周囲を見回す。
ブースはマジックミラーとなっていて、周囲の状況が見て取れる。
管制室はすでに制圧されていて、ここが破られるのももうすぐだが、せめて警報だけでも発する事が出来れば…。
オペレーターはそう考えながらテーブルへ向かおうとすると、床に転がるものに足を取られた。
下を見ると、自分がつまずいたのは頭を潰された所長の遺体である事に気付く。
オペレーターは恐怖に目を見開き、反射的にテーブルの上に視線を向けると、そこにはワイヤータップV20がいて、
空間モニターを開いて色々と弄くりまわしている。
ワイヤータップV20は立ちすくむオペレーターに振り向くと、悪意に満ちた厭味たっぷりな笑みを見せる。
オペレーターが最後に見たものは、ワイヤータップV20がこちらに向けた機関砲の砲口だった。

中央管制室が惨劇に見舞われた直後、エレベーターが何者かによって不正操作されているのを警備システムが検知、
自動的に刑務所の全域へ警報が発令された。

緊急事態を告げるアラームが鳴る廊下を、武装した二十名の魔導師達が慌ただしく駆けて行く。
突然、彼らの眼前に空間モニターが警告音と共に出現した。
“警告! 前方の丁字路左側に正体不明の魔導師集団あり、要注意!”
緑色の肌に皿のような頭頂部と短いくちばしを持つ指揮官が、左手を上げて部下達を止める。
指揮官は後ろを振り向くと、廊下の左右に半分ずつ分かれるよう手振りで指示する。
音を立てないようゆっくりと丁字路の角近くまで来ると、指揮官は右側最前にいる部下へ様子を見るよう
命令を出す。
それを受けて魔導師はおっかなびっくり顔を出そうとした時、前方奥から魔力弾が一発撃ち込まれて右頬を
掠めた。
魔導師は背後に仰向けに倒れ込むと、身振りで“敵”がいる事を示す。
それを受けて指揮官は自分を含む廊下左側の部下たちに突撃を、右側に援護射撃を行うよう指示を出す。
右側が援護射撃を始めるのに都合のいい位置に付き、左側の突撃準備が整ったのを確認すると、指揮官は
手を下げて攻撃開始を合図した。

左手の魔導師たちが様々なデバイスを構え、魔方陣を展開しながら前方に魔力弾を撃ちまくり、続いて
指揮官を先頭に右手の陸士部隊が廊下へと出る。
援護射撃にめげずに雨あられと撃ち込まれる魔力弾に、指揮官たちは床に伏せた。
魔力弾が飛び交う戦場と化した廊下を、指揮官たちは攻撃魔法を撃ち返しながら匍匐前進してじりじりと進む。
交戦中の“敵”の姿が見えるぐらいに距離を詰めた時、指揮官は驚愕で目を見開いた。

「攻撃中止! 攻撃中止だ!!」
指揮官は撃たれる覚悟で立ち上がって、手を振りながら大声で叫ぶ。
「撃つのを止めろ、同士討ちしてるぞ!」
その声に部隊の射撃が止まり、戸惑ったようなざわめきが広がる。
反対側でも攻撃が止み、魔導師たちが立ち上がってこちらを見ると、同じように驚愕の表情を浮かべた。
「一体どういうつもりだ!? 何でいきなり撃ちかけて来たんだ?」
向こう側の魔導師部隊の指揮官を務める、身長二メートル弱のがっしりした体格をした黒人魔導師が抗議すると、
こちら側も負けじと怒鳴り返す。
「そりゃこっちの台詞だ! 最初に撃って来たのはそっちだろ!!」
「侵入者が来ると管制室から連絡があったんだぞ! ちゃんと報告はしたのか!?」
黒人魔導師の言葉に、指揮官は驚きの表情を浮かべる。
「ちょ、ちょっと待て、それは確かなのか?
こっちは確かに報告したぞ。ほら」
そう言って指揮官は管制室との通信ログを表示する。
それを見た相手側は、首をひねりながら答えた。
「おかしいな、こっちも確かに指示があったんだが…」
そう言いながら同じく通信ログを表示する、お互いにそれを確認した指揮官たちは首をひねって呟く。
「どういう事だ…?」

その時、丁字路右奥から何とも形容しようのない不気味な唸り声が聞こえてきた。
「!!」
その場にいた全員が、声のした方へ反射的にデバイスを構える。
一分、二分と時間は過ぎて行くが、声はそれっきり途絶え、何の姿も気配も感じられない。
「どう思う?」
指揮官がささやき声で問いかけると、相手側もひそひそと答える。
「何も見えないし聞こえない…空耳か?」
次の瞬間、頭上で先ほどの都唸り声が聞こえると同時に二人の首が胴体から離れる。
「なっ…!!」
何の前触れもなく指揮官が斃された事で、陸士部隊の間に動揺が広がる。
「ど…何処だ!? どこから攻撃――」
左右を見回しながらそう言いかけた猫顔の魔導師の顔が上下に断ち割られる。
その隣にいた、赤い鼻筋に青白い頬と黄色い髭という目立つ顔立ちの魔導師が、天井を指差しながら叫ぶ。
「上だ! 頭上にいるぞ!!」
その声に陸士部隊の全員が、数撃ちゃ当たるとばかりに天井全体をデタラメに掃射する。
そのうちの数発が何もない空間で弾け、リードマンの姿が現れた。
リードマンは飛び回り、身体を素早くひねって、自分目がけて撃ち込まれる魔力弾を次々と避ける。
「全体に弾幕を張れ! 近寄らせるな!!」
陸士部隊は廊下全体に展開し、隈なく掃射する。
いくら回避能力に優れるデストロンと言えども、これでは斬り込むのは不可能だ。
猛烈な弾幕に手を焼いたリードマンは、突然三体に分裂する。
狙うべき標的が三つに分かれて分散した事に魔導師たちは惑わされ、弾幕が薄くなる。
その隙に一体が近くにいた魔導師に飛びかかり、ザクザクめった切りにされた。

「騙されるな! 数が増えても弾幕を張れば奴は動けん!!」
部隊は後退しながら態勢を立て直し、再度魔力弾による弾幕を張ってリードマンの動きを止める。
このままでは一進一退で状況がなかなか動かないと判断したリードマンは、合体を解除して無数の
インセクトロンに戻る。
インセクトロン達は雲霞のごとく陸士部隊に迫り、魔導師たちの全身に取りついて針で刺しまくり、
口や鼻から中に入り込んで気道を塞いで窒息させる。
部隊は逃げる間もなく、あっと言う間に殲滅された。

同じような酸鼻を極める光景が、刑務所のあちこちで繰り広げられていた。
なます斬りにされた遺体、口や鼻をインセクトロンに塞がれ、物凄い形相で窒息死した遺体、インセクトロンが
全身を黒く覆い、原子レベルに分解されてエネルギーに変換されている途中の遺体…。
襲撃から30分も経たないうちに、刑務所の職員と魔導師たちは皆殺しにされた。
管制室のリアルギア達は、刑務所を完全に制圧した旨をジャガー報告すると、施設のゲートをすべて
開放してから部屋を出た。

開け放たれたゲートから絶え間なく雪が吹き込み、床にうっすらと降り積もっている。
ジャガーはその上に座り、外をじっと眺めていた。
間もなく、ブリザードの唸りを圧する轟音と共に、小型シャトルが一機、ジャガーの眼前に着陸する。
タラップが下がり、黒いフード付きのローブを全身に包んだ人間が降り立つと、ジャガーは立ち上がって出迎える。
デストロン軍団から“案内人”と呼ばれている人間は、自分の犬を誉める飼い主のように、手を伸ばして
ジャガーの頭を優しく撫でる。
すると満足そうに尻尾を振りながら、ジャガーはゴロゴロと喉を鳴らした。

※※  ※※  ※※  ※※  ※※

エレベーターが開くと、案内人たちの眼前に長さ十メートル弱の、殺風景な監房区画への通路が現れた。
案内人がジャガーの身体に取りついているリアルギア達に視線を向けると、彼らは次々と通路へ降りて行く。
ベチャクチャとやかましく喋繰りながら、リアルギア達は通路を渡って監房区画側のコンソールに飛びつく。
ドアが解錠されたのを確認すると、案内人は通路を渡って監房区画に入って行った。

監房区画は通路同様殺風景な廊下と、左右に二つずつ、奥に一つ、計五つの独房の扉があった。
左右側の独房の扉は総て開け放たれていて、中はベッドすらない空部屋となっている。
案内人が唯一閉じられた廊下一番奥のドアを開けると、奥で揺らめく蝋燭の炎以外明かりのない
暗闇が広がっていた。
目が慣れてくると、ここは他の独房よりも遥かに広く、様々な次元世界の神話に関するレリーフで
埋め尽くされているのが分かった。
独房の中心部には人が五・六人は寝れる大きなベッドが置かれ、周囲の床には脱ぎ棄てられた衣類が
散らばっている。
一糸まとわぬ美女達に囲まれて眠っていた、同じく裸の紫色の長髪の男性“ジェイル・スカリエティ”が
眼を開いて起き上がった。

「見たところ管理局員ではなさそうだが、何者かね?」
案内人がフードを降ろして顔を見せると、スカリエッティは口笛を吹いた。
「これはこれは…二度と会う事もあるまいと思ってたが、どうやって戻ったのかね?」
案内人はスカリエッティの問いかけを無視して、侮蔑の感情を露わにしながら言う。
「呆れたものね、自分が創り上げた娘たちとお楽しみ?」
スカリエッティは悪びれる様子もなく、自分にすがり付いて来る眼鏡をかけた女性のゴールデンロッドの
髪を優しく撫でながら答える。
「こんな鉄と氷だけの場所では、他にやる事もないのでね」
案内人の全身を舐めるような眼で見上げながら、スカリエッティは言葉を続けた。
「君にも一つお相手を願おうかね、プレシア・テスタロッサ」

オリキャラ元ネタ
●浅黒い肌に類人猿の顔立ちをしたオペレーター:ジュヴレン人『星を継ぐもの(J・P・ホーガン/星野之宣)』
●白いあばた肌で毛のない頭の同僚:ニューカマー『エイリアン・ネイション(1988年 アメリカ)』
●触角の生えた頭に焦点のない眼と黒い筋肉質体型の外骨格が特徴的な刑務所長:テラフォーマー
『テラフォーマーズ(貴家悠/橘賢一)』
●緑色の肌に皿のような頭頂部と短いくちばしを持つ指揮官:河童
●猫顔の魔導師:猫又
●赤い鼻筋に青白い頬と黄色い髭という目立つ顔立ちの魔導師:マンドリル

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2015年09月06日 21:27